個人生活 私の人生観

(28.12.31) 平成28年の私的回顧 ピンチだったが生き延びた!!

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 いやはや今年も一年が暮れ行くが私にとって最悪の年だった。
昨年から原田病というひどい眼病を患っており、その治療としてステロイド剤を大量に投与してきたせいか、今年の3月になって急に足が動かなくなってしまった。ふくらはぎに大量の水が溜まってパンパンになったためだが、初めての経験なので驚いた。

 目はまともに見えず、耳はステロイド剤の副作用でますます聞こえなくなって会話を交わすのにも不自由しているのに、その上歩くこともできなくなっては人生おしまいだ。
これは年貢の納め時かな」覚悟をした。
それまで行っていた社会的な活動はできる限りやめて、会議などには出席しないことにし、子供たちのマラソンの指導もやめた。
そしてブログの記載も一日おきにした。

 最後に残ったのは子供たちの勉強の指導と、おゆみ野界隈の公園のベンチの補修と、毎日の四季の道の清掃だけになった。清掃は自転車に乗って行うのだが幸いなことに自転車に乗っている限り足は痛まない。
これで自転車に乗れなければ家の外にも出られないじゃないか・・・・」乗れることに感謝した。

 こうして私としては神様のお迎えを待っていたのだが、体がもともと丈夫なのと目が少々見えないくらいでは神様がお迎えに来てくれないことを知った。
さらに最近になり眼の状態が改善されてきて千葉大学病院の担当医から「山崎さん、大丈夫ですよ、よくなってきてます」といわれている。
そうか、目は改善してきたのか、それでは神様のお迎えがないのも道理だ
自分としては腹を決めていたてまえ、やや拍子抜けしてしまったがまだしばらく人生を楽しむことができそうになった。

  ここ一か月前から四季の道を歩く訓練をしている。一周約6kmの道で、かつては何周でも走ることができたのに、今は500mごとに休んでいる。
でもまあ、歩けるようになったことに感謝しよう
ブログを書くのもまた毎日できるようになり、徐々にかつての日常を取り戻しつつある。

 子供の勉強は体調不良の時も教えてきたが、今は高校生1名と中学生3名の指導をしている。一時はほとんど目が見えなかったので教科書を読むのも苦労したが、ようやく細かな字を見ても目が痛むことがなくなった。
本当はこうした指導は目に良くないのでやめるべきなのだが、私の指導を信頼して通ってきている子供たちのてまえ指導をやめるわけにいかない。

 前にも記したが、私はことのほか勉強の指導が上手なので通ってきている子供の成績は急速によくなる。教え上手は私の唯一の才能といってもいい。
高校生の子供はある高校をやっとのことで入学したのだが、あれから9が月たった今ではその学校の優等生の一人になってしまった。本人も私も驚くような成績向上だ。
人生の最後の御奉公だ、子供たちが我が家に通ってくる限り頑張ろう

 ベンチの補修カーペンター・オクさんとコンビでこちらも何とかこなしている。大百池公園おうどいけ)のベンチの15基の補修が終わり、3月までにあと4基補修すればすべてが終わる。カンパをしていただいた義援金で材料を購入して補修をしているが、一基当たり約1万円の材料費がかかる。ベンチ補修についても今年限りと思っていたがこの調子だと来年も継続できるかもしれない。

 ブログについてはトランプ氏がアメリカの大統領になってから世界が激変し始めたので記載に困ることはなくなった。人生の最後に世界の激変に遭遇できるとは何とも奇遇といっていい。
文明の大転換期だからその末を見据えるような思弁を残すのが私の最後の務めになりそうだ。

(追伸)
Tさんへ

先に子供の指導をしてほしい旨のメールをいただきましたが、こちらからのメールがどうしても届きません。メールアドレスを間違えているか、受信拒否の設定があるためと思います。もう一度メールを送ってくださって電話番号を記載しておいてください。メールが届かなければ電話で連絡いたします。

 


 

 

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(26.12.30) 2014年を振り返って 今年の私の1年はこうして過ぎた!

