マラソン ちはら台走友会 登山

(26.7.29) ちはら台走友会の夏山登山 爺が岳・鹿島槍

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(トシムネさん 撮影 鹿島槍ヶ岳)

  今年のちはら台走友会の夏山登山は北アルプスの爺が岳鹿島槍ヶ岳の登山だった。
昨年まではバスをチャーターして行ったのだが、今年はバスのチャーターができなかった。どうやら景気が回復し海外からの観光客が増加し、バス需要がひっ迫してきたらしい。
それまでは走友会の登山でもリーズナブルな値段でチャーターできたが、価格が高騰し、いたしかたがないので4台の自家用車に分乗して出かけた。総勢19名だから実ににぎやかな山行だ。

 自家用車だと登山口に自動車をデポするので登山口と降り口が一緒になって縦走という訳にはいかない。爺が岳の登山口・扇沢に自動車をデポし、柏原新道を遡り種池山荘経由で爺が岳2670m)に登った。その後宿泊予定の冷池山荘(爺が岳と鹿島槍の中間にある)に直行して荷物をデポし鹿島槍2889m)に登って山荘に引き返した。
鹿島槍ヶ岳は大町方面から見ると南峰と北峰がちょうど動物の耳のように見える特異な形をしているので誰にでもそれと分かる山塊だ。

 初日は天候に恵まれ膚が紫外線に焼かれたが気温は涼しげでとても気持ちのいい登山になった。メンバーは速足組ゆっくり組にほぼ半数程度に分けて登攀を開始した。
走友会のメンバーだから少々のきつい山登りは何ということもないが、それでもマラソンとは異なったテクニックがいる。
私は毎年ゆっくり組の先導を仰せつかるが、それは私がゆっくり登る登攀になれているからだ。

注)かつての走友会の登山はレース模様でスピードのある人が先導し体力が劣る人が途中でギブアップしていた。

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  登山ではゆっくりと、しかし休みをできるだけ取らずに一定のペース登ると、登山道が整備されている場所であればどこでも登り切ることができる。こうした体の動きは私が超長距離走100km以上の競技で通常250km程度が多い)で身に着けたもので、低燃費走法というのだが、この動きさえしていれば疲労をせず必ず走破できる。
登山も同様だからゆっくり組のメンバーの先導役として私は最適なのだ。

 鹿島槍ヶ岳は私にとって思いで深い山だ。今から40年ほど前になるが会社の同僚たちとここを登攀したことがある。
その時は八方尾根の遠見尾根を登って五竜岳、鹿島槍ヶ岳、爺が岳を経由して扇沢に降りた。
だが、年月の経過で途中どのようなところを通ったかすっかり忘れてしまっていた。五竜岳と鹿島槍ヶ岳の間には八峰キレットという場所があったのだが、何かひどく恐ろしかったことだけ記憶に残っており今では詳細を忘れてしまっている。

 今回登ってみて気が付いたが、鹿島槍ヶ岳の南峰と北峰の間もちょっとしたキレットになっていた。
今回の登山の計画者であるマッスルさんが、「南峰と北峰の間なんて、昔25分で走って往復した」と言っていたので、たいした場所ではないと思っていたが、走ることなどとてもできない断崖だった。
どう見ても25分で往復できそうな代物には思えない。
南峰から北峰にゆっくり組もいくつもりだったが、時間がかかりすぎキレットの底から引き返した。

 かつて若かった自分は断崖を登るのに喜びを感じていたが、年取った今では、ちょっとした崖でも恐ろしく見える。この少し険しいだけのキレットでさえかなり緊張した。
あの猿のような敏捷性はどうしたのだろうか」年月の推移を感じる。
それでも今回の山行はとても気持ちがよかった。剣岳や立山がくっきり見えたし、鹿島槍からは五竜岳の稜線が見えた。
ちはら台走友会の登山はいつも楽しい思い出が残る素敵な登山だ。

注)なおちはら台走友会の登山の記録は以下にまとまって入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat56133463/index.html

 

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(25.7.30) ちはら台走友会の夏山登山  妙高連山は美しい

