マラソン ウルトラマラソン

(25.6.4) 江戸川 120km 24時間走を今年も走ったが・・・・・

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(3日の朝焼け

  こういうのを満身創痍というのだろう。足の中指が水膨れになり、のどはどこかが切れているらしくものを飲み込むとひどく痛い。は完全に疲労困憊しており、痛めていた左ひざ痛が再発したみたいだ。腰はまっすぐにのばすことができない。そして胃腸が荒れ体中が倦怠感で満たされている。

 実は昨日2日)から今日3日)にかけて江戸川24時間走を行ってきた。
江戸川の河口の葛西臨海公園から江戸川と利根川の分岐点関宿まで行ってひっくり返してくる往復で120kmを24時間以内で走破する大会だ。

 大会と言っても私が自分で主催している。最近私はレースの主催者兼選手だ。
嬉しいことに途中の川間(45㎞)まで私の所属するちはら台走友会のメンバー3人が同伴してくれる。
それ以降は私の一人旅だが私はこの24時間走を今回を含めて4回、このところ毎年実施している。

 普通の人にとっては寝ないで24時間走るなんて狂気の沙汰としか思われないだろうが、私は自分の体力チェックの一環としてこれを行っている。
よっしゃ、今年も走れたからまだ生きていけそうだ」なんて感じだ。

 しかし正直に言えば毎年毎年24時間走がきつくなってきた。
今回は走友会のKさん45kmまで付き合ってくれたので、そこまでは順調に走っていたのだが別れてからが最悪だった。
まじめに走りすぎて体力を温存しなかったので、以降は疲労がいっぺんに出た。
疲れたらベンチや草原で寝ては体力の回復を待つ繰り返しだった。

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今は使用されていない給水塔

 それでも100kmまでは何とか走っていたが、100kmを超えてからは走るのも歩くのもほとんど速度が変わらなくなってしまった。
ならばと歩き始めたのだが、私は腰に腰痛があって、特に歩いているとお尻がしびれて感覚がなくなる。

注)走っているときは腰痛は出ない。おそらく身体を前傾しているからだと思うが、歩くときは垂直で特にかかとに体重がかかるので腰を痛めるのだろう。

 尻の感覚がないというのは何とも奇妙な感覚で、いくらたたいても何ともないのだがこれではトイレに行っても自分が何をしているのかわからないだろう。
寝れば一時的にしびれが取れるので寝てみたが、そうなると今度はお尻周辺の筋肉が悲鳴を上げる。かえってしびれていたほうがいいくらいだ。

 2日の朝7時にスタートして、翌日の朝6時に到着したから、今回は23時間かかったことになる。
私は好んで長距離ランをするのだが、それはハーフやフルでは全くスピードが出ず、かえって毎年スピードが低下しているからだ。
これでは超長距離ラン以外に活路はなさそうだ」そう思っている。

 幸いちはら台走友会でも超長距離ランをするメンバーが増えてきて、会長のSさんなんかも好んで長距離を走っている。
だが何回も言うがこの24時間走は年寄りにはきつい。
本当はもうこうした馬鹿げたことはやめたほうがよく、走った直後は身体のあちこちが痛んでいるので「これを最後としよう」と思うのだが、痛みを忘れると再開してしまう。

 まあ24時間走る体力があればその年に死ぬことはあるまいとの、保証書を得ているようなものだ。
今日(3日)はエネルギーがゼロになっている。本当はブログを書くのもおっくで、ようやっとのことでこの記事を書き上げた。

昨年の24時間走の記事は以下の通り。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-44e1.html

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(24.10.19) トランス・アルプス・ジャパン・レースには驚いた。

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(トシムネさん 撮影

 日本には驚くべき山岳マラソン大会があるがその中でトランス・アルプス・ジャパン・レースは最も過酷なレースだ。
何しろ日本海の富山湾を出発して北アルプス剣岳を登り稜線伝いに槍ヶ岳まで走って上高地におり、次は中央アルプスの縦断、最後は南アルプスを縦断して駿河湾まで行く制限時間8日間で415kmのレースだ。

 こんなレースをよくも考え付いたものだと感心したが2002年に初めて開催したときの参加者は4名で完走者は1名だった。
私がこのレースを知ったのはマラソン仲間の高橋香さんから教わったのだが、10年位前のことだ。
その頃は本当に特別なランナーだけのマイナーなレースだった。
そんな無理な大会に出られる選手は日本全体でも5名前後だろう」誰もがそう思っていたものだ。

注)高橋さんは2006年のレースで完走したが、その後他のレースの途中で心不全でなくなられた。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/20125_c25f.html

 今年の8月、第6回トランス・アルプス・ジャパン・レースが開催されNHKが放送したので見てみたが、その出場者の多さに眼を見張ってしまった。なんと28名にも参加者が増えていた(調べてみると参加者が加速度的に増えたのは2008年の第4回大会からだった)。

 今回のレースでトップになった選手は昨年も優勝した静岡の消防署員で山岳救助員をしている望月将悟選手34歳)だったが、望月選手はこのコースを5日と6時間ちょっとで駿河湾に到着していた。
映像をみていると望月選手はほとんど睡眠をとらないで走っていた。
私にはとても信じられなかったが、ほぼ丸1日で富山湾から槍ヶ岳の直下まで到達している。

 私もほぼこれと同じコースを歩いたことがあるが(ただし山岳部分だけ2泊3日をかけている。それを丸一日で走破するとは驚きだ。
もともとこのレースの参加要件は厳しく、たとえばフルを3時間20分以内で走りきる能力が必要とされる。
私も20年ほど前だったら3時間20分以内で走れたが、今では4時間を切ることもできないので最初から参加資格がない(ただし参加条件は厳密なものではなく他の要因も考慮して決定されているようだ)。

