スポーツ 大相撲

(29.3.28) 稀勢の里の優勝は喜ばしいが・・・ このままでは怪我人だらけになる!!

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 私は小学生のころからの相撲ファンでしかも今は引退の身だから4時ごろから毎日相撲放送を見ているが、先日(26日)の千秋楽の優勝決定戦は目を見張ってしまった。
横綱稀勢の里は13日目の日馬富士との対戦で土俵下に転落し左肩を酷く痛めていた。翌日の鶴竜との対戦はなすすべなく土俵を割ったので「稀勢の里のけがは相当ひどいな、これでは千秋楽の照ノ富士戦も全く相撲にならないだろう」と思っていた。

 左肩患部のサポーターも痛々しくとても見るに堪えなかったので千秋楽本割の相撲が始まってもテレビから顔を背けていた。
無残な負け方を見るのは忍びない・・・・・・・
然し信じられないことに劣勢の体勢から残った右腕一本で照ノ富士を投げ飛ばしたので驚いた。
だが、ここまでだろう。いたんだ左肩で二番も取ったらそれこそ体が壊れてしまう。本当はあっさり負けておいたほうがよかったのではないか・・・・・・・・
勝ったことがとても信じられなかったのでさらに優勝決定戦で勝つとは思われなかった。

 今度はまじめに見ることにしたがすぐさま照ノ富士に押し込まれもろ差しまで許したので思わず目を背けた。しかし奇跡のように稀勢の里は右腕一本で小手投げを決めて優勝してしまった。
かつて貴乃花が足の負傷を押して優勝を果たし痛さのため鬼のような形相になっていたがそれを思い出した。

 稀勢の里が二場所続けて優勝したことは実に誇らしいが、一方で今回の負傷を押した出場で力士寿命を縮めてしまったのではないかと気がかりだ。
貴乃花はけがを抱えたまま優勝したが、その後数場所も休場をして治療をしたが二度と優勝することができなかったのを思い出す。

 私は前にも書いたが相撲のような激しい格闘技を何の保護設備もなく土俵というコンクリートのような固くしまった土の上でやることに反対なのだ。
特に問題は土俵が60㎝程度高い場所にあり、ここから力士が転げ落ちればけがをしないほうがおかしいくらいだ。
他の格闘技では柔道やアマチアレスリングを見てもわかるように段差などなく、下は畳かマットといったクッション性のある場所で行っている。

 相撲が60cmも高い場所で行ってきたのは歌舞伎と同じで一種の見世物だった伝統からきている。見世物の最大の特徴は本気で格闘など行わないことで、そんなことをすれば転げ落ちた時にけがをするのは必定だ。
長い間大相撲は八百長で成り立っていた。八百長とは金銭のやり取りがある場合と、金銭はないが精神的支援で行う場合があった。
簡単に言えば千秋楽で7勝7敗の力士は相手が勝ち越している場合は必ず勝っていたが、それが力士の挨拶というものだった。
また大関でかろうじて番付を維持している力士に対し、星勘定に余裕がある力士がわざと負けていた。

 相撲協会は長い間八百長を認めなかったが、数年前に八百長事件が発覚し星のやり取り表まで現れたのでその後は八百長を禁じている。
その結果相撲が顔見世興行でなく格闘技になってしまいガチンコで相撲を取るためけがが絶えなくなってしまった。
白鵬は足裏に、日馬富士は両肘に鶴竜は首に、そして大関照ノ富士は両膝、豪栄道は左足首とけがのない力士がいなくなっている。

 200kg近い世界中の力持ちがガチンコで格闘を行うのだからけがのないほうが不思議だが、力士の寿命を延ばすための対策は全くと言っていいほどなされていない。
土俵の高さを今の半分程度の30㎝にして、土俵下には柔道のようなマットを敷いて落ちてもケガをしないようにする措置はぜひとも必要だ。
さらに砂被りといった土俵近くの場所に観客がすわっているが、こんな危険な場所に観客がいるのは相撲だけだ。
もともとは八百長だったから危険性は最初からなかったが、最近のような格闘技になって八百長がなくなれば砂被りにいるなぞはいつ死んでもいいといいっているようなものだ。
他の競技は観客席と競技場を分離しているが、相撲の場合も観客席を今より3m程度は後方にする等の措置をとることを提言する。