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 今年のちはら台走友会の夏山登山は新潟県の妙高山火打山の登山だった。最近はマラソンと登山の性格を併せ持ったトレッキングレースが日本でも広く行われるようになったので走友会が登山をするのは珍しくはないが、ちはら台走友会が登山を始めた7年ぐらい前はまだ珍しいほうだった。

 走友会の登山は北アルプスや南アルプスに行くことが多いが、妙高連山2500m程度の山塊が連なっている山でこの近くでは奥秩父と同程度の高さだ。
しかし積雪の多い新潟県に位置するこの連山は夏でも雪渓が残り、高山植物は豊富池塘がいたるところにあり実際は尾瀬に近い。
湿原や池塘には水芭蕉が咲き誇っている実に美しい山だ。

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 私はまだ若かったころ妙高山には登ったことがあったが、火打山に行ったことがなかった。
妙高山から火打山、焼岳に連なる妙高連山はとても魅力あふれた場所で一度は行ってみたいと思っていたが、時期を失していた。
今回走友会で火打山から妙高に登ると聞いてうれしくなって参加した。

 ちはら台走友会には30名以上の会員がおり、私のような老人から若者まで実に多くの年齢層の人がいるが、登山の参加率も高く今回は18名の参加だった(一部会員外の参加もある)。
バスをチャーターして夜中に出発し早朝ふもとに着いて登山をするので、慣れていないと寝不足になるが私は今回で5回目の参加ですっかりこのパターンになれてしまった(最初は驚いたものだ)。

 火打山には笹ヶ峰という場所から登頂を始めたが、このあたりは日本のスキーの発祥の地だそうで戦前の学生や金持ち階級はこの場所でスキーを覚えたのだそうだ。
今でもスキー場が整備されているが、それよりもゴルフ場が多い。

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 初日は火打山に登って火打山と妙高山の中間にある黒沢池ヒュッテで一泊し、翌日は妙高山に登って燕温泉に下る計画だった。
初日は約8時間、翌日は約6時間半程度の行程だから、登山としてはそれほどきつくない。
私は昔妙高山に登った経験から何ということもなく登山できると思っていたが、実際はかなりタフな登山になった(昔は若かったことを忘れていた)。

 妙高連山は妙高山を除いてあまり多くの登山客が入り込んでいないため、岩がむき出しの場所が多い。
特に妙高山を裏側(火打山方面から)から登るとひどく荒々しい登山道になっている。
妙高山活火山で周りに2000m程度の外輪山を持った実に立派な風格をしている。この外輪山を超えてドーナツ状に存在する湿原地帯に降り、そこから一気に溶岩ドームの妙高山にとりつくのだが、登山道は信じられないことに直登だった。

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 通常アルプスなどではジグザグに登攀することが多いので、この直登にはびっくりした。
高度差はおそらく500m程度と思われたが、休ませてくれないのがきつい(休む場所がほとんどない)。
ひたすら我慢して登ると、頂上近くには修験者がこもって修行をした洞窟があってしめ縄が貼ってあった。
私はかつて修験者にあこがれ山で修行しようと思ったことがあったから感慨深かった(明治以降修験道という山岳宗教が禁止されたが、江戸時代までは非常に多くの修験者がいた)。

 荒い山道だったので帰宅後身体全体に疲労感が漂っている。かつてはこの程度の登山で疲れることはなかったのだが、寄る年波には勝てない。
それでも美しい山並みと植物を楽しんだので満足だ。

なお走友会の昨年の白馬登山の記事は以下参照。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-0e87.html

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なお、今回の登山に参加したA さんが詳細な報告をしていたので、一部修正して転載します。

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夏山登山参加の皆さま、おつかれさまでした。

幹事のMさん、Oさんには、 企画、計画、バスや宿の手配他、詳細な準備をしていただきまして、ありがとう ございました。
S会長には、チームの指揮をしていただき、ありがとうございました。

X隊長先導のもと、今年も何とか火打山、妙高山と、二つの山を登頂する事が出来ました。
今年は、火打山登頂直後に、雨が降り出し、しだいに雷まで鳴るザーザー振りの中、山の雨道を下って降りるという、貴重な体験をしました。
こんなに雨天で、合羽を着た年は、今までなかったので、ずるずるとぬかるみを滑りながらも宿に到着するまで、慎重に慎重に歩きました。

