旅行 北アルプス縦断

(28.8.12) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ 北アルプス縦断記その9」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております。

(25.9.15) ロドリゴ 北アルプス縦断記 その9(最終章) 帰宅

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(黒部五郎岳を過ぎる頃から蒲田川を隔てて笠ヶ岳が見えてくる。この角度から見た笠ヶ岳が一番美しい)

  さて、このロドリゴ北アルプス縦断記も最終章になりました。
私ロドリゴが枢機卿クナーカ様の命を受け、この北アルプス縦断に乗り出したのは8月20日のことでございましたから、今日(8月28日)で足かけ9日が経過したのでございます。
当初は昼夜兼行でこの北アルプスを踏破する予定が、すでに初日の草月はやつき)尾根の登りで大雨にあい挫折をし、その後は左足が思うように動かず、かつ雷に打たれたりしてすっかり老人の登山になってしまいました。

注)当初はトランス・アルプス・ジャパン・レースの選手のようにアルプスを走り抜けるイメージを持っておりました。

 思えばロドリゴは齢67歳で、こうした無理な登山はすでに不可能な状態になっていたことをあらためて思い知らされたのでございます。
それでも何とか北アルプス縦断だけはやり遂げようと穂高のキレットを越えて、岳沢からようやく上高地に降り立ったのでございます。

 長期の登山においてもっとも閉口するのは実は風呂に入ることができず、途中で体をふくことはあってもだんだんと臭気がまして自分でも気づくほどになることと、体にがまつわりついて夜間寝ているとかゆくて仕方がなくなることでございます。
ロドリゴは寝る前に手拭いを濡らしておき、体がかゆくなるたびにその手拭いで塩気をぬぐっていたのですが、臭気だけはいかんともしがたいレベルに達しておりました。

早く下界に降りて風呂に入ろう。くさいシャツやパンツや靴下は洗うか捨ててしまおう
当初の予定では上高地からバスに乗り松本市まで出てホテルに宿泊して山の垢をすべて落とす予定でございました。
夕方6時に上高地を発つバスに乗り、新島々で松本電鉄の電車に乗り換えて松本市には9時少し前に到着いたしました。

注)穂高や槍方面のほとんどの登山客はふもとまで自動車できており、電車を使用しての登山者はロドリゴ一人でございました。

 ロドリゴはさっそく駅の周りに点在しているホテルに宿泊を申し込んだのですが、信じられないことにどのホテルも「予約がいっぱいだ」との理由で断られたのでございます。
実際に予約がいっぱいだったのかもしれませんが、ロドリゴの風体があまりに山姥のようであったこと、および臭気がひどく他の宿泊客に迷惑が及ぶのをホテル側が恐れて断ったのではないかとロドリゴには思われました。

それならいい、もうホテルなんかには泊まらん
ロドリゴは一瞬松本駅の構内で寝ようかと思いましたが、新宿行のバスがあることを思い出して最終の10時発のバスで新宿に向かったのでございます。
バス内で靴を脱ぐと靴下が人間のにおいとは思われない悪臭を放ちましたので、すぐさま靴下と靴をビニール袋に入れて臭気の遮断を試みましたが、おそらく周囲の乗客は毒ガス兵器がハポンに持ち込まれたのではないかと疑ったはずでございます。

 新宿には夜中の12時半ごろ到着したのでございますが、まだこのころ若者が街にあふれており新宿は不夜城でしたが、残念なことにその時間にロドリゴが住む千葉市おゆみ野行きの電車は存在しませんでした

まあ、いいか、京葉線のコンコースで寝て朝一番の電車に乗ろう・・・・・
そう思いながらネオンサインを見ていると24時間営業の漫画キッサが目に入ったのでございます。
ロドリゴはさいとう たかお氏ゴルゴ13弘兼 憲史氏人間交差点のファンでしばしば漫画キッサを利用した関係で、ここに個室がありかつシャワーまで用意されていることを知っておりました。
料金は夜間8時間コースで2000円ちょっとで、はっきり言えば安価な木賃宿になっているのでございます。

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(槍から穂高にかけてはやはり日本の誇る山塊だと思う)

 北アルプス縦断の最後の締めが漫画キッサというのはいささか物足りなさを感じましたが、何しろ臭気をとれるならどこでもよいという状況でしたので、この漫画キッサに駆け込みようやくのことでシャワーを浴びることができたのでございます。
決して快適な眠りではありませんでしたが、それでも身体から塩気がぬぐい落ち久方ぶりにすっきりした気分にはなっておりました。

 こうしてあしかけ9日に及んだ北アルプス縦断は終わりました。
正直に言えばロドリゴにとって長期にわたる登山は体力がついていかず、特に前半は左足の不調に悩み山小屋にしばしば駆け込んでおりました。
かつて持久力抜群と言われたロドリゴにとっても寄る年波には勝てず、長期の登山はおそらくこれが最後になると思われました。

 クナーカ様には別途詳細な報告書をしたためる予定ですが、ブログでのロドリゴの報告はこれで終了いたします。長い間読んでくださり感謝申し上げます。

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(28.8.10) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ 北アルプス縦断記その8」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております。

(25.9.13) ロドリゴ 北アルプス縦断記 その8 キレット越え

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大キレットの岸壁。危険な場所にははしごや鎖が設置されている)

 ロドリゴは若い時から登山をしてきましたが、なんとなく行くのが嫌な場所というものがあるのでございます。それが本日(8月27日)通過しようとしている南岳(3032m)北穂高岳3106m)の間の大キレット北穂高岳奥穂高岳3190m)の間にある小キレットでございました。
ここは上からこのキレットを覘くと何とも空恐ろしい断崖絶壁になっており、どこに底があるのかと思われるほど深く、到底人が通れるような場所と思われないような場所でございました。
こんな所は鳥以外は近寄ることはできまい」そう思って避けてきたのでございます。

 ただしこうした場所でも対処方法はあるもので、それは絶対に上や下を見ないことで、上や下を見るとそれだけでめまいがしますが、一方目の前の1m程度の範囲に視界を固定しその岩だけを見ていれば、たった1mの岩登りに過ぎないのでございます。
特に一般の登山道は危険な場所には鎖と梯子が設置されていますので、この方法は非常に有効でございました。