 そうしないと力士はけが人ばかりで力士人生を棒に振るし、観客は力士に押しつぶされて命を失うことは請け合いだ。
私の提言を相撲協会が採用するとはとても思わないが、この提言の重要性は知っておいたほうがいい。

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(29.1.24) 稀勢の里横綱おめでとう。 相撲人気はますます上昇しているが力士と観客の安全対策も必要だ。

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 私のように子供のころからの相撲ファンにとって実にうれしいニュースだ。
稀勢の里が初場所で優勝し第72代横綱になることが決定したからだ。19年ぶりの日本人横綱でそれまで大相撲はモンゴル勢の横綱しか存在しなかった。
日本人はモンゴル人に全く勝てないのか・・・・・」ため息ばかりが出ていた。

 稀勢の里が優勝できた要因の一つはモンゴル勢の横綱の力が衰えてきたことによる。日馬富士鶴竜はけがで途中休場を繰り返しているし、白鵬も往年の群を抜いた力はなくなり通常の横綱のレベルになってきた。
その間隙を縫って稀勢の里は横綱に昇進したのだが、実力がなければ横綱にはなれないのだからよくやったとほめるべきだろう。
横綱審議委員会も稀勢の里の安定的な強さを高く評価して満場一致で横綱への推薦を決めていた。

 相撲人気という点については昨今の大相撲人気はすさまじく連日満員御礼だし、また幕内下位の力士の対戦にすら懸賞がかかっている。このような現象はここ数年のことだ。
しばらく前といっても2010年野球相撲とばく事件2011年相撲八百長事件が発生したころのことだが、その後数年間は相撲は全く人気がなかった。
九州場所などは客席にほとんど観客がおらず閑古鳥が鳴いていたが、「これでは関取もやる気が起こらないだろう」とずいぶん同情をしながらNHKの相撲放送を見続けたものだ。

 昨今はこの八百長相撲がすっかりなくなり、相撲用語でいうガチンコ勝負になっている。それがなぜわかるかというと関取のけががやたらと多いからだ。
横綱鶴竜、日馬富士、大関豪栄道、小結栃ノ心がいづれもケガで途中休業した。途中休業しないまでも痛々しいほどの身体で相撲を取っている力士は後を断たず、この世界がけがと隣り合わせの死闘の格闘技であることがよくわかる。

 最近の関取は体重がある関取が多くなっており200kg程度はあるので、二人でもみ合って土俵の下に落ちると計400kgの軽自動車が突っ込んでくるようなものだ。
大げさに言えば崖から巨大な男がもみ合って落下しているようなイメージで力士はそれでよく骨折や肉離れをする。また土俵審判もうまくよけないと骨折してしまうし、実際見ててハラハラする場面も多い。
これほどガチンコ相撲が多くなれば力士の安全と、砂被りといわれる最前列で見ている人の安全対策も必要で、 土俵の高さをより低くしたり現在はだいたい60cm)、最前列の砂被りの位置をもっと後方に下げて間違っても力士と重ならない程度の距離を開ける必要がある。

 今までは行事審判の骨折程度で済んでいるがそのうちに死人が出てもおかしくないほどの激しい格闘技が相撲だ。
砂被りの近くに女性などが着物姿で座っているのを見ると「この人こんな場所にいて着物で逃げ切れるのかしら・・・・・・・」と他人事ながら心配してしまう。

 しかしこの相撲が日本の国技として世界的に認知されているのは実にうれしいことだ。相撲に類した格闘技は世界中にあるが江戸時代から続くちょんまげと土俵の大相撲は日本だけの文化だから世界中の体力に自信のある若者が入門してくる。
文化にはオリジナリティが必要で、これほどオリジナリティを持った文化は世界を見渡しても多くない。
ますます大相撲が発展していってもらいたいものだと思う。

 

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(28.7.26) 横綱への兆戦また失敗 稀勢の里 それにしても立ち合いの変化は納得できない!!



