旅行 ロドリゴとイェティ

(27.10.1) ロドリゴとイェティさんの北海道自転車周遊記 その12(最終回)

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  この周遊記も最後を向かえました。この最後の記事はハッピーエンドというわけにはいかなかったため本当は記載したくなかったのですが、ロドリゴは主に使える身なれば虚偽を書くわけにいかず、ご報告するしだいでございます。

 前日この鹿島に来る途中で自転車から放りだされひどく右足のひざのお皿を打ったのでございますが、一日寝れば治るものと期待して寝込んだのでございます。
よく8月16日は昨日の豪雨も止み蒸し暑さは残りましたが天気は回復しておりました。

さて、さてわが右足の状況はどうなっているのだろうか・・・・・」
恐る恐る右足を見ると昨日以上に腫れあがっており、膝が何か棒のようなものになって動かないのでございます。
こりゃ、完全にまずいな、絶対にまずい・・・・・・・・・・・
ここ鹿島からおゆみ野郷まではまだ80kmはあり、片足しか動かないとなるとかなり苦労することは明らかでございました。

注)地図は以下参照
https://goo.gl/maps/VjKwkZYGVxj

イェティさん、ちょっとまずいことになっている。右足が動かないので左足一本で漕がなくてはならない。坂道では全く速力がでないのでスピードを落として先導してもらえないだろうか・・・
そうか・・・・それならできるだけ平坦な道路を選択して坂道はゆっくり走るよ!!」
イェティさんは人間ナビゲータといわれるくらい道を知悉しており、道路の選択で間違いを犯したことがないのでございます。

 それからロドリゴは左足一本で自転車を走らせたのですが、平坦地はともかく坂に差し掛かると全くスピードが出ず、ほとんど亀の歩みになってしまいました。
がんばれ、片肺飛行の飛行機だってパイロットが上手ならばドーバー海峡だって渡れる。頑張るのだ!!」
なにかイメージは昔見たスチーブ・マックイーン主演の「戦う翼」になってきました。
この映画でマックイーンが操縦するB17はドイツ上空の爆撃でドイツ機の応戦にあい、エンジン一つでイギリス基地に帰還するのですが、片肺では出力が上がらずドーバー海峡の白壁に激突して戦死するという映画でございました。
最後にマックイーンが叫ぶ言葉が印象的でございました。「UP,UP,UP!!!」

 実はロドリゴも坂道では完全に息があがってこちらも「あっぷ、あっぷ」していたのでございますが、何としても故郷おゆみ野に戻らねばという執念が左足一本のライデングをさせていたのでございます。
燃え尽きるのは命か先か、足が先か、頑張れ!!」

 幸いにイェティさんは交通量が少なくかつなるべく坂道でないコースを選択して先導してくれましたので、ロドリゴは息絶え絶えではございましたがなんとか80kmを走破し12時頃におゆみ野郷に到着したのでございます。
イェティさんは隣のちはら台郷に住んでいますので、おゆみ野奉行所の前でたがいの健闘をたたえあって別れたのでございますが、本来ならば歓喜で別れるところをなにか最後は盛り上がりに欠けておりました。

 こうしてロドリゴとイェティさんの2015年の夏は終わりをとげました。
これが約2週間にわたったロドリゴとイェティさんの蝦夷地周遊記のすべてでございます。

(その後の経緯)

 翌日になっても右足の腫れは一向に引かなかったので、近くの整形外科で診察を受けると信じられないことに右足のひざのお皿が縦に割れておりました。
ロドリゴさん、これは手術が必要になるかもしれませんが、この診療所では手術はできませんので千葉メディカルセンターに紹介状を書きますのでそちらに行ってください

 ロドリゴは膝のお皿の骨が割れた写真を見たのは初めてでしたので、このレントゲン写真を見て蒼白になってしまいました。
かつて一度たりとも骨が骨折したり割れたりしなかったのが自慢だったのに自転車で転んだくらいで皿が割れるのか・・・・・・・
翌日紹介状を持って千葉メディカルセンターに出かけたのですが、ここはこの5月に突然目が見えなくなって4日間入院した病院でございます。
なんてこった、一年間で2回も入院することになるとは思いもしなかった・・・・・

 MRIをとって診断になったのですが、ここのドクトルはかなりベテランのドクトルでしたが、何か考え込んでいるのでございます。なかなか診断を下さないので、ロドリゴはたまらず聞いてしまいました。
先生、いつ手術をしなければならないのでしょうか???」
うぅーん、年を取ると手術はね・・・・・・それに皿が割れていてもそのままでも支障ない人もいるし・・・・うぅーん・・・・・・

 なにかとても年寄り扱いされ要領も得なかったのですが、2週間経過を見てその後結論を出すということになったのでございます。
一瞬ロドリゴはこのドクトルはやぶではなかと疑ったのでございますが、そのようなことを申すことはご法度ですので致し方なく2週間ギブスをして過ごしたのでございます。
足は曲がらないし、痛いし、さっさと手術をしてくれればいいものを・・・・・・ぶつぶつ

 しかし信じられないことに2週間を過ぎたころから足の痛みは全くなくなり、通常に歩いても支障がなくなり、かつ3週間を過ぎるころには階段の昇り降りをしても全く問題なくなってきたのでございます。
先生、骨折しても全く痛みも何にもでないということはあるのでしょうか?」
まあ、膝のお皿が割れても普通に生活している人はいますよ

