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2020年1月

(2.1.31) 人類衰亡史序説(中国)その1

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 中国経済と社会が衰亡し始めた聞くと、多くの人は不思議に思うだろう。しかしこれは事実なのだ。
中国経済についてみれば昨年度は6.1%の成長を遂げたことになっているが、この数字をまともに信じている人は中国のエージェント以外にはいない。6%などという数字は他の先進諸国がせいぜい1~2%の成長の時に驚異的な高成長だが、その中国の貿易相手国の経済は散々だ。
中国最大の貿易相手国はドイツだが、ドイツの経済成長はほぼ0%であり、全く成長が止まってしまった。また韓国も中国が最大の貿易相手国だが、毎年のように成長率は低下し昨年は1%台になるところを無理矢理の政府支出でかろうじて2%にとどめた。しかし民間企業の活力は全く失われ自慢のサムスンも営業利益が半減している。

 中国に進出している日本企業の業績も散々で、日本電産、キャノン、資生堂などはいづれも大幅な減益に迫られた。またアメリカ企業は特に米中摩擦の影響があり、アップル、ヒューレット・パッカード、デル等が主要な生産拠点を中国からベトナム等に移転させている。このため蘇州の工業団地はスカスカの状態に陥って日本の苫小牧の工業団地に似てきた。
公表6%高成長の中国の内実はそうしたものだが、なぜそれでも6%かといえば、これは中国独特の政治体制のためだ。

 中国では共産党一党独裁で例えば地方の省のGDPの報告の最終責任者は省のトップの共産党員である。またその数字の結果査定されるのも省のトップの共産党員だから、こうなると数字がどうなるかは小学生でもわかることだ。
父ちゃん、僕、算数で100点取ったよ」「すごいな坊主、どれテスト結果を見せてみろ」「父ちゃん、先生がテスト用紙をすぐに回収してしまったのでないけれど百点だ
中国では国家統計局の長官がしばしば「統計でうそを上げるな」と警告しているが、もし6%以下の数字を上げようものなら共産党の序列がたちまち引き下げられてしまうのでだれもが無視し、党中央が指示した数字を達成しているとどの省長も国営企業の責任者も上げるので、どうにもならない。
これは報告する人間と査定される人間が同じという共産党一党独裁の弊害で、全く同じことがソビエトロシアでも起こってとうとうソビエトロシアは崩壊してしまった。

 中国の実質経済成長率は全く分からないというのが実態だが、それでも相対的に信頼できる貿易統計や中国進出企業の業績等から推測して他国と同様の1~2%程度とみなすのが一般的な見方だ。
その中国経済に激震が走ったのが武漢を中心に蔓延しているコロナウイルスの発生だ。患者数は8000名近くになっているが、毎日2000名程度の割合で増加しているので今世紀最大のパンデミックになる可能性がある。
2003年にはSARSが同じく中国で発生したが、なぜ中国で正体不明の感染症が発生するかは中国独自の食習慣にある。

 中国料理は思いっきり熱を加えてアツアツで食べるのだが、私は長い間なぜこれほど熱を加えるのか不思議だった。日本では刺身というような生の文化があり、中国料理はその対極にあったからだ。
実はこの熱を加えるということは細菌やウイルスを一網打尽に煮沸消毒しているのだと後で知ったが、中国人は食べれるものなら何でも食べるからだ。一般にゲテモノ食いといわれるが、歴史的に見ると中国社会は貧しく食べれるものはなんでも食べなければ生存できなかったことによる。
このなんでも食べる中に病死した豚や牛等がいて、日本では殺処分されるような病原体を持った動物を食べている。その際行われるのが熱処理でこれでほとんどの病原体やウイルスを殺すことができる。
しかし中には熱に強いウイルスや処理しそこなったウイルスが生きていて、これが10年に1回程度の割合でパンデミックを引き起こす。