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 2014年
もはやくれようとしている。
今年一年何をしてきたかまとめておこう。

1) 清掃ボランティア関係

・四季の道の清掃を従来は毎日行ってきたが、最近は2日か3日に一回になってきた。理由は二つあって一つは体力的に続かないのと、もう一つは四季の道に落ちているごみが少なくなってきたせいだ。かつてのような若者の饗宴の跡のようなものがなくなった。おゆみ野も成熟した街になってきたのだろうか。

・ベンチの防腐剤の塗布は春先のお花見前に集中的に行った。しかし最近は塗布するよりベンチそのものをかえなくてはならないベンチが多くなっている。

・草刈りは実に熱心に行った。夏場はほぼ毎日のように四季の道の草刈りをやってきた。その結果芝生の状態は以前に比べて見違えるようになっており、雑草より芝生の方が強い場所が増えている。今年一番の成果ではなかろうか。

・カーペンターオクさんと公園のベンチの本格的な補修を始めた。夏の道公園の10個のベンチの補修を終了している。すべての板を新しいものに取り換え台座は防腐剤を塗布しておいた。これでメンテを怠らなければ後30年は持つはずだ。今年の新規事業である。

2) マラソン関係

・四季の道駅伝は雪のため中止になったが、それ以前の準備には忙殺された。計4回のマラソン練習指導とおゆみ野南小でのマラソン教室だ。体は動かなくなっているのでもっぱら口頭での指導になってしまった。

・おゆみ野とちはら台を結ぶハーフマラソン大会を2回開催した。ただし二回目は雨のため自由走になっている。この遊歩道を利用した規模の大きなハーフマラソン大会を開催するのが最終的な目標だ。

・レース参加はほとんど行っていない。膝が痛むためだが青葉の森と長柄町の駅伝参加が唯一のレース参加だ。

3) 趣味

・長年したかった北海道の自転車旅行が実現できた。マウンテンバイクにテントを積み込んで野宿をしながらの旅だったが、北海道の雄大さはいつ行ってもいい。こうした旅行をまたしたいがこれが最後となったのかもしれない。

・登山は走友会の鹿島槍の登山に参加した。登山などしばらく前までは思い立ったら行く程度の感度だったが、こうした登山もだんだんできなくなるのかもしれない。かつては登山家を夢見ていたのが嘘のようだ。

4) 中学生の勉強の指導

・今年は中学生の6人のボランティア指導を行った。3年生4人、二年生1人、一年生1人だ。しかし6人は多すぎた。本当に面倒が見れるのは同時間帯に3人が限度でできれば二人がいい。来年度は指導する子供の数をできるだけ絞らないとまともな指導ができないことが分かった。
一方3年生を指導することで最近の高校受験の試験のレベルを完全に把握できた。毎日高校入試の数学と理科の問題を解いているが公立高校の内容であればほぼパーフェクトに指導できそうだ。

5) ブログ

・毎日ブログの記載を続けているが昨日は本当に目が痛かった。医者に行ったらひどい炎症を起こしているのだという。副腎皮質ホルモンの入った目薬を処方してもらったら痛みは治まった。しばらく薬をつけ続けるように言われているが、目の痛みは治まったのでブログもまだかけそうだ。

内容的には中国と韓国の経済分析を主体に行ったが、この両国の経済についてはほぼ完全に把握できた。経済なんていうものはどこも同じでそんなに特殊なものはないから日本の経済の実情が分かっていれば他国の経済を分析することはいたって簡単だ。
特に日本の停滞の20年間を分析すれば中国や韓国経済がどうなるか推定できる。

6)健康

・健康については今年は落ち目の年だった。昨日も記載したが耳は聞こえず、膝が痛んで走ることもできない。そして昨日は目が非常に傷んでまともに文字を読めなかった。何かヘレンケラーに似てきたが、ヘレンケラーのような意志の強さはないので悲観的になってしまう。何とか2014年を過ごしたというのが実態だ。

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(26.11.2) 新日本風土記 多摩川 私のふる里の川

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 NHKの「新日本風土記」で「多摩川」の特集をしていたのでとても興味深かく見た。
私は大学を卒業するまでは都下の八王子市に住んでいたので多摩川は実に懐かしい川だ。
60年ぐらい前になるが、私が小学生のころは高度成長期の直前で多摩川はまだ汚染されておらず、川には魚がいくらでもいたし泳ぐこともできた。

 八王子からは八高線に乗って小宮という駅で降り、1km程度線路を沿って歩くと多摩川の河原に出た。そこで仲間と一緒になって泳いだり魚取りをしたものだ。
魚とりは笹の枝のようなものに針を一杯ひっかけて餌をつけで沈めておくだけなのだが、十分泳いだ後引き上げるとはやという魚がよくかかっていた。

 またいつのころか忘れたが町内会で大規模な魚取りを計画したことがあった。まだ多摩川には川漁師がいて、川幅一面に横に広げた網を上流と下流から狭めていって魚を追い込むのだが、実に大量の魚が網の中ではね回っていたのを思いだす。あのころの多摩川は実に豊かだった。