 このレースでは必要な用具を肩に背負って走っていたが、上位選手の荷物は非常にコンパクトで軽そうだった
私もこの種の山岳レースに出たことがあるので分かるが、荷物は軽ければ軽いほどよい。
番組では5kg程度と紹介されていたが、5kgは重いほうだ。
トップの望月選手などは寝るための用具はシートだけのようでおそらく荷重は4kg以下のように見えた。

 もう一つ大事なポイントはレース中はほとんど眠らないことだ。もっとも数日間眠らないのは不可能で出場した選手の平均は一日4時間の睡眠だそうだが、望月選手は3日間で6時間の睡眠しかとっていなかった。
一日2時間だからちょっと仮眠しては走っており、当然テントや寝袋はもっていない。
2位に入った坂田選手が望月選手との時間差を聞いて「そんなことはありえない、望月さん、まったく寝てないのと違うかしら・・」と言っていたが、後続の選手から見ると望月選手不眠不休で走っているように見えるのだろう。

 このレースでは結果的に28人中18人が8日間の制限時間内に完走していた。完走率64%だから100kmマラソン並みの完走率だ。
2006年の3回大会までは10名以下の参加で数人だけが完走していたのとはえらい違いだ。
この間多くのランナーがこのレースの研究を行って、「どうすれば完走が可能か」研究してきたのだろう。

 それにしてもすごいレースを日本人は考え付くものだ。日本で最も過酷なレースだが、世界的に見てもその過酷度は群を抜いている。
登山とマラソンが大好き人間が挑戦しており平均年齢は40歳で、上位の選手は30歳代の選手が多かった。
やはり高年齢では無理と言う感じで50歳以上の選手はいなかった。
若くて体力が充実しフルマラソンも3時間以内程度で走れなければ無理のようだ。
一瞬「私も出てみようか」との幻想を持ったがこれは幻想に終りそうだ。

なおウルトラマラソンについての記事は以下に纏めてあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43568225/index.html

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(23.8.28) トランスエゾ始末記 その3 北海道について

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 私は北海道がことの他好きだ。過去4回トランスエゾで北海道を走り回ったり、個人的に徒歩旅行をしたり、大雪山系知床山系利尻山を登山しながら北海道を満喫したが、そのたびにここ北海道は本州や九州や四国と異なるエキゾチックな思いに駆られた。

 特に札幌や旭川と言った大都市を離れるにつれて北海道の特色がよくでてくる。北海道の東部や北部は極端に人口が少なく農家や漁家も点在しており、そうした町には人影もまばらだ。
まるで人がいないかのような錯覚に襲われ、ここが日本であることを忘れさせる。

 トランスエゾと言う競技は北海道の中でも人がまばらで、幹線道路から離れた農道や川の堤や生活道を走らされるので、観光地めぐりと異なった北海道そのものを教えてくれる。
この会の主催者である御園生さんは特に辺鄙な砂利道を好んで走らさせるので、走るほうはかなりテクニックを要する。
砂利道で飛ばすと必ず足を痛めるため、歩くかなるべく平坦な場所を見つけながらゆっくりと走らなければならない。

北海道はいいなあ、こんな素敵な景色と誰も通らない道だなんて素敵でしょう
御園生さんは自動車に乗ってサポートしてくれるのだが、正直言うと走るときは景色を見ているわけではなく地面ばかり見ているので、どこを走っても同じだ。

注)集中して走っているときは景色を見ている余裕はない。景色をしみじみと見るのは疲れて歩いているような時で、過去飛ばして走っていた頃は通った場所の記憶がほとんどなかった。

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 今回は何回もリタイアしたり、ゆっくりと時間をかけて走ったので北海道をしみじみ眺めることができたが、その一番の印象は北海道の衰退だった。
日本全体でも人口は停滞し減少に転じているが、北海道の地方都市や農村や漁村の衰退はそのはるか前から劇的に進行していた。

 札幌を中心とする大都市に若者は出てしまい、地方都市は火が消えたように寂しい。一部の都市はそれでも街中を花で飾ったり、町の目抜き通りから電柱を撤去したりして美しい町並みを演出しているが、そうした気力がなえてただ町そのものが消えるのを待っている地方都市のほうが圧倒的に多い。

 そうした町には商店もほとんどなくあっても店を閉じている。そこそこの町にはセイコーマートと言う北海道を中心に展開しているコンビ二があり、私は大変お世話になったがコンビニも成り立たないような町も多く存在する。

 そしてなにより北海道は公的な交通網が失われつつある。JRは赤字線を次々に廃止しているが、残った幹線も途中の小さな駅には駅舎以外に何もない。
そうした場所に駅があること自体不思議に思ったが、そこはかつては開拓団が入村し多くの人々がいた場所だった。
今では廃屋がその往時を忍ばせており、そうした駅を利用する人は私のような北海道にあこがれて旅をする鉄道フリークだけのようだ。

注)こうした駅には記録帳のような帳面が置いてあり、この駅を訪れた人が旅の思いを綴っている。
「こんな誰もいない駅を見たのは初めてだ。周りを見ても人家が見当たらない。静寂そのものだ」なんて記載されている。

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 JRだけでなくバスの便も極端に悪い。かなりの町の間のバスでさえ、朝2本、夕方2本、昼間1本程度の本数しかない。
今回私はトランスエゾで何回かリタイアしたのだが、一番困ったのがそこから決められた宿に行く方法だった。
この競技ではリタイアした後は回収車はないので自力で次の宿まで行かなければならない。

注)毎日の走行距離は平均80kmだから50km地点でリタイアすると、後の30kmを何らかの公的な手段で宿にたどりつかなくてはならない。

 ところがJRもバスも数時間後ぐらいにしか来ないのだ。
こんなことなら走った方がましだ」そう思うほど公的手段による移動は時間がかかる。
私はある漁村でリタイアした時、次のバスが4時間後だと言うので愕然とした。
近くの家に行って「これ以外の移動方法がないのか」聞いたところ、信じられないことにそこの主婦が自家用車で途中まで乗せてくれた。
北海道では自家用車で移動するのが普通で、公的手段は運転免許のない学生や老人の乗り物になっていた。

