歴史 世界史

(28.3.29) 21世紀はテロ戦争の時代 国境が徐々に閉じられていく

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 世界中でテロ戦争が始まっている。始めてこの言葉を使ったのは2001年のアメリカ同時多発テロを受けてブッシュ大統領が使用したのだが、今や世界中でテロ戦争が行われている。21世紀はテロ戦争の時代といっていい。

 トルコでは首都アンカラやイスタンブールが何回もテロの標的にされ、フランスでは昨年の11月のパリ同時多発テロで130名の生命が犠牲になった。
そしてこの3月22日に はベルギーの首都ブリッセルで同時多発テロが発生し、31人の生命が失われている。
またパキスタンでも自爆テロにより70名が死亡している。
その他イラクやナイジェリアなどではテロがない日が不思議なくらいだ。

 国家間の戦争は第二次世界大戦後徐々に減少していき、今でも戦争を起こしそうな国は北朝鮮ぐらいしかない。
国家間の戦争がなくなったと思ったら今度は過激派グループとの戦争が始まった。
この過激派グループを世界にはなったのは皮肉なことにアメリカとEUである。アメリカはアフガン戦争とイラク戦争で独裁政権を打ち倒し、またEUはアラブの春でリビヤやエジプトやシリアの独裁政権を倒したか倒す努力をしたが、こうした行為が実際はすべて裏目に出ている。

 アメリカもEUも独裁政権の本質を見誤っている。
確かに独裁政権は内部の民主勢力を弾圧してきたが、同時に宗教的過激派組織を弾圧してきたので、こうした独裁国家で はイスラム過激派のような原理主義勢力が暗躍することはできなかった。
しかしアラブに民主化をもたらすとして行ったアメリカやEUの独裁政権打倒が、独裁政権が抑え込んでいたを世界中にときはなってしまった。

 今アメリカやヨーロッパは自分が行ってきた愚かな行いの報いをうけているのであり、アラブの春だと舞い上がった民主主義大好き人間は反省をすべきだ。
なぜなら民主主義国はこうした鬼を退治する方法を保持していないからだ。
民主主義国では人権擁護が最大の重要事項で、たとえば裁判では「疑わしければ罰せず」という原則をつらぬくが、テロ集団はそうした民主主義国のスキをついて自爆テロを決行する。

 フランスでは同時多発テロ以降非常事態宣言を発動して、テロリストと思われる人間は裁判所の令状なしに逮捕拘束できるようにしたが、こうした措置に民主主義者は大反対している。
自由の抑圧で西欧民主主義が危機に陥っている。非常事態宣言は憲法違反だ

 だが実際にテロを防止しようとすれば「疑わしい人間はすべて逮捕し行動の自由を奪う」必要があり、また容疑者は拷問をかけてでもテロ計画の情報を聞き出す必要がある。
だがこうした行為が外部に知れると民主主義者の総反発がはじまり、場合によったら為政者は責任をとって辞職しなければならない。
民主主義国家はテロ組織を壊滅する手段を持っておらず、テロとの戦いでは常に劣勢に立たされる。
民主主義の原則を堅持すればいたるところで自爆テロが発生して国民はパニックに陥り、一方でテロリスト対策を強化すれば人権侵害になる。

 民主主義とテロとのはざまで徐々に西欧民主主義は形骸化していかざる得なくなり、EU自慢の国境の解放は中止されていたるところで検問が復活する。
非常事態宣言の内容はますます強化されてイスラム教徒は実質的にヨーロッパから追い出され、人は危険な外国への移動をしなくなり、見知った人々との間での小さなコミュニティーにとどまるようになるだろう。
安全こそがすべてで異教徒は敵だからコミュニティーに近寄らせないようになるのだ。

 私はこれを新しい中世の始まりだと思っているが今ヨーロッパは開かれた共同体から閉じられた共同体に急速に変容し始めた。

注)私の新しい中世の主張は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/pppp-2.html

 

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(27.12.26) 21世紀は原理主義集団の時代 原理主義者を封じ込めないと国家が崩壊する!!

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 今思うと2001年9月11日にニューヨークで発生した同時多発テロ事件こそは21世紀のありようを象徴していたことが分かる。
あの時ブッシュ大統領は「テロとの戦いが始まった」と述べたがそれが21世紀だった。
21世紀とは国と国との戦争よりも国家と原理主義者の戦争が主体になる世紀になっている。
このアルカイダによるアメリカ攻撃に続き、現在はISと称するイスラム原理主義者が世界に牙をむいており、これに対して有志連合と称する国家群がこのISを封じ込めるために団結して戦っている。国家の敵が国家ではなく原理主義者になった。

 日本も多くの原理主義者に悩まされているが、しばらく前まではシー・シェパードと称するクジラ至上主義者に悩まされた。
水産庁の調査船がこのシー・シェパードの原理主義者によって硫酸などを投げつけられていたが、彼らにとって至上の価値はクジラであって人間の命などはものの数に入っていなかった。原理主義者とはある特定のものだけに価値を見出す集団で、そのためには他の価値を一切認めない。

 国内に目をむけるとやはり原理主義者がはびこっており、政府はこの対策に追われている。
私は今高浜原発の再稼働に反対している原発絶対反対論者と、沖縄の辺野古への移設に反対している翁長知事一派のことを考えているのだが、この二者は現在日本のありように挑戦している原理主義集団で、ISと同じように国家にとっては厳しい挑戦者だ。
12月24日、福井地方裁判所は関西電力高浜3.4号機の4月に命じた運転差し止めの仮処分を無効とする決定をしたが、原発絶対反対論者が激しく抗議していた。
原子炉は絶対の安全が保障されない限り稼働は許されないはずなのに、司法は司法の責任を放棄した」と主張していた。