 またしても稀勢の里の横綱昇進はお預けになった。これで3度目だから応援する方も疲れてしまう。いづれも準優勝でもう一歩のところだが、そのもう一歩を踏み出せない。
今場所は平幕の栃煌山と松鳳山に敗れたので、「あーあーもうだめか!!」とあきらめていたが、白鵬が大崩れしたため千秋楽まで優勝の望みがあったが、日馬富士にその優勝をかっさらわれてしまった。

 何か相撲を見ていると大事なところでいつも負けてしまうような人がいて、どうしても横綱になれなかったりするが稀勢の里はその典型のような人だ。
特に相撲といった一対一の格闘技はモチベーションが大事で、実力が伯仲している場合はモチベーションの高い方が必ず勝つ。
柔道の私の経験でも、「勝負は気持ちだ」といつも思っていた。
気持ちを高めることに成功すると信じられないような技が出るが、反対の場合は実に惨めな敗北をしたものだ。

 稀勢の里は制限時間が近づくと盛んに目をしばだてたりし、顔が真っ赤になるのでいかにも緊張していることが分かったが、今場所はなにか微笑んでいるような顔つきをしていた。
アナウンサーが盛んに「今場所の稀勢の里 はいつもと違ってリラックスしてますね」と言っていたが、あまりリラックスしすぎるのも問題で早々と栃煌山にまけてしまい、それからはひどいドタバタ相撲になって12勝3敗までこぎつけたのが奇跡のような場所だった。

 適度な緊張感と集中力も必要で、白鵬や日馬富士にあって稀勢の里にないものはこの二つだと思う。実力的には白鵬の次に強いと私は評価しているが、残念なことに気持ちが弱くどうしても横綱になれないといったところが本当のところだろう。
すでに日本人横綱がいなくなって久しいが、「これでは相撲はモンゴルの国技だ」と言われても致し方ない状況だ。

 ただ今場所松鳳山が稀勢の里を敗った相撲にはがっかりした。松鳳山の相撲にである。
松鳳山が行ったのは注文相撲というもので立ち合いで横に飛んで変化し突っ込んでくる稀勢の里をはたき込んだものだ。
私は相撲ファンでまい場所相撲に釘付けになるが、見ていてこの立ち合いの変化ほど面白くないものはない。
松鳳山は「私も勝つために一生懸命なので・・・・・」と言っていたが、私などそれを聞いて白けてしまった。
ちゃんと頭でぶつかってくれよ・・・・・・・・大事な取り組みだよ・・・・・

 以前琴奨菊が横綱になれるかどうかという時にも同様な場面があったが、立ち合いの横への変化は相撲をとることを最初から放棄していてみていて完全に不完全燃焼になってしまう。
相撲協会はこの立ち合い時の横への変化を禁止すべきだと私は考えているが、そうでないとがちんこ相撲のだいご味が味わえなからだ。

 柔道でも同じような問題が過去にあって互いに柔道着をつかむその前に猛然とタックルする選手が後を絶たなかった。これでは柔道ではなくレスリングなので競技として成立しないため、タックルは一度組んだ後でなければ認められないように規則が改定された。
相撲でも最初から横に変化するのは相撲そのものが成り立たないのだから禁止すべきで、いったんぶつかった後での変化技だけを認めるべきではないだろうか。
相撲協会が真剣に検討すべき課題で、そうしないと相撲を見ているファンががっかりして相撲を見なくなることは受けあいだ。

 

 

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(28.1.25) 大相撲が長いトンネルを抜けた。 日本人力士琴奨菊が10年ぶりに優勝

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(友達のブログ「ちば公園のベンチから」に掲載された朝焼けの利根川。すごい雲が映っている)

  私は昔からの相撲ファンだから大相撲の中継は必ず見てきたが、今回は大関琴奨菊が14勝1敗で初優勝し10年ぶりで日本人力士が賜杯を手にした。

やれやれ、やっと日本人力士が優勝したか。とてもうれしいがそれにしても長いトンネルだった・・・・・
何か日本経済の失われた10年のような感じだ。

 ここ10年、優勝といえばほとんどがモンゴル勢で白鵬か日馬富士か鶴竜と相場が決まっていたのでよもや琴奨菊が優勝するとは思わなかった。
それほどモンゴル勢の力は圧倒的でとても日本人がかなうとは思われなかったからだ。

 琴奨菊についても大関として十分な成績を残してきたわけでなく、なんとか8勝7敗でかろうじて大関にとどまっていたのが実態でいつ大関から陥落するかはらはらしながら見ていたものだ。
ガブリ寄りという独特の押し相撲が身上だが、いままでは足が出て行かずせっかく追い詰めても土俵際で突き落されることが多く見ていてがっくりした。