 私には北海道が未来の日本を暗示しているように見えてならない。
美瑛のような観光地は駅前も美しく整備され、観光客も多く訪れているが、観光から外れた場所はただ衰退しているだけだ。

 かつて北海道は農業と観光と土建業と自衛隊で維持されてきたが、農業は酪農を中心に衰退しており、廃屋となった牛舎があちこちに点在している。
土建業は不要な道路や港湾をこれ以上作るだけの力が日本政府自体になくなってしまい、誰も使用しない道路建設もできなくなってしまった。
自衛隊も仮想敵国がロシアから中国にうつったため、徐々に隊員のシフトが行われている。

 残されたのは観光業だけだが、スイスがそうであるように観光業だけで北海道経済を支えるのは難しいだろう。
何か新たな産業が起こって北海道を救うことができるのだろうか。そうあってほしいがそうでない可能性のほうが実際は高そうだ。

注)スイス経済の本当の力は金融業にある。

 

 

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(23.8.26) トランスエゾ1100km始末記 その2 走者列伝

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 私自身は今回のレースを最後にウルトラマラソンからは引退することを決めているが、2週間走ってとても参考になったランナーが二人いた。
今後トランスエゾのような2週間にわたるステージマラソンの参加希望者のために、この二人の走者のノウハウを記載しておく。

① Today姉さん(おそらく30歳代の幼稚園の先生)

 Today姉さんとは後半の有る80kmのステージを一緒に走った。「今日は一緒に走りましょう」と言って走ってみたのだが、実に興味深い走りをしていた。

 トランスエゾの制限時間は時速約5.5kmで走ったと仮定して設定されている。したがって5.5kmで休むことなく走れば制限時間ギリギリに到着することができる。
しかし通常の走者は私を含めて最初は時速7km程度の速度で走り出し、最後は歩いて4km程度に落ちるが、それでも制限時間の1時間から2時間前にはゴールに到着するような走り方をする。

 しかしこの走りは「最悪」なのだとToday姉さんは言う。
Today姉さん過去2回1100kmを完走しており、今回は暑さのために完走を逃したがベテランだ。
山崎さん、1100kmを走るためのコツは絶対に早く走らないことです。時速を5.6km程度にして、制限時間の15分前に到着するように設定することです。そのためにはチェックポイント(約5kmごとに設けられている)ごとの通過時間を計算して、その時間通り走ることが大切です

 Today姉さんによると時速7kmや8kmで走ると最初の数日は可能でも、足に過度の負担が出てきて1週間を過ぎると疲労や筋肉痛や水豆やアキレス腱が痛んで走れなくなるのだと言う。
片道ならば飛ばすことができても、往復では絶対に耐えることができません。山崎さんは早く走りすぎます。私のように5.6kmで走っていれば、通常の気候の下では完全に完走ができます。それと足を蹴って走るとアキレス腱をいためるのですり足にすることがコツです

 Today姉さんの走りは一見すると速歩にような走りだが、じつに堅実で確かなものだった。今回は完走を逃したが(コースを間違えてしまったためで、制限時間ギリギリの設定なので一度コースアウトするとリカバリーが効かない)非常に参考になる走りだった。

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② 後半兄さん(40歳代のサラリーマン)

 後半兄さんの走りには度肝を抜かれた。この人は1100kmで唯一完走をした人だが、この人もToday姉さんと同じように制限時間ギリギリ、それも数分を残すようにして走っていた。

 普通の人とまったく違うのは前半が遅く、後半に一気に挽回すると言う走りで、私も100kmステージで一緒に走ってみたがその時間管理にはびっくりした。
100kmでは最初の50kmまでは時速5km程度で実にゆったりと走っている。
こんなに遅くては制限時間をオーバーするのではないですか?」聞いてみた。
山崎さん、これで十分なのです

 私は信じられなかったがほぼ50km程度まで時速5kmで後半兄さんと一緒に走っていた(正確に言うと私は速歩で歩いていた)。
ところが50kmを越したあたりから後半兄さんは急に速度アップをはじめ、時速約6kmで走り出した。
確かに前半5kmでも後半6kmになれば、平均5.5kmだから完走できる。

 この速度アップに私は耐えられずこのステージをリタイアしたが、その速度のギアチェンジにはびっくりした。
通常の人はほとんどが前半型で後半は速度が落ちるか歩くのが普通だ。
しかし後半兄さんは後半になればなるほど速度アップをして、制限時間ギリギリに到着するのだ。

 Today姉さんは平均速度型だが、後半兄さんは完全に後半型でこうした走りをする人を始めて知った。
山崎さん、私は朝は身体が動かないのです」恐ろしいランナーだ。

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 今後トランスエゾ、それも1100kmに参加する人のためにアドバイスすると、最悪の走りは早く走りすぎることだ。私もいつもこれでつぶれている。
平均時速の少し上ぐらいに抑えて、体に対する負担を最小限に抑えて、粘るのがコツだ。
ただしこの走りをすると到着時間がギリギリになるので洗濯や食事をする時間がかなり制限される(私はそれが嫌で時間的余裕を持たせようと早く走ってしまった)。

 洗濯は洗濯機を使わず水洗いで済ませたり風呂をさっと出たり、食事に時間をかけずに寝てしまうのが大事で、そうしないと睡眠不足に悩まされることになる。

 私から見るとToday姉さんの走りがウルトラマラソンの最も理想的に走りに見えた。体に負担を与えずに耐えるのだが、時間が長いだけ耐える力は相当必要なことも確かだ。意志力さえあれば確実に完走できる走りと言える。

 

 

 

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(23.8.24) トランスエゾ1100km始末記 その1 ウルトラマラソンよ、さらば!!