注)登山道でない場所のクライミングにはルートファインディングの能力が要求されますので上下左右を見渡さなくてはならず、視界1m固定方法は役立ちません

 「見まいぞ、見まいぞ、断崖絶壁」呪文を唱えながら南岳から大キレットに降り始めたのは5時半ごろでございました(ロドリゴは本当は絶壁が怖いのでございます)。
実はロドリゴが出発する1時間程度前に、老人グループインストラクターに引率されてこの大キレット越えを始めておりました。
このグループは総勢20名程度で、三つのグループに分けられ互いにロープで結ばれヘルメットを着用しておりました。

 登山経験のない方はこのローピングについてお分かりにならないでしょうが、ロドリゴが生まれたヨーロッパ・アルプスでは通常の方式で危険な岩場に向かう時の安全対策でございます。
ただしそれには条件があり、たとえば素人が登山するときは専門のガイドと1対1でローピングして、素人の滑落を防ぐのでございます。
ところが信じられないことにこの大キレット越えをしているグループはインストラクター一人に素人の老人5名程度がローピングをしておりました。

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(私の前にいた老人グループ。ナメクジの歩みのように遅かった)

これがローピングと言えるのだろうか、これでは一人が滑落したら全員が谷底に落ちてしまうじゃないか。助ける人が一人で滑落する人が5名では一蓮托生だ!!!」
ロドリゴはあきれ返ってしまいました。
しかし滑落するのは自身の責任としても、問題はこのグループのキレット越えは亀の歩みというよりはナメクジ並みのスピードで、1時間前に出発したグループにすぐに追いついてしまったのでございます。

注)なおこのようなローピングはとても危険で、いつか集団で滑落する事故が起こるとロドリゴは予測しておきます。

 この登山道は人一人がやっと通れる程度ですのでどのように努力しても追い抜くことは不可能で、無理して一般道を外れると奈落の底に落ちてしまうことは確実でございました。
いつまでも岩にかじりついてないで早く通ってくれ!!!」祈るような気持ちでしたが、この老人たちは岸壁を登るには腕に力がなく、一方岸壁を下るときは足が震えているといった有様で、本来こうした場所に来るのは絶対にふさわしくない人々の集団でございました。

注)老人登山が盛んになるにつれて安全な登山に飽きた老人が、インストラクター(登山家がバイトで行っている)に付き添われて素人が近寄らなかったキレット越えのような場所に集中するようになっております。

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(滝谷。見ると恐ろしいのでできるだけ見ないようにしていた)

 大キレットで唯一追い抜きが可能な場所はこのキレットのもっとも低い部分(鞍部)だけで、そこに行くまでロドリゴはただただひたすら岩を抱えて待つしか方法はなかったのでございます。
岩登りにはリズムが大事で、反対にこのリズムが失われると思わぬところで事故になるのですが、この時はリズムなんてものでなく高速道路の大渋滞といった有様でございました。
いいから、みんな滝谷に落ちてしまえ!!!」悪魔のささやきに思わず心が動かされそうになりました。

 結果的にこの大キレット越えには1時間半近く遅れてしまい、次の小キレット越えは慌てふためきながら突破し、奥穂高岳から前穂高岳3090m)を経由し、岳沢を下って上高地のバス停にたどり着いたのは6時少し前で、6時の最終バスにようやくのことで間に合ったのでございます。
正直に申しますと1週間以上山にこもっていたため、体は塩まみれになりあまつさえ自分でも分かるほど臭気を発しておりました。
ロドリゴが大キレット越えでイライラしたのも、本日中に下山し温泉に入りたかったからでございます。

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(28.8.8) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ 北アルプス縦断記その7」

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(25.9.11) ロドリゴ 北アルプス縦断記 その7 槍ヶ岳から南岳へ

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(槍ヶ岳、中岳、南岳と続く稜線が見えた)

今日(8月26日)は黒部五郎岳のキャンプ場を後にして、三俣蓮華岳2841m)、双六岳2860m)、槍ヶ岳3180m)を経由して南岳3032m)のキャンプ場まで行く予定でございました。
天気は晴れ渡り前半の悪天候がうそのような状況になり、ロドリゴはウキウキしながらこの高度3000m前後の尾根歩きを楽しんだのでございます。

 特にロドリゴが好きなのは双六岳の何ともだだっ広い稜線で、高度3000mの地点に何か草原が広がっているような錯覚さえ起こるような場所でございました。
こんなところで一日中寝ていたらどんなに幸福だろうか・・・・・

 双六岳から槍ヶ岳に向かうには西鎌尾根を4時間弱歩かなくてはならないのですが、このころから歩く速さがとても速くなり3時間弱槍ヶ岳の肩小屋まで到着いたしました。
しかしこの肩小屋についてロドリゴは目を見張ったのでございます。
いままで日本アルプスの中央部分を歩いてきた関係で、登山客は非常にまばらで山小屋なども10人以下の泊り客しか見なかったのに、ここには銀座か新宿を思わすような雑踏になっておりました。
な、なんなんだ。この混雑ぶりは・・・・・・・

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(槍ヶ岳の岩場、こうしたピークがいくつも続いている)

 ロドリゴは山では静寂を好み、しばらく前までは人っ子一人いない場所でよくキャンプを張っておりました。
10㎞四方にはクマと狐しかおらず、自身も動物に化身して夜を過ごしたものですので人の多い場所はどうしても違和感を覚えるのでございます。
こんな場所は早く通り過ぎて南岳まで行けば少しは静かになるだろう・・・・・

 ロドリゴが南岳に向かったのは明日は大キレットと言う難所をこえるためでございます。登山好きの人はよくご存知ですがこの南岳北穂高岳の間に大きく落ちくぼんだ登山道があり、かつては通常の登山者は通ることのできない難所中の難所でございました。
いまは鎖と梯子が設置され注意すれば通常の登山者も通過可能なのですが、蒲田川側滝谷と言ってロッククライマーのメッカになっており、断崖絶壁が真下に見える目のくらむような場所でございます。