 しかし原発絶対反対論者のいう「絶対の安全」などそもそもこの世に存在しない。生活をする以上は何かの危険にさらされており、いつ交通事故にあったり食中毒になったりするか はわからない。だから原発だけに「絶対の安全」を求めてもそれは理論的にありえないことだから、原発絶対反対論者が言っていることは「どんな条件を提示されても稼働は絶対認めない」といっているに等しい。

 これに対し今回稼働再開に同意した裁判長は「危険性が社会通念上無視できるほど管理されていれば稼働を差し止める理由はない」との判断をしたのだが、言っていることは、「現在の技術水準でできるだけのことをしたのならそれで稼働を認めてもいい」ということで常識的判断といえる。
だがこれに絶対論者が満足するはずはなく、高裁に即時抗告すると息巻いていた。
原理主義者と常識的判断は水と油であって絶対に交わらないからこの闘争は永遠に続く。

 一方沖縄では辺野古移設絶対反対論者の翁長知事が辺野古での埋め立て作業を即時停止させるための裁判を起こしていたが、こちらも一歩たりとも妥協する気持ちはない。
前知事の仲井眞氏は常識人だったからどこで妥協するか妥協点を常に探っていたが、翁長知事は原理主義者だから妥協などという言葉は一切存在しない。
だから政府にガチンコの勝負をしかけていてこの戦いも永遠に続く。

 原発絶対反対論者もまた辺野古移設絶対反対論者も実は国家にとって最大の敵になっている。なぜそうかというと国家の存続よりも他の価値が優先されて国家の根底を揺さぶるからだ。
LNGや原油の輸入で日本経済が四苦八苦になってもそうしたことは判断の外だから、「だから何なの」という態度であり、また中国の植民地政策に対しても「だから何なの」と判断を停止する。基地さえなくなれば沖縄が中国の植民地になっても構わないのだ。

 この原理主義勢力と国家の戦いが21世紀の主戦場であり、ISもシー・シェパードもそして武力こそ行使しないが原発絶対反対論者も辺野古移設絶対反対論者も原理主義者として国家に牙をむいている。
この戦いに国家が敗れると世界は原理主義集団ばかりとなり、国家という全体調整をする組織が崩壊するから世界は混沌の中に落ち込んでしまう。
だから何としてもこうした原理主義集団を封じ込めることが今一番大事な政治的課題になり国家にとり存亡をかけた戦いになっているのだ。

 

 

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(26.5.18) 海外ドキュメンタリー 「カラーでよみがえる第一次世界大戦」

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 NHKで非常に興味深い海外ドキュメンタリーを放送していた。ドイツZDFが制作した「カラーでよみがえる第一次世界大戦という番組で3部作から構成されていた。
当時の白黒映像をカラーに編集処理したものでそれ自体非常に興味深いものだが、なぜ第一次世界大戦が起こり、それが4年間も継続し双方合わせて1600万人の死者が出る大戦争になったかについて詳細に分析していた。
実際この戦争ほど当初の予想と結果が異なった戦争はなかった。

 戦争の発端はオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子夫妻がセルビアでセルビア民族主義者の若者のテロで殺害されたことに始まる。1914年6月のことである。
オーストリアはセルビアに対し1か月間にわたって関係者の処罰や賠償について強硬に申し入れをしていたが、満足な回答を得られなかったとしてセルビアに宣戦布告をした。
こうして両国の戦争が始まったのだが、それがなぜドイツ、ロシア、イギリス、フランス、そして最後はアメリカ・日本まで巻き込んだ戦争に発展したかは不思議な気がする。

 当時は複雑な同盟関係が構築されていたが、基本は仏・英・露の三国協商独・奧・伊の三国同盟の対立だった。これは当時ヨーロッパで急成長を遂げていたドイツに対するフランス・イギリス・ロシアの包囲網だったといえる。
ドイツは当時世界第2位のGDPを誇り、押しも押されもされぬ軍事大国陸軍国)だったが、これをGDPで3位に落ちた海軍国イギリスと、常に戦争をするたびにドイツに蹴散らされていたフランスが、ロシアを巻き込んで同盟を形成していた。

 ドイツにとっては西部と東部から首を絞められたような格好になっており、この状態を何とか打破したいとの強い希望を持っていたが、オーストリアが戦闘を開始したことが絶好の好機に思われた。
よっしゃ、フランスとイギリスに目にもの見せてドイツがヨーロッパの最強国だということを思い知らしてやる!!

注)戦争が始まるとドイツはセルビア支援に乗り出したロシアに宣戦布告(8月1日)したが、すぐさまフランス・イギリスもロシアとの同盟関係から戦争に突入した。

 当初この戦争はドイツにとってはいわばサルの順位付け程度の意味合いだったといえる。
ヨーロッパの順位は従来のイギリス、ドイツ、フランスではなくドイツ、イギリス、フランス順にしてヨーロッパの最強国になることだった。
だからその目的が達成されればすぐに講和に応じて再び平和なヨーロッパに戻すつもりだったといえる。
それが「クリスマスまでに戦争を終わらせよう」という合言葉になっていた。

注)当時のドイツの立場は現在の中国の立場と酷似している。GDPで世界第2位になった中国は東アジアでNO1の地位を獲得すべく周辺の諸国の領土を掠め取ろうとしているが、それを日本という海洋国がベトナム・フィリピン・東南アジアと提携して抑え込もうとしている。そしてアメリカは日本と軍事同盟を締結して中国に対抗している。

 しかしドイツは戦略上いくつかの間違いをした。西部戦線ではまず防御の堅いドイツ・フランス国境を避け、ベルギーを通過するルートを選択したのはいつものことだが(19世紀以来ドイツ参謀本部の基本戦略になっていた)意外にもベルギー軍の抵抗が激しく当初2週間程度で突破する計画が約1か月かかってしまった。
その間フランスとイギリスに防衛陣地を築く余裕を与えてしまった。