 しかし私が高校生になる頃は多摩川はほとんどどぶ川に変わっていた。ちょうど高度成長期の真っ盛りだったが、下水道が整備されず汚染水がいいように多摩川に流れ込んでいた。私が通った高校は立川にあったのだが、中央線で日野を越えると多摩川にかかる鉄橋になるのだが、電車の窓から見ると多摩川の水は洗濯水の泡で泡立ち、シャボン玉のように飛沫が飛んでいた。
そのころ多摩川から清流に住むと言われていた魚が消えてしまっていた(魚が住んでいるとは思われなかった)。

 高校3年生の時だと思う。友人のS君と二人で多摩川を立川から東京湾の河口に向かって歩いたことがある。当時お金は全くなかったが体力だけはあったのでそうした散歩をよくしたものだ。
まだ遊歩道が整備されておらず、多摩川に注ぎ込む支流を渡るときはかなり上流までさかのぼって橋を渡らなければならなかった。

 目の前にその支流が現れたのだが、S君は「この川を飛び越そう」と私に提案した。
川幅は4m程度だったが、汚染というよりも糞尿がそのまま流れて居る川で強烈なにおいがした。
私は躊躇し上流で迂回する案を提案したがS君は無類のスポーツ選手で走り幅跳びも6m近く飛んでいたので飛び越すことをガンとして譲らなかった。
仕方なく「君が先に飛んで大丈夫だったら僕も飛ぶ」私は妥協案を提示した。

 S君は実に颯爽と助走をつけ川を飛び越そうとしたが、最後のジャンプの踏板に当たる場所が泥濘で足を入れたとたん20cm程度足がめり込んでしまった。
その後はスローモーション映画のように足を泥濘に取られまま棒が倒れるように糞尿の川に倒れこんだ。
おまえ、来なくていい」S君は川から這い上がってそう言ったが、アメリカ映画のゾンビになっていた。
近くの家の水道を借りて体中洗い流したが、汚泥がこんなに臭いものだとはその時初めて知ったものだ。

 あれから50年たち多摩川は再び清流によみがえっている。下水道は整備され川面に流れる川風に臭いはなくなった。多くの魚が生息する憩いの場になっており私が小学生の時の川になっている。実に懐かしい映像だった。






 

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(26.6.1) 退職して早8年、思えば遠くに来たものだ!1

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 定年退職してから早8年が経過しようとしている。当初は定年になれば僧衣に身を包み芭蕉並みの漂泊の旅をする計画などを立てていたが、さすがに漂泊の旅は出来かねた。
それでもしたいことはしてきたつもりだ。

 私は今住んでいるおゆみ野にまれに見るほど美しい遊歩道が整備されていたので、これを何とか維持管理したいと考えた。
ほぼ毎日の日課として清掃活動を行ってきたが、一周6.5km程度あり、また公園が併設されているためそこの清掃をしていると2時間弱かかる。
当初は何気なくやっていたが最近は体力が衰え気合を入れないとできなくなってきたものの継続している。

 清掃活動をしているとペンキの落書きが気になり、これをすべて消し去ろうと決心した。当初は剥離剤を使ってみたが剥離剤はほんのちょっとしたペンキを消すためのもので、壁一面にかかれた落書きはとても消せない。
その後はすべて上から上塗りをするようにしたが、これできれいにはなるもののペンキ代がばかにならない。数年前からこの落書き消去活動を支援してもらうためにカンパを募るようにしたら、多くの方から支援をいただけるようになった。

 嬉しいことに最近はここおゆみ野から悪ガキが少なくなったせいか落書きは本当に少なくなった。
一方四季の道やその周辺の遊歩道に設置されているベンチの老朽化がはなはだしく、このままではすべて崩壊しそうになっていた。
これも数年前から懸命に防腐剤を塗布するようにした。
これ以上の腐朽を防ごうとしたのだが、防腐剤もペンキ代と同様かなり高価なので支援者からのカンパを仰いでいる。
毎年一回はすべてのベンチに防腐剤を塗布するようにしているのでベンチの寿命が延びている。

 最近の私の活動の大半は草刈りに充てられている。ほぼ毎日四季の道のどこかで草刈りをしている。市も定期的に草刈りはしてくれているのだが、回数が年3回程度と少ないためその間にせっかくの芝生が雑草に覆われてしまう。
芝生は太陽に当たらないと全く生育できないので、私が雑草の除去を目的に草刈りをしていたらすっかり芝がよみがえってきた。

 まだ芝が再生できない箇所はあるがこうした場所も丁寧に草刈りを繰り返しているうちによみがえるので、それを楽しみに芝刈りを継続している。
四季の道の芝と木々のコントラストはとても美しく、多くの人がこの街を気に入って越してきている。日本は基本として人口逓減国家だが、ここおゆみ野と隣接するちはら台は建築ラッシュが続いていて人口が毎年増加している