 現在武漢は対外的に封鎖されており、また海外旅行も国内旅行も団体ツアーは禁止されているので、中国国内は閑散としている。コロナウイルスの騒動が収まるまでは動くこともできない。SARSの時は四半期統計でGDPが2%程度低下したといわれているが、今回の影響はそれ以上だろう。中国には中国特有の弱点があり、この正体不明のウイルスによるパンデミックは中国社会が持つ病巣と言っていい。
今回の騒動で中国経済はマイナスになるだろうが、統計だけは相変わらず6%成長を達成したことになるのもいつものことだ。

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(2.1.30) 人類衰亡史序説(日本)その4

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 日本を含む世界各国が明らかに衰亡し始めた顕著な証拠がある。

日本に典型的に出ている兆候は自然災害が多発し、その規模が毎年拡大している。

昨年は台風15号と、19号という過去に例を見ない強烈な台風に襲われた。台風15号は風台風であり私の住んでいる千葉が直撃された。
南房総地区の家屋の屋根は吹き飛ばされその後ブルーシートでの応急処置はされたものの、いまだに屋根はブルーのままだ。屋根職人がおらず復旧がはかどらない。

 また19号は過去に例を見ない雨をもたらした。この台風で年間雨量の3~4割が降ったというのだから半端ではない。
千曲川や阿武隈川の堤防が決壊し、田畑や多くの家屋が濁流にのまれてしまった。水害の被害にあうと家じゅう泥だらけになり使用していた家具や畳は捨てるよりほかなく、公園や道路わきには捨てられた家具等が山積していた。
この水害での被害総額は1.6兆円と見積もられ、これは昨年度に起こった世界の自然災害の第2位になっている(1位はカリフォルニアの森林火災で被害総額は2.7兆円)。

 政府は国土強靭化対策に乗り出し堤防の整備や老朽化した下水道等を整備しなおす計画だが、残念ながらこうした対策をとっても自然災害の規模は毎年拡大していくだろう。
なぜなら今回襲った15号は過去に例を見ない風台風であり、19号は過去に例を見ない雨台風だったが、災害対策は過去の最大規模の災害規模を想定してなされるのが普通であり、想定を毎年のようにしのぐ台風に襲われては手の施しようがないからである。

 さらに言えば19号の雨台風でlここ千葉市周辺では小河川の氾濫が相次いだ。普段は小川といっていいような川とは言えない場所で洪水が多発し、その周辺の家屋が泥に浸かってしまった。こうした小河川まで災害対策をすることは経済的にもまた実質的にも不可能で、対応としてはそうした場所からより安全な場所に移転する以外に方法はない。

日本の山村や農村地区は毎年のように過疎化が進んでいるが、洪水の被害も過疎化を加速化させる。

 自然が毎年のように猛威を振るい、しかもその規模が年々拡大しているのは地球が温暖化して台風等がそのエネルギーを吸収し巨大化しているからである。
現在中国、アメリカ、インドの3か国は温室効果ガスの約3分の2を放出しているが、いづれも温暖化対策には消極的であり、その結果地球上にエネルギーがあふれかえっている。
もはやなすすべのない段階に達しており、中国やインドは干ばつと洪水、アメリカは森林火災とハリケーン、オーストラリアは日本の面積に相当する森林火災に見舞われている。いづれも被害額は1兆円を超える。
そして日本は過去に例を見ない台風に襲われた。

 いくら生産を拡大しGDPを増加させてもその増加分を帳消しにする災害が多発しつつある。人間は悲しいほど欲望の塊であるが、その欲望のままにふるまえば地球(ガイヤ)からの復讐を受け、富の消失が富の創出を上回ることは確かだ。
日本はその最前線にあり、昨年は15号と19号という激烈なパンチを浴びた。そして今年もそれを上回るほどの災害が発生するだろう。
中国人やアメリカ人が反省して温室効果ガス削減に取り組むとはとても思われず、こうして人類は確実に衰亡の淵に立っている。

 

