(28.2.19) 文学入門 湊かなえ 「母性」 今回も読むのに苦労した!!
いやはや今回は完全にアウトだ。定例の読書会のテーマ本「母性」のことである。
この小説は湊かなえさんという方が作者なのだが、いつものようにこの作者も「母性」という本も全く知らなかった。
おそらく読書会のテーマ本にならなければ一生読むことのなかった種類の本だ。
湊さんはミステリー作家といわれており、いろいろな賞を獲得していたが私はミステリー小説に全く興味を示さないので私が知らないのは当然といえる。
また最近はそれでなくても視力が衰えて小さな文字を長時間見ていると頭の芯がずきずきしてくるので、パソコンのように文字を拡大できる画面以外は見たくもない。
それでもテーマ本なので無理をして読み始めたが、なかなか話の内容が進まないことにイライラしてしまった。途中から1ページ当たり数行だけ読むように変えてみたが、それでも話の内容は分かるので記載されていることの7割から8割は無駄で、なくても全く支障がないことに気が付いた。
「やれやれこんなに飛ばし読みをしても問題ない小説は珍しいな・・・・・・冗長すぎる・・・」
私が学生時代に好んで読んでいた高橋和己の「邪宗門」などは、一行一句も飛ばすことができないくらいの濃縮性を持っていたし、伊藤整の「若い詩人の肖像」などは書かれた内容をそらんじることができるほど読み込んだものだ。
一方この「母性」については1ページ当たり数行読むだけで何ら問題ない。
「これは時間の無駄じゃなかろうか・・・・・・・・・」目が痛むこともあってさらにイライラしてしまった。
小説の内容を記してもほとんど意味がない。主人公のマザコンの母親の告白と、高校生で自殺した娘とが交互に過去を話すという構成だが、特に登場する人物に魅力があるわけでなく話の筋も遅々として進まないから読んでいて飽きてしまう。
それに本音を言えば湊さんだけでなく最近の作者の小説に は一切魅力を感じることができない。
半年に一回の割合で芥川賞や直木賞の発表があるが、かつて文芸春秋を購入して読んでいたころが懐かしい。今では読んでも「今回も時間の無駄だった」と思えることばかりだ。
小説を含む芸術作品に はその芸術のピークがあり、たとえばルネッサンス絵画であればダビンチやミケランジェロを見れば十分だし、印象派絵画であればマネやモネやルノアールを見ればいい。近代の抽象絵画であればピカソを見れば他の作者を見ても仕方がないほどだ。
確実に言えるのはそれ以降の亜流絵画をみても何ら得ることはない。
小説もまったく同じで、私は30歳ごろまでに当時評判だったほとんどの小説を読んでしまったが、当時読んだ高橋和己や井上靖や司馬遼太郎や伊藤整を凌駕する作者をその後発見していない。
「もう小説を読むのはよそう・・・・・」そう本音では思っているが読書会のメンバーになっているので、せめてテーマ本だけは読もうとしてとてつもない試練に立ち向かっている。
この本で湊さんが取り上げた「母性」について何か新たな発見が得られたらと思ったが、実際は何も新しい知見はなく、主人公のマザコンに辟易しただけだった。
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