 芝刈りが済んでそのあと自転車で50km程度サイクリングをして帰ってくれば、そのあとは中学生の児童に勉強を教えるのが日課だ。当初は数学だけ教えていたが英語も教えるようになり今は理科を教えることに熱中している。
理科は物理、化学、地学、生物と範囲が広く、私が中学生時代のレベルをはるかに凌駕して高校で習ったレベルに近い。
いやー、日本の科学教育は進歩したものだ!!!感心している。
特に実験に重きを置いた教育には政策当局者の意志がよく表れており、相当なレベルだ。

 こうして朝清掃活動をし、その後ブログを書き、芝刈りをし、自転車に乗ってサイクリングをして子供に勉強を教えていると毎日があっという間に過ぎていく。
漂泊の旅はできなかったがそれでもなかなか充実した日々だと自分でも感心している。

注)なお私の人生観については以下にまとめてあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat47393797/index.html

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(26.3.17) 体力と気力の崩壊 これ以上の行動は慎もう!!

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  このところ体力と気力の低下に悩まされている。もうすぐ68歳になるのだから当然と言えば当然だが、今まで唯一の自慢がこの体力だったのだから人生の黄昏を感じることが著しい。
私はほぼ毎日のように四季の道約6kmの清掃活動をしているが、最近とてもきつくなっている。
特に最後の1km程度のところに有吉中学からジャスコにかけての坂があるのだが、ごみ袋がいっぱいになっていると最近は息も絶え絶えだ。仕方がないのでジャスコに入って飲み物を購入してベンチで休むのだが、こうでもしないと家にたどり着けない。

 また昨年の夏は実に熱心に四季の道の草刈りを行ったが、炎天下の草刈りは煉獄の苦しみだ。雑草の除去ができればそれ以降の草刈りも楽になるので頑張ったのだが、ペットボトルに水を詰め込んで浴びるようにしての作業になった。
今年はそれができるだろうか。よく農家で老人が農作業中に熱中症で死亡するが、何かそうした雰囲気が漂ってきた。

 私は家で子供たちにボランティア家庭教師をしていて今5人(中学生4人、小学生1人)の子供の勉強を見ている。
当初はこちらから生徒を募集していてもなかなか集まらなかったのに、最近は子供の勉強を見てほしいとの要望をあちこちで聞くようになった。
しかし一人で行うのには5人程度が限度で今はみんな断っているが、私は断ることに非常に精神的ストレスを感じるタイプだ。

 昨日は昨日で緑区の地域活性化支援事業の公開説明会に出席した。おゆみ野クリーンクラブが本年度から行おうとしているベンチの補修事業の支援を受けるためだが、こうしたプレゼンを行うのも最近はとてもエネルギーがいる。
一番の原因は聴力が非常に落ちてしまいしゃべるのはいいが、聞くほうになると質問者の質問が何を言っているのかうまく聞き取れないので神経を集中しなければならない。
昨日の場合もそうで終わったらくたくたになってしまった。

 実際聴力の低下は日常生活を送る上でも支障が出てきており、音声拡張器を使用しないとほとんど相手の言っている言葉が分からない。最も使ったら使ったでひどく耳が疲れてくたくたになるので普段は人との会話をできるだけ避けている。
会議などは最も苦手で多くの人が次々に発言し始めると何を言っているのか分からなくなるので、会議には出ないようにしている(それでも断ることのできない会議はあるのだ)。

 また私は自動車を持っていないので資材は自転車か一輪車で運ぶのだが、昨日ビバフォーム(約5km程度離れている)から一輪車で防腐剤の缶10kg程度を運んだがふらふらになってしまった。かつては何キロだろうが意に返さなかったのにと思う。

 そして今まで毎日のように運動を行い、ほとんどがJOGだったが、最近膝と腰を痛めてからこのJOGができなくなった。走れないことはないのだが最初はオイルの切れた自動車のようにガタビシして何とも走っている感覚がしない。ちょうど初期の頃のロボットの動きのようだ。
仕方がないので普段は自転車に乗っている。長柄方面に50km程度ライディングに出かけるのだが、この時が唯一幸せを感じる時だ。
しかしその時間も他の活動であまり取れなくなりつつある。

 やはり人生には黄昏と言うのがあるのだろう。体力と気力に任せて突っ走ってきたが、とうとう限界に突き当たった。
今年はこれ以上の活動の拡大は絶対にしないことにして、また今までしてきたことについても見直しを行っていこう。
体力と気力の範囲内に活動範囲をとどめなければ自身の崩壊につながりそうだ。