注)なおキレットとはエゲレス語のように思われますが、切戸というハポンの言葉がなまったものでございます。

 ロドリゴは剣岳の難所を突破した後はほとんど稜線歩きといった具合で危険なものは雷ぐらいだったのですが、再びここ穂高にきて難所中の難所を越えることになったのでございます。
まあ、しかし所詮は一般の登山道だ。剣岳のカニの横這いを思えば楽勝だろう
そう思ったのですが、実は信じられないような伏兵がいて決して楽勝ではなかったのでございます(詳細は次回報告します)。

 ロドリゴは南岳のキャンプ場でキャンプを張り、一方で食事は南岳小屋で食べたのですが、ここも信じられないような混雑でございました。
かつてと言っても40年以上も前ですが、ここ南岳小屋に泊まった時はシーズン中だというのにガラガラに空いていたことを思い出しました。

 当時はキレットを超える登山客は少なく経験豊かな登山者以外は大キレット越えをしなかったのですが、信じられないことに今は私と同様の老人が登山のインストラクターに付き添われて大キレットを超えるツアーに参加しておりました。
なんなんだ、この爺さんと婆さんの大集団は・・・・・・・」ロドリゴは自身も爺さんであることを忘れて驚きの声を上げてしまいました。

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(西鎌尾根から見た赤岳、岩石が赤いのでとても印象的な山)

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(28.8.6) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ 北アルプス縦断記その6」

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(25.9.9) ロドリゴ 北アルプス縦断記 その6 黒部五郎岳

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(黒部五郎岳。真ん中のえぐれている場所はかつて氷河があった場所でカールという)

 天候も安定し、信じられないことにあれほど力が入らなかった左足も踏ん張りがきくようになり、快適な尾根歩きができるようになりました。
昨日は何とも長かった薬師岳の稜線を歩いたのですが、今日(8月25日)は黒部五郎岳2839m)を越してその向こう側にある黒部五郎小屋のキャンプ場まで行く予定でございました。
このころから朝5時半出発、3時か4時までにキャンプ場に着くというパターンがようやく定着したのでございます。

 今日のコースも2500mから2800m程度の山の稜線を歩くことになり、とても開けたはい松帯お花畑を縫うように歩くのでございますが、気になったことは道が雨で深くえぐられ地表が醜く露出していることでございました。
どうしても人間が歩くとそこの植物が枯死して岩だらけになり、そこに水が集中的に流れるようになって山肌が崩れていくのでございます。
特に太郎山2372m)から北ノ俣岳2661m)に向かう登山道は何か小さな渓谷と言っていいような状況になっておりました。

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(表土は50cm程度で、そこが水に洗われて表土が喪失し山が次第に荒れてくる)

 こうした場所は環境庁が尾瀬にあるような木道を整備し、また岩が流れないようになどを設置していましたが、予算の関係でしょうかとても十分な手当てには見えませんでした。
ハポンの財産と言っていい山肌がどんどん露出していくのはとても見るにたえない
ロドリゴにもし資金があり財団を組成できるならば、日本の山を守る会を結成して岩肌の露出部分に木道を設置してこれ以上の崩壊から自然を守るのですが、ロドリゴの最大の弱点はお金に縁がないことでございました。

 さて今回どうしてもクナーカ様に報告しなければならなかったことは、黒部五郎岳から五郎のカールコースをたどっていた時、背中が破れたリックを発見したことでございます。
背中がざっくりと穴が開いており、内容物が周りに散乱しテントのひもを止める金属製のペグが10m程度離れた場所にほっぽり出してありました。
なんだ、なんだ、どうしたんだ。このリックの持ち主に一体何が起こったのだろうか???」
山で時にリックがデポしてあることはあるのですが、持ち物が散乱しザックそのものが破けているような状況を見たのは初めてでございました。

 この場所から約2km程度下ると黒部五郎小屋がありますのでそこで小屋の管理者にその旨報告すると、ことの仔細が判明いたしました。
ロドリゴが五色が原で雷鳴に打たれて命からがら小屋に逃げ込んだ二日前、ここ黒部五郎岳周辺も雷に襲われ、登山客の一人のザックに雷が落下したそうでございます。
本人はすぐにザックを捨てたのですが背中に大やけどをしかちかち山の狸のようになり、それでも自力で2km下の黒部五郎小屋までたどり着き、そこから救助のヘリコプターに乗って病院に運ばれたのだそうでございます。
早くリックの回収をしたいのだけど時間がないのでそのままにしています」と山小屋の管理者がすまなそうに言っておりました。
雷が落下した後を見たのは初めてでございますが、一歩間違えばロドリゴの運命だったと思うととても異様な感じがしたものでございます。

 この日からロドリゴはようやくキャンプ生活に入ることにしました。
ところが取り出した寝袋は保護していたビニール袋に穴が開いていたため、かなりひどく濡れてしまっておりました。
こりゃまずい、早く乾かさないと夜中寝られない・・・・・・・・
ロドリゴは懸命にこの寝袋を乾かしかろうじて寝られる状態にしてその夜を過ごしたのでございます。
こうして黒部五郎岳でキャンプができ、いつもの山旅のスタイルになれてとてもうれしく思ったものでございました。
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(ようやくキャンプ生活にはいれた)

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(28.8.4) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ 北アルプス縦断記その5」

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(25.9.7) ロドリゴ 北アルプス縦断記 その5 薬師岳への道

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(北アルプスの中央部分にはまだ多くのライチョウが生息していた)

 天候は5日目に入ってようやく回復の兆しを見せてきました。この日(8月24日)は朝方は弱い雨が降っていたものの、段々と晴れ模様になってきてロドリゴの気持ちもようやく晴れやかになってきたのでございます。
黒部渓谷を挟んで対岸にはかつてロドリゴが登った事がある烏帽子岳野口五郎岳が見え、その向こうには鹿島槍五竜といった、安曇野からも見えるなじみの山岳が姿をあらわしてまいりました。

