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(2.2.13)  人類衰亡史序説 ロシア その1

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 ロシアの人口は約1億5千万人で一方日本は約1億3千万人だから差はほとんどない。しかし国土面積から言えばロシアは日本の45倍もあるから、シベリアなどスカスカで多くのロシア人がモスクワ周辺のヨーロッパ側に住んでいる。極端に過疎の国だ。
人口動態は日本と同じで毎年のように人口減に悩まされている。特に白系ロシア人が子供をうまない。プーチン政権は子育て支援策を熱心に行っているがそうした効果はほとんどないのも日本と似ている。
最近のGDP伸び率は日本と同じ1%台だが、ロシアの一人当たりGDPは約1万ドルで日本が約4万ドルだから4分の1の水準だ。とても貧しく子育てまで資金が回らないのが実情で男はウオッカで気を紛らわせている。

 ロシアのGDPの推移はとても特徴がある。1991年のソビエトロシア崩壊でその後10年でGDPは半減してしまった。エリツィンが酒浸りになりながら国家資産を民間に払い下げていた時代で、国家独占資本主義のロシアが市場経済を導入していた時代である。
この惨状からロシアを救ったのがプーチンで2000年に大統領になると、払い下げをしていた国家資産を再び国家の下に再結集させた。最も資産家になった大富豪のロシア人が喜んで資産を手放すはずはなかったので、プーチン氏はあらゆる罪状をでっちあげて石油と天然ガスの利権を国家に取り戻した。

 ロシアでは反対者は秘密裏に殺害するのが常套手段で、KGB出身のプーチン氏が最も得意とする手段である。特に民主派と称されるジャーナリストは100人単位で殺害され、プーチン氏と敵対した大富豪のベレゾフスキー氏はイギリスに亡命したもののそこで秘密裏に暗殺された。どこに逃げても秘密警察の追跡から逃れられないということだ。
プーチン氏が石油と天然ガスの会社を再び国家管理に置いたことでロシア経済は成長軌道に乗り2008年のリーマンショックまではわが世の春のような状況だった。石油価格が140ドルにも跳ね上がり、有り余った資金を基金として積み上げていた時代である。

 2008年のリーマンショックで大きな痛手を受けたロシア経済だが、特につらかったのが石油価格が15年12月に30ドルまで落ち、この時がロシア経済の最悪期だった。15,16年とマイナス成長になり、プーチン反対デモがモスクワの街を練り歩きプーチンの運命もここまでかといわれていた時だ。
しかしプーチン氏は強運に恵まれ16年から18年まで原油価格が反転し80ドルあたりまで回復した。
ロシア経済はいたって単純で原油と天然ガスの価格で決まる。なにしろ輸出の約6割がこの原油と天然ガスであり、国家収入の約4分の1がこうした会社からの税金によって賄われている。

 そしてここがポイントなのだがロシアの原油の産出コストは約50ドルと推定されており、それ以上の時は基金が積み上がり、それ以下の時は基金の取り崩しか緊縮予算の作成になる。
18年の11月ごろには80ドルで再びわが世の春だったプーチン氏だが、そこから原油価格はまた値下がりに転じ最近は50ドルを境に上下している。中国の経済が息切れし原油購入量が減少してきたためだ。
再び緊縮予算の季節が訪れ社会保障費を削らざる得ないのだが、そうなると貧しいロシアの民衆がさらに貧しくなり、「あの共産党時代がよかった」とソビエトロシアを懐かしみ共産党の勢力が拡大する。

 19年度はかろうじて1%台の成長になったが、原油価格は50ドル台に張り付いたままになっている。プーチン氏の強運はまだ続くだろうか。それとも原油価格が再び40ドルに近づきロシア経済を再生させることができなくなるだろうか。すべては中国経済の動向に左右されるのだが邯鄲の夢が終わった中国に期待するのはやはり無理だろう。








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