妙高山は、雨は降られずに順調に登頂。
でも、燕温泉までの下りは、苔の生えた石、粘土質の土、ぬかるみと滑りやい急 坂が多くて、 怖がりで、脚力に自信がない私は、ほとんど、腰を落として置く足の場所を決めるという、不格好な姿。
最後まで、息の抜けない登山でした。


二日目の朝の出発から約6時間、河原の湯、黄金の湯の看板が見えると、「お~い!」と、先着隊のKさんの声!ほっとしました。
燕温泉に続く平地に着くと、左に壮大な惣滝を眺めながら涼しい風が吹いて迎え てくれました。
燕温泉でサッパリ気持ちよかった!

たくさんの高山植物も楽しみました。十二曲で、キヌガサソウ、ワカガミ、 マイズルソウ、他、名前が解らなかったり、わすれてしまいましたが・・・高谷 池ヒュッテから火打山に向かう高谷池付近の湿原には、 白い大きなコバイケイソウや、鮮やかなピンクで薄紫のハクサンコザクラが、群生していました。天狗の庭も雪がまだ解けずに残っていました。

妙高山下山途中の長助池では、ワタスゲが揺れて疲れた体を慰めてくれました。
燕新道では、湿原で巨大になった、ミズバショウの葉の群生やクルマユリが、クルンとカールして、オレンジ色鮮やかに花を咲かせていたのが、象に 残りま した。

今年は、高山病にもならずに黒沢池ヒュッテでも十分に眠れて元気に登山を楽し むことが出来ました。


 

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(24.10.30) ちはら台走友会の美ヶ原登山 頂上の牧場を走った

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 走友会の秋山登山で今回初めて長野県の美ヶ原を走った。
登山と言っても走友会の登山だから走れる場所はすべて走ることになる。
美ヶ原には過去に一度職場の慰安旅行で訪れたことがあるが、記憶がまったくなかった。

 職場の慰安旅行は親睦が一番の目的だからもっぱら旅館での飲食と宴会にすべてのエネルギーが注がれ、観光は二の次ではっきり言えばどこであってもいいと言うのが実情だ。
せっかくの美ヶ原もバスで頂上に行ってガスの中を少し歩いて「こんな寒いところはいやだ」と早々に帰っただけだった。

 今回の走友会の登山は岳の湯と言う場所から、物見石山の稜線を登り、牛伏山近くにある山本小屋からは高原のJOGを行った。
私ははじめてここが牧場になっていて散策路が整備されているのを知った。
標高は
2000m程度でこの時期は霧と風が舞うと非常に寒い。走っている間は気持ちがいいが休むとたちまちのうちに体温が低下する。

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 山本小屋から王の頭王の鼻という場所まで往復10kmのJOGを楽しんだ。
王の鼻からは北アルプスが晴れていればくっきりと見えるはずだったが、この日は雲に隠れ北アルプスはみえないもののなかなかの絶景だ。
私はいつも感じるのだが景勝地は歩いたり走ったりして身体で確認しないとその場所の記憶が残らない。
単に自動車で頂上まで行ってちょっと景色を見るのと麓からそこまで登ってくるのとでは大変な違いだ。

 翌日は蓼科山2500m)に登る予定だったがあいにくの雨模様になったので取りやめ、甲府のサントリーのワイナリーを見学して帰宅した。
このあたりの事情は幹事のマッスルさんの報告を読んでほしい。

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 秋山登山、お疲れさまでした。


 美ケ原をもう一度走りたいというご要望に、企画幹事として手を挙げましたが残念ながら、天候には恵まれず、拙い幹事で済みませんでした。それでも山は秋色一色で、紅色、黄金色に包まれて、大変幸せな気分に浸りました。
山奥の寂れた場所の宿でしたが、とても親切で食事も美味しく素晴らしかったと思います。
美ケ原では、霧もあって物見石山からの大眺望は望めませんでしたが、王ヶ頭や王ヶ鼻周辺の景色や、あの延々と続く牧場の柵の道を気持ちよく走ることができました。