 結局手術は取りやめになり、経過的に症状を見ていくことになりましたが、お皿が割れても生活するのに支障がないことをロドリゴは初めて知ったのでございます。
今は通常に歩き、かつ生活しておりますがさすがに走ることは止めておりランナーとしての生活には戻っておりません。
まあ、普通に歩けるのなら生活には支障がないので良しとするか!!」

 これが周遊記の最後の記載でございます。蝦夷地まで出向いて行って少しけがをしたという程度で収まりハッピーエンドではございませんが、それなりの思い出の旅にはなったのでございます。

 

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(27.9.28) ロドリゴとイェティさんの北海道自転車周遊記 その11

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(鹿島スタジアム この前の公園で野宿した)

 8月15日の朝は苫小牧の港から大洗の港に向かう北前船の中でございました。このフェリーと称する北前船は大洗の港に午後の2時ごろ到着する予定でございました。
ようやく関八州にもどってきたのでございますが、本当のところはこれからが大変なのでございます。
大洗の港から故郷おゆみ野郷まではほぼ130km程度ですが、蝦夷地と異なり荷駄の往来が激しく、もたもたしていると「お前、ひき殺されたいのか、どきやがれ!!」というような雰囲気で、生きておゆみ野郷までたどり着けるか神のみぞ知るという状況でございました。

 大洗の港に到着したのは午後2時ごろですので、その日自転車に乗れる時間はせいぜい3時間程度でどうしても途中で一泊する必要がありました。
イェティさん、今日は鹿島あたりでキャンプにしましょう。アントラーズの鹿島スタジアムの前に公園がありますから、そこを目指しましょう

 自転車のツーリングでは夜はご法度でいくらチカチカランプをつけていても車道面を走っている場合は荷駄からはほとんど見えず、一方歩道を走ると凸凹になった穴を避けることができず、いづれにしても大事故になることが多いからでございます。
今回の蝦夷地のツーリングでも暗くなると一切走らなかったのはそのせいでございます。

 戻ってきた関八州は蝦夷地と異なり湿度が高く汗が体中にまつわりついてきてとても不愉快な天候で、さらにこの日は途中から豪雨といっていいような状況になり甚だサイクリングには適さない天候でございました。
実はロドリゴはこうした雨が特に苦手なのですが、それはしばしば雨の中で自転車を転倒させ、しこたま体を打ち付ける経験を何度もしているからでございます。
鹿島までの途中に鹿島灘海浜公園があったので、あまりに雨が強いためここでキャンプを張ることも一瞬考えたのでございます。

注)地図は以下参照
https://goo.gl/maps/hvWWRBjvH6F2

イェティさん、どうしようか。ここでキャンプしたほうがよさそうに思われる天気だが・・・・
やはり、鹿島まで行った方が明日は簡単だから我慢していく方がいいじゃないかい
相談した結果雨脚は相当なものでございましたが、このまま鹿島まで行くことにしたのでございます。距離的には45km程度でございました。

 ロドリゴが雨を嫌うのは乾いていれば絶対に滑らないような場所でも、いったん濡れると氷の表面のような場所ができ、間違って乗り上げると確実に横倒しになるからで過去何回もそうした経験をしておりました。
しかしロドリゴはその経験を十分に生かす知恵にかけており、今回もまた同じ失敗を繰り返したのでございます。

 その時は歩道を走っていたのですが、前の狭くなった歩道を迂回するためにたまたま左側あったガソリンスタンドの敷地内に入ろうとして、そこの水はけ用の幅10㎝程度のワダチに前車輪を突っ込んでしまいました。
気が付いた時はいつもの転倒で右ひざをひどく殴打して悲鳴をあげておりました。
いてー、猛烈にいてー

 気絶しそうなくらい痛かったのですが、そこにとどまることもできずそのまま鹿島まで乗り続け、鹿島スタジアムの前の公園にようやくついたのでございます。
公園内に入ると幸いに軒を大きく広げた売店があり、その日は休みだったので誰一人おりませんでした。
イェティさん、ここがいいでしょう。この軒下で野宿しましょう

 雨は相当激しかったのですが幸い大きく張り出した軒下までは吹き込むこともなく、近くに水道もありましたので体中の汗をぬぐい、いつもの野宿スタイルになったのですがどうも足の具合がひどくなる一方でございました。
変だな、通常は数時間たてば痛みも和らぎ回復するのに今回は酷く腫れて、ますます状況が悪化している。少し変だ・・・・・・しかしまあ寝てしまえば明日は回復してるだろう
一抹の不安はありましたが、明日には全快していると思って寝込んだのですが、実際はこれはひどい判断の誤りでございました。

 

 

 

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(27.9.25) ロドリゴとイェティさんの北海道自転車周遊記 その10

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 8月14日の朝は平取郷のキャンプ場で迎えました。イェティさんとロドリゴはここでも野宿をしていたのですが、このスタイルがすっかり身につき快適な寝ざめだったのでございます。
実はこの日が蝦夷地の最後のツーリングになるのでございます。
平取郷から苫小牧の港まではわずか55km程度ですので、自転車の場合はほとんど一汗程度の距離でございます。
イェティさん、最後の蝦夷地を楽しみましょう!!」

