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(2.7.2) ボランティア人生の終焉

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 あまり書きたくはなかったのだが、定年後約14年間にわたって続けてきたボランティア活動を一つずつ終了させている。
四季の道の毎日の清掃も、周辺の公園のベンチのペンキ塗りも補修も、四季の道の草刈りも、そしておゆみ野の森の草刈りも停止してしまった。
最後に残ったボランティアは子供に勉強を教えていることだけだ。

 理由は単純で体力がこうした活動に追いつけなくなり、気力でカバーしきれなくなってきたからだ。4年前にひどい眼病を患いさらに白内障が悪化して常に霧がかかったような状態になってしまった。幸い2年前に白内障の手術をしてそれ以来視力は回復したが、一時は失明するのではないかと思ったほどだ。さらに今年の初めには長らく患っていた脊椎間狭窄症の手術を行い、今は自由に自転車に乗れるほど回復したが、草刈り機のような重いものを長時間扱うことはできない。

 体のあちこちに支障が起こり気力もなえて、今までしてきたボランティアからひとつづつ足を洗っている。もうすぐ74歳だから体がまともに動かないほうが普通で、これからは肉体を酷使する活動はあきらめることにした。
まあ、それでも14年間にわたってボランティア活動をしたので良しとしよう・・・」

 サラリーマンとして約37年間生活のために働き、14年間社会のための活動をしたのだから、まあ一人の人間の行動としてはまずまずだろう。
後しばらくは今教えている高校生の勉強をサポートし、それが終われば14年間にわたって作成してきたブログの再構成作業をし、とりだめた写真の整理をして人生を終えたいものだと思う。

 昔といっても高校生のころだが人生を夢見ていたころが今は懐かしい。当時は小説家のような自由業を目指したいと思っていたこともあり、また一時はシナリオライターのトレーニングもしたが今では単なる夢に過ぎなかったことがわかる。
またある日、新宿にあった海外青年協力隊の本部を訪れ「ぜひ青年協力隊員として派遣してもらいたい」と応募しようとしたときのことだが、私の大学の先輩と称する本部の職員がそっと私を呼び「ここは大卒で国内にいくらでも就職が可能な青年のくるところではない。君はどこでも就職できるのだから海外青年協力隊に応募しないほうが良い」とサジェスチョンしてくれた。

 もしあの時そうした先輩がいなければまた違った人生を送ったはずだと思うと一回限りの人生をサラリーマンで過ごしたのが良かったのか疑問に思う。人生は何回もやり直せないという一回限りの生だが、それが今となってはとても残念に思うことがある。

あれもこれも」ではなく「あれかこれか」といったのはキルケゴールだがその意味を74歳になってようやくわかるとは・・・・・・

 

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