 

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(25.6.18) 「おくりびと」と葬儀問題 死後対策はどのようにするか

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 先日NHKのBSで「おくりびと」を放映していた。映画そのものはとてもよくできた映画で私は感心してみたが、同時に自分の死後対策について思いを巡らせてしまった。

注)「おくりひと」を見た感想文については以下に記載しておいた。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/201015.html


 私はもうすぐ67歳になり、神様のお迎えが近くなっているので、死後のことを考えておかなくてはならない年齢だ。
死後と言っても葬儀関連費用や墓や遺品の整理についてである。
これについて一番手間暇がかからない方法は葬儀も墓も遺品整理についても、もっとも簡便な方法を選択することだ。

 私の父親の葬儀は通常の葬儀を行ったのだが、来客の対応や葬儀の手配や飲食や送迎用のタクシーの手配でテンヤワンヤの大騒ぎになってしまった。
何しろ父親の友人や母親の友人についてはほとんど面識がなく(私は就職してから30年以上も故郷を離れていた)、誰が誰だかわからず、葬儀を行った後はすっかり疲れ切ってしまった。
父親を思い忍ぶ時間などは全くない。

 この経験があったので母親の葬儀家族葬にした。母親も家族葬を望んでいたので意見は一致したが、90歳にもなると知人親類と言ったものはほとんどいなくなり家族葬で十分なのだ。
一般に葬儀費用の平均は200万円程度だが、家族葬では100万円程度で済む。
そして何よりありがたいのは訪問客の対応をしないで済むことで、会場の受け付けもいらないし、タクシーや飲食の手配もしないで済む。

注)私が勤務していた会社の同僚やその両親の葬儀についても半分以上が家族葬になっている。誰しもあの葬儀のバカバカしさに気付いているのだろう。

 私の娘は一時おばあちゃんと住んでいておばあちゃん子だったが、「おばあちゃんとこうやって静かにお別れできて本当によかった」と述懐していた。
家族葬では子供の家族だけが集まるのだから何を決めるのも早く、遺産相続問題などもたちどころに決まるから簡単だ。

 葬儀は家族葬で簡便化できるが、次の問題はお寺さん対策だ。お寺さんには申し訳ないが墓やお布施の費用が馬鹿にならない。お布施などは相場があってないようなものだから、いくら包むべきかいつも悩まされる。
通常、墓やお布施や永代使用料でこれも200万円程度かかる。
そんなことなら最初からお寺との縁を切って自然葬にするのがいい(私は読経もいらないのだが、これを省くと葬儀らしからぬ状態になってしまいそうだ)。

 昔「世界残酷物語」という映画でネパールチベットだったかもしれない)では鳥葬というのがあって、死者の肉体を鳥(ハゲタカ)に食べてもらう場面があった。
当時は「何とも残酷だと」思ったが、今思えばこの鳥葬もなかなかいいものだ。死んで「千の風」のイメージで大空を飛び回る鳥の身体の一部になるのも悪くない。
日本の仏教は一部の熱心な宗派を除けば葬儀仏教になっており、人間を救済するという本来の使命ははっきり言えば終わっている。
だからお寺さんとはできるだけ付き合わないのがいいのだ。

 もう一つ問題になるのが一人暮らしの場合の遺品の整理だ。何しろ65歳以上の二人に一人は一人暮らしだ
整理しようにも価値あるものと、ないもののごっただから整理屋に頼むとだいたい30万円程度の費用が掛かる。
何とも馬鹿しいので自分で整理をしようとしてもタンスやテーブルや家電製品などはどうにも手に余る。

 整理屋に頼まないようにするには一人暮らしになればできるだけ生前に物を始末しておくことだろう。
物はあればあるだけ管理が難しいのだから、必要最低限にして鴨長明の心境になることだ。

 死後については自身は存在しないのだから本当は何を言っても無駄だが、家族に迷惑をかけないで済むように簡便を第一義に考えておくことが必要だろう。
家族葬にして、お寺との縁を切って骨は散骨にしてもらい、事前に不要物の整理をしておけば残された家族に迷惑をかけることはあるまい。
おくりびと」を見ながらそんなことを考えていた。

なお、私の死生観に関しては以下にまとめて入っております。http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat47393797/index.html

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(25.4.10) 「最高の人生の見つけ方」 ジャック・ニコルソンと私