 もう一つの誤算は東部戦線と西部戦線を同時に開始してしまったことだが、ドイツの軍事力はヨーロッパ最強ではあっても両面展開すると約半分の軍事力になってしまう。
これはのちにヒットラーもおかした間違いだが、ドイツは過信によって両戦線を維持できると判断したものの実際は一方の戦線で勝利するのがやっとという状況だった。

 それでも当初はドイツ軍は西部戦線で破竹の勢いでパリ近郊の20kmのマルヌ川セーヌ川の支流)まで侵攻したが、ここにフランス・イギリス連合軍は鉄壁の防御陣を引いていた。
ドイツ軍の戦線は長く伸び切って物資の補給がままならなくなり、さらに参謀本部が西部戦線から2個軍団を引き抜いて東部戦線に送ったため、後背地をいつでも狙われる状況になってしまった。両戦線を開始したことの弱点が露呈した訳だ。

 慌てたドイツ軍はマルヌ川から撤退しフランス国境からいくらか入った場所に北海からスイスに至る塹壕を構築して塹壕戦に突入した。以来4年間にわたる何ともうっとおしく精神的に消耗する塹壕戦が始まった。
レマルクが描いた「西部戦線異状なし」のあの塹壕戦である。

注)塹壕戦に入るということは防御に回ったと言うことで、ドイツ参謀本部は当初の短期決戦を諦めたことになる。

 私はいつも不思議に思うのだが、ドイツはなぜに勝てる戦争を戦略的なミスで敗北するのだろうかということだ。
たとえどんなに最強の陸軍国でも西部戦線と東部戦線を支える力量はないのに、ヒットラーはロシアに攻め入って失敗し、第一次世界大戦のヒンデンブルグも同じ過ちを犯している。
勝利無き塹壕戦は4年間続きドイツとイギリスとフランスから若者が消え去ってしまった。
この戦争は完全な消耗戦になり、ドイツもイギリス・フランスも相手を打ち負かすことができなかったが、アメリカがイギリス・フランスの支援に応じたことで決着が付いた。

 当時ヨーロッパは世界そのものだったが、この消耗戦を契機にヨーロッパは世界の舞台から降りることになった。シュペングラーの言う「西欧の没落」だが、単なる猿の順位付けのための戦争がサル社会そのものを崩壊させたのだから信じられないような結果だ。
後に第一次世界大戦は「誰も望まなかった戦争」と言われたが、望まなかったのはヨーロッパの没落で、西欧にとっては予期せぬ結果だったといえる。

別件)1名生徒を追加募集します。
以下の条件に合致した場合はメール機能を使用して連絡ください。面接いたします

① おゆみ野在住者(遠距離ではやってこれない)
② 中学生、または小学高学年
③ 今教えられる時間帯は金曜日の5時からと、日曜日の9時からのみ
④ 
特に数学の特訓を受けたい人を歓迎します

募集の趣旨は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-e7bf.html


 

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(26.2.18) ピラミッドが墓でないとするといったい何なんだ? 井沢元彦 「逆説の世界史」

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 私のように古い世界史を学んだものにとって最近の発掘結果から導き出されたエジプト考古学の新しい歴史イメージを描くのはことのほか苦労する。
井沢元彦氏の「逆説の世界史」の「古代エジプト文明の崩壊」で強調されていたことは、ピラミッドは王の墓ではなく、ピラミッドの建設は奴隷労働ではなかったということだった。

 なぜ最近の仮説はそうなったかというとピラミッドの中にはミイラも財宝も全く存在していないことが最近になって明らかになったからだという。従来はすべて盗掘されたからと思われたが、盗掘の痕跡がないピラミッドでも、ミイラも財宝も存在しないという。
では一体ピラミッドとは何かというと、今日のキリスト教会の大聖堂または日本の寺院のようなものだという。
 
 そこはファラオの魂が冥界に旅立つ儀式を行う場所で、ピラミッドの中には冥界に向かう船まで用意されており、そうした儀式が終わると王のミイラは王家の谷のような場所に埋葬されたのだと推定されている。
じゃ、いくらピラミッドを発掘してもミイラも財宝も出ないのか・・・・・・・・

 さらにこのピラミッドの建設は奴隷労働ではなくいわゆる熟練労働者の仕事なのだそうだ。
ピラミッド建設地の周りにはそうした労働者の宿舎があって、そこでは妻も子供もおり、何か炭鉱の宿舎のような感じで、その証拠には墓からは女性や子供の遺骨が発掘されるのだそうだ。
最近の学説ではピラミッドは公共工事の一種で、冬季に農作業が終わって収入が途絶えた労働者をファラオが国費を投入して雇用していたのだという。

注)私はピラミッドの建設風景は映画「十戒」で描いたような奴隷労働で成り立っていたと思っていた。実際の古代エジプトの庶民の生活は以下のようなものだったらしい。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-9da8.html

 何ともまあ現在の日本の公共工事と同じで笑ってしまったが、そうしないと経済が回らないからファラオは無理をしても費用の支出をしていたらしい。
そして公共工事であるから一人のファラオがいくつものピラミッドを建設したり、あるいは数世代をかけて中世の寺院のように少しづつ建設していったらしい。

 なぜそれが分かるかというとたとえばエジプト最大のクス王のピラミッドは、かつては20年で建設されたと想定されていたが(クス王の在位に相当する)、これだとあの世界最大のピラミッドはどう計算しても建設不能なのだそうだ。
計算では積み上げられた200万個の石を、想定される労働力で積み上げたと仮定すると1個あたりにかけられる時間はたった2分半になってしまうという。
こんな時間でどうしてピラミッドができるのだ。これは宇宙人の仕業ではないか」とまことしやかにかたられてきた理由がそこにある。