 蓼科山登山は、天候不良を配慮して、私の独断で中止をさせてもらいましたが、初心者もおられて、寒い雨にぬれて、足をひねったり動けなくなったら、即遭難の憂き目に合いますので、無理を承知で断念しました。

 ひょっとすると、それほどの強い雨ではなかったかもしれませんでしたがお許し下さい。

なおちはら台走友会の記事は以下にまとめて入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat44088639/index.html

 

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(24.7.31) ちはら台走友会の白馬岳登山 今年はお花畑を満喫した

 

  ちはら台走友会の夏の登山も7回目ですっかり定着した。今回の山は北アルプス白馬岳で参加人員は16名だった。
走友会では年2回程度のペースで登山を行っており、夏場はアルプスに行くことが多い。
過去に南アルプス甲斐駒ケ岳北岳、北アルプス槍ヶ岳剣岳穂高岳等に登っている。
走友会の登山としては立派なもので、昨今は山岳トレッキングレースとマラソンが融合しているので一部のモサは稜線伝いに駆けたり、また下山道を駆け下りたりしている。

 走友会メンバーは現役のサラリーマンが多いため、通常2泊3日要する行程を、金曜日の夜に出発して1拍2日の登山に短縮している。
最初の頃は(私は余裕のある日程の登山をしていたので)この真夜中に出発して車中1泊し早朝から登山開始になるスタイルがなかなかなじめなかった。
今でも車中で眠ることはできないが、何度も夜間走を経験したことから夜眠らないで身体を動かすことについては抵抗がなくなった。

 1泊2日が可能なのは、現在は色々と問題にはなっているものの高速バスをチャーターすることが非常に容易になっているからだ。
夜中にちはら台を出発すると早朝には白馬岳の登山口の猿倉に到着していた。

 猿蔵からは大雪渓を登って一気に6時間程度で白馬山荘にたどり着ける最短ルートがある。
雪渓を登ることに慣れていない人は「岩石が落下してきたらどうしよう・・・滑って落ちたら死んでしまうのではなかろうか・・・」との恐怖感を持つが、夏場の雪渓はほとんどの場合安全である。

 

  雪渓のところどころに大石が落ちているものの、これは両側の壁から落ちてきたもので、視界が明瞭である限り石が落ちる軌跡を予想することは可能だ。
ほれ転がってきたからうまくよけろ」と言う感じだ。

 また夏場の雪渓はザラメ状になっているので足のつま先でキックすれば容易に雪の階段が掘れるのですべるようなことはほとんどない。
それでも多くの登山者は簡易アイゼンを装備していた。
念には念を入れると言うことだが、ちはら台走友会でも登山に慣れている人を除いて全員アイゼンを持っていった。

 この雪渓の登山は夏場は本当に気持ちがいい。雪渓から吹き降りてくる風が何か涼しさを通り越してやや肌寒いぐらいであり、そうしたコンディッションのときが登山には最適だ。
16名の中には登山初体験者もいたが疲労を覚えず山荘にたどり着くことができたのはこの涼風のせいだ。

 昨年の奥穂高登山では途中で高山病になる人が続出したがそれと比較すると信じられないような快適な登山になった。
翌日は白馬岳を経由して蓮華温泉まで降りたが、稜線上の途中のお花畑がことのほか美しい。
今回女性は6名が参加していたが、花の写真を撮るために何度も立ち止まり写真に収めていた。

 

  通常の登山では黙々と歩き続けるのだが、今回はキャーキャーはしゃいだり歌を歌いながらの登山になり、白馬岳が楽しむための登山ルートであることがよく分かる。
もっとも大池山荘から下はゴツゴツした岩が続く下山道になり、それまで快適に歩いてきたのが嘘のように歩きづらくなる。
こんなことなら雪渓を降りるほうがどんなに楽か・・・・」ついグチが出た。