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宗谷岬の朝焼け

 人間には体力的にも精神的にも限界があるのだとしみじみ知らされてしまった。
鉄人なんていわれて有頂天になっていたが、私のウルトラマラソンの引退の時期が来たようだ。

 この8月7日から20日までの2週間かけて行われたトランスエゾ1100kmの結果は当初の予定から見ると散々な結果に終わってしまった。
この競技は北海道の最北端の宗谷岬から南端にある襟裳岬の間を往復する競技だが、信じられないことに開始3日目で私はダウンしてしまったからだ。
前半1週間は軽くクリアし、後半の100kmステージが山場だと思っていたのにはるか手前で墜落してしまった。

 今年の北海道は猛暑で特に前半は私が住んでいる千葉と同じような高温と多湿状態が続き、走っていると体中がから汗が吹き出ていた。
通常北海道の北部は30度を越えることが少なく、またたとえ越えたとしてもからっとした天気なのだが、今年の北海道は千葉とほとんど変わりがなかった。

 汗が滝のように流れ、水分をいくら補給してもすぐに補給が必要になり、水や清涼飲料水を自販機を見つけるたびに飲んでいたが、あまりに水を取りすぎてすっかり胃をいためてしまった。
毎日の走行距離は約80kmで、大体朝の4時半ごろ出発し、夕方の7時半頃に宿に到着しなければならない。制限時間は平均時速約5.5kmで走ったと仮定して設定されており、かなり緩めなのだが実際何日も走ってみると段々走れなくなって次第に時速5.5kmに近づいてくる。
この間絶え間なく水分を流し込み、それでも足りないときは水道の水を頭からかぶりながら走った。

注)北海道の農家では家の外側に必ず水道があるので、農家に頼み込んでこの水道を使わせてもらう。

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 毎日のパターンは夕方宿にたどり着くとすぐに食事をし、着ていた衣類を洗濯して、さらに制限時間の15分後から約30分あまり翌日のコース説明やランナーの感想を順番に述べるミーティングがあり、その後睡眠に入る。
したがって早めにつけば十分時間的余裕があるのだが、一方制限時間いっぱいにつくと睡眠を削らなくてはいけなくなる。

注)衣類の洗濯が特に大事でそれをしないと自分でも我慢できなくなるくらい臭くなる。なおこの競技では食料は基本自己調達なので途中のコンビニ等で食料を仕入れてくる必要がある(ただし宿で食事ができる場合も有る)。

 過去の参加のときは私は制限時間の約2時間前に到着することを目標に走っていたが、今回は暑さと疲労でほとんどが制限時間いっぱいの到着になってしまった。
しかも清涼飲料水のがぶ飲みがタタって胃の疲労で食事をまったく受けつけなくなってしまった。

 ランナーはよく知っているが、極度に疲労した後は水物以外身体が受け付けない。毎日ゼリーや牛乳類だけで走っていたが、3日目に暑さのために気持ちが切れてしまった。
ああ、やだ・・・ 何でこんな暑い北海道でマラソンをし続けなくてはならないんだ。それに腹ペコだ・・・・・・

 すっかり気持ちがナーバスになって、3日目の80kmの途中、留萌と言うところでリタイアしてバスに乗ってしまったが、走り出してから約50kmの地点である。
この種の競技をしたことのある人なら誰でも知っているが50km程度までは体力で押し切れるが後は気力の勝負になる。気力がなえるとなんとも走りようがない。

 この競技は完走を前提にして、走行時間で競われる。最も早い時間で完走した人がチャンピオンだ。したがって途中リタイアした人は本当はそれ以上参加しても無駄なのだが、わざわざ北海道まで行ってすぐに帰るわけにも行かないので、その後も走ることは許される。その場合は走った距離だけを加算して番外として一応評価される。

 今回トランスエゾ1100kmに参加した人は5名で、そのうち完走者は1名だった。トランスエゾはこの往復以外にも片道コースTO 襟裳、TO 宗谷 という)があってそれぞれ10名程度の参加者がいる。しかしいずれにしても総勢30名以内の実にこじんまりとした大会で、この種の大会に出る人は日本のマラソンランナーの中でもマイナーな部類に入る。
はっきり言ってしまえば「マラソンオタクの特殊な人の集まり」と思えばいい。

注)トランスエゾに参加する人はほとんどが萩往還や川の道と言った250km程度の競技に参加している。

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 私は3日目にリタイアした後も走り続けたのだが、走行距離は900kmを少し越えた程度で終わってしまった。3日目以降も100kmステージやその他のステージでリタイアしているので1100kmにははるかに届かなかった。

 だが正直にいえば私のウルトラマラソンの挑戦はこれで終わりになったと思う。体力も気力もなえて、とても走りとおすことができない。今回完走したTさんの走りを身近に見ていて分かったが、Tさんは最後の1分まで完走を諦めずに走っていた。
そうした気力がないとこの種のマラソンは無理だ。

 今回のトランスエゾではちはら台走友会Twitter姉さんや謙会長、それにジュンジュン姉さんや小太郎姉さんやタミタン姉さんやその他大勢の人から激励を受けていたのにまったく申し訳ない。
老兵は死なず、ただ消え去るのみ」と言ったのはマッカーサーだが、私も今回のウルトラマラソンの失敗を契機にウルトラマラソンへの挑戦を終わりにすることとする。

 長い間応援をしてくださってありがとうございました。

別件)今回おゆみ野四季の道、およびおゆみ野四季の道その2のカウンター10000を加算しました。

 

 

 


 

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(23.8.6) 最後のレース トランスエゾ1100km