 しかしこれが公共工事であれば、日本の八ッ場ダムのように50年以上かかって完成してもおかしくない。
何しろエジプトの歴史は3000年で、その間に作ればいいのだから予算の許す範囲内でコツコツと作ればいい。
しかもそこはファラオが冥界に旅立つ儀式を行う場所に過ぎないから、まだ完成していなければすでにある代替施設で執り行えばいいことになる。

 あれほどの見事な建造物は相応の技術者集団が無ければ完成できず、そうした集団は普段は半農半工の生活をしており、ファラオに対しもっと公共工事を実施してほしい」などと嘆願していたのだろう。
経済現象などはどこであってもまたどの時代であっても経済合理性を追求するから、景気が後退すればケインズ政策をとるという同じようなパターンを繰り返すらしい。

注)日本でも江戸時代尾張藩主徳川宗春がこのケインズ政策を採用していた。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-c645.html

 古代エジプトは今の日本とさほど変わらない世界なのだから、人類は一体進歩しているのだろうかと疑問に思ってしまうぐらいだ。
何はともあれピラミッドは宗教儀式を執り行う場所でファラオの墓でないという認識を持つことが必要なようだ。

なお世界史のシリーズは以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat49743035/index.html






 

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(26.2.16) 井沢元彦氏の「逆説の世界史」が発売された

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 驚くべき本が出版された。井沢元彦氏の「逆説の世界史」である。私は井沢氏のファンだから、「逆説の日本史全20巻はすべて読んでいるが、まさか「逆説の世界史」まで出版するとは思ってもいなかった。
第一巻は「古代エジプトと中華帝国の荒廃」だが、私はエジプト史については全く知識がないので、特にヒエログリフエジプトの絵文字)の説明などにはついていくのに苦労した。一方中国史については相応の知識があるので非常に啓発される。

注)私は学生時代中央公論社の「世界の歴史」シリーズの中国史をよく読んでいた。

 私が日本史や世界史を本格的に学んだのは高校生の時だが、今思えばこの時学んだ日本史ほどひどい教科はなかった。
いまから50年も前のことになるが、私が学んだ日本史の教科書は唯物史観に彩られた史観を教える学科だった。
歴史ではない、史観である。

 日本史の教師は共産党員で当時の学生からは尊敬の念で見られていた。進歩的で良心的な教師というのがその評価だったし、教育法はゼミ方式で新鮮ではあった。
その教師は利用していた教科書を「この日本史の教科書は実によくできている」と紹介したが、私にはその意味が少しも分からなかった。
何しろ強調されていたのは民衆の抵抗史であって体制に抵抗した人は最大限の賛辞が送られていたが、一方体制側は常に民衆を抑圧することしか考えない極悪非道な人物に描かれていた。

 そして極めつけは日本陸軍による中国侵略で、日本人は中国人民を虫けらのごとく殺しまくったのだから、深く反省して中国人民に謝罪すべきだというのが基本的トーンだった。
私はすっかり日本史と日本人が嫌になり「何とかして日本人を辞めることができないか」と考え、当時はあこがれの国家だったロシアの大使館に「ロシアで暮らす方法がないか」聞きに行ったものだ。

注)当時ロシアは低開発国から授業料なしで大学生を受け入れるルムンバ大学と言う制度があり、それに応募可能か確認しに行った。当時日本はロシアからは低開発国扱いだった。

 だから私は日本史は学ばないのが最善だと判断してその後日本史の勉強を全くしなくなったが、そうした態度が改まったのは井沢氏の「逆説の日本史」を読んだからで、ここで初めて史観ではなく歴史を学ぶことができた。

 私が唯物史観に同意できなかったのは、歴史は必然的で一方方向で進み最後は共産主義社会になり、それが進歩だという主張にはどうしても納得しなかったからだ。
歴史とは必然でなく偶然の繰り返しでたまたまその時の社会状況にあった人物や組織がその後残っていくのではないかと思っていた。
ダーウィンの言う適者生存こそが歴史ではないかと思っていたからだ。

 今回の井沢氏の「逆説の世界史」では「中国文明の力量と停滞」について述べていたが、そのテーマはなぜ明代まで世界の最先端にいた中国がその後6世紀にわたって停滞したのかということだった。
確かに考えてみれば不思議なことだ。最先端ランナーがその後は最後尾についたのだから何か原因があると考えるのは当然だ。
井沢氏の結論は儒教の一派であった朱子学が中国停滞の最大の要因だという。
朱子学などと言われてもほとんどの人はどんな学問か知らないだろうが、12世紀に宋が金に滅ぼされて南に逃げて南宋という亡命政権を作ったが、その南宋で朱熹によって作り出された原理主義的な儒教である。

 何しろそこで強調されたのは親(祖先)に「孝」という考え方で、何にもましてファミリーを大事にしろという思想だった。
これは徹底していて戦争の最中に最高司令官の父親が病気になれば、戦争をほっぽり出して介護に駆け付けねばならないとするもので、「公」より「私」を大事にする恐るべき思想だ。
これによると父母や先祖の言葉「祖法」は絶対に守らなければ「孝」に背くから、革新などは持ってのほかで、当然武器を含めて技術改良はしてはならないことになる。

注)日本で江戸時代に採用された朱子学は中国のそれを変容させており。「公」と「私」は同列に扱かわれている。

 清はイギリスとの阿片戦争に負けながら日本のような改革をしようとしなかったが(正確にいうとそうした動きはすぐつぶされた)、それが「祖法」を破ることになり近代化などは持ってのほかということになるためだと知った。
さらに朱子学では商業は最も卑しい職業で士農工商の身分差別の中で最低のランクに位置づけられた。
祖法」を守り決して変革などをせず、一族の利益のみ図り、農業を重んじることが朱子学のエッセンスである。