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 人生長く生きていると家も身体もガタガタになってくる。
とうとう家の玄関の油圧式制御器のねじがすっ飛んでしまった。思いっきり開閉したり強風の時玄関を開けてドアがあおられたりして、制御器のねじが悲鳴を上げていたがついに取れてはまらなくなった。
今では来客者に「そっとドアーをあけてください。あまり開かないように」なんて言うので訝られている。

 二階の蚊を防ぐためのネットなどは飼っているカメゴンの突進で穴だらけだ。ネットなどすぐに修理すればいいのだが、修理するとまたカメゴンがおもちゃにするので無駄なのであきらめている。
おかげで窓を開けたくてもの襲来を恐れて開けることもできない。
物置の天井はかなり前から落ちているし、門の扉の取っ手はテープでかろうじて支えられている。

 家だけでなく私の身体もガタガタになってきた。
先日15kg程度の荷物をもって二階から階段を降りようとしたらふらついて危うく転げ落ちるところだった。何か体を制御する機能が故障しているみたいだ。
それに筋肉の落ち方は尋常ではなく、かつてシルベスター・スタローンを小型化したような身体が今ではアフリカの難民のレベルだ。

 運動といえば走ることだけはかろうじてできるが、それも走り始めは身体がギシギシ鳴っている。ポンコツの自動車と同じでしばらく身体を動かさないと潤滑油が身体に回ってこない。
それに右足は常時坐骨神経痛で痛んでいるので、これも30分程度走って身体が温まるまでは悲鳴を上げる。
いてー、何とかしてくれ!!!!」

 頭などはとうの昔に禿げていて若い時分はリ・アップフラバサイトという育毛剤を振りかけていたが、こうしたよく効くといわれる育毛剤は副作用が大きい。
リ・アップは心臓に負担をかけマラソンでスピードを上げると心臓がパンクしそうなくらい痛むし、フラバサイトは夜半にのどが異常に乾いてしまい全く唾が出なくなる。

 禿で死ぬことはないからこうした育毛剤を使うことはあきらめたが、そのかわり鏡を見るとひどい老人が映っているのでがっかりする。
外に出るときは帽子が外せなくなり、知り合いのセーフティー・ウォッチャーの奥さん方からは「帽子がトレードマークね!!」なんて言われているが、本当は禿隠しだ。

 記憶力などは並で5分もすれば前のことを忘れてしまう。人に会って名前の確認もして「ああ、○○さんですか」なんて言ったとたんに忘れてしまうのだから、あとの会話は主語抜きで何とも殺伐としたものになる。
おまけに耳が遠いため「たぶん相手はこう言っているのだろう」と推定で話をすると、時に非常に怪訝な顔をされてしまう。

 人生の黄昏を迎えているのだから仕方がないのだが、そう思っていたらNHKのBSでジャック・ニコルソン主演の「最高の人生の見つけ方」という映画をやっていた。
がんを告知された1年以内の余命しかない老人二人が病院で意気投合し、「最高の人生」を求めるために冒険旅行に出かけるという内容だ。

 私はすぐに映画の影響を受けるタイプで、とても触発され泣いてしまった。
そうだ、俺も最後の旅にでて最高の人生を見つけよう!!」すっかりニコルソンになってしまった。
私は若いころ日本アルプス北・中央・南全山縦走をする計画を立てたが時間的な理由もあって未達であったことを思い出した。
今は十分すぎるくらい時間があり、一方体力は加速度的に衰えているので、このチャンスを逃したら一生チャンスはなくなりそうだ。

 この夏4週間程度をかけテントを背負って縦走をすることにした。
それが最高の人生かどうかまではわからないが、少なくともその一部にはなりそうだ。

・・・・と決心したが4週間はいくらなんでも長すぎることにすぐに気が付いた。
食料とテントを持っての登山だと1週間程度で食料が尽きてしまう。最大頑張っても2週間が限度だ。ここは無理をしないで2週間の山旅をすることで妥協することにした

なお私の人生観については以下にまとめてあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat47393797/index.html

募集中)

中学生の数学と英語を教えます。

募集 若干名(おゆみ野地区の中学生)
対象 中学の数学と英語で苦慮しており、成績が中位以下の生徒
目標 学校の成績で中位レベルになる
費用 なし

このブログのメール機能を使用して応募してください。実際に生徒と面接して決定します。

勉強を教える趣旨は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/25331-342c.html

 