やれやれ、雷はもう来そうもないし、稜線歩きは快適だし危険な場所も全くなくなった
北アルプスの中央部分は2500mから2900m程度の山が数珠つなぎに連なっており、標高差は400m程度で、剣や穂高のような断崖絶壁は全くなく、時にブロックのように積みあがった大石の上を飛ぶように歩く以外は危険とは無縁の場所なのでございます。

 眼下には黒部川の上廊下と呼ばれる断崖伝いの道が見えておりました。
山登りで遠くの山が見えるというのはとても気分を爽快にし、「今日はあすこまで行こう」なんて気持ちになるのですが、一方土砂降りの雨や霧にまかれると自分の立ち位置が全く分からなくなり、「なんでこんなつまらないことを自分はしているのだろう」とひどく懐疑的になるものでございます。

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(ようやく黒部渓谷を挟んだ対岸の山並みが見えてきました)

 今日登らなければならなかった山は薬師岳2926m)ですが、この山は横にだだっ広く広がっており、五色ガ原方面からくると、行けども行けども頂上が現れてこないという不思議な山でございました。
ようやくたどり着いたと思われた頂上は北薬師岳2900m)でそこからさらに1時間以上歩かないと薬師岳の頂上には到達しないのでございます。

 薬師岳の稜線はなにか大きな馬の背中といった感じで、晴れてさえいれば全く問題ないのでございますが、霧にまかれると方向が全く分からなくなり過去にここで愛知大学登山部の大量遭難事故が発生しておりました。
間違った尾根を降りてしまい一旦沢筋に入り込むと引き返すことができなくなって遭難するというパターンで、登山でははっきりしたルートになっている沢筋以外は絶対に入らないのが鉄則なのでございます。

注)沢には必ず滝があってここを降りてしまうと引き返すことができなくなり、さらに下に降りていくと滝の規模がだんだんと大きくなってどうにもならなくなるのでございます。
かつてロドリゴは伯耆大山の沢に降りてひどい目にあった経験がございます。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/2091_050f.html


 
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(薬師岳の下降ルート。霧にまかれると全く方向が分からず、尾根筋を間違える)

 何ともだだっ広い尾根伝いに降りると薬師岳小屋が見えてまいりました。
ロドリゴは正直に白状しますが最初はすべてキャンプどまりにする予定でございましたが、山が大荒れに荒れていた関係で小屋どまりをしているうちにすっかり野性味を失い、山小屋をあてにするようになってしまいました。
この小屋から1時間程度下ればキャンプ場があったのですが、時間が3時ごろですでに10時間弱の時間が経っていたので、ここで草鞋を脱ぐことにいたしたのでございます。
姉さん、一晩泊めてやっておくんなせい

 ここ薬師岳小屋から見る景色は360度の遠望というような感じで、特に夕焼けは美しくうっとりするような眺めでございました。
しかしロドリゴは「日が暮れるまで歩く」という当初の目論見が崩れ、山小屋ばかりに泊まっている自分が情けなく思われたのでございました。
ロドリゴが山小屋ばかり泊まるのは、たまたま金があるからだ。いっそこの金をすべて破いて捨てれば二度と山小屋に泊まることはあるまい

注)ロドリゴがお金を持っていたのはクナーカ様から支給される伝道費用の一部をひそかにためていたからでございます。

 ロドリゴは強い決心をして残っていた万円札をすべて破り捨てようとしたのですが、そうすると山にごみを残してしまうことにはたと気が付きました。
主に仕える者が山を紙幣で汚しては主に対し面目が経たない」ロドリゴは(決して金が惜しいのではなく)自然を愛する心ゆえにこの行為を思いとどまったのでございます。


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(薬師岳小屋から見た夕焼け)

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(28.8.2) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ 北アルプス縦断記その4」

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(25.9.5) ロドリゴ 北アルプス縦断記 その4 雷鳴のなかで

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(五色ガ原周辺、道が川になってしまった)

  ロドリゴは全く知りませんでしたがこの日(8月23日)富山地方では前線が停滞し、雷豪雨注意報が発令されておりました。
立山の大如山休憩所3015m)を出立した時はそれほどではなかったのですが、だんだんと驟雨が強くなり稜線の風の通り道に差し掛かると横殴りの雨が肌を打って痛いほどでございました。

 立山は竜王岳2872m)を過ぎると室堂平に引き返す道はなくなり、日本アルプスの中央部分に入っていくことになります。
かつてここは大学のワンゲル部のようなテントと食料持参で1週間程度山にこもれる人だけの天国でしたが、今では山小屋が整備され時間と体力のある登山客も入山が可能になっております。

 
 天候は時間が経つにつれ悪化し始め、当初は強い雨と強風だけでしたがそのうちに雷鳴が聞こえ始めたのでございます。
山の稜線伝いで雷鳴にあうのはかなり危険で、それも近くで雷鳴が鳴り出すと命の危険と隣り合わせになるのでございます。

 ロドリゴは稲光がして雷鳴がとどろくまでの時間を測定し、それが10秒以上では安心、5秒以内では危険と判断することにしておりました。
音速は約340mですので、10秒以上であれば3.5km以上も先だし、5秒以内であれば2km以内に迫ってきたということになるからでございます。

 当初は遠雷という状況だったのがついにロドリゴの上空で稲光が始まり、あたかも戦場のような状況なってきたのでございます。光だけでも迫力があるのに、何かまわり近所に砲弾が落ちているような状況でございました。
これはいくらなんでもまずい、どこかに退避しよう・・・・
通常の退避方法は稜線を避けて低い場所にうずくまっているということですが、実際にこれを行うのは全く不可能だと分かりました。

  と申しますのも歩いている間はTシャツとその上にカッパを着ている状態で適温を保てたのですが、止まって静かにしていると猛烈な雨と風でたちまちのうちに体温が奪われるのでございます。
最近韓国からの登山客が稜線で低体温症で死亡しておりましたが、ちょうどそれと同じ状況になってしまいました。
これじゃ低体温症で死ぬか、雷に打たれて死ぬかの選択じゃないか・・・・低体温症は確実に訪れるが雷は運が良ければ当たらないかもしれない・・・・・・・

