(27.8.22) 夏休みシリーズNO17 文学入門 ちっちゃなかみさん
夏休みに入ります。この間は過去のブログ記事の再掲になります。
河村さん主催の読書会は都合7年間も継続しているのだから大したものだ。私は小説というものほとんど読まないが、この読書会でテーマ本になったものはすべて読了して感想文を書くようにしていたので、意外に文学関連の記事が多くなった。
(20.10.29) 文学入門 3 ちっちゃなかみさん
今日の担当者は他でもない私で、私が読書会に選んだ本は、平岩弓枝さんの「ちっちゃなかみさん」だ。私はこの本をちはら台で開催されている朗読会で知ったのだが、以来大変気に入っていて私が担当になれば是非取り上げようと思っていた。
事前にレジュメを作り、机の上においていたらかみさんが目をとめて「私もでようかしら」という。特に断る理由もないので「いいんじゃない」と答えた。
もっともかみさんとしても一人で来るのはやや躊躇したらしく、友達のYさんを誘ってやってきた。
今日は新メンバーが4人も来て、なにかとても新鮮な気持ちだ。
「ちっちゃなかみさん」はたった24ページの小説で1時間もあれば十分に読み切れてしまう。話の筋立てはいたって簡単だ。
「向島で三代続いた料理屋、笹屋の一人娘、お京がこの正月で20歳になった。当時は20歳になれば嫁に行くには十分な年頃だ。
お京は15歳の時から家の店を切り盛りしてきたので、今では親は楽隠居の身に成っている。親の心配事は娘の縁談だけで、親は色々な縁談話を持ち込むが、お京は『あてがあると』断る。聞くとかつぎ豆腐売りの信吉の嫁になりたいと言う」
ここまでが前段であるが、この前段までに江戸時代の三つの常識が紹介されている。
① 当時の女性はほぼ全員が結婚し、それも20才前には片付いている(だからお京はやや婚期が遅れつつある)。
② 大店の娘はかつぎ豆腐屋売り風情の男の嫁には出来ない(親としては承服できない)。
③ 一人娘のお京は当然に養子を迎えて店を存続させる(だから外に嫁に行くなんてとんでもない)。
こうした当時の常識に挑戦させるために、お京に「信吉さんのお嫁になれないなら一生独身で過ごす」と言わせる。これで親は大弱りになり対策を打たなければならなくなる。
話のスピードはいたって早い。板前や女中頭、植木屋の老翁から信吉の人柄を聞くがいづれも評判がいい。
このあたりはいかにも短編小説で、ながながと信吉の人となりを説明せず噂話として片付けている。しかも実際この小説に出てくる信吉は、お京との結婚話を心ひそかに思って夜人知れず泣いてしまう男だ。
私はこの小説の唯一の欠点は、この信吉のめめしさに有ると思っているが、そうした性格描写を記載していると短編小説にはならないので、話をどんどん進める。
どうやら短編小説では登場人物を最小に絞るのがポイントらしく、笹屋の主人、嘉平、その妻、お照、一方の主人公一人娘のお京、および本当の主人公ちっちゃなかみさんの加代だけが実際に描かれている全てといっていい。
ここからいっぺんにクライマックスにはいる。加代と治助が嘉平夫婦の長命寺の参詣に行くことを知って、後をつけ11歳の小娘である加世が兄のために自分達が身を引くので、信吉とお京を結婚させてくれと頼む。
「弟は子守をしながら自分が面倒を見るので、なんとしても兄の願いをかなえてほしい」と言う。作者は明確には言わないが、この時代少女に出来ることは女郎しかない。
11才や6歳の子供から「わが身を犠牲にしても兄の幸福を」などといわれて、涙を流さない日本人はいない。
日本人の琴線を知った作者が、まさにその琴線を震わした訳だ。
平岩弓枝さんは本当に短編小説の名手だと思う。必要人物を最小限に絞り、話のスピードを上げ、必要な場面だけ詳細に描く。そして幼子が自らを犠牲にすると言わして読む人を泣かしてしまう。すばらしい短編小説だ。
なお、河村さんから今回の読書会のまとめをいただいたので、一部抜粋して掲載する。
『意見交換に移ると、「癒される内容だが、娯楽小説の域を出ない」とか「文学の『毒』がない点が若干物足りない」といった辛口の意見が出される一方で、「人情的なものを前面に出す設定になっている」「季節感あふれる文章で終りが爽やかなのが平岩文学の特徴、表題作もハッピーエンドで、さらっと終わっている」というような好意的な意見も聞かれました。
中には、11歳の〝ちっちゃなかみさん″こと加代が早熟すぎてそのリアリティを疑問視する意見も出されたものの、男女を問わず若年で独り立ちを余儀なくされた江戸時代と若者のモラトリアムが長い現代とでは人間の成長の早さが違う、というような説明が相次いでなされ、その疑問は氷解したようでした。
私(河村)は今回初めて平岩弓枝の短編集を読みましたが、人情味豊かな市井ものあり、芥川龍之介ばりの凝った作品(「師」もの)あり、ある程度史実を踏まえた歴史小説あり…と多彩な印象を持ちました。
いずれも文章がよく練られており、時代考証も行き届いていて、安心して読めました。個人的には、意匠を凝らした技巧的な作品よりも、表題作のような心温まるシンプルな作品の方がいいですね。
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