 それが今場所は痛めていた胸の大胸筋が改善したからか、特に胸の筋肉が盛り上がっており、出足も鋭くなり土俵際で突き落されることもなくなった。
ガブリ寄りの圧力もまして3横綱を撃破し、目を見張るような活躍だ。

 私は白鵬が好きだから白鵬が優勝すればそれなりに嬉しいが、一方日本人がモンゴル勢に蹴散らかされてばかりいたのには、さすがに忸怩たる思いもあった。
日本人はモンゴル人より体力が劣るのだろうか。横綱はすべてモンゴル人だし、優勝するのもモンゴル人だ。どこに体力の違いがあるのだろうか・・・・・・・・

 スポーツの世界では確かにある特定の人種が活躍している種目があり、たとえばマラソンなどはアフリカの東部のケニア、エチオピアの選手が優勝と相場が決まっており、一方短距離種目はアフリカの西部からアメリカ等に渡ったニグロ系の黒人選手と相場が決まっている。
私の友達の実業団の選手が、「長距離種目では体格的に明らかな有意な特徴があり、そのために日本人がどんなに努力してもマラソンで東部アフリカの選手を破ることは不可能だ」といっていた。

 しかし大相撲に関してモンゴル人と日本人の間に有意な相違があるという研究などは見たこともない。体格なども全く同じようなものだし、顔つきを見ても日本人とほとんどかわらない。
私はモンゴル人と日本人の間に特別な相違はないと思っている
そうなるとあとはどれだけ堪えて力士として大成するかにかかってくるが、日本人が大相撲の古いしきたりと厳しすぎる上下関係と激しい稽古に堪えられなくなってきたのだと思う。

 スポーツで言えば野球やサッカーといったはるかに近代的でしかも高い所得が得られるスポーツがいくらでもあるのだから、相撲界のような江戸時代そのものの世界に入ろうとする若者はいないし、またいたとしても厳しい修練に堪えられないのだろう。
昨今の日本人力士のほとんどが親方二世か大学相撲で横綱を張った学生相撲出身者で、かつてのような北海道や東北地方の貧しい山村出身者はほとんどいなくなっている。
第一山村に子供自身が存在せずいるのは老人ばかりだ。

 大相撲もしばらく前に は八百長事件が発覚してすっかり人気がなくなり、特に九州場所などは観客がほとんどおらず閑古鳥が鳴いていたが、ここ数年大相撲の人気が復活した。
大相撲は他のスポーツにない特色がって、それは6時までに興業が終了することだが、野球やサッカーは6時以降が中心だ。
そうでないと一般のサラリーマンがスポーツを観戦できないからだが、相撲が6時に終わると言うことはサラリーマンを相手にしておらず、もっぱら暇人の金持ちと企業接待が大口需要先だったことが分かる。

 企業が重要な顧客を接待してもてなす場が大相撲でそうした意味で力士は芸者とさして変わらない立場にあった。
しかし停滞の20年で企業は接待費の削減を続けてきたから接待需要が低迷し、さらに八百長が発覚したこともありほとんど観客からそっぽを向かれていた。
それが復活してきたのは日本経済の復活と足取りをあわせているからで、大相撲と日本経済は明らかな正の相関関係がある。
そうした意味で琴奨菊の優勝は本格的に日本が復活してきた象徴でもあるといえる。

 

 

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(27.11.10) 大相撲を見れば日本経済の復活が分かる。 大相撲大フィーバー!!

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 大相撲の人気
が衰えることをしない。昨年の九州場所から連日満員御礼が続いていて、場内は活気に満ちている。懸賞金などはかつては横綱の取り組み以外にかかることはまれだったのに、今では前頭の下位の力士の場合も懸賞金がかかっている。
一本の懸賞金の額は約6万円だから、白鵬の取り組みなどには最高で60本程度懸賞金がかかっており、それだけで360万円になる。
土俵には金が埋まっている」とはよく言ったものだ。

 しかし大相撲の人気がここまで回復するのには厳しい道のりがあった。いわゆる八百長問題で揺れていたのは2011年のことだからたった4年前のことだ。この不祥事に天皇の怒りは収まらず2012年から今年まで3年間天覧相撲が実施できなかった
白鵬が代表して天皇に謝罪をしたのが昨年の9月場所で、その結果15年の初場所(1月場所)で再び天皇の天覧相撲が再開された。