注)地図は以下参照
https://goo.gl/maps/o5pb7e9CDaD2


 途中でう回路に入ってみたりしましたが、そうした道には死んだ蝦夷鹿が道路の真ん中でお尻を半分食われた状態で放置されており、とてもワイルドな感じなのでございます。
鹿のお尻を食べてしまう動物なんてクマなのだろうか・・・・・・なぜお尻だけなのだろうか・・・・・」とても不思議な感じがいたしました。

 午前中には苫小牧の港についており、一方フェリーは夕刻の6時過ぎでないと出発いたしませんのでイェティさんとロドリゴは苫小牧の浴場を見つけてそこで夕刻までとどまることにいたしました。
本当に今回のツーリングはひたすら自転車に乗り、浴場がある場所を目指してそこで寝るという繰り返しでございました。
そこで宿が確保されれば宿ですが、それ以外はキャンプか野宿というはなはだ爺さんのツーリングとしてはこれまたワイルドな方式で、これはどう見ても学生時代の焼き直しのようなものでございました。
せいしゅんじゃ、青春じゃ、60後半の青春じゃ!!!」

 今回は主として蝦夷地の東部を回ったのですがこの地域は年々過疎化が進んでおり、ロドリゴのように毎年蝦夷地を定点観測している身にはとても寂しさが漂う場所でございます。
いわゆる限界集落というものが多く存在し、そこに住んでいる人の寿命がその集落の寿命といった場所ばかりでございます。
かつてにぎわっていた小学校はいずれも閉鎖されて一種の記念館のようになっており、現在も使用されている学校は年年歳歳少なくなっておりました。

 
 蝦夷地の高橋女酋長は「過疎化が最も問題で、これを何とか解決したい」と述べておられましたが、この過疎化を止める手段はほとんど残されていないのが現状でございます。
ただこのところのジャポニズムのせいでしょうか、いわゆる観光地と称されているスポットにはどこからこれほどの人が集まったのだろうかと思われるほどの人出があり、宿の確保が難しいほどで蝦夷地が恰好の観光スポットになっていることが分かります。

 幸い蝦夷はバタビアやマラッカの住民にとっては信じられないような別天地で夏の涼しさと冬の雪を見るためにだけでも蝦夷にやってくる価値があるのでございます。
したがって蝦夷地はこうしたお蝦夷参りの参拝客を当て込んだ商売は結構成り立つのですが、それにしてはロドリゴのような貧乏人を相手にする宿はほとんどございません。
高級な陣屋か中級の旅籠がおもで、フランス国やイスパニア国にある巡礼者用の低級宿泊施設(ジットといって2000円程度で泊れます)のような施設の整備が待たれるのでございます。

 この日の夕刻二人は苫小牧からフェリーに乗りこみましたが、夏場といってもフェリーはそれほど混雑はしておらず、約18時間の旅もそれほど苦痛ではございません。
といいますのもエコノミークラスの一番安い寝床でも結構くつろげ、また船内には浴槽がありますので気が向けば風呂に入って旅の垢を落とすこともできますし、映画も上映されますのであまり退屈はしないで済むのでございます。
食事は有料ですがバイキングが用意されており味にうるさくなければ十分堪能できるレベルの料理も出してくれます。

 イェティさんとロドリゴはこうして約9日間に及んだ蝦夷地を後にしたのでございます。

 


 

 

 

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(27.9.22) ロドリゴとイェティさんの北海道自転車周遊記 その9

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(平取町の日高国道に沿って流れている沙流川)

  8月13日富良野国道を南下して、占冠しむかっぷ)から日高国道に出て平取町のキャンプ場を目指しました。南下するにつれて日高山脈のすそ野を迂回することになり、途中で金山峠日高峠という標高500m程度の山越えをしなければなりませんでした。
イェティさん、今日は二つの山越えです。頑張りましょう!!!」
平取町までは120km程度ですが山越え二つはツーリングではかなり厳しいルートといえます。

注)地図は以下参照
https://goo.gl/maps/FoFA1YV2twQ2

 前日は富良野で野宿だったのですが体はすっかりそうした生活に慣れてしまっていて気分は爽快でございました。
しかし行ってみるとこの峠越えは他の峠越えのようななだらかに登っていくというルートではなく、最後に一気に登らせるという恐ろしいほどのルートで、ロドリゴはとても自転車で登り切ることができなかったのでございます。
イェティさん、すまない。歩いて登ろう。とても自転車ではのぼれない」イェティさんはまだ登るつもりだったようですが、泣きを入れてしまいました。

 このルートの途中にはいくつかの温泉があり、金山峠を下りたところに湯ノ沢温泉森の四季という温泉施設があったのですが、まだ午前中で時間が早いらしくあいておりませんでした。
たまたま外の掃除をしていた奥さんと思われる方とたち話をしたのですが、話の途中で年齢を聞かれいづれも60後半の爺さんだと知って驚愕しておりました。
そんな年にはどう見ても見えない!!!」
イェティさんもロドリゴもマラソンランナーで体に脂肪が付いていないため実際の年齢より10歳は常に若くみられるのでございます。

 3時頃には平取町のキャンプ場についておりましたが、このキャンプ場には温泉施設が併設されていましたので二人は喜び勇んで温泉に入ってくつろいだのでございます。
ツーリングと温泉は非常に相性が良く体中にこびりついた汗を流すのにも、また痛んだお尻の手当てをするのにも最適で、イェティさんは時間があれば何度も入浴を繰り返しておりました。
痔には絶対に温泉だな。何回も入っていると自然と治ってくる!!」