別件)現在おゆみ野クリーンクラブに対するカンパをお願いしております。

昨年に引き続き一人当たり3000円のカンパをお願いできないでしょうか。カンパは塗料、ガソリン代、その他備品に使用いたします。

① カンパは一人3000円(ペンキ1.8L 一缶の値段)
年間のペンキは約10缶程度です。ほかにガソリン代や備品に充当いたします。

② カンパの件数、金額はこのブログで報告します。また決算報告は年1回行います。

③ 賛同していただける方は以下の口座に送金いただければ幸いです。なお送金していただいた場合は同時にこのブログのメール機能を使ってその旨連絡いただけると幸いです(お礼のメールを出したいため)。


・千葉銀行 鎌取支店(092)
・おゆみ野クリーンクラブ 普通預金口座(3743511)

または
・ゆうちょ銀行 店名058(ゼロゴハチ)
・おゆみ野クリーンクラブ 記号10500 普通預金口座(3695852)

 

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(24.6.13) 黄昏の橋 終わりの始まり  あと4年の人生と想定しよう

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 私は長い間自分はいつも健康で死とはまったく無縁の人間だと思っていた。
確かに右足の坐骨神経痛は常時痛み、耳などは通常の人の4分の1程度の聴力しかないが、それでも自分は健康でいつでもマラソンや登山や旅行をすることができるし、ブログをいつまでも書き続けることができると思っていた。

 しかし5月の中旬から急に体調が悪化し、何か今までとは異なる変調が身体に発生していることを自覚してからそうした自信は勝手な思い込みであったことが分かった。
最初に左目5分間程度だったが、まったく視力が失われたのにはびっくりした。すぐに眼科医に行って検査をしてもらったが、細い眼動脈が一時的に詰まって目が見えなくなったとの診断で、「こうした兆候は脳梗塞や心筋梗塞の前兆である場合が多いので内科的診断を仰ぐように」言われてしまった。

 かつて私の父親が69歳脳梗塞を発病し、約8年間の闘病生活をした後他界したことを思い出す。
一般に日本人男性の平均寿命は78歳程度で、最後の8年間は闘病生活をするのが普通だから、私もその年代に近づいている。

 さらに急性腎盂炎を起こしたことには自分ながら当惑した。腎臓などは絶対に問題を起こさない臓器だと考えていたためだが、腎臓が機能不全になると人工透析をしなければならないことが頭をよぎった。
私の元の会社の上司に人工透析を週に三日程度行っていた人がいた。
見ているとだんだんと体の機能が失われ最後の頃は歩くことさえおぼつかなくなっていたが、それでも会社には出勤していた。
人工透析だけは受けたくないな」その人を見てそうしみじみ思ったものだ。

 だがしかし私もとうとうそうした病気年齢に入ってきたようだ。
つい最近まで24時間走などといって一日中走っていたのが嘘のようだが、ここいらで人生との折り合いを付けなければならないのだろう。

 私は一体いつまでマラソンをしたり登山をしたりブログを書き続けることができるだろうか。
日本人の平均寿命からすると平均して70歳までは認知症にもならず身体も動かすことができるようだから、当面70歳をターゲット年齢に設定することにした。
今は66歳になろうとしているので、後4年間だから大学を卒業するまでの時間に等しい。

注)平均寿命は幼児の死亡も加味されているので66歳まで生きた人の余命は平均寿命より長い。しかしやはり第一次のターゲット年齢設定としては70歳が適切と思う。それ以上健康で生きられれば僥倖というものだ。

 ターゲット年齢が必要なのはそれまでに遣り残していたことを何とか完成させて向後の憂いを残さないためである。
とても言い方が難しいのだが、私がこの世に生きていたと言う証を何とか残しておきたいのだ
個人的な趣味ではマラソンも登山も旅行も通常の人がするレベルをはるかに越えてしてきたので、これ以上経験をつんでも大して意味がない。

  一方私はこうしてブログを書いているが、何とか社会に対して一定の影響力のあるブロガーになりたいとの強い希望がある。そして私が死んだ後も何がしかの影響が残ればそれに越したことはない。
私はある金融機関に37年間にわたって勤務したが、正直言えば会社員としては失格の部類で社会的功績があったとは言いがたい。
私は性格として人に何か命じることも、また人から命じられることも嫌うから、組織人としては最も不適な性格だ。
それでも37年間にわたって職場にいられたのは奇跡に近いが、おかげで退職しても何とか生活していられるのだから我慢のし甲斐はあったと言うものだろう。

 一方で会社人生に比較して引退後の6年間は実に楽しかった。
その間自分の責任でブログを書き、私の住んでいる四季の道と言う遊歩道を世界で一番美しい遊歩道にしようと努力してきた。
ブログは当初自分のために書いていたのだが、私のブログを読んでくださる読者も増えて、このブログが何がしかの役に立っていることは嬉しいことだ。
時に寄せられるコメントに思わず飛び上がってしまうこともある。