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(2.1.29) 人類衰亡史序説(日本)その3

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 昨日衰亡の兆候を見る指標として人口推移とGDPがあると記載した。人口推移は昨日詳説したので今回はGDPの推移を見る。
私が初めてGDP(当時はGNP)という言葉を知ったのは、大学でサミュエルソンの「経済学」を学んだ時である。
一国の一年間の富の創出を計測する方法は財とサービスの付加価値を集計するというものだが、何ともわかりずらかった。
しかしどうしたら付加価値を計測できるのだろうか、企業の収益の合計を足せばいいのだろうか??????
実際は付加価値の計測そのものは不可能なため、各種の統計(家計調査、生産動態統計、国際収支等)を基に統計的手法で推測を行っていることは後で知った。
なんだ、統計でいう標本調査で標本から母集団を推計しているだけか・・・・・・・・

 現在マスコミで毎日のように語られるGDPは統計上の推測であり、日本の場合はかなり生真面目に推計を行っているが中国などでは単に党中央の目標数字を追認するための統計操作に過ぎない。本来統計が推測に過ぎなければいかようにも操作が効く。
ところでその日本のGDPが1990年前後のバブル崩壊以降ほとんど伸びなくなり、時によってはマイナスになってしまった。
消費者物価は1998年以降低下し始め、それは安倍内閣の登場まで続いていた。
日本経済が完全に変調をきたしていたことは確かだが、だれもその原因がわからなかった。一時的なリセッションと思われていたからだ。

 時の自民党政府はケインズの財政金融政策をフル活用し、毎年赤字国債を積み上げては道路、飛行場、港湾、漁港等の整備を行ったが、そうした効果は一時的であり翌年はまた同じ公共投資を行わなければならなかった。作ったものに使用価値はなく北海道の道路はヒグマとキタキツネの遊び場になり、飛行場はぺんぺん草が生えて飛ぶ飛行機は1週間に1便程度で、それもガラガラの状態であり、港はできたが停泊する船はないというありさまだったからである。
金融も超低金利にしたが、おかげで資金の価値はなくなり金融機関は利息での商売ができなくなった結果、倒産や合併が次々に起こった。
日本を代表する長銀や、日債銀や拓銀が倒産したのもこのころである。
ケインズ政策が全く効果がなくなったのを見て政策担当者は途方に暮れてしまった。
なんだ、何が起こったのだ。日本経済はどうしたのだ・・・・・・・・・・・・」

 実際は物やサービスがいきわたった結果これ以上の生産を増やしても仕方ないほどものがあふれてしまったからだ。こうした状況はアメリカで特に顕著で、そして日本も物過剰の時代に入ってしまった。
こうした時はケインズ政策をいくら実行しても経済のカンフル剤にはならない。物やサービスは過剰なほど有り余っているのだから、なおそれでもGDPを増大させるには、資本主義経済を投資経済から投機経済に転換するしか方法は残されていない。

簡単に言えば政府・日銀により不要とも思われる資金供給を行いそれで投機財(株式、自分が使用することのない不動産、ある種の希少金属等)の値上がりで、結果的にGDPを増加させる方法である。


 アメリカではリーマンショック前にすでに投機経済に陥っており、サブプライムローンといういかさま商品で経済をあおったが、リーマンショックからの立ち直りも相変わらず無制限といえるほどの資金供給で投機経済の失敗を新たな投機経済で救う方法だった。
FRBのバーナンキ議長が「景気を回復させたければヘリコプターで札束をまめばいい」といった超金融緩和策である。
日本でこのバーナンキ流の金融緩和策をとったのは安倍政権になってからで、黒田日銀とタイアップして毎月10兆円規模の資金を印刷して市場にばらまいた。
その結果株価は急上昇し、長く低迷していた不動産価格も都市部を中心に上昇に転じた。こうした金を印刷してばらまく方法は、MMI(現在金融理論)と呼ばれているが、簡単に言えばインフレが起こらない限り金を印刷してばらまけということである。

 