 自分が今いる地点からもっとも近い山小屋は五色が原の山荘でしたので、何しろそこまで逃げ込むことにいたしました。
五色が原は標高2500m程度の場所に開けた平原のような場所で、池塘が美しく晴れていればいくらでも寝ていたくなるような場所でございます。
しかし今はあたかも戦場の砲弾の中を逃げ惑う敗残兵といった状況で、ただひたすら山荘までの道を急いだのでございます。

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(ようやくたどり着いた山荘)

 ロドリゴは何とか山荘にたどり着き難を逃れたのですが、ここから2日程度かかる場所を登攀していた登山客が雷に打たれ重傷を負ったということを後で聞きました。
雷に打たれるか否かは全く偶然というか確率の問題で、ロドリゴはタダひたすら主に祈ったのでございます。
善人なおもて往生す、いわんや悪人おや!!!」

 あまりに狼狽し、主の言葉をすっかりわすれてしまい親鸞聖人の言葉の方が出てしまいました。
ロドリゴはクナーカ様の目を盗んでひそかにハポンの仏教を研究し、他力本願のこの言葉が頭に焼き付いていたからでございます。
雷に打たれるか否かはすべて神のおぼしめし、クナーカ様から「秘かに異教を学ぶものは悪人だ」と言われたロドリゴでも生きたい」という気持ちでございました。

 ここ山荘には数名の登山客が避難しておりましたが、山荘に逃れた後も雷鳴はとどろき、大粒の雨が窓を打っておりました。
しかし山荘の中は快適で、地獄に仏とはこのことを言うのでございましょう。
かつてはこうした場所で生命を落とした登山家も今では山荘に逃げ込めば街中のホテルにいるのと何ら変わらない状況になることを身に染みて経験したのでございます。
雨と風と雷鳴は夜中まで続き、もしこのまま雨に打ち付けられていればおそらくロドリゴはこの場で67歳の生涯を終えていたと思われました。

なお五色が原周辺の地図は以下参照
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-123965.html

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(28.7.31) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ 北アルプス縦断記その3」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております。

(25.9.3) ロドリゴ 北アルプス縦断記 その3 剣岳越え

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(剣岳の岸壁)

 この日(8月22日)、ようやく天候が回復し私ロドリゴも意気揚々と剣岳越えを再開したのでございます。
逗留した早月小屋2200m程度の場所にあるため、あと800m程度登れば剣岳を越えることができるはずでございます。

 だが剣岳は日本有数の岩場で特に上部はかつてはロッククライミングの素養のある登山家だけが登頂できる世界でございました。
今でもカニの縦這いとかカニの横這いとかいう難所があり、前者は約20m程度の直登、後者は約10m程度の断崖のトラバースを余儀なくされる場所でございます。

 しかし現在でははしごや鎖が設置されており、それをたどっている限りは事故は起きないのでございますが、それでもカニの横這いは素人にとっては恐怖以外の何物でもございません。
約70m程度の高度差のある断崖絶壁10m程度横に這わなければならないのですが、鎖とその下1m程度の場所に岩をくりぬいた溝があり、両手で鎖をもって足で溝をたぐれば今では容易に渡れるようになっております(昔は本当にロッククライミングでわたっておりました)。

 問題は鎖をもちながら足を1m下までずり落とさなければならないのですが、この時両腕を伸ばして断崖絶壁で一旦体を空中に投げ出さなければならないのでございます。
これがとても恐怖感を起こし、ロドリゴの前にいた男女のペアがこの恐怖感にとりつかれておりました。

 男性はかろうじてこの場所を突破したものの、女性は鎖にしがみついたまま「キャー」とか「アー」とか悲鳴を上げて鎖にしがみついていたのでございます。
男性が何か言っているのですがまともな言葉になっておらず、一方女性は今にも断崖から落ちる悲劇の女性のような状況になっておりました。

注)映画「クリフハンガー」で岩と岩のピーク間に張ったロープから女性が谷底に落ちる場面がありましたがちょうどそのような状況でございました。

 ロドリゴは前に進みたいのですがこの女性がいる限り前進はできず、しかも女性は金輪際鎖を離すまいとしがみついているのでございます。
ロドリゴは思わず「いいかげんにしろ、早く落ちてしまえ」と思ったのですが、神に仕える身がそのようなはしたない想像をしたことを恥じて女性を激励することにいたしました。
腕を伸ばして身体を落とせば10cm下に溝があります。さあ思い切って手を伸ばすのです。そうすれば足が足場に到達します。さあ勇気を出して手をのばして体を落としなさい

 その女性は何回か足を空中に遊弋し、最後にようやく足場に足を乗せることができました。
女性がカニの横這いを通ってくれたのでやっとのことで私の番になりましたが、実際自分が体を空中に浮かす番になるとやはり手が震えておりました。
剣岳はこうした難所があって、今でも素人にとっては難所中の難所と言える場所なのでございます。

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(剣岳を越えると手前のようななだらかな稜線が現れる)

 剣岳を越え立山連峰に入ると全く危険な場所はなくなり、稜線の散歩という状況になるのでございます。この日は天候に恵まれ振り返れば剣岳の雄姿がみえ、また眼下には室堂平がはっきりと見えておりました。
しかしロドリゴにはまだ問題が残っておりました。それは昨日からの左足に力が入らず踏ん張ると力が抜けてしまう症状が残っていたのでございます。
剣岳の岸壁を抜ける間はすっかり忘れておりましたが、立山の別山真砂岳を通過するころから再び左足の力がぬけて来ました。
「こりゃ駄目だ。室堂平に降りて温泉に入って帰ってしまおうかしら・・・・・・・・


注)立山周辺の簡単な地図は以下参照
http://www.alpen-route.com/plan/climb/

 しかしここでやめてしまうとクナーカ様とのあの魅力的な約束が実行されないことを思い出しました。
ロドリゴよ、もしこの役目見事果たしたならば、その褒美として吉野家の牛丼を食べることを許してやろう
ロドリゴは一度でもいいから牛丼を食べたかったのですが、わがイエズス会では牛丼は修道士はご法度で、クナーカ様のような枢機卿でないと食せない珍味なのでございました。