注)今から30年ほど前に家族で白馬岳登山をしており、そのときは大雪渓を下山したが座ったスタイルで片足を浮かしすべるようにして下山した(片足スキーという)。

 メンバーの一人で高度恐怖症だと公言しているモッチャンが「山は白馬のような安全で楽しい山がいい。穂高や剣の岩場はもういい」と言ったのには笑ってしまった。
昨年は高山病で悩んだMさんも今回は症状が出なかった。
また登山道は駆けるもんだと思っているイエティさんは稜線を歩く速度の4倍の速さで走るトレーニングをしていた。
穂高岳周辺の稜線は山岳トレッキングの練習コースとしては最高だ。

 今回走友会の登山には3名、走友会のメンバー以外の人が参加したがこの走友会の登山をメンバーから聞き知った人たちで、だんだんとこの登山が地域の人々に知られるようになってきた。
全員無事なのは当然として元気に余裕を十分残した登山になり帰りのバスでは宴会が最高潮に達したものだ。

なお昨年の穂高登山の記事は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/23726-27c9.html

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(23.10.11) ちはら台走友会の秋の登山 尾瀬燧ケ岳

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(尾瀬ヶ原から見た燧ケ岳全景

 ちはら台走友会の秋の登山は8日からの連休を利用した尾瀬の燧ケ岳ひうちがたけ2346mだった。
走友会では毎年2回登山を行っており、夏は奥穂高岳であったが、秋はあまり標高が高くなく楽しめる登山を目指している。

 走友会と登山との結びつきは若干奇妙だが、ランナーは意外と登山好きが多い。私もランニングを本格的にする前はもっぱら登山に熱中して、一時は登山家になろうとしたぐらいだ。

 走友会の登山では思いっきり登山好きのOさんが計画を作成してくれる。
実は昨年も尾瀬の至仏山2228m)に登っており、今度は尾瀬ヶ原を挟んで反対側にある燧ケ岳に登ることになった。
実際尾瀬ヶ原から至仏山燧ケ岳をながめるとどちらも登山したくなる山で、至仏山だけ登って燧ケ岳を残してしまうのはなんとも心残りになるものだ。

 私はこの燧ケ岳には30年ほど前に家族登山をしたことがある。当時長女は6歳、長男は4歳で、かみさんと4人でこのこの燧ケ岳に登っていたら「まあ、こんな小さな子が元気に登るのね」と驚かれたものだ。そう言われると子供はより張り切って登っていたが、当時の写真が我が家に飾ってある。
今思うと私にとって最も幸せであった時代の記念写真だ。

注)親にとって子供が小さく親だけを信頼して登山をしていた時代が、幸せを一番感じる時だと今になって思う。

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尾瀬ヶ原のチトウ 遠くの山は至仏山

 今回の走友会の登山は当初9名の予定だったが、直前になって8名になった。Oリーダーの下に詳細な登山計画を立てていたM副リーダーが身内のご不幸のために急遽登山をとり辞めためだが、M副リーダーにとっては残念なことだっただろう。

 走友会の登山のパターンは金曜日の夜に出発して朝方登山口に到着し、その日のうちに登山を行い山小屋に一泊して翌日帰ることが多い。
今回はレンタカーをチャーターして8日の夜中の2時に出発した。登山口の尾瀬御池までは5時間程度かかる。

 今回のルートである福島県側の尾瀬御池からの登山道は尾瀬に入るポピュラーな登山口ではないが、ここからは燧ケ岳に直登するルートがある。
燧ケ岳に山の裏側から登って、尾瀬ヶ原に下りるルートをとり、帰りは尾瀬沼から尾瀬ヶ原を経由して流れる只見川沿いに下り三条の滝を見て尾瀬御池に再び戻るコースを取った。

 首都圏の人は群馬県側の鳩待峠三平峠から入って尾瀬ヶ原に入り尾瀬ヶ原を散策するのが普通だから、このコースはやや特別なコースだが、今回ルートでは三条の滝を見るのが燧ケ岳登山と並ぶハイライトになっていた。

 私は過去3回尾瀬周辺の山に登山をしていたので、今回の登山については「まあ、秋の尾瀬を見るのも悪くないし、写真が撮れるからいいだろう」程度の気持ちで、始めて登山を行った時のような気持ちのはやりはなかった。
しかしそれは間違いだったと気づいたのは三条の滝を見たときだった。