 この日はこのキャンプ場で宿泊することにしましたが、できればテント泊は避けようと思ったのでございます。
ロドリゴが用意したテントは大人二人が入ると身動きができないほどで、寝るときは足と頭を反対にして寝なければならないものでございます。
寝返りもほとんど打てず、まして中でおならでもしようものなら、アウシュビッツのガス室並みの致死量に達するという恐ろしい狭さでございました。

 それだけでなく実はロドリゴはいびきが極端にひどいらしくほとんどの人が同室を嫌がるほどであり、あまつさえおならをよくするのでガスが充満してとても耐えられないのでございます。
イェティさんも閉口していたらしく、テント泊より野宿を好んだのはそうした苦痛を夜中中我慢することができなかったからと思われました。

 暗黙の了解でテント泊は止めることにして、今回もキャンプ場の東屋で野宿をすることにいたしました。富良野でこの種の野宿を経験してからイェティさんも東屋で星を見ながら寝る快適さに目覚めてしまったのでございます。
ここのキャンプ場にはオートキャンプ場もありましたので多くの家族がテントを張っており、とてもよく整備された快適な場所でございました。
蝦夷地にはキャンプに適する場所が無尽蔵といっていいほどあるのでございます。

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(27.9.19) ロドリゴとイェティさんの北海道自転車周遊記 その8

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 8月12日北見峠の峠越えから始まりました。宿泊した白滝高原標高650m程度で、一方越えねばならない北見峠は860m程度ですので飛び起きたとたんに山登りになったのでございます。
ここ北見峠を開通させるために明治政府網走の囚人約1100名を使役して道路の開削を実施したのでございますが、それは森進一殿が歌う「北の蛍」の世界でございます。
4か月の突貫作業中に囚人の約200名が死んだそうですので、致死率約2割の過酷な労働だったことが分かります。

 ロドリゴとイェティさんはこの通称囚人道路を過去の過酷な労働をしのんで「北の蛍」をうたいながら懸命に北見峠の頂上を目指したのでございます。
かなりな急こう配でございましたがこの峠を過ぎると旭川まではほぼくだりが続きますのでいたって気楽なライディングになるのでございました。

注)地図は以下参照
https://goo.gl/maps/wZwhF

 本日は旭川に立ち寄りその後富良野まで行く予定でございました。距離的には約130km程度と推定されました。
旭川によらなければならなかったのはイェティさんのバイクがパンクを繰り返していたため、どうしても丈夫なタイヤに変えなければならなかったからでございます。
「イェティさん、旭川は軍都で陸軍第七師団があるので軍事物資が豊富にあるはずです。きっとロードレーサー用のラジアルタイアもそろっていますよ


 イェティさんは早速伝書鳩を飛ばして自転車店の検索をしていましたが、検索結果で出ていた自転車店はママチャリ程度がおいてある自転車店で、ロードレーサ-用のタイヤは全く見当たらないのでございました。
二件目の自転車屋さんは、主人が神様にめされるのが先か店が倒産するのが先かといった風情の店でございましたが「もっと大規模な自転車店はないだろうか」とロドリゴが尋ねますと、最初はとても不満そうな顔をしておりました。
なんで俺の店で購入しないのか」との顔がありありでございましたが、ロードレーサーのタイヤなどは皆無で、チューブもここ10年売ったことがないような代物でしたので我々の要望に応えるのはとても無理だったのでございます。
それでも最後には約2km程度離れたところに規模の大きな自転車店があることを教えてくれました。

 イェティさんとロドリゴはようやく希望のタイヤが手に入りそうになり、喜び勇んでその自転車屋さんに向かいました。
行った先の自転車屋さんは若夫婦がいたって真面目に商売に取り組んでおり、ロードレーサー用のタイヤもバッチリそろっておりましたので、ここでイェティさんは前後のタイヤを変え、パンクしたチューブの補修もしてもらってようやくパンクの恐怖から逃れることができたのでございます。
修理するところをみていたらパンクの補修に使うゴム一つとっても我々の補修キットとは比較にならないし、やはりプロは違うな・・・・・」イェティさんが感嘆しておりました。

 旭川からは富良野国道を南下するのでございますが、この国道に沿った美瑛から富良野にかけては日本でも有数な美しい田園風景がつらなり、多くの観光客が押し掛けている観光スポットでございました。
写真家の前田真三殿がここ美瑛の丘を全国に紹介してから特に有名になったのでございますが、ロドリゴとイェティさんははじめて観光を楽しむ気持ちになったのでございます。
ソフトクリームでも食べながら景色をみてまわりましょうよ
ただひたすら走っていたスタイルから観光を楽しむスタイルへの精神的余裕も生まれておりました。

 その日は富良野の温泉兼ホテルで宿泊を予定しておりましたがあいにくと予約がないとダメと言われまったく受けつけてくれませんでした。
蝦夷地は観光で沸き返っており、特に観光スポットといわれる場所では貧乏人が付け入るスキは全くないのでございます。
そばにキャンプ場があることになっておりましたがすでに閉鎖されているということで、残された手段は野宿しかなかったのでございます。
「イェティさん、今日は野宿をしましょう。野宿の場所は私が見つけます