 牛丼のためならば石にかじりついても穂高まで行くこととし、そのためもう一日体力の回復を待ってみることにしました。
そこで不本意ながら大如山の休憩所で再び一泊することにいたしたのです。
はたして私の左足は回復してくれるのだろうか。それともこのまま右足だけで北アルプスを縦断しなければならないのだろうか
何とも不安な気持ちでいっぱいでございました。

注)大如山の休憩所は最近ではまれな昔ながらの山小屋で築50年だそうでございます。ここを舞台に山岳映画が撮影され、来年封切られるそうですが、それは「剣岳・点の記」「岳」に続く山岳映画の第三弾だそうですが、残念ながら題名を忘れてしまいました。

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(28.7.29) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ 北アルプス縦断記その2」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております。

(25.9.1) ロドリゴ 北アルプス縦断記 その2 早月尾根

 
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(雨の中で花だけが美しかった)

 剣岳に登攀するには大きく分けて北と南からのルートがあり、ロドリゴが登攀しようとした早月尾根はやつきおね)は北側のルートでございます。
このルートは明治40年陸軍陸地測量部柴崎芳太郎氏が剣岳登頂を目指しながらも断念したルートで、断念をせざる得なかった最大の理由はその長大さにあったと思われます。

注)当時日本の中で測量が行われておらずその詳細が分からなかったのがこの剣岳周辺でした

 馬場島の標高は約750m剣岳が約3000mですので、急な斜面を2250mも登り切らなくてはなりません。
一方南側のルートのうち室堂平を起点とすると、ここの標高は約2500mですので標高差は500mではるかに容易に登頂が可能になるのでございます。

注)剣岳周辺の地図は以下参照
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/showmap.php?did=335452

 現在では一般ルートは整備され危険な場所にははしごがかけられており、また標識も随所にありますので注意さえ怠らなければ事故が起こることはないと言えましょう。
しかしここ剣岳の登頂を柴崎氏が目指した明治のころは、自身でルート開拓をしなければならずその苦労は並大抵のことではなかったと想像されます(映画 「剣岳・点の記」にその苦労がよく描かれていました)。

)映画「剣岳 点の記」の評については以下参照
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/218.html

 
 柴崎氏は尾根筋からの登頂をあきらめ、長次郎谷谷筋)を登ることでようやくのことで登頂を果たすのですが、信じられないことに剣岳の頂上には平安時代の錫杖が残されており、すでに初登頂がされていたことが判明いたしました。
しかしこの登攀者が誰でどのルートを通って登頂したかは一切不明ですが、登頂ルートは柴崎氏と同様長次郎谷か平蔵谷の雪渓を5月か6月ごろの雪渓が安定した時期に登攀したものと想像されます。

注)ロドリゴはかつて若かった時期に平蔵谷からの登攀を7月の終わり頃行いましたが、そのころは雪渓が切れてしまって途中で登頂を断念いたしました。

 と申しますのも尾根筋ルートは鎖やはしごがない場合はとても徒手ロッククライミングの道具を持たずに)で登攀は不可能ですが,雪渓は登りだけならば雪渓にキックを入れれば登攀が可能だからでございます。
一方雪渓の下降は大変困難で少しでも油断すると谷底に一直線で落ちてしまい、この平安時代の初登攀者もおそらく下降に失敗し、それゆえ初登攀者としての栄誉を失ったのだとロドリゴは想像いたしております。

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(雨の中を進むとこうした景色が続き気持ちがなえてくる)

 この日(8月21日)は朝から雨模様でしかも登るにしたがって雨は強くなり、カッパで雨は防いでいたものの内部からの汗は並大抵でなく、休むたびにTシャツを脱いで汗を絞るとぬれぞうきんのように汗がしたたり落ちるのでございました。
しかも信じられないことにロドリゴの左足は全く踏ん張りが利かず、右足一本での登攀を余儀なくされました。
実は8月以降マラソンのトレーニングは行わず、近くの有吉公園プールで水泳をしていたのですが、水泳は基本上半身の運動で下半身の筋肉が削げ落ちていたのでございます。
なんということだ。これでは片肺飛行している飛行機のようなものではないか・・・はたして右足一本で草月尾根を登りきることができるのだろうか・・・・・

注)早月尾根ルートは以下参照
http://www.town.kamiichi.toyama.jp/hp/kanko_turugi/root.htm

 当初の予定では剣岳を越え、反対側の剣沢キャンプ場あたりまで行くつもりでしたが、実際はとてもそのようなことはできず、あまつさえ雨脚はますますの強くなり体温も低下し、大雨の中で剣岳を越える自信はすっかりなくなってしまいました。
しかたない、早月小屋で世話になろう。身体も冷えきってしまってこのままでは低体温症になりそうだ・・・

注)草月小屋はこの尾根筋にある唯一の山小屋で標高2200mの地点にあります。

 本来はすべてキャンプをする予定でしたのに早くも登山初日で挫折し、早月小屋の蒲団の中で体温が回復してくるのを待っておりました。
このルートで当日登頂者はロドリゴ一人で、早月小屋には下降者を含めて5人が逗留しておりました。
小屋の食事は山小屋とは思われないほどおいしく、設備も立派でございましたが、宿の費用は9000円で、ロドリゴのように貧しい登山者にはその出費はかなり痛手でございました。
初日なのに左足は動かず、宿代は9000円では先が思いやられる・・・・・本当に穂高まで行けるのだろうか・・・・・・・
何かとても不安な気持ちでその夜を過ごしたのでございます。

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(28.7.27) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ 北アルプス縦断記その1」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております。

(25.8.30) ロドリゴ 北アルプス縦断記 その1 準備

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(馬場島キャンプ場のバーベキューハウス。ここで初日は寝た)