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マッスルさん撮影 山崎編集

 明日から私がウルトラマラソンの最後のレースにしようとしているトランスエゾ1100kmが始まる。なぜ最後かと言うと身体が言うことを聞かなくなってこれ以上ウルトラマラソンをするのが無理だと思うからだ。
特に右足の坐骨神経痛は常時痛み、本当はマラソンのような競技を止めて水泳のような足に負担がかからないスポーツに変えるべきだと思っている。

 そうしたわけで私の最後のウルトラマラソンになるわけだが、この競技は北海道の宗谷岬と襟裳岬の間約550kmを往復する競技だ。
1日あたりの平均距離は約80kmで朝の4時か5時頃スタートして、夕方の6時か7時ごろごろに宿に着き、また翌日同じパターンを繰り返す。

 宿に着くとすぐに衣類を洗濯し、風呂に入り夕食を済ませて翌日のレースのミーティングが行われるのがいつものパターンだ。
重要なことは毎日念入りに洗濯することで、手を抜くと衣類から異様な臭いが発散するようになり、靴下なんかは思わず顔をそむけるほど臭くなる。
また足の手当ても大事で、私の場合は小指に水ぶくれを作ることが多いのでその手当てが必要になる。

 こうした2週間に及ぶレースで最も重要なことは、絶対に全力で走らないことでもし全力を出し切ってしまうと翌日はまったく走れなくなってしまう。
だから常に身体に余裕を持たせながら、楽しみながら走るのがコツで、間違っても順位を争って飛ばすようなことをしてはならない。

 この教訓がなぜ必要かと言うと、過去3回このレースに参加したのだが、順位を争うあまり途中でつぶれてしまったからだ。飛ばすと当然のことに足に負担がかかり、象足足が象の足のように膨れる)になったり、水ぶくれが直らず肉が飛び出したりして結局は走れなくなってしまう。

注)私は過去に TO宗谷550km 1回、TO襟裳 550km 1回、宗谷・襟裳往復1100km 1回、参加したが完走したのは TO襟裳 550kmの1回だけである。

 私の人生における最後のウルトラマラソンだから、せいぜい楽しみながら走ることにしたい。特に今回はTwitter状況報告をしながら走るつもりだ。嬉しいことにちはら台走友会のメンバーがTwitterで応援してくれることになっている。
ただし場所によったら通信が不可能な場所もあるので完全中継は無理かも知れないができるだけ報告するようにしたい。

 北海道は概して涼しいのだが、内陸部を走るときは非常に暑くなる。特に旭川周辺は最悪で、「何でこんなに暑いんだ」と思ってしまう。
ウルトラマラソンでは暑さは大敵で、こうした時は身体に水をかぶりながら走るのだが、水が切れるとたまらなくなるのでほとんど修行のようなものだ。

 レースの中で1箇所102.7kmと言う距離があり、この制限時間は朝の3時スタートで夜の10時だから19時間だ。私はこの距離を走りきれずいつも完走を逃しているので、是非応援者はこのとき応援してほしい

 なお正式なコース案内が来たので以下に記載しておく

  ■ to えりも     2010年8月 7日(日)~ 13日(土)
 ■ to そうや     2010年8月 13日(日)~ 20日(土)
 ■ アルティメイト・ジャーニー2010 年8月  7日(日)~ 20日(土)

コ ー ス
 ■ to えりも(宗谷岬~えりも岬) 約538km
 ■ to そうや(えりも岬~宗谷岬) 約554.3km
 ■ アルティメイト・ジャーニー(宗谷岬~えりも岬~宗谷岬) 約1089.3km

区間・距離
<to えりも538.4km> 区間距離/スタート時刻/制限時間
 Stage 1 宗谷岬~幌 延    72,6km 5:00 18:00
 Stage 2 幌 延~羽 幌    82,8km 4:30 19:30
 Stage 3 羽 幌~北 竜    85,3km 4:00 20:00
 Stage 4 北 竜~栗 山    88,1km 4:00 20:00
 Stage 5 栗 山~富 川    72,1km 5:00 18:00
 Stage 6 富 川~浦 河    84,0km 4:00 19:30
 Stage 7 浦 河~えりも岬  53,5km 5:30 15:30

<to そうや 558.7km> 区間距離/スタート時刻/制限時間
 Stage 1 (8) えりも岬~忠類 82,1km 5:00 20:00
 Stage 2 (9) 忠 類~新 得 85,0km 4:00 20:00
 Stage 3(10) 新 得~富良野 80,0km 5:00 19:00
 Stage 4(11) 富良野~旭川大学 67,0km 5:00 17:30
 Stage 5(12) 旭川大学~美深 102,7km 3:00 22:00
 Stage 6(13) 美 深~浜頓別 81,3km 5:00 19:30
 Stage 7(14)  浜頓別~宗谷岬 60,7km 5:00 16:30


なお具体的なマップについては以下のURLを参照
http://transyezo.web.fc2.com/trans-yezo/2010/report5.html

 

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(23.7.11) ストレステスト失敗 熱中症でダウン

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 昨日(9日)から今日(10日)にかけてウルトラマラソン体力がどの程度耐えられるかのストレステストを実施した。
江戸川の河口の葛西臨海公園から江戸川と利根川の合流地点に有る関宿まで走り、又引きかえしてくる片道60km、往復120kmのJOGである。
時間は24時間以内で、葛西臨海公園を朝の7時半にスタートした。

 私はこの夏に「トランスエゾ1100km」と言う競技に参加予定をしている。この競技は2週間にわたり毎日ほぼ80km程度走っては予定された宿で休み、また翌日走ると言う競技で、北の宗谷岬から南の襟裳岬までの間を往復する。
往路と帰路は道が異なっており、北海道の夏を満喫できる実にすばらしい競技だ。