注)天皇と大相撲の和解については以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-a8d7.html

 私は子供のころからの相撲ファンで、特に60歳で引退してからは自由に時間が取れるようになり毎日大相撲中継を楽しんでいる。
だが八百長問題が発覚してからの大相撲の人気低迷はとてもひどかったもので、九州場所(11月場所)などはいつも閑古鳥が鳴いていた。
砂かぶりと言われる前だけは人がいたが、升席などはほとんど人がおらず「これでは関取も張り合いがないだろう」と同情したものだ。

 ところが昨年あたりから懸賞金の数がうなぎのぼりに増加しはじめ、また観客も大挙して押し寄せるようになって一気に大相撲人気は回復したが、一番の原因は日本経済が復活して企業に余裕ができてきたからだと思う。
懸賞金そのものの数の増加もさることながら、特に升席が埋まるか否かは企業がどの程度顧客接待にこの升席を利用するか否かにかかっている。

 特に外国人客の接待などでは大相撲こそが最も人気のあるスポットで、ここで日本独特のお弁当を食べて帰りに持ちきれないほどのお土産げをもらえば何か本当に接待されたという感じになるはずだ。
日本古来の最も日本的な接待文化がここにはあるが、企業収益が向上しなければ企業にそうする余裕はない。

  観客数の推移を見ると若貴人気で沸騰した1996年ごろを境に低迷期に入り、特に野球賭博と八百長問題が発覚した2010年~2011年が最悪期になっている。
2013年ごろから回復基調になったが本格的にフィーバーし始めたのは2014年からで、今年になってもその傾向が続いている。
大相撲の人気は大きな流れとしては日本経済の動向に左右されており、低迷期は企業接待が自粛されるのでどうしても接待需要がなくなる。
ここに来てアベノミクスの成果で一気に企業の収益が増加して、ふたたび接待需要が増えているのだろう。

 何か大相撲と日本経済には深い正の相関関係がありそうで、昨今の懸賞金の数の増大や観客数の増加を見ているとようやく日本経済も確実な回復基調に入ったことが分かる。
GDPなどをいくら見ていても日本経済の動向は分からないが、大相撲を見ていればそれが分かるというのは皮肉だが、こうした生の実例の方が景気判断には有効なのだ。


 

 

 

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(27.1.19) 天皇と相撲協会の和解 天覧相撲が再開された

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 18日は大相撲の春場所中日だったが、大相撲と平成天皇の和解がされた記念すべき日になった。平成天皇と皇后が4年ぶりに天覧相撲に臨席されたからだ。
相撲協会と天皇家に隙間風が吹いたのは2011年の八百長事件の発覚からである。力士相互間でメールで勝ち負けを決めてその代償として金銭の支払いがあったというもので、幕内や十両を含む力士約30名が解雇された。
この不祥事を受けて相撲協会は2011年の春場所(大阪場所)の興行を中止した。しかし天皇家の怒りは解けず翌2012年の初場所から天覧相撲に臨席されなくなられた。
あれから4年の歳月がたっている。

 大相撲にとって最も由々しきことは天皇家から見はなされることである。
相撲協会の最大のスポンサーは今も昔も天皇家であり、相撲の起源は642年に飛鳥の宮廷で百済の使者を招いての相撲を見せたことが始まりだ。
日本人もこんなに強いのだぞ」と百済の使者に見せたかったのだろう。
その後も皇室では行事の一つとして相撲節会というものが開催されており、奈良時代の聖武天皇は地方の郡司に強い若者を差し出せと命じている。
この相撲節会は平安時代を通じても行われていたが、天皇家の実権が藤原氏に移行するにつれて宮中行事として行われなくなっていった。
藤原氏としては「あんな野蛮なものより和歌・管弦の方があらまほしかった」ためと思われる。

 その後も相撲そのものは生き延びたが天皇家からの庇護を受けることができなくなったため、江戸時代になると藩主お抱えの相撲ともう一つ民間の勧進相撲として行われていた。勧進相撲とは今でいうプロレスで寺社等への寄付行為と称して寺社の境内で実際はシャバ代を稼いでいた。
この時代の相撲取りは歌舞伎俳優と同じ河原もので、男芸者とさえ言われていたほどだ。