 この影響は20世紀の共産党革命後も引き継がれた。毛沢東は中国から士(共産党員)と農民以外を追放するために文化大革命を起こし、インテリは殺害されるか特別ひどい農業労働に従事させられた。
進歩より原則を守り、共産党員と農民以外は必要ないとしたのが毛沢東思想だがこれは遠く朱熹による朱子学の影響だと井沢氏は述べていた。

 また中国ではファミリーの汚職が絶えないのはこの朱子学の影響で、政府高官は一族の栄達だけをはかって蓄えた資産を海外に持ち出すのはこれも朱子学の影響だという。

 このシリーズはとても興味深く読みごたえがあるので、その都度テーマごとにブログに落としていきたいものだ。

なお、「逆説の日本史」については以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/2379.html

 

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(25.7.28) 中国と韓国はなぜ反日なのか? アブラコさんへの回答

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(おゆみ野のおうど池のかも。ひどく人になれている)

 ブログの読者のアブラコさんから以下のような質問を受けた。
中国と韓国のお国事情は違うにしても、内政の問題から自国の民の目をそらしたいがために日本を悪国、敵国として喧伝しているのだと、一部の世論は言っていますが、山崎さんの見解を教えてください

 この種の質問に答えるのはかなり難しい。それは一般論具体論があるからで、両方に答えないと回答にならないからだ。
とてもコメントの回答というわけにいかないので記事にしてみることにした。

 中国と韓国が日本を目の敵にしているのは一般論としては領土問題があるからである。
隣国というのは厄介で歴史をたどれば何回も領土紛争をしている
たとえば韓国とは古くは唐・新羅の連合軍大和・百済の連合軍が戦っているし(白村江の戦い)、元寇の役では高麗が元の先兵になって日本に攻め込んでいる。
また豊臣秀吉の朝鮮征伐では日本は明と朝鮮の連合軍に敗北した。

注)2回にわたった元寇では元の正規部隊は司令官クラスだけで兵士は主として高麗と南宋の敗残兵から編成されていた。
なお元寇の詳細については以下の記事にまとめてある。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-b89e.html


 近くは日本が朝鮮を植民地にしたが、これは中国を日清戦争で破りロシアを日露戦争で駆逐した結果で、当時の帝国主義時代は強いものが勝つ時代だったから日本が朝鮮を植民地にしたのは実力があった証拠だ。
また中国とは日中戦争を戦い、この戦争そのものはイーブンだったが日本が太平洋戦争でアメリカに負けたために日中戦争で日本が敗北したことになっている。

 戦争が起これば通常の常識は全く通用せず相手国の市民も巻き添えにして殺戮を繰り返すから、憎しみは増幅し数世代にわたって残っていく。
だから日本と中国・朝鮮韓国)との間には互いに積年の恨みがあるのは致し方ない。
これはどこにでもある一般現象でヨーロッパではフランスとドイツの反目が特に有名だ。

 しかしことが一般論だけで済まないのは中国と韓国にはそれぞれ特殊な事情があるからで、特に中国が日本を目の敵にするのはそうしないと中国共産党が存立しえないからだ。
1989年に中国で発生した天安門事件を記憶されているだろうか。
この時中国では初めて学生を中心とする民主化要求が出され、政府は公正な選挙で選ぶべきだと主張された。

 しかしこれは共産党政権にとって悪夢以外の何物でもない。もし公正な選挙が行われれば共産党が日本の民主党さながらに凋落するのは目に見えていたので、武力で学生を弾圧しそのほとんどを裁判なしに殺害した。
しかしそれでも問題が残ったのは「なぜ共産党が中国人民を永遠に支配する正当性があるか」ということで、これに対処したのが江沢民の反日教育である。
共産党があの残虐極まりない日本軍を駆逐したからこそ、今の中国人民の幸せが保証された」という論法で、このため日本は徹底的に悪役に仕立て上げられた。

  たとえば南京大虐殺という虚構をこしらえ、当時の南京の人口以上の南京市民が殺害されたことになっている。
しかし歴史的に見れば日本軍と戦っていたのは蒋介石率いる国民党軍で、共産党は延安の山奥に逃げてゲリラ戦以上の戦いができていなかった。
中国の歴史ではこうした事実を隠蔽し、ひたすら共産党が英雄的な戦いをしたことになっており、嘘を固めるために日本はひたすら悪役に仕立て上げられている。

注)江沢民の反日教育の実態については以下の記事で述べておいた。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/241231-d09b.html

 韓国の場合は中国と事情が異なる。韓国は35年間にわたって日本の植民地だったし、太平洋戦争では日本軍として従軍している。韓国の恨みは日本に植民地にされたことだが、20世紀初めの帝国主義時代は弱者は強者の植民地にされたのが普通なのでそれ自体は不思議なことではない。

 ただし朝鮮人(韓国人)知識人(ヤンパンという)の世界観から見たらこれは許しがたい順位の逆転で、朝鮮は中国の第一のしもべであり、その下の禽獣のような日本に支配されるとは思ってもいなかった。
朝鮮は常に日本に戦争でも文化でも優れていたことになっていたのだが、実際は戦争はからっきし弱く白村江の戦いでも、また秀吉の朝鮮征伐でも中国の増援を得てかろうじて日本を駆逐している。

 韓国は主観的に日本より上位と思っていたが、その自尊心が唯一崩れるのがこの植民地支配の期間で、この屈辱で韓国人の知識人は胸をかきむしられる思いをしており、これを晴らすためにことさら日本に対し罵詈雑言を浴びせていると言える。
朝鮮が植民地になったのは帝国主義時代においては朝鮮が弱かったからだが、そうではなく日本が特別に邪悪だったからと考えており、その証拠が従軍慰安婦問題だという。
それは特にパク・クネ大統領の言動を見れば理解できるだろう。