 ロドリゴは一人旅の時はしばしば野宿をしており、場所の選定眼は折り紙付きでいわば野宿のプロなのでございますが、今ではあまり高く評価されない技術でございます。
野宿する場所は明るいうちに見当をつけなくてはダメです。暗いと全く状況が分からなくなって場所も見つかりません。そして上に屋根があり下が平らであれば即決心するのがコツで、さらにいい場所があるというような気持ちで探し回るのはご法度です。雨がしのげて平らな場所であれば100%野宿ができます

 幸いホテルの近くに東屋があり下はコンクリートだったのでその日はここで寝ることにいたしました。イェティさんは蚊取り線香の用意もしていたので蚊対策もバッチリであり、間違ってもムカデなど出そうもなかったので快適な眠りができそうに思えました。
最も寝るまでの時間はホテル兼温泉の施設の休憩室で寝転がって時間調整をしたのでございます。

 

 

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(27.9.16) ロドリゴとイェティさんの北海道自転車周遊記 その7

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(白滝高原のキャンプ場)

 8月11日の朝はサロマ湖で迎えました。今日は湧別郷から遠軽郷を通って上川郷に抜ける道を通る予定でございました。蝦夷地は真ん中に山脈がそびえているため中央を抜けるにはかなりな山登りになるのですが、今回宿泊を予定した奥白滝の白滝高原は標高600mでした。
距離にして110km程度と思われましたが登りのためかなりきついコースになると思われました。

注)地図は以下参照
https://goo.gl/maps/HnQ79

 湧別川石北本線にそってロドリゴとイェティさんはただもくもくと自転車をこいだのでございます。旅に出て6日目になると身体はすっかりツーリングになれていたのでございますが、そうなると話す言葉も少なくなりひたすら自転車をこぐだけの生活になっておりました。

 この上川郷に抜ける遠軽国道にそって旭川紋別自動車道が建設されていたのですが、なぜか無料で自動車はもっぱら自動車道をはしっているため国道はがらがらで、あたかも二人が占有しているような状況でございました。
イェティさん、今日は早めに白滝高原に着いて五右衛門風呂なるものに入れてもらいましょう、坂でくたくたです・・・・
目的地の白滝公園には五右衛門風呂があると聞きそれを楽しみにしていたのでございます。

 坂道が延々と続いているような道なのでさすがに疲労困ぱいいたしました。
ロドリゴとイェティさんはもともとアスリートでございますのでどんな坂道でも休まず自転車で登り切ることにしておりましたが、ここ白滝高原の最後の標高100mはめちゃくちゃな坂道のためさすがにロドリゴが顎を出してしまいました。
イェティさん、こりゃダメだ。自転車を押していきましょう

 到着したのは4時ごろでございましたが、そのころにかなり雨が降りだしキャンプ場の受付は管理人さんが作業で出ていたようでしばらく管理棟にもはいれず軒端で雨をしのいでいたのでございます。
このキャンプ場には多くのバンガローが設置されておりましたので今回はバンガローで寝て、評判の五右衛門風呂に入るつもりでございました。
しかし聞いてみるとこの五右衛門風呂に入るためには自分でかまどにまきをくべて湯を沸かす必要があるそうで、雨の中を薪を運んだりするのが疲労していた体にはつらくシャワーだけにしてさっさと寝込むことにしたのでございます。

 ロドリゴはバンガローなるもので寝るのは初めての経験でしたが、夜になると部屋中異様な音がし始めたのでございます。
ガサガサという一種の羽音なのですがそれが段々と大きくなりバンガロー全体に響き渡るようになりました。
当初窓の外でそうした音がしているものと思っておりましたら、しばらくすると顔に異様な物体が落ちてきて顔中を徘徊し始めました。
な、なんだ、なんだ、俺の顔が襲われている!!!」

 かつてロドリゴは公園で野宿をしていたときにムカデのようなげじげじ虫に襲われて体中かまれたことがありましたが、一瞬その時の恐怖感に襲われ飛び起きたのでございます。
驚いて電燈をつけますと信じられないことに部屋中一面に蛾だらけでそれが飛び回っておりました。
こりゃかなわん、イェティさん、この蛾を追い出しましょう
二人して蛾の大軍を捕まえては外に追い出す作業をしたのですが、まさかバンガローが蛾の住処になっているとは思いもしませんでした。

 イェティさんは「蛾ぐらいなんてことはない」と平然としておりましたが、ロドリゴはこうした虫に極端に弱くキチガイのようになって虫を追い出したのでございます。

 


 

 

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(27.9.13) ロドリゴとイェティさんの北海道自転車周遊記 その6

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 8月10日の朝は阿寒湖で迎えました。通常の観光客ならば阿寒湖のマリモ展示観光センターに立ち寄って、世界でもまれなマリモなるものを見るのでございましょうが、何しろイェティさんとロドリゴはただひたすら自転車に乗ることしか念頭になかったので、目が覚めるやいなや次の目的地サロマ湖目がけて疾走を始めたのでございます。

 本日の予定コースは釧北国道を北上し美幌郷を経由して網走方面に向かい、網走湖をぐるっと回りながらサロマ湖に向かうコースでございました。距離的にはやはり130kmぐらいでございます。
阿寒湖の標高は約420mでございますので網走に向かう道は下りでございます。
蝦夷地では下りとなるとこれもやたらと長く20kmあまりはくだっていましたのでその間はただ乗っているだけといういたって気楽なライディングになるのでございます。