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只見川の流れ

 前日からの雨で只見川の水量は非常に多く、見下ろすと実に堂々とした川だ。
この川は過去に水力発電所建設の計画があって、その場合は尾瀬の湿原は水没する運命になっていたらしい。
しかしこの尾瀬の土地(特別保護区の70%相当)を所有する東電が、ここに水力発電所を作るよりも自然保護区として保全したほうが良いと判断して、積極的に保全活動を行ってきた。

 尾瀬が原周辺の木道を整備して植物が登山客に荒らされないようにしたのは主として東京電力である(県も木造整備を行っている。誰が整備したかは木材にマークがあるので分か)。
尾瀬の国立公園の指定平成19年だから、それまでは東京電力が主体的に自費でこの尾瀬ヶ原周辺を守ってきたのだから実に立派な行為だ。
東電は福島第一原発の事故により現在は針の莚の上にいるが、尾瀬ヶ原の自然保護運動について東電が果した役割は十分に評価できる。

注)正確に言うと尾瀬のダム建設に反対して尾瀬に仮小屋を建てて反対したのは平野長蔵氏である(現在も長蔵小屋が残っている)。東電はこうした動きに触発されて、ここにダムを作るのではなく自然保護のメッカにすることを決断した。

 おかげで今回水量豊かな三条の滝を堪能するまで見ることができた。三条の滝に行くには只見川沿いに沿って下るのだが、結構タフな道だ。
それでもこの滝を見るとそれまでの苦労を忘れてしまうぐらいだから、その景観は絶景と言える。

 尾瀬ヶ原もなかなかの景観だが、この只見川沿いの水の美しさは特別だ。
私自身、何回もこの尾瀬に入りながらこの只見川と三条の滝を見ていなかったことを恥じた。
天候は二日間とも快晴で、尾瀬の朝方は相当の厚着をしないと寒さが身にしみた。
こうして今回はこのルート選択をしてくれたM副リーダーに心から感謝をしながらの登山になった。

三条の滝の映像は動画で見るほうが迫力があるので、以下のURLをクリックしてください。
https://picasaweb.google.com/yamazakijirou0/231010?authkey=Gv1sRgCK27-uv_1O6-Tw#5661709882047950626

 

 

 

 

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(23.7.26) ちはら台走友会の奥穂高岳登山と高山病

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 今年の恒例のちはら台走友会の登山は奥穂高岳だった。走友会のメンバーにはとても登山好きな人がいて、毎年夏山登山を計画してくれる。
今年は是非、穂高に登ろう。奥穂は日本で3番目に高い山だ!!!」

 走友会ではすでに富士山、南アルプス北岳、槍ヶ岳、剣岳等に登っているため、この奥穂が残された日本の高山という事になっていた。
登山ルートは上高地のカッパ橋から岳沢に入り重太郎新道を登って前穂高とつり尾根の分岐点紀美子平に至り(元気な人は荷物をデポして前穂高をピストンし)、その後はつり尾根を経由して奥穂高岳(3190m山頂に到達し、穂高岳山荘に一泊するコースだった。
そして翌日は唐沢カールに降り、横尾谷のルートを下って再びカッパ橋にいたる登山だ。

 このルートは穂高では最もポピュラーなルートであり、私もかつてこの逆コースで2回登山したことがある。また穂高そのものには過去何回も登っているので若干穂高を軽く見てしまった。
まあ、前穂コースぐらいは簡単に登れるだろう

 しかし前穂に取り付く重太郎新道を登ってみて、驚いてしまった。ここはカモシカが登っていたのを重太郎氏が見ていてこのコースを開拓したのだが、かつては何気なく下っていたと思われるこのコースがとてもタフなのだ。鎖場やはしごが続き剣岳に登ったときと同じぐらい緊張感を強いられた。

 今回走友会で登山に参加したメンバーは20名で、うち走友会に登録していないビジターが3名だった。また走友会でも登山経験が少ない人が数人いた。
私は事前に荷物をできるだけ少なくして、目標は7kg以下にするように勧めたのだがこのことが特に登山暦の少ない人に徹底できなかったことは失敗だった。

