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(2.1.27) ようやく病院から戻ってきた。

2023_012

 やれやれという感じだ。この年になって手術を受けたのは何とも気力と体力を消耗する。
脊椎間狭窄症とすべり症の合併症の手術を市川市の総合病院で受けたのだが、およそ20日間の入院になった。
ここには脊椎専門センターがあり医師もとても優秀と聞いていたので思い切って手術を依頼した。
幸い手術は成功し今はあれほど悩んでいた間欠歩行(100m程度あるくと右足の外側が痛んで歩けなくなり休息をとる必要がある)はなくなり、実にゆっくりとではあるが休むことなく歩くことができる。

 今は自宅でリハビリ中であり階段を上ったり家の周りを歩いたりしている。手術直後は右足に痛みを伴うしびれがあったが、徐々に痛みもしびれも取れてきてそのうちに全快しそうだ。
これでもしかしたら登山も再開できるかもしれない・・・・・・」などと夢は膨らんできたが今は何はともあれリハビリに専念している。

 私が本格的に入院して治療を受けたのは、36歳の時の真珠腫性中耳炎の手術でその時も約20日間の入院だった。当時と比べると、今回は病室は明らかにきれいになりプライバシーにも配慮され看護師さんは概して親切でやさしくなっていた。手術の痛みの除去のための痛み止めもよく効き、前回は2日間痛みでうなっていたが、今回はそのようなこともなく入院そのものはずいぶん楽になっている。
それでも20日間はやはり長い。筋肉が衰え足腰の力がなくなり何をするのもおっくうになる。

 手術前は自転車を乗り回していたが、かみさんが自転車を友人に預けてしまったので自転車に乗ることができない。ひたすら歩くしかほかに手段がなく駅前のジャスコまで往復3km余りを実にゆっくりと歩いており、私より遅いのは足の障害があって杖を突きながら歩いている私と同年輩の老人だけだ。
歩くのがこんなに大変だったとは思わなかった」というのが実感で歩くのは生きるための基本であることがわかる。

 入院中は塾のほうは休んでいたので今週の木曜日から再開することにした。現在高校生3名の指導を行ってきたが。1名は今年受験で幸いにも合格しそうだ。
残りの2名は現在2年生なのであと一年、もうひと頑張りしなければいけない。
教えているのは数学と物理と化学で入院中もそうした関連の問題集を解いていたら「山崎さんは高校の教員ですか」とよく尋ねられた。
73歳でいい老人なのだが、頭に帽子やバンダナを巻いていると年齢不詳になって外部からはとても若く見られてしまう。

 手術を受けた病院ではその後2週間余りリハビリ室でリハビリを受けたのだが、筋肉隆々で一見すると何も悪くないように見えるらしく「あんた何でリハビリを受けているんですか」などとよく尋ねられた。
だが、何はともあれ退院した。今は毎日入院前の体力に戻そうと柔軟や筋トレを再開している。間欠歩行もおさまり、そのうちに通常の速度で歩くこともできるようになるだろう。
本当に体力が戻ったら記念に孫を連れて尾瀬に行きたいと思っている。それまでの頑張りだ。

 

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