注)地図は以下参照
https://goo.gl/maps/0QwLG

 ロドリゴはお尻を痛めていたせいもあるのですが、くだりになるとペダルの上に立ってお尻を浮かして、ちょうどインディアンが騎兵隊に突撃するスタイルなるのでございます。
スピードもいくらでも出ますのですっかり気分が高揚しインディアンになり切り雄たけびまで上げました。
ヤホー敵はカスター中佐だ。白人追い出せ!!!、ジェロニモ負けない!!!」

 ここ網走周辺には昔は湾だったのが土砂にせき止めら湖になった場所がやたらと多く、網走湖能取湖サロマ湖もそうしたせき止められた湖で、一部は海と接続しているため海水が混じっているのでございます。
この湖の周辺にはオホーツク街道が走っており、また湖との間には自転車道まで整備されていたのでイェティさんとロドリゴは安心して景気を楽しむことができました。
蝦夷地はとても寂しいところではございますが、こうした自転車道が整備されれば、蝦夷地再開発の切り札になると田沼意次様も申されておりました。 

 サロマ湖はロドリゴにとってとても懐かしい場所でございます。
かつてロドリゴが若かったころここで開催されるサロマ100kmウルトラマラソンに2回出場したことがあったからでございます。
サロマ周辺は風光明美な場所ですが、レース中は景色など見る余裕はなくただひたすら地面を見ておりますので、本当に知っているのは道路面の凹凸やカーブのきついか所といったような場所だけで、景色を堪能した記憶はございません。

それじゃつまらないだろう。何のために蝦夷地まで行くんだい」といわれたものですが、レースでは楽しむ余裕などほとんどなく、最初は懸命に飛ばし、最後はただひたすら体をひきづっているだけというのが実態でございます。
しかし今回は自転車旅行でもありサロマ湖の周辺を十分に堪能することができました。
そうかロドリゴはこんなコースを走っていたのか・・・・・」
始めてサロマ湖を知ったという思いでございました。

 その日はサロマ湖に隣接した温泉があるホテルに宿泊を希望したのですが、こうした観光名所は常に満杯であり一見客など見向きもしないという雰囲気でございました。日本観光産業にとっては久方ぶりの活況という状況でございますが、ロドリゴのような貧乏人は宿から疎外されてしまうのでございます。
致し方なくこのホテルから10km程度離れているキャンプ場を目指すことにしたのですが、途中から雨に降られて気持ちが落ち込んでまいりました。

 幸いサロマ湖にはキャンプ場に行く途中にユースホステルがあり、イェティさんが宿泊可能か聞いてみるということになりました。
イェティさん、我々のようなヒネタ老人がユースになるのだろうか・・・・・・」
まあ、交渉してくる!」
イェティさんは無類の折衝上手ですので信じられないことに老人をユース並みに取り扱ってくれたのでございます。

 ロドリゴは今までユースホステルなるものに宿泊した経験がなく、周りは若者ばかりでしたので若干気圧されたのでございますが、宿そのものはよく整備され運営もしっかりしておりました。
宿の主人が「あなた方はユースホステルのルールを知っていますか」とやや不安げに聞いたのですが、すかさずイェティさんが「はい、十分に知っています」と答えておりました。




 

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(27.9.9) ロドリゴとイェティさんの北海道自転車周遊記 その5

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(ひたすら道路を走った)

 8月9日は蝦夷地でもことに有名な阿寒湖を目指すことにいたしました。マリモで有名なあの阿寒湖でございます。
宿泊した浦幌郷からは約130km程度と思われましたが、阿寒湖の標高は420mですので道は常に登りになっておりました。
本別から足寄に入り足寄国道阿寒湖に向かってひた走りに走ったのでございます。
蝦夷地は丁度真ん中に高地がありますのでそれを越えるなるとどうしても標高差500m程度の山越えをしなければならず、さらにアップダウンがあるとかなり体力が消耗するのでございました。
今日は山登りだ。頑張ろう

注)地図は以下参照 
https://goo.gl/maps/fK7cI

 イェティさん
ロードレーサーは蝦夷地に入ってもパンクを繰り返しておりましたが、ようやくその原因がチューブなどではなくタイヤの薄さにあることに気付いておりました。
イェティさん、ロードレーサーのタイヤは旭川のような大きな街に行かないとどうしても手に入りそうにないです。それまでは車道を中心に走って歩道には乗り上げない方がいいですよ・・」
しかし車道にも思わぬところに穴が開いていてパンクを避けるのも並大抵のことではございませんでした。

 もし蝦夷地に自転車旅行を計画する方がおられるとしたら、このタイヤの選定は絶対条件で、間違っても薄く細いタイヤはご法度でクロスバイクが装備している程度のタイヤをはかせなければ長期間の自転車旅行は不可能といっていいと思われます。
イェティさんはその後旭川で太めの丈夫なタイヤに変えるまで都合6回にわたってパンクを繰り返したのでございました。

 本日の足寄街道は阿寒湖にまっすぐに登る観光道路のような感じで、また相対的に自動車も少なかったので実に快適なサイクリングになりました。
坂は登り勾配なのですが乗っている分にはほとんど感じることがない程度の緩い坂で、それが延々と数十kmにわたって続いており、振り返れば非常な高みにのぼっているというような感じでございました。