 私が今回ストレステストを行おうとしたのは、この競技を完走するのに十分な体力があるかどうかを事前に確認するためである。
江戸川24時間120kmを走れれば十分な体力があるとしてOKのサインが出せる。
菅総理が行おうとしている原発のストレステストと同じ趣旨だ。

 スタート直後は雲空でまずまずの天候だったが、9時ごろからすっかり晴れ渡り、信じられないことにこの日関東では梅雨が空けてしまった
長距離ランの一番の大敵は太陽である。直射日光にガンガン照らされるとそれだけで体力が消耗する。

注)長距離走のベストコンディションは気温が低く風が強くないことで、小雨などは最適な部類に入る。

 この江戸川は土手に沿って自転車ロードが整備されており、もちろんJOGや散歩をする人も多い。「男はつらいよ」の寅ちゃんが柴又葛飾に帰ってくるときに必ず通るあの土手の上の道である。
いやだなー、青空一面で雲がまったくないじゃないか、こりゃ消耗するぞ・・・・・・」

 土手上の道路は基本的に木陰がない。上に道路や鉄道が走っている橋げたの下だけが暑さを防げる場所だ。
最初の15kmあたりまでは何とか走っていたのだが、急激に身体が重くなって動けなくなってきた。身体に熱がたまってそれを放出できないので一種の熱中症のような症状になる。この状態になるとどのように努力しても走れない。
人間も原子炉も同じようなもので熱がたまるとメルトダウンする。

 実はこの練習走についてTwitterで状況報告をしていた。いつものTwitter姉さんや謙会長や走友会のメンバーに応援してもらおうと思ったからだ。
だがしかし応援してもらうどころではなくなってきた。気温はぐんぐん上昇し各地で35度前後の気温になったそうだが、土手上のアスファルトの道は一体何度なのだか分からないくらい熱い。

 自転車に乗っている人は風を切って走るのでずいぶんいたが、JOGをしている人や歩く人は日が高くなるにしたがってほとんど見かけなくなってきた。
ましてや私のような長距離走をしている人は皆無だ。風もほとんど吹いてなかったので熱が発散できない。

 20kmあたりから完全にグロッキーになってしまい、橋の下の木陰で体温を下げるために寝転んだ。犬が体温を下げようとベロを盛んに出しているがあれと同じだ。
橋げたの下は風の通り道になっているのでそこだけが天国のような場所だ。

 最初は10分程度で起き上がったのだが、段々と寝ている時間が長くなる。橋げたのしたのコンクリートは蟻の通り道になっており、蟻が手足に食いつくのだがそれでも身体を動かすことができなかった。
12時前後は1時間単位で橋げたを見つけては寝ていた。
これではまったくJOGにならない。走っているより寝ているほうが長いのだ。

こりゃだめだ、まったく走るような環境じゃない、諦めよう
リタイアを決めたのだが、ここ江戸川のリタイアポイントは30km程度に有る三郷か45km地点の川間しかない。それ以外の場所では近くに交通機関がないのだ。

 30kmを越えてからまったく走れないので歩いては橋げたの下で寝ていた。水は途中の自動販売機やグランドの横に設置してある水道水があるので十分足りるのだが、それでも汗の量が半端でないので次々に水の補給をしなければならない。

 ほぼ12時間程度かけてようやく川間に到着した。45kmを12時間なんて信じられないような遅さだが、寝たり歩いたりでは当然だ。
こうしてトランスエゾのストレステストは見事に失敗してしまった。原発だったらすぐに炉を停止しなければならないような状況だ。
今年のトランスエゾは走りきることができるだろうか。不安感が心によぎる。

 

 

 

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(23.5.7) 萩往還マラニック大会250km完走記

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 こういうのを苦節15年というのだろう。1996年に初参加をしてから15年間に過去3回のトライをしたが、常に挫折を味わってきた。
そして4回目の今回ようやく完走することができた。

 このレースは山口県山口市の瑠璃光寺をスタートして時計回りに日本海の長門市、萩市を経由し、最後に萩と山口を結ぶ古道、萩往還道を通って再び瑠璃光寺まで戻ってくるレースである。

 距離は250km、その間400m程度の山越えを6回行い、特に萩往還道の最高地点は600mの山越えになる。
時間は2日間48時間)で、5月2日の夕方6時に出発し、4日の夕方6時が制限時間だ。

 単純に距離を時間で割ると時速5.2kmだから、歩くよりは少し早い程度の速度で走りきれば完走できる計算になる。 しかし実際はそうは行かない。2日間寝ないで走るのは並大抵のことではなく、途中の176km地点にある宗頭文化センターで寝込んでしまうランナーが多い。
実は私がそれで、この宗頭の二階に用意されている仮眠所でいつも寝込んでしまっていた。
まあ、いいや、ここまで来たんだから十分だ」睡魔が襲う。

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(瑠璃光寺5重塔

 しかし私も64歳だ。これ以上年を取るととても250kmを完走する力がなくなる。最後のトライとして万全の策を講じて挑戦することにした。
この種の競技に参加したことのない人にはイメージがわかないと思うが、大会距離の半分の距離、大会時間の半分の時間を練習で経験しておけば本番は気持ちで走りきれる。
これを「距離・時間半分の法則」という。

 昨年の後半から私は江戸川堤で24時間走を何回か行ってきた。
24時間で125km走れば本番制覇だ
この2月頃までは実にうまく調整が進んでいたのだが、3月11日の大震災ですっかり練習日程が狂ってしまった。

 私は最後の調整に佐倉フル、霞ヶ浦フル、千葉一周180km3日間)などを予定していたのに、すべて大震災で中止になった。
まずいな、調整のレースがなくなってしまった。萩往還も中止かな?」気落ちして練習が極端に少なくなっていた。