 マラカ大主教クナーカ様からひそかな密命が届いたのはキリスト歴2013年の8月の始めのことでございました。
ハポンで開かれているトランス・アルプス・ジャパンレースのコースを視察しその詳細な内容について報告せよ」というものでございましたが、クナーカ様は次回のジャパンレースのおりにはエスパニアの誇る修道士キリアン・ジョルネ殿を優勝させ、ハポンにおける布教活動の一助にする計画とのことでございました。
何しろハポネスはマラソン好きだから、この山岳レースでわがエスパニア人が優勝すればエスパニアの実力を見直し、あげて主の教えに従うはずだ

注)キリアン・ジョルネ修道士はウルトラ・トレイル・デュ・モンブランの優勝者でわが祖国エスパニアの誇りでございます。

 トランス・アルプス・ジャパン・レースとは日本海の富山湾を出発し、北アルプス・中央アルプス、南アルプスを経て駿河湾まで走り抜ける420kmのハポン有数の山岳レースで、このところ駿河の国の住人で火消しの頭、望月将悟殿が常に優勝をしている過酷なレースでございます。

クナーカ様、してこのロドリゴは一体何をすればいいのでしょうか
行け、そしてコースを下見し、その具体的コース内容を報告せよ
しかしロドリゴにはカメゴンの食事の世話をしなければならず、また齢67歳にもなって頭も禿げてしまい人前に出ることもかなわず、旅費の工面もできません。費用はクナーカ様からいただけるのでございましょうか
ロドリゴよ、金のことを言うのは卑しい人間のすることじゃ。費用はいつものように自己調達せよ。カメゴンにはしかるべく言い聞かせよ。そうじゃ、禿隠しにはわしが使用した野球帽を送ろう。すべて主の御心と心得よ!!」

 カメゴンには何とか1週間分の食料を残すことで説得したものの、ロドリゴにとって最も困難な課題は旅費の調達でございました。
致し方なく近在の農家からスイカを安く調達し、それをおゆみ野近在の篤信の信者に販売しようやくのことで縦走費用を整えたのでございます。

 こうして私ロドリゴがこのレースの視察に出発したのはキリスト歴8月20日のことでございました。
当初は北アルプス、中央アルプス、南アルプスの全山の視察を命じられましたが、それではカメゴンが餓死してしまうことと、ようやく篤信の信者から集めた金額はせいぜい1週間程度の山行が可能な金額でございました。
クナーカ様から費用をいただけるならば全山走破も可能なのですが・・・・・
ロドリゴよ、金のことを言うのは卑しいもののいう言葉じゃ。費用が1週間分なら主も1週間で許してくれるであろう

 かくしてクナーカ様のお許しも出て、約1週間の北アルプス縦走をすることになったのでございます。
今回の視察のルートは北アルプスの北端、剣岳の登山口から登頂し、立山、薬師岳、黒部五郎岳、双六岳、槍ヶ岳を経て穂高に登り、そこから上高地に下山するルートでございました。
登山に詳しくない方はイメージがわかないと思いますが、この中で剣岳の縦走と槍から穂高にかけての大キレット越え、それに北穂高から奥穂高への小キレット越えが日本でも有数の難所なのでございます。

注)ジャパン・アルプスレースでは槍から降りるのですが、かつて孤高の登山家と言われた加藤文太郎氏が冬の北アルプス縦走を行って穂高まで行きましたので、ロドリゴもそのコースをそっとたどることにいたしました。

 こうして富山の国上市部落というところにようようたどり着いたのは午後3時頃でございました。
ここからはJRも地方鉄道もなく、かつてはここからバスで剣岳の登山口馬場島まで行けたのですが、不況の影響でバス会社が撤退してしまい、今は雲助だけしかいない場所になっておりました。

 上市部落の駅舎でうろうろしていたところさっそく雲助から目を付けられました。
禿のだんな、馬場島まで行くんなら安くしとくぜ、籠にのらねいか!!」
して,籠の費用はいかほどに?」
まあ、25Kmあるから、8500円程度だな!!」
もし他に登山客がいて費用を折半できるなら籠に乗ってもよいと思いましたが、この時期上市部落から登山する客はほとんどおらず折半をする相手はいなかったのでございます。
歩くと6時間から7時間はかかり夜の見知らぬ山道を歩くのはかなり苦痛ではありました。

 しかしロドリゴには行商でかろうじて溜めた費用しかなくとても籠代を支払う余裕はなかったので、意を決して歩くことにいたしました。
ケチな客だな、クマにでも食われてしまえ」そう雲助が悪態を付いておりました。
夜道を歩くのは薄気味悪いもので、それも山道となれば時に自動車がすれちがうものの人一人としていないのでございます。

 番場島は標高750m程度で、早月川はやつきがわ)に沿って県道剣岳公園線をひたすらさかのぼるのですが、かつてはところどころにあった集落もなくなり、学校跡や役場の支社跡が薄明りの中で往時の面影を残しているだけでございました。
夜の9時ごろにようやく馬場島のキャンプ場にたどり着き、屋根のあるバーべキューハウスの中で寝ることにいたしました。

注)剣岳の早月尾根ルートについては以下の地図を参照
http://www.town.kamiichi.toyama.jp/hp/kanko_turugi/root.htm

 この時期このキャンプ場にテントを張る人は一人としておらず、ロドリゴは疲れていたためマットを引いて寝袋で寝たのですがこれはひどい失敗でございました。
屋根があるからテントは不要と判断したのですが夜中に蚊の大群に襲われ、気が付いたら手と顔をさんざん刺されてしまいました。
たまらずテントを張ってもぐりこんだものの、馬場島の蚊はおゆみ野近在の蚊と違った種類で、抗体がなかったせいかその後2日程度かゆみが引きませんでした。

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(この日は夕方から小雨が降っており、夜中には土砂ぶりになった)

 夜中になりかなりひどい雨が降り始めましたが、ロドリゴは明日からの登山に備えてこのバーベキューハウスでひたすら寝ることにいたしました。
ロドリゴは全く知りませんでしたがこの日から富山の国の上空には前線が張り出し、山は荒れ模様になっていったのでございます。

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(25.9.15) ロドリゴ 北アルプス縦断記 その9(最終章) 帰宅