 私は今ココログと言うブログサイトを利用して記事を書いているが、このココログを使用しているブロガーは約10万人程度のようだ。
私の記事の毎日のアクセス件数は1600アクセス程度で、ブロガーのランクは10万人中400番前後だと思う。
これをぜひブロガーとして100番以内に入りたいと思っているが、その程度の読者を得られれば自分としては満足することにしている。

注)私が順位にこだわるのはもともとスポーツ選手で記録と順位が努力目標だったせいもある。

 ターゲット年齢まであと4年しか時間がない。この間で読者の期待にこたえられる記事を書き、そして四季の道を世界で一番美しい遊歩道にできるだろうか。
そうなるように残された人生をその目標に絞って生きていくことにしたい。

注)なお私の病気の経緯については以下の記事を参照してください。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-8165.html

 

 


 








 

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(24.1.12) 自殺者数と尊厳死について 人は死ぬ決断をする自由がある

 


 警察庁がまとめた23年度自殺者数3万513人14年連続3万人を超えたとの発表があった。
日本は先進国の中では際立って自殺率の高い国で、従来はOECD参加国の中でトップだと言われていたが最新のデータでは韓国(2位)日本(8位)を上回っている。

注)韓国の自殺率の高さについては以下のブログ参照。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/23104-76d2.html

 もともと自殺者が多いのは旧ソ連圏でここでは男性の自殺者が圧倒的に多い。経済情勢が逼迫しているのとウォッカをがぶ飲みした結果アルコール中毒患者が多いのと、スラブ人特有の人生をすぐあきらめてしまう性格が災いして、「もう俺は死ぬ」とはやまって自殺してしまうことが原因と言われている。

注)自殺の国際比較は以下のURL参照。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2770.html

 日本人もスラブ人同様断固自殺をするのだが、これは日本における自殺の伝統、特に切腹の伝統が大きいのだと私は思っている。
生き恥をさらすぐらいなら見事腹掻っ捌いて死ぬ」と言うのは日本人の美学で、三島由紀夫などはそのとおりの死に方をした。

 一般的には自殺は犯罪ではないが反社会的行為とみなされて、「死ぬことはないだろうに・・・」との評価を下されている。
私もそのように思うが、しかし尊厳死についてはこれを認めるべきだと思ってきた。

 私が尊厳死が絶対に必要だと思ったのは父親の死を見たからである。
父親は69歳のときに脳梗塞を発病し、その後回復したり再び脳梗塞になったりしながら、都合8年間にわたって病院と自宅での介護を繰り返した。

 その間症状はだんだんと悪化をたどり最後の2年間は入院して治療を受けていたものの、家族の名前がわからないほど痴呆が進んでいた。
母親と私を含めた家族がかわるがわる病院につめて看病したが、父親は常に「痛い、痛い」と悲鳴を上げていたものだ。

 ある時医者から「これ以上の治療は不可能です」と告げられのだが母親は「なんとしても生かし続けてほしい」と医者に哀願した。
その結果父親はさらに生き続けたものの、それは単に人生の最後に苦痛を与え続けただけだった。
これは拷問ではなかろうか・・・・わざわざ父親を苦しめ続ける理由などないのではなかろうか・・・・・・」そう思ったものである。

 私はこの経験から自分は絶対尊厳死を選び、間違っても末期治療を施すことを拒否することにしている。
しかしこの問題は日本では法的な裏づけがなく(アメリカ、オランダ、スイスでは尊厳死を認めている)、いわば医者と患者の一対一の交渉ごとになっているため、問題がこじれてしばしば裁判沙汰になっている。

注)いったん家族が尊厳死を認めても世間から指弾されると「医者が勝手に安楽死させた」と責任逃れをすることが多いので、結果的に裁判になる。

 尊厳死は個人的なレベルではそれ以上の苦痛を受けないで静かに人生を終えると言うメリットがあるが、社会的には不要な医療費を増大させないための経済的メリットがある。
本来は死ぬことが確定しているのにそれを不要に長引かせるだけの治療は犯罪ではなかろうか。

 尊厳死は断じて自殺ではない。人間の最後の瞬間における輝かしい決断だ。
最近なくなったアップルのスチーブ・ジョブ氏がスタンフォード大学での講演で、「ハングリーであれ、愚かであれ、そして死を恐れるな。死こそがもっともすばらしい仕事を残すための原動力になる」と言ったのは示唆的だ。

 人間は生きるためにも決断し、そして死ぬためにも決断する自由を持つことで初めて人間として生きるのだと私は思っている。
 

 



 

 

 

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