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 (日本海俵島付近の棚田

 だから萩往還が実施されると通知が来た時には気が動転した。
まずい、このままではまた失敗を繰り返す。何とか策を考えよう
思いついたのがTwitterでの実況で、このツイートを見てちはら台走友会のメンバーのTwitter姉さんに監視してもらうことにした。

 人間は誰かに見られていると思うと意地と沽券でがんばり通す。ましてやTwitter姉さんはうら若き女性だ。
姉さんに「まあ、山崎さんは日頃の大口とは違ってからっきし意気地がないのね」なんて思われては大変だ。
なんとしても男になるためにがんばるぞ!!!」気持ちを追い込んだ。

 また長年の経験から宗頭で寝ることなく、3日の夜の12時に出発すれば完走できることを知った。残り74kmを18時間でこなせばいいのだから時速は4.1km、歩く速度だ。
2年まえにこの萩往還を完走したちはら台走友会の謙会長からも「山崎さん、絶対に寝てはいけませんよ」と念を押された。

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 (日本海 立石観音のチェックポイント

 私の当初の予定では宗頭に3日の夜10時ごろ到着して2時間程度の休みを取ってから夜12時にスタートする予定だった。
しかし速度は完全に亀の歩みになり、宗頭には夜の11時にようやく到着だ。
余裕は1時間か、それでもないよりマシだ」宗頭では食事と風呂に入れる。

 宗頭を予定通り夜の12時に出発したのだが、ここから萩の近くの玉江駅までの20kmは私にとって死の行進になってしまった。このコースは真夜中の山越えと暗闇の海岸端を通るのだが、大会当局から必ず集団で行動するように指示されている。
道が分かりづらく、迷うとどこに行ったのか分からなくなる。

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 (萩の漁港


 私も10人程度の集団の一員になって行動していたのだが、寝不足(スタート後30時間たっておりこの頃が一番つらい)のために段々と意識が薄れてきた。暗闇では前のランナーが安全のためにつけているチカチカランプしか見えないのだが、これを見ているうちにいつもの幻覚症状が出てきた。
ランプが右に左に揺れて、その間から妖怪変化が出ては消えるのだ。
私は過去にこうした経験を何度もしているので「またかよ、いつもの妖怪かい」と思ったものの、そのうちに自分が何でここにいるのか分からなり、意識が混濁してくる。

俺は今なんでランプの跡を追ってるのかな?」「一体どこに行こうとしているのかな?」「ここはどこだろう?」すっかり夢遊病者の症状だ。
集団は玉江駅のエイドステーションで休憩を取ったのだが、私はそこで意識がなくなって寝込んでしまった。おそらく30分程度だろう。

 しかし寝込んだことで頭が回復した。隣のランナーに「ここはどこでしょう?」と聞いて、自分が今玉江駅にいて、萩往還のレースに参加していることをようやく認識できた。
Twitterをチェックするとちはら台走友会のTwitter姉さんをはじめ多くのメンバーから励ましのツイートが入っている。
そうだ、萩往還だ、がんばるぞ・・・・・・」気持ちがハイになってスイッチが入った。

 宗頭からの74kmは萩往還道という600mの山越えはじめ昇り降りが激しい。歩いてばかりいては制限時間に間に合わない。登りは歩いても平地と下りは走るようにがんばった。
走ると言っても亀の歩みのような速度だが、それでも走れるだけマシだ。

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 (萩往還道を降りてきた私、残り5kmの地点

 このレースには400名程度の人が参加したのだが、完走者は225名完走率は55%前後だったようだ。多くのメンバーは宗頭で撃沈した。
私は47時間2分24秒で164位だった。
真ん中より上位にいるのだから大したものだ。とても満足した。

注)私が出場したのは250kmでこのほかに140km、70km、35km、および徒歩の70kmと35kmがある

 このレースの経緯はTwitterで常時ツイートしていたのだが、玉江駅でツイートした後はスマートフォンの設定が勝手に変わってTwitterもメールも電話もすべてできなくなってしまった。
そのためここから55km間のツイートがまったくできていない。
Twittr姉さんをはじめみんなに心配をかけてしまった。
すわ、倒れて病院に運ばれたのか」そう思ったようだ。

 苦節15年、4回目にしてようやく萩往還を完走して念願の男になれた
完走できた一番の要因はTwitter姉さんを始めとするちはら台走友会のメンバーの応援だ。これなければ再び宗頭までの男になっていただろう。

 なお、今後萩往還250kmに挑戦して完走する人のためのポイントを以下に列挙しておく

① 250kmの半分の125kmの距離は休まず走れる走力を身につけておく。
② 24時間走を行って夜に強い体質を作る。
③ 宗頭は何があっても3日の夜12時には出発する。
④ 48時間程度なら寝なくても走れる。
⑤ たとえ何があっても諦めない。


 私がびっくりしたのはまだ十分走れるのに宗頭の12km手前の仙崎公園でリタイアする人が多かったことだ。十分完走できるのに何で止めてしまうのか不思議だったが、気持ちが切れてしまっているからだろう。
気持ちを切らさないためには私が今回行ったようにTwitter等で監視してもらうのが一番だ。

 人はだれかに見られているときは見栄でがんばるものだし、まして男性は女性から見られているとなると逃げ出すわけに行かない。
これは人間が動物でもあることの証左で、雄が雌の前で戦うことなく撤退すれば子孫が残せない。
男は確かにつらいのだ

  

 

 

 

  

 

 

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(23.5.1) 明日は萩往還250km 

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 明日は萩往還250kmが開催される。
これで4回目の挑戦になるが、過去3回はいづれも失敗している。176km地点に有る宗頭文化センターで寝込んでしまい完走を果していない。
すでに64歳になり、これ以上の挑戦は不可能だろうから最後の挑戦になりそうだ。