注)パク・クネ氏の歴史認識については皮肉を込めて以下の記事を書いておいた。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-d57a.html

 このように中国は共産党そのものの存立基盤をまもるため、そして韓国は自分が上位であるはずの歴史で唯一日本の下に立った屈辱のトラウマを晴らすために反日なので、どのように日本が対応しても両国との間には友好関係は結べないと言える。
 

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(25.3.26) NHKスペシャル アイスマンはゴルゴ13に殺害された

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  いや驚いた。アイスマンゴルゴ13によって殺害されたのだという。
アイスマンとは約20年ほど前にイタリアとオーストリアの国境近くのアルプスの山中3200mの地点で発見された氷づけのミイラで、約5300年前に死亡している。

注)ゴルゴ13は私の冗談だからNHKがそう放送したと判断して「不謹慎だ」なんて抗議しない事

 当初これが発見されたときは大騒ぎで、私もミイラが3200mの高地で死亡していることにびっくりした。
すごい、ヨーロッパ人は太古の昔から登山家だったのか!!」
当時考えられていた死亡原因はアルプスの山中奥深くアイベックス等のをしていたときに、急激に天候が悪化して凍死したものだと思われていた。

 しかしこのたびイタリアの学会が中心になりこの冷凍ミイラを解凍して胃の内容物や脳の一部を取り出して調査したら驚くべき事実が判明した。
アイスマンは後ろから矢で射られ、さらに確実に殺害するために側頭部を石のような鈍器で殴られて死亡したのだという。
5300年前の殺害現場が再現されてしまった。

 どうしてこれが殺人事件だと分かったかというと胸にやじりが突き刺さっていたことと後頭部に大量の出血が見られ、これが致死量に達していたことが確認されたからだ。

注)矢は引き抜かれていたが、当時矢には誰の所有者かの印(狩で誰がしとめたかを明白にする印)があったため、証拠隠滅のために矢の柄は引き抜かれた。

 さらにアイスマンが殺害されたとの状況証拠は腸の内部に存在していた花粉で、時間を追って腸内に存在していた花粉を調査すると、アイスマンは高地と低地の間を走り回っていたことが分かるという。
これは明白に何かからアイスマンは逃げていたのです」と分析した植物学者が言っていた。

 アイスマンは身長160cm、体重50kg、推定年齢46歳男性だが、腰に腰痛すべり症という持病を持ち、今で言う針灸の治療を受けていたという(身体に記されたタトゥーの位置から、これが針灸の位置と一致した)。
5300年前
といえば日本では縄文時代であり、メソポタミア文明の曙の時期に相当する。そんな時代にこのアルプス周辺では針灸の治療が行われていた。

 この時代の46歳はかなり高齢で私とほど同年代(66歳)のイメージに近いはずだ。腰に腰椎すべり症の症状を持っており(だから針灸の治療を受けていた)、私も脊椎間狭窄症といわれて右足にいつも痺れがあるからアイスマンの苦痛がよく分かる。
そんな足腰の痛みに耐えながらアイスマンはアルプス山中を追っ手を逃れるように逃げていたらしい。

 しかしゴルゴ13に追われては生き残るすべはない。この3200mの高地で追いつかれ、背後から弓で撃たれ頭部を殴打されてアイスマンは死亡した。
しかしそれにつけても不思議なものだ。なぜアイスマンは逃げ惑わなくてはいけない運命になり、それを確実にしとめるためにヒットマンが派遣されたのだろうか。
この文明のはてと思われていたイタリアとオーストリアの山中に実にどろどろした人間関係が存在し、どうしてもアイスマンを殺害しなければその社会が安定しない理由があったのだろう。

 一般に私たちは古代文明や古代人が私たちよりはるかに遅れた文明度にあり、同時に精神世界も幼稚なものだと考えるがそれは誤解だ。
たとえば古代ローマの文明は産業革命前のいかなる物質文明よりも高度だったし、ギリシャ哲学などは現在の哲学にそん色ない。

注)アイスマンの胃を調べてみると多くの動物の肉と、パンまで出てきた。
そしてハーブまで使用していたのだから、なかなかの食事の内容だ。
また持っていた青銅器の純度は99.7%という信じられないような高純度だった。当時のアルプス周辺の文明度は4大文明に匹敵する水準だった。

 私たちは進歩史観にとらわれていて社会は一方的に進歩しGDPは無限に拡大すると考えるが、実際はトインビーが言っていたように文明は発生し、成長し、そしてピークを迎えた後は衰退して死滅する
この5300年前のアルプス文明がそれで、アイスマンという証人の出現で古代史の見直しが始まろうとしている。

注)なお古代ローマ文明がGDPを追い求めて崩壊したことは皇帝ハドリアヌスの生涯を見ると分かる。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/23720nhk-c973.html


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 私は過去に書いてきたブログを纏めて本にする作業を始めました。月に2冊程度の割合で出版いたします。KindleのKDP(キンドル・ダイレクト・パブリッシング)を利用していますので、電子書籍の端末を持っている方はアマゾンで購入できます(
iPhoneやiPad・iPodでもソフトを入れれば見れます。またアンドロイド系のスマホやタブレットにもソフト対応していますがパソコンは不可)。
なお、蝦夷地探訪記等の値段が200円になりましたが、ボリュームが多いとキンドルの最低価格が上がるので、私の意図的な値上げではありません。


出版済み

・ぼくが生きたとき(山崎書店 NO5)  定価 99円(いじめにどう立ち向かうかを自分の経験から書いてみました)
・ロドリゴ巡礼日誌(
山崎新書 NO1)  定価 200円(サンチャゴ巡礼フランス道の記事です)
・ロドリゴ 失敗記(
山崎新書 NO2)  定価 99円(若者が人生に失敗しないための指南書)
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なお出版の経緯については以下に詳述してあります。

http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat53203102/index.html

 