 大相撲が劇的に復活したのは天皇家の復権がなった明治時代からだが、明治初期はふんどしスタイルが悪趣味でちょんまげは時代錯誤と言われて、東京で相撲を取ることはあいナランという禁止令まで出されていた。
これを救ったのが明治天皇白鵬が先場所優勝インタビューでこのことを述べた。
明治初期に断髪事件が起き(力士も斬髪せよと言われたが)大久保利通という武士が明治天皇に(上奏して)、長く続いていたこの伝統文化を守ってくれたそうで、そのことに天皇陛下に感謝したい

注)白鵬が上記の言葉を述べたことは前に記載した。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-b523.html


 これは白鵬の言葉であるとともに相撲協会の天皇家に対する謝罪の言葉であり、もう一度天覧相撲に臨席してほしいとのメッセージであった。
2011年から4年、白鵬と相撲協会の謝罪でようやく天皇家の怒りも解け晴れて天覧相撲が再開された。北の海理事長の心中は察するに余りある。
大相撲は八百長事件の傷も癒えて東京場所で満員御礼が続いており、閑古鳥が鳴いていた九州場所でも土日は満員御礼になってきた。
だが天皇の天覧相撲が復活しない限り大相撲の傷は癒えたことにならない。

 今も昔も大相撲は天皇家によって支えられており、特に昭和天皇は心から大相撲を愛しておられた。昭和天皇が身を乗り出して大相撲をご覧になっていた姿が今も脳裏によみがえる。
現在の天皇杯を大相撲のために創設し、天皇公認のスポーツにしたのも昭和天皇で天覧相撲を興行できるということで戦前戦後の大相撲の発展があったといっても過言ではない。
昭和天皇が崩御された時相撲協会は上げて悲しみに包まれ天皇の棺が通る沿道で、親方と力士が冬の氷雨の中を傘もささずに深く目礼していた。
大相撲としては最大の感謝の気持ちを表したかったのだろう。

 2015年1月18日は平成天皇の天覧相撲が復活し大相撲に取って記念すべき日になったはずだ。

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(26.11.25) 白鵬が泣き、そして私も泣いた。 32回目の優勝で大鵬に並ぶ。

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 白鵬
が泣き、私も泣いてしまった。32回目の優勝が決まった瞬間だが、この記録は昭和の大横綱大鵬に並ぶ記録だ。
まだ年齢は29歳だから千代の富士の引退年齢の35歳までにはまだまだ余裕があるので、この先どこまで優勝回数が増えるのか予想もつかない。

 大相撲は日本の国技と言われているが、日本のスポーツ界でこれほど国際化が進んでいる競技は少ない。特にモンゴル勢の躍進は目覚ましく、白鵬を始め3横綱はすべてモンゴル出身者だから、今ではモンゴルの国技のようなものだ。
だが不思議なことにモンゴル人と日本人の相性は非常によく、白鵬も日馬富士も鶴竜も私には日本人力士のように見える。
顔など見ていても日本人と全く変わりがなく、また日本語を流暢に日本人と同じように発音しており、日本人のルーツの一つが東北アジアの草原地帯にあったという仮説も十分納得できる。

 だが大相撲が国際化した本当の理由は、日本人が豊かになって大相撲のような厳しい修行と上下関係の世界に入ることを嫌ったからだが、世界にはまだハングリーな精神が残っていることをしみじみと感じさせてくれる。

注)昔は大相撲出身者は東北や北海道のへき地出身者が多かったが、こうした場所からも大相撲に入門する子供がいなくなってしまった。現在は親方の子供か学生横綱か外国人力士が主流になっている。

 今回の白鵬の優勝インタビューのスピーチは素晴らしいものだった。
明治初期に断髪事件が起き(力士も斬髪せよと言われたが)大久保利通という武士が明治天皇に(上奏して)、長く続いていたこの伝統文化を守ってくれたそうで、そのことに天皇陛下に感謝したい」と述べていた。
この白鵬のスピーチは本当にその通りで、明治初期大相撲はほとんど崩壊の瀬戸際に立っていた。