 私は過去多くのウルトラマラソンに参加したがどうしても完走できないレースが3つある。
この萩往還250kmと、トランスエゾ1100km、そして富士登山競争だ。

 上記の3つについてはいつも途中で挫折してきた。それぞれレースの内容はまったく違うのだがいづれも壁にぶち当たっている。
萩往還では250km2日間かけて走るのだが、完走のポイントは2日間寝ないことに有る。
寝ないで走り続ければ絶対に完走できるのだが、この宗頭文化センターここで仮眠できる)で寝込んでしまった。
また寝込んじゃった・・・・・・」毎回のパターンになってしまった。

 トランスエゾ1100km2週間かけて北海道を一周するレースで、毎日80km弱走ることになる。このレースでは足の小指にひどい炎症が発生して走れなくなって挫折している。
夏場に2週間も毎日走るためには足の手当てが必要なのだがこれに失敗してしまう。

注)私は足の外側に重心をかけて走る癖があって、小指に負担をかけすぎる。このため小指がひどい水ぶくれになりそのうちに肉が露出して走れなくなってしまう。

 富士登山競争も鬼門だ。このレースは麓の富士吉田市の市役所をスタートするのだが、完走のポイントは5合目まで走りきることだ5合目以降は急勾配になるのでトップ選手以外は歩いている。
私はあごがあがって4合目あたりで歩き出すのでどうしても完走できない。

 萩往還を含め、この3つのレースがなんとも心残りだ。一応世間ではウルトラランナーと言うことになっているが、実際は越えられない壁がある。
これではウルトラランナーと言う評価に傷がつく。
死ぬまでにどうしても完走したいと決心したが、一方で段々と年を取ってきて体力は確実に低下してしまった。

萩往還は今年が最後のレースだ。これを成功させたら後の二つのレースに挑戦しよう。もし失敗したらウルトラマラソンから完全に足を洗おう」そう決心した。

 別にこうしたレースを完走しようがしまいが人生にまったく影響がないのだが、ほとんど男の意地になっている。
何かほれた女にそでにされて意固地になって追いかけている男のようなものだ。

 今回は十分な練習ができているわけではないが、寝ない決心だけはしている。
それとちはら台走友会Twitter姉さんTwitterで応援してくれることになっている。
がんばれ、山ちゃん、寝ちゃだめよ、死んでも走れ」なんて感じだ。

 私の方も今回はTwitterで時々刻々状況をアップして見てもらうことにした。
現在100km地点通過、制限時間に1時間余裕あり」なんて感じになるだろう。

 誰かに見られていると思うと意地でも走らざる得ないので、気持ちを追い込むためだ。この作戦が成功することを祈るが、目的が達成できず本当に死んでしまったら私のブログは萩往還で最後になる。
 

 

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(23.4.13) 萩往還250kmは開催される

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 この東日本大震災が起こってから後のマラソン大会はことごとく中止になっていた。毎年参加している佐倉マラソン霞ヶ浦マラソンも中止になり、また千葉県一周房総マラソンも中止になり、「こりゃ、萩往還も中止かな」と思っていたところに参加案内が届いた。
いやー、萩往還は競技を実施するんだ」少し意外な気がした。

 しかし考えてみれば萩往還は山口県での開催だから、東日本大震災も福島原発事故も無関係だし、日本中が謹慎していては東北のお酒を飲む人がいなくなってさらに東北の経済が疲弊してしまう。

 だから開催そのものはとてもうれしかったが、問題はこの競技に備えての練習を十分にすることができなかったことに有る。
3月11日以来、すっかり地震と津波と原発事故と母親の看病に身も心もとらわれてしまい、練習どころではなくなっていた。

 萩往還3連覇のスポーツドクター小野木先生によると、「3月中に500km程度の走り込みが必要だ」と言う。ところがこの間私は200km程度しか走っていない。
まずかったな、萩往還も中止になると思ってすっかりだれてしまった」後悔したが後の祭りだ。

 この競技は山口県の山口市をスタートしてほぼ時計回りに日本海まででて、最後に萩と山口を結ぶ古道「萩往還道」を通ってふたたび山口市に戻る競技である。
競技は連休中に開催され、距離は250km、制限時間はちょうど2日間である

 この種の競技に参加したことのない人はまったく競技のイメージがわかないと思うが、走る速度は決して早くない。平均時速5.2kmで走れば48時間で到着する。5.2kmなんて歩く早さより少し早い程度だ。

 しかし問題は2日間、休むことなく走るか歩くかしていないとゴールに到着できないことで、これがかなり難しい。途中の170km程度の場所に宗頭文化センターと言う所があり、ここで仮眠が取れるようになっている。
完走できる人とそうでない人との差はここでつき、完走者は1時間から2時間程度の休息で再び走り出す。
一方リタイアする人はここで4~5時間程度の休息を取っているうちにすっかり気力がなえてしまう。
もう、こんな馬鹿げたことをするのは止めよう。第一身体を痛めて走ることに何の意味があるのだろうか」やめる理由はたちどころに浮かぶ。

 実は私は過去3回もこの萩往還250kmに挑戦し、この宗頭で寝込んでリタイアしている。
完走するには寝ることなくただひたすら身体を動かし続けることが必要だ。
今度こそは、絶対に絶対に何があっても2日間寝ないぞ!!!」心に言い聞かせている。

 先日長距離走を私が好んで走ることについて、おゆみ野の森の仲間のジュンジュン姉さんが「何でそんな無理な(馬鹿げた)ことをするのですか」と聞いてきた。
そのときは笑って答えなかったが、「たぶん男を上げるため」だと思う。

 65歳にもなる人間が「男を上げるために走る」なんて滑稽だが、それ以外の理由が見つからない。
山崎さんはいつまでたっても男ですね。男の中の男だ」そういわれるのがなんとも嬉しい。

 三浦雄一郎氏間寛平氏高倉健氏の気持ちと同じで、「俺はまだ男だ」と思えるときが生きている証なのだ。

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