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(24.7.4) NHK 「知られざる大英博物館」 第2集 古代ギリシャ 白い文明は嘘だった

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 やはりこの「知られざる大英博物館」のシリーズは出色のできばえだ。
第2集は「古代ギリシャ 白い文明の真実」だったが、古代ギリシャは白い文明とはまったく異なった色鮮やかな極彩色の文明であったことが大英博物館等の研究で明らかになってきている。

 私たちが見ているパルテノン宮殿ミロのビーナスも元は大理石の純白ではなく、色鮮やかに着色されていた。
ギリシャが白い文明だと言うのはまったくの間違いで単に時間がたって色が剥げ落ちただけだと言うのが真実のようだ。

 考古学の分野では最近科学的分析方法が格段に進歩しており、大英博物館では古代彫刻等に強いライトを当て、それを特殊なカメラで撮影すると青の色彩が浮き出てくる装置を開発していた。
トロイヘッドといわれている頭部の古代ギリシャ彫刻に光を当て装置で見ると、目の玉の部分が青く塗られていたことが分かった。
そしてアクロポリスの丘にあるエレクティオン神殿の天井も同じ方法で調べると青く塗られていた。

 さらに進んだ分析方法はドイツのリービッヒハウス美術館色彩研究で、あらかじめ色の波長のグラフを用意しておき、彫刻の表面のわずかな痕跡の顔料と波長と照合することで、色彩を再現していた。
この番組を直に見た人はいづれも度肝を抜いたのに違いない。
そこに現れた色彩は古代エジプトのピラミッドの内部を飾っていた絵画の色彩とそっくりだったからだ。

 ギリシャ文明は紀元前7世紀に突如花開きそれから約500年の間アテネを中心に繁栄したのだが、なぜこのBC7世紀にギリシャに神殿や彫刻群が現れたかの理由はギリシャ傭兵の存在による。
BC7世紀の文明地帯はエジプトメソポタミヤリビアヌビアであって、ギリシャは文明の端の野蛮人の住む地域だったと言う。
野蛮人の最大の特色は若者がやたらと戦闘的で強いと言うことで、これと同じ例はローマに対するガリアや、漢王朝に対する北方民族や、日本に対する北朝鮮と言ったようにいくらでも例がある。

 当時先進国エジプト軍隊が弱小化してまったく当てにできなかったが、一方ギリシャの若者は勇猛果敢な傭兵として知られており、エジプトのファラオは「青銅の男たちを集めよ」と命じていた。
青銅の男」とは青銅器の仮面の鎧で武装したギリシャ兵のことで、エジプトにはBC7世紀ナウクラティスという傭兵の町まで出現しており、当時のギリシャ傭兵の数は3万人を超したというから半端な数ではない。

 このギリシャ人傭兵は南方のヌビヤ、西方のリビア、東方のメソポタミアの戦闘に借り出されたが、そこでギリシャには存在しない見たこともない先進文明に兵士は触れた。
特にエジプトには3000年に及ぶ文明の蓄積があり、ピラミッドや大神殿や大彫刻に目を見張ったし、特にその鮮やかな色彩に心を奪われた。
何とか、おらがギリシャの古里にもエジプトのような神殿や大彫刻がほしいもんだ。それに思いっきり美しい色を塗たらどんなに美しいだろう・・・・

 傭兵の任期は数年だったようで任期を終えた若者はギリシャに帰ってからエジプトをまねた神殿や大彫刻を作り始めた。
またナウクラティスのようなエジプトのギリシャ人租界から多くの物資を輸入することができたのでギリシャのエジプト化は一気に進んだと言う。

 こうしてギリシャ文明はエジプト文明の賜物として発展したのだが、この事実を快く思わないヨーロッパ人が約250年前ごろから出てきた。
今から250年前と言うとヨーロッパで産業革命が起こり、西洋が東洋やオリエントやアフリカを圧倒し始めた頃だ。
なぜ産業革命がヨーロッパで始まったのか。なぜ西洋は東洋を圧倒したのか。これはもともとヨーロッパ人が世界で最も優れた人種だったからではなかろうか」と思うようになった。

 このヨーロッパ中心主義を強力に推し進めた一人がドイツの美術史家ヨハン・ヴィンケルマンで、彼はギリシャ文明がエジプト文明の模倣だと知っており、さらにギリシャ文明が極彩色溢れる文明だったことを知りながら、あえてそれを無視して言い放った。
「(ギリシャ芸術は)ギリシャ人しかなし得なかった偉業で、人類が到達した最高の芸術である

 この言葉にヨーロッパ人は舞い上がってしまった。ドイツでは19世紀からギムナジウムで古代ギリシャ語を学ぶことが義務付けられ(ヘルマン・ヘッセの車輪の下に詳しい)、あげてギリシャ熱に浮かされた。
俺たちはあの偉大なギリシャ人の子孫でエジプトやメソポタミアの野蛮人とは違

 さらにギリシャ彫刻の大理石が(色が落ちてしまったことから)純白だったので、それを見たヨーロッパ人は白こそが最も高貴で穢れない理想の色とみなすようになった。
こうしてあらゆるギリシャ彫刻やその模造品は白く磨き上げられ(色の痕跡が落とされ)、大英博物館においてさえギリシャ・ローマの集納品を真っ白にしてしまった。

注)この指示は大英博物館のスポンサーだったある貴族が職人に命じてひそかに(実際はスタッフは知っていたはずだ)実施したことになっている。

 こうして極彩色豊かなエジプト文明の模倣だったギリシャ文明は「白の文明」として、ヨーロッパ文明の基礎に据え置かれ、250年間にわたってヨーロッパ人の誇りの源になっていったという。