 日本が1990年以降投資経済から投機経済にシフトしていたのは確かだが、多くの論者や政策担当者はそれを認めなかった。例えば日本の経済思想界をリードしていた長谷川慶太郎氏は「日本は物つくりの国」だと鬼籍に入るまで主張していたし、政策担当者も日本の製造業の復活を願って半導体メーカーの支援を行っていた。
ようやく日本経済が投資経済ではなく投機経済に入ったことを認めたのは安倍政権で、毎月10兆円規模の資金供給でただひたすらそれ自体は価値もない株式や不動産や仮想通貨やIR(とばく場)の値上がりによる経済復興を遂げようとしている。

 確かに安倍政権になり消費者物価は上昇に転じ、毎年1%前後の成長になっているが、果たしてこうした成長が必要なのかはまた別問題だ。資本主義文明は17世紀以降世界中に財とサービスの増大をもたらし、日本をはじめとする多くの国民の生活を豊かにしてきたが、しかしいつまでも財とサービスの増加が続くと考えるのは、身長がいつまでも伸びるというのと同じようにばかげた主張だ。
自身のことを考えてみればわかるが、電化製品は行き届き、家も十分あり、医療も申し分なく、情報も瞬時にわかるようになって、なお拡大が必要かという問題である。

  モノやサービスの増大を目的に拡大してきた資本主義文明は20世紀の最後の10年でアメリカと日本で限界に達その後はこの文明の衰退期に入っている。投機経済というのがそれでこうした投機だけになり下がった資本主義文明にもはや未来はない。
それでもそれを支えるためには金を印刷して市場にばらまくほかになく、麻薬患者がより強い麻薬を求めているのに似ている。
この投資経済から投機経済への移行はEUや韓国や一部中国にも表れておりいづれ世界中を席巻するだろう。

そしてその最後は1929年の大恐慌やリーマンショックをより大規模にしてあらわれ、その時資本主義文明は終息することになる。


 

 

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(2.1.28) 人類衰亡史序説(日本)その2

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 人類が種として衰亡している最前線はこの日本である。衰亡は二つの指標で判断できるが一つは人口推移でありもう一つはGDPの推移である。
一般にその社会が現在の人口を維持するための合計特殊出生率は2.07といわれ、単純に言えば結婚可能な男女はすべて結婚し、さらに子供を平均二人産む社会である。
しかし日本はこの基準から大きく外れてしまい、そもそも男女が結婚しなくなってしまった。

 政府発表の婚姻率の推移を見ると、戦後すぐは約80%だった婚姻率は今は50%になってしまった。結婚適齢期の男女の約半分は結婚をしないし、さらに結婚しても合計特殊出生率は1.4前後でとても人口を維持できない。
実際日本の人口は2005年前後から低迷し今は100万人レベルで減少している。

 なぜ適齢期の男女が結婚しないかといえば、結婚する必要がないからである。私が子供のころの約60年ほど前は結婚するのが当然でもし結婚していない男女がいればそれは何らかの肉体的精神的欠陥者とみなされていた。
当時は働いているのは男子と決まっており女性は家庭で子育てするという明確な分業が成り立っていた。したがって女性は婚期になれば何としても結婚しようと焦ったものである。

 今でも覚えていることがある。私の住んでいた八王子は織物の産地であり、多くの女性が内職として機織りをしていた。たまたま友達の家に遊びに行ってかくれんぼをしていた時にそうした機織りをしている女性を窓からのぞいたことがある。

おばちゃん、今何しているの」と興味があったので聞いたのだが、その時の女性の形相を今でも忘れられない。

鬼のような顔つきになり、怒りに任せて窓を閉めてしまった。
私は友達に「おばちゃんに怒られた」といったら、友達が「あのひと結婚できないので怖いんだ」と教えてくれた。
当時おそらく30歳程度だったその女性は子供から「おばちゃん」と呼ばれたことで我を忘れるほど怒りがわいてきたのだろう。
くそ、こんながきにも馬鹿にされた!!!