 この日は午後から雨模様になり二人はカッパを着きこみ完全防備でようやく阿寒湖温泉にたどり着いたのでございます。
今回の旅は何か一日中自転車に乗っているだけの旅で観光名所を巡るようなことはまったくなく、行者の千日回峰業のような苦行の連続でございます。
イェティさん、これじゃマラソンの長距離レースとさして変わりませんね・・・・
ただ、お尻が痛いだけか!!」
笑いこけてしまいました。

 阿寒湖温泉はさすがに蝦夷地では著名な観光スポットのため多くの観光客が押し掛けており、またお土産屋には木彫りのクマなどが所狭しと並んでおりましたが、お土産等購入して荷物を膨らませるのは禁じ手ですので我々二人には無用でございました。
その日は雨がひどかったためキャンプを張るのを諦め民宿を探したのですが、こうしたことにはイェティさんはとても能力が高く、さっそく瀟洒な民宿を見つけてくれました。
宿の女主人もとても親切な方で、ここ阿寒湖温泉は観光ということに非常に熱心に取り組んでいることが肌で伝わるような場所でございました。
えりも岬の民宿とはえらいちがいだなあ・・・・・・

 イェティさんとロドリゴは阿寒湖を見るではなくひたすらお風呂に入り、この日も痛めた尻の手当てに余念がなかったのでございます。
一日中自転車に乗り、温泉で尻の手当てをするのがこの旅のすべてのような状況でございました。

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(27.9.6) ロドリゴとイェティさんの北海道自転車周遊記 その4

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(全長5kmのトンネル、抜けるのに15分以上かかり非常に緊張感を強いられる)

 8月8日の朝も涼よかないかにも蝦夷の朝でございました。この日はえりも岬から広尾郷を通って十勝川を渡り、浦幌郷まで行く予定でございました。距離にして約130km程度でございます。
泊った民宿は減価償却をしきったような宿で風呂場は見つけるのも一苦労するような場所にあり、電燈のスイッチも懸命に探さなければならないような宿でございました。
女主人は金輪際宿の改善などする気はなさそうで、自分の命と宿の命との我慢比べをしておりました。実はこうした宿は蝦夷地に多いのでございます。

注)地図は以下参照
https://goo.gl/maps/vTvvc 

えりもから広尾へは黄金海岸という道を約40k余り走るのですが、ロドリゴは当初この名前の由来は砂金が大量に取れたからだと思っておりましたが全くの誤解でございました。
日高山脈が海にせり出した蝦夷でも有数の険阻な道で、過去何度も道路建設に失敗しお金を湯水のように使ってようやく完成した道という意味で名付けられたものだそうでございます。
かつて伊能忠敬殿が測量をしたのもこの場所で当時は道が全くなかったためさぞや苦労の連続ではなかったかとしのばれました。

 現在の黄金海岸は何度も改修が施され全長5km及ぶようなトンネルがいくつもありますので、古人の苦労など全く感じることはできません。
蝦夷の道はどこもそうですがここ黄金道路も御多分にもれず「道路建設が蝦夷の唯一の産業」とばかり不必要なほど道路建設にまい進しておりました。新しいトンネルが次々に建設され、今でも使用できる旧道は地元の漁業者が専用で使うような道になっておりました。

 実は自転車にとって最も危険な場所がこのトンネルの通過でございます。最近のトンネルは歩行者兼自転車用に幅2~3m程度の側道が整備されておりますが、以前のトンネルではせいぜい50cmの側道ですので、かろうじて人が歩いていける程度の幅しかございません。
こうした場所では自転車は当然車道を走行するのですが、いつ後方から車が接近するか皆目分からないのでございます。
ただひたすら雷鳴とも思われるような騒音がしていますが、あまりにうるさすぎてそれが前からの音か後ろからの音か区別ができないのでございます。

 イェティさんは自転車の後ろにチカチカランプをつけて懸命に存在をアピールしておりましたが、確かにこのランプがなければいつひかれてもかしくないような状況でございました。
5kmのトンネルを越えるのに15分程度はかかり、トンネルに入るたびに主にお祈りをしなければなりませんでした。
主よ、主のしもべ、ロドリゴとイエティさんをお守りください・・・・・・・

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(十勝川の横)

 広尾郷を越えるともっぱら広大な十勝平野にでるのでとてもホッとしたものでございます。
やれやれ、これでトンネル地獄も抜けたぞ!!!」
蝦夷地東部はオビヒロとクシロを除くと大きな都市はなくとても寂しさを感じる場所ですが、我々が目指している浦幌郷も人口激減地帯でございました。1970年といえば今から約45年前ですが1万2千人余りいた人口が今では5千人になっておりさらにこの減少が加速しそうな場所でございます。

 しかしここにはよく整備された運動公園がありまたキャンプ場も併設されておりますので、
二人は喜んでここにキャンプを張ったのでございます。運動公園の近くには町の浴場までありましたのでロドリゴとイェティさんは痛んだお尻の手当てをこの浴槽の中で十分することができました。
今日も尻は何とかもったけど、また明日は辛そうだ・・・・・・・
このころになると会話の内容はもっぱら尻の痛みの軽減策になっておりました。

 