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(黒部五郎岳を過ぎる頃から蒲田川を隔てて笠ヶ岳が見えてくる。この角度から見た笠ヶ岳が一番美しい)

なお、北アルプス縦断記のその1,2,3,4,5,6,7,8、は以下のカテゴリーに入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat56434793/index.html


  さて、このロドリゴ北アルプス縦断記も最終章になりました。
私ロドリゴが枢機卿クナーカ様の命を受け、この北アルプス縦断に乗り出したのは8月20日のことでございましたから、今日(8月28日)で足かけ9日が経過したのでございます。
当初は昼夜兼行でこの北アルプスを踏破する予定が、すでに初日の草月はやつき)尾根の登りで大雨にあい挫折をし、その後は左足が思うように動かず、かつ雷に打たれたりしてすっかり老人の登山になってしまいました。

注)当初はトランス・アルプス・ジャパン・レースの選手のようにアルプスを走り抜けるイメージを持っておりました。

 思えばロドリゴは齢67歳で、こうした無理な登山はすでに不可能な状態になっていたことをあらためて思い知らされたのでございます。
それでも何とか北アルプス縦断だけはやり遂げようと穂高のキレットを越えて、岳沢からようやく上高地に降り立ったのでございます。

 長期の登山においてもっとも閉口するのは実は風呂に入ることができず、途中で体をふくことはあってもだんだんと臭気がまして自分でも気づくほどになることと、体にがまつわりついて夜間寝ているとかゆくて仕方がなくなることでございます。
ロドリゴは寝る前に手拭いを濡らしておき、体がかゆくなるたびにその手拭いで塩気をぬぐっていたのですが、臭気だけはいかんともしがたいレベルに達しておりました。

早く下界に降りて風呂に入ろう。くさいシャツやパンツや靴下は洗うか捨ててしまおう
当初の予定では上高地からバスに乗り松本市まで出てホテルに宿泊して山の垢をすべて落とす予定でございました。
夕方6時に上高地を発つバスに乗り、新島々で松本電鉄の電車に乗り換えて松本市には9時少し前に到着いたしました。

注)穂高や槍方面のほとんどの登山客はふもとまで自動車できており、電車を使用しての登山者はロドリゴ一人でございました。

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(北アルプスの中央部分はこうした平たいなだらかな山容が続いている)

 ロドリゴはさっそく駅の周りに点在しているホテルに宿泊を申し込んだのですが、信じられないことにどのホテルも「予約がいっぱいだ」との理由で断られたのでございます。
実際に予約がいっぱいだったのかもしれませんが、ロドリゴの風体があまりに山姥のようであったこと、および臭気がひどく他の宿泊客に迷惑が及ぶのをホテル側が恐れて断ったのではないかとロドリゴには思われました。

それならいい、もうホテルなんかには泊まらん
ロドリゴは一瞬松本駅の構内で寝ようかと思いましたが、新宿行のバスがあることを思い出して最終の10時発のバスで新宿に向かったのでございます。
バス内で靴を脱ぐと靴下が人間のにおいとは思われない悪臭を放ちましたので、すぐさま靴下と靴をビニール袋に入れて臭気の遮断を試みましたが、おそらく周囲の乗客は毒ガス兵器がハポンに持ち込まれたのではないかと疑ったはずでございます。

 新宿には夜中の12時半ごろ到着したのでございますが、まだこのころ若者が街にあふれており新宿は不夜城でしたが、残念なことにその時間にロドリゴが住む千葉市おゆみ野行きの電車は存在しませんでした

まあ、いいか、京葉線のコンコースで寝て朝一番の電車に乗ろう・・・・・
そう思いながらネオンサインを見ていると24時間営業の漫画キッサが目に入ったのでございます。
ロドリゴは斎藤 隆夫氏ゴルゴ13弘兼 憲史氏人間交差点のファンでしばしば漫画キッサを利用した関係で、ここに個室がありかつシャワーまで用意されていることを知っておりました。
料金は夜間8時間コースで2000円ちょっとで、はっきり言えば安価な木賃宿になっているのでございます。

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(槍から穂高にかけてはやはり日本の誇る山塊だと思う)

 北アルプス縦断の最後の締めが漫画キッサというのはいささか物足りなさを感じましたが、何しろ臭気をとれるならどこでもよいという状況でしたので、この漫画キッサに駆け込みようやくのことでシャワーを浴びることができたのでございます。
決して快適な眠りではありませんでしたが、それでも身体から塩気がぬぐい落ち久方ぶりにすっきりした気分にはなっておりました。

 こうしてあしかけ9日に及んだ北アルプス縦断は終わりました。
正直に言えばロドリゴにとって長期にわたる登山は体力がついていかず、特に前半は左足の不調に悩み山小屋にしばしば駆け込んでおりました。
かつて持久力抜群と言われたロドリゴにとっても寄る年波には勝てず、長期の登山はおそらくこれが最後になると思われました。

 クナーカ様には別途詳細な報告書をしたためる予定ですが、ブログでのロドリゴの報告はこれで終了いたします。長い間読んでくださり感謝申し上げます。

(別件)ちはら台・おゆみ野ハーフ・フルマラソン開催のお知らせ。

以下の日程でハーフ・フルマラソンを開催します。

・日程 10月6日(日) 10時スタート
・集合場所 ちはら台かずさの道 ちはら台走友会集合場所(地図添付)
・コース  ちはら台のかずさの道とおゆみ野の四季の道を使用(地図参照)

https://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&tab=wl

・参加費用 300円(ゼッケン代と飲み物代)
・参加資格 高校生以上ならだれでも可
・ルール 1か所信号があります。交通規則を守って赤信号では停止(この間の時間はネットタイムに含めませんので、各自時計を止めて調整)
・結果はこのブログに掲載します。
・その他 雨天決行ですので走る人は各自雨具等を用意して走ってください。

 *人数確認のため参加予定者はこのブログのメールかコメントを使用して、氏名、年齢、住所を連絡していただけると幸いです(ちはら台走友会のメンバーはその必要はありません)

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