 初日は特に暑くもなく快適な登山日和だったが、重太郎新道を登る頃から男性のSさんが汗を噴出し歩みが極端に遅くなった。イエティの異名を持つ走友会きっての力持ちKさんがSさんのリックを持って登ることにしたのだが、それでもSさんはとても苦しそうだった。
念のためTさんのリックをチェックしてみたが10kg程度は有りそうで、水と食料が明らかに多すぎた。
これではTさんには荷物が重すぎるな・・・・・・・
経験の少ない人はどうしても荷物が重くなる。

前穂の分岐点に到着した頃からSさんは回復基調にあったので、その後は自分で荷物を持ってもらった。Sさんは軽い高山病にかかっていた

 ところが今度は穂高の釣り尾根に出た頃から女性のTさんが苦しみだした。当初は右足の膝を捻挫し、途中から右足を上げることがほとんどできなくなって手で右足を上げて歩いていた。
そして奥穂高岳の頂上の近くで完全に動けなくなってしまった。

 私はメンバーの中で相対的に体力のない人10名程度を率いていたのだが、Tさんもそのうちの一人だった。私がTさんを完全サポートすることにしメンバーの力持ちのモッチャンにTさんの荷物を運んでもらい、他のメンバーは先に行ってもらうことにした。
その後Tさんはますます歩行が困難になり、岩にへばりついて盛んに眠たいといい始めた。
典型的な高山病で頭に酸素が十分回らなくなり非常な眠気に襲われる。

 しばらく岩陰で寝てもらうことにしたが正直言って途方にくれた。
救助ヘリか救助隊の要請をしなければならないだろうか・・・・・このままTさんはますます状況が悪化するのではないだろうか・・・・・・・・
本当に息をしているかチェックしたほどだ。

 15分ぐらいたった時に走友会のメンバーで前穂をピストンして追いついてきたイエティさんと会うことができたので、イエティさんと相談してTさんをイエティさんが背負い、私がイエティさんのリックを持って穂高岳山荘までいくことにした。距離にして1時間ぐらいだ。
しかし幸いにTさんは目を覚まし、簡易型酸素ボンベで酸素を吸入した結果歩けるようになった。それでも歩みはとても遅い。
穂高岳山荘の手前で先に行ったメンバーの急報を聞いた長野県警のパトロール隊の方が来てくださり、急峻な標高差50m程度の山小屋に下る坂をローピングして降ろしてくれたときは心底ほっとしたものだ。

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 あとでTさんのリックをチェックしてみたが水と食料、それと衣類が多く10kg程度は有りそうだった。
やはり経験の少ない人は心配になってどうしても荷物を重くしてしまうのだ・・・・・・・・・

 私自身は山小屋が整備されている登山で小屋どまりの時は水を入れても6kg程度の荷物しか持っていかない。荷物が軽ければ楽々と登山ができるので水も食料も少なくて済む。
反対に荷物が重いと汗が吹き出るので多くの水が必要になり、疲労感が重なり高山病になってしまう。

 3000m程度の山で高山病にかかるとは信じられない気持ちだったが、その人の体力を越えて過重な荷物を持つと高山病になることを今回経験してしまった。
単に荷物を少なくしろというだけでは駄目で、経験のない人の荷物は事前にチェックしておく必要があったんだ・・・・・・・」深く反省した。

 ちはら台走友会の登山日程は土日をフルに利用するため、かなりハードで金曜日の夜出発して早朝から登山を開始する。車中1泊だがバスの中では眠れない人が多い。
睡眠不足、重い荷物を背負った登山、疲労感の蓄積が進むと高山病になってしまうようだ。

 登山そのものは大変楽しく全員奥穂高に登ることができたが、反省点が残った。
来年の登山の時は経験不足の人の荷物は事前チェックをして不要なものはバスにおいていくように指導をする必要がありそうだ。


注)かつて見た映画でプラトーンと言うベトナム戦争を扱った映画があった。その1シーンに本国から初年兵が配属されてくるのだが、実際の密林パトロールをする時にベテランの軍曹が初年兵の装備をチェックして不要なものをどんどん捨てていた。
これはフル装備をすると30kg程度になり、ジャングルの戦場では機敏に動けないため標的にされ瞬く間に戦死をしてしまうからだった。

  

 

 

 

 

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