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(27.9.3) ロドリゴとイェティさんの北海道自転車周遊記 その3

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(襟裳岬)

 8月8日も涼しいいかにも蝦夷の天候でございました。この旅の出立時間はいつも6時と決めておりましたのでロドリゴイェティさんは朝5時には起きてテントをかたづけ軽い朝食を済ませたのでございます。
ロドリゴはこうした旅では荷物を最小限に抑えており必需品以外は何も持っていないのでございますが、イェティさんは毎朝食事の時にはコーヒーブレイクが必要なようで、簡易コンロ紙コップのコーヒーセットを用意しておりました。
ありがたいことにイェティさんはそのコーヒーをロドリゴにも飲ませてくれたので、ロドリゴがいつもする一人旅では味わえない優雅な気持ちになったのでございます。

 その日はテント泊した「むかわ四季の館」から国道235線えりも岬に向かって出立いたしました。本日の距離は130km程度ですので3時頃にはえりも岬に到着するはずでございました。
この国道235線に沿って日高本線が走っているのですが、信じられないことにいくら並走して走っても列車が来ないのでございます。
イェティさんが線路を確認して、「線路がさびているから廃線になったのだろう」というのですが、ロドリゴが約3年ほど前に蝦夷地にきたときにはこの日高本線は走っておりました。
そんな話は聞いていないのだが・・・・・・・・・・・

(地図は以下参照)
https://www.google.co.jp/maps/@42.4395181,142.6894413,9z?hl=ja

 この旅の帰宅後調べてみると途中土砂崩れが発生しその復旧がままならず、必然的に廃線のような形になっていることが分かりました。
この線の乗車率も極端に低く、ロドリゴが乗車した3年前も一車両に数人しか乗っていなかったことを思い出しました。
蝦夷地では住民はみなを疾駆して移動しますので列車に対する需要は極端に減っており、幹線を除いて鉄道網が成り立つ条件はないのでございます。

 本日の旅の途中の日高郷新冠郷は名馬の産地で、将軍家やJRAの名馬を一手に引き受けているような場所で牧場には放たれたサラブレッドが優雅に草を食んでおりました。
またこれはロドリゴにはいつも不思議に思われるのですが途中で通過した浦河郷様似郷は非常に瀟洒な建物が並んでおり、なにか江戸の原宿のような雰囲気を醸し出しているのでございます。
こうした蝦夷地にそうした場所があること自体不思議なのでございますが、蝦夷地に住む住民が一致団結してなんとか村落を守ろうというような決意を感じる場所でございます。

 ところで自転車の旅はお尻の痛さとの戦いで100kmを過ぎるころになるとロドリゴもイェティさんもまともにお尻をサドルにおいていることができず、立ちこぎをして尻の重圧を和らげたりしなければならず苦心惨憺しておりました。
周りの景色はとても素敵でお尻の痛さえなければ十分景観を楽しむことができたのですが、実際は尻のいたさ軽減に集中して景色どころではなかったのでございます。
イェティさん、少し休憩して尻を休めましょう。尻から火が出そうです」
俺は血も出ている!!」


 この道は海岸線を通る平坦な道なのでございますが、最後のえりも岬に通ずる34号線は丘の上り下りがきつく丁度自転車競技の山岳レースのような場所が約10km続いておりました。
自転車の最大の敵はこの山登りで自分と自転車の重さを引き上げなければならないため、かえって自分の足で走った方が楽なのでございます。
ツール・ド・フランス山岳ステージを見ておりますと応援者がレーサーと一緒に走っておりますが、登りの速度は世界的なレーサーでも一般人の足とさして変わらないほど遅いことがよくわかります。
この坂道をロドリゴとイェティさんはなんとか休むことなく息がほとんど切れる直前にえりも岬にたどり着くことができました。
これ以上走ったら絶対死ぬ・・・・・・・・・

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(襟裳岬の灯台)

 えりも岬は森進一さんが「襟裳の春は何もない春です」と歌って物議をかもした場所ですが、江戸からはるばる訪れた訪問者にはそのように見えるのも致し方ないような静かで自然そのもののような場所でございます。
ただここえりも岬には「風の館」と称する観光施設が建設されており、また周りには数件の茶店があって、昼間であれば食事等の心配はしないで済むのでございました。
到着したのは5時前になり意外と時間がかかったのは尻から火が出るのを何回も冷やす必要があったからでございます。茶店で一服して夜半のキャンプを張る必要がありましたが、ここ一帯はキャンプ禁止地区で茶店の人の目も厳しいためテントを張るわけにはまいりませんでした。
ロドリゴはこうした場合JRバス停が最も良い睡眠場所になることを知っておりました。蝦夷地の冬は厳しくかつヒグマの出没も予想されるので実にしっかりとしたバス停が建設されておりそうした場所ならば安眠は確実だったからでございます。
イェティさん、バス停で寝ましょう。6時を過ぎればバスは来ませんから快適に眠れますよ

 しかしイェティさんはこの提案がどうも不承知だったらしく、なんとかして宿が取れないものかと茶店の主人に折衝し、ここから約2km程度下った村落に民宿と称する安宿があるのを発見いたしました。
イェティさんは持ってきた伝書鳩をとばして安宿の女主人と交渉し、その日はこのうらさびたほとんど幽霊が住んでいるような安宿に一泊したのでございます。

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