 だがあれから60年、今や結婚しないほうが多くなり私の周りにも独身者だらけになっている。女性にとっては結婚せずとも十分生活できるし特にキャリアウーマンになれば給与は男より高い。
結婚するなら背が高くハンサムで高学歴で大企業の職員じゃないとやね」などと考えており、しかしそうした男子は少ないから結局は結婚しないまま人生を終えることになる。

 また結婚しても子供は一人か二人であり、それ以上子供を産む家庭はまれだ。なぜそうなるかは子育てに莫大な費用が掛かるからで、最近でこそ行政の支援が厚くなったがさすがに塾やおけいこごとの費用までは補助してくれない。
だが塾に行って特殊な受験勉強をしない限り有名校には入れず、大学も二流以下になってしまう。
子供ができがよく勉強好きで望みどおりの著名校に入ってくれれば親として支援のし甲斐があったというものだが、多くの場合は金をかけてもその成果はほとんど上がらない。
親父がパーだから俺もパーだ」などと居直られて思わず人生を呪いたくなる。

 かつてといっても日本が農業社会だった戦前までは子供は多ければ多いほどその家庭は裕福になった。小学校を卒業するころから農作業の重要な担い手であり、労働の対価は飯だけだったから剰余価値はすべて親のものであり、親は子だくさんの恩恵を得ていた。だが日本が農業社会から脱皮すると子供は働き手ではなく単なる馬鹿高い消費財になってしまった。親から見れば子供を産むインセンティブがなくなったのである。

 こうして日本では適齢期の男女は結婚せず、結婚しても子供をほとんど産まなくなったので人口が急激に減少している。さらに悪いことに私のような老人比率が劇的に増加し今では65歳以上の高齢者の割合は30%近くになり、世界最高の高齢社会になってしまった。
高齢者になればすることといえば病院通いだけであり、現在日本において唯一の成長産業は医療と介護になっている。
先日まで私も入院していたのでよくわかったが、病院には歩くことができずしもの世話もできず、看護師の補助でいきている人がうようよしていた。
私も腰の手術でよたよたしていたから同じようなもんだが、それでも一人で便所に行けていたので寝たきり老人から見れば健康そのものに見えただろう。

 今や日本は人類として完全に衰亡期に入っている。子供は少なく多くは病気がちの老人ばかりだ。毎年のように人口が減少するから特に地方は空き家だらけになり、限界集落があちこちに現れている。
私の住んでいる千葉でも郊外に出れば放棄された耕作地ばかりであり、そこはキジやイノシシの格好の遊び場になっている。
今ではキジを見かけない日はなく、夕方になればイノシシの天下だ。
こうして種としての人類が衰亡するにつれ他の今まで人類によって押し込められていた他の種が闊歩し始めた。実に麗しい風景だ。
  


 


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(2.1.27) 人類衰亡史序説(日本)その1

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 私は現在73才であり、日本人の男の平均寿命からしてあと10年程度の命だろう。私はこのブログを10年以上続けてきたが、その最後として種としての人類の衰亡史を記載して終わろうと思っている。
種としての人類とはこの地球上には多くの生命が存在し、ライオンもオラウータンも、そしてミミズも種としては人類と同じだという認識からはじまる。ながく人類は特別な存在であり、生物学の法則の埒外におかれ永遠に繁栄するものと考えられてきた。

 生物学の法則とは例えばネズミが一時的に大発生すると食料としての穀物を食べつくし、またネズミを餌とするフクロウのような捕食者がネズミを餌に数を増やすので、ある一定の期間を見るとネズミの数は一定の範囲に収まり特別にネズミだけが地球上にはびこることはないという法則である。
しかし人類に関していえば17世紀にはじまる産業革命の恩恵を得てその数を加速度的に増大し、食糧生産も農業革命で十分な量を確保でき人間の捕食者など皆無だから生物学の法則の埒外で永遠に繁栄すると最近まで信じられてきた。
実際世界の人口は産業革命時に約10億人程度だったのが現在では77億人と約8倍程度に増加している。

 そしてそれを支えた思想が進歩史観であり、人類はいつまでも進