イヤー、実に興味深い話だ」私はうなってしまった。この大英博物館シリーズは見るたびに瞠目が開かれる実にすばらしい番組だ。

なお第一集のエジプト「民が支えた3000年の繁栄」は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-9da8.html

 

 
 

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(24.6.28) 知られざる大英博物館 第1集 古代エジプト 民が支えた3000年の繁栄

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  注目すべき番組が始まった。NHKの「知られざる大英博物館」と言う番組で第1集は古代エジプトがテーマだった。

 古代エジプトは実に魅力が溢れているが、驚くべきことはなぜ古代エジプト文明が3000年の永きにわたって繁栄したかである。
中国は4000年の歴史と言うが、元や清は異民族の王朝だし、古代ローマだって西ローマが滅びるまでなら約1000年、東ローマが滅びるまでなら約2000年の歴史である。

 なぜこんなにも長く古代エジプト文明が繁栄を続けたのかの謎を解くため、大英博物館パピルスの解読を進めている。
私はまったく知らなかったが、古代エジプトには2種類の文字があった。
一つは神聖文字と言ってファラオの言葉をつづった文字だが、もう一つ庶民が使っていた民衆文字があった。
日本で言えば漢文ひらがなのような関係で、庶民はこの民衆文字を使いこなしていた。

 神聖文字の解読は1822年にシャンポリオンによってなされていたが、現在この民衆文字の解読が進みエジプト庶民の生活が明らかになってきた
今回紹介されたケンヘル・ケプシャフ氏は今から3200年前のエジプト文明中期に生活していた人で、多くの手紙や会計簿や教科書や日記を残した人だ。

 ケプチャフ氏は幼児期から父親から生きるための極意を教えられ、それを忠実に守ってきた。
いいか、ぼうず。勉強をするんだ。そうしたら書記になれる。俺たち庶民がいい生活をするためには書記になるのが一番だ

 私は今まで書記とは会議の書記係かと思っていたが、古代エジプトでの書記とは公務員のことである。
トップにはファラオ、そして次の階層は貴族だったが、その下に古代エジプト政府を支える公務員の集団がいた。
そして実際に古代エジプト政府の実務を支えていたのはこの公務員だったが、この公務員は公募されていたらしい。

注)放送ではすべての公務員が公募だったか否かは分からなかったが、少なくとも一定数の募集はあったようだ。

 なにか現在の国家公務員試験みたいだが、神聖文字民衆文字、それに数学を受験者は熟知していたようだ塾のようなところで学んでいた
ケプシャフ氏はまじめに勉強をして晴れて書記になったのだが、この前途有望な青年は当時の女性の憧れの的だったらしい。
女性からのラブレターが残っている。
ああ、神様、願いをもしかなえてくださるなら私はあの人(ケプシャフ)の元に駆けつけ、誰はばかることなくキスをしたい

 ケプシャフ氏の職場はルクソールにあった王家の谷の陵墓の建設主任だったようだ。上司は口うるさく部下はちっとも言うことを聞かず、ケプチャフ氏は不眠症になるほどストレスをためていたことがパピルスに記載してある。

上司の命令には逆らうまい。時にはためになることも言っているのだから・・・(すごい皮肉だ)」

コンスのやつ、誕生日だとか言って2日間も欠勤するとは、なんてやつだ。陵墓の建設がはかどらないじゃないか。それにさそりに刺されたとか、二日酔いだとかで欠勤するやつもいて、俺はどうしたらいいんだ・・・・」

 ケプチャフ氏はこうして中間管理職の苦悩を背負いながら、最後はかなりの地位まで上り詰めて60歳代後半に他界した。
今から3200年前の公務員の悩みと人生がこんなに明確に分かるのは驚きだ。

 このケプチャフ氏の人生行路を見てみると、当時のエジプトはかなり高度に洗練された社会であったことが分かる。
勉強をすれば公務員になって中産階級になれるし、そうならなかった庶民は労働者だが適当に理由を付けて仕事をサボることができた。
恋愛し結婚し子供を作るのが人生よ」そんな生活を謳歌していたみたいだ。

注)中産階級になると王や貴族と同様にワインを飲むこともできたし、品質を少し落としたミイラを作ることもできた。

 かつて私が見た十戒のような映画では民衆はファラオの奴隷で鞭を打たれながらピラミッドの建設をしていたが、実際はファラオは庶民に給与を払っていたし、庶民は適当に仕事をサボりながら人生を楽しんでいたようだ。

注)前に見たドキュメンタリー番組ではピラミッドの建設は冬季に仕事がない庶民のための公共工事だと説明していた。

 エジプトではファラオといえども庶民を痛めつけたりはせず、を公開して農業生産の後押しをしたり、医療情報を公開して社会保障政策を行ったり、数学の教科書を広く学ばせ学問のレベル維持に努めていた。
ファラオはみなのために多くの有益な情報を与える。だからお前たちも王のために働いてくれ。賃金も奮発するぞ」なんて関係だったようだ。

 このエジプトのイメージはかつて高校でならった世界史のそれとはまったく異なる。そこでは古代奴隷制社会と言う概念で説明され、民衆はすべて奴隷だったように描かれていたが、考えてみればそんな社会が3000年も続くはずがない。
庶民の再生産(結婚し子供ができて)があって初めて社会が安定するので、奴隷として片っ端から重労働で殺してしまってはロシアのラーゲリ北朝鮮の収容所のようなもので、今いる人間が死に絶えたらおしまいだ。

なるほどね、古代エジプトの生活もなかなかのものじゃないか」今回この番組を見て感心してしまった。

注)私が文明の進歩史観(歴史は常に進歩する)に疑問を持つのはこうした過去に途轍もなくすばらしい文明があるからだ。文明は生まれ、成長し、そして衰退すると言ったトインビーの歴史観のほうが正しいのではないかと思っている。

なお、古代ローマ史については以下に纏めてあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat44866001/index.html

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