 文明開化の時代にちょんまげ結っているなどとは時代錯誤と思われたし、裸も禁止されたし、当時の大相撲は今のプロレス興行と同様なショーで、関取は花街の芸者のようなものと思われていた。
その大相撲を救ったのは大久保利通と伊藤博文と明治大帝で、こんどは1884年伊藤博文が天皇に上奏して天覧相撲を実施し、天皇公認のスポーツにしたのが現在の大相撲の始まりだ。
現在の天皇杯があるのはそのためで、明治大帝の決断がなければ大相撲は消滅していた可能性が高い。

 白鵬にそのことを教えられた日本人は多かったようだが、日本人以上の日本人である白鵬のスピーチに私は本当に泣いてしまった。

注)なお天皇家が相撲好きなのは相撲が本来神事で、天皇家の神事と非常に近いものがあるからだと思う。昭和天皇は心から相撲を愛しておられたが、白鵬のスピーチを聞いて昭和天皇が身を乗り出して大相撲を見ておられた姿を思いだしてしまった。

 

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(23.3.9) 大相撲を許してやろうじゃないか 八百長問題解決法

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 ここに来て大相撲の八百長問題は一層の広がりをみせ、携帯電話で足がついた竹縄親方(元春日錦)は「自分以外にも約40名の力士が八百長をしていた」と実名を挙げて特別調査委員会に証言した。

 そのほかにも元付け人と言う人が毎日新聞の取材で「取り組みの約半分が八百長で、自分もその交渉をやっていた」と証言した。
八百長の相場は通常は50万、横綱からの依頼は70万、三賞がかかる取り組みは100万と相場も明らかになっている。

 一方で放駒理事長は「八百長問題が解決しなければ本場所を開催しない」と明言しているため、いったいいつになったら本場所が開催されるのか分からなくなってきた。
調査をすればするほど八百長力士は増え、本当に徹底解明すると、白鵬以外の力士はすべて黒で白鵬の対戦相手がゼロになってしまいそうだ。

 もちろんこんな状態で大相撲を開催することは不可能なのだから、大相撲は自然消滅することになる。
放駒親方の言う徹底解明と大相撲の消滅は同義語だ

 しかしここで本当に考えてもらいたいことは、「大相撲をなくすことが日本の文化政策として果たして妥当かどうか」と言うことだ。
江戸時代から大相撲は広く行われており、日本のスポーツの中で最も伝統がある。
さらに大相撲は世界に広く知られた日本文化で、大相撲の海外興行は非常な人気を博しており、フランスのシラク元大統領は大相撲の熱心なファンだった。

 さすがにこのままでは春場所だけでなく夏場所も開催が危ぶまれる状態になって、横綱審議委員会鶴田委員長が動き出した。
夏場所を開催するためには、黒の力士は解雇、グレーの力士は2階級降格、そして星の売買の禁止条項の制定」を行うことで、ファンに謝罪し夏場所を開催しようと言うものだ。

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 私はこの鶴田委員長の提案に大賛成なのだが、問題は星の売買をした場合の罰則規定とそれをさせないための監視委員会の組織作りがキーポイントになると思われることだ。
罰則がゆるければいくらでも星の売買は継続するし、おかしな取り組みをすぐに指摘してグレーだと決定するレフリーの権限強化が必要だからだ。

注)八百長は絶対になくならないとの想定の基に、監視委員会にはサッカーのレフリー並みの権限を持たせなければならない。現在でも観察委員会があるが実際はまったく機能していない。

 鶴田委員長はさらに「金銭が絡むものは厳罰だが、人情相撲についてはどうかな、これは日本の文化だよ」と言った。
実際日本には本当の意味の競争を避け、業界や組織内部で波風を立てないために談合がしばしば行われている。

 公共工事の発注で談合が行われなかったことは少なく、また官庁の業界指導は実質的な官と民の談合だ。
サラリーマンなら会議の始まる前に主要なメンバーに事前説明を行っておいて会議でもめないような措置を日常的に行なう。

 鶴田委員長は「日本の文化」という言葉を使ったが、談合は飛鳥時代からの伝統で聖徳太子は「和をもって尊しとなす」と言っている。日本は昔から和国なのだ。
これほど談合がはびこっている中で、大相撲だけに清廉潔白さを求めるのはどだい無理と言うものだ。

 ここは大相撲の文化を残すために鶴田委員長の大人の判断をファンも支持するべきだと私は思う。

注)本件と関連の有る記事は以下の通り。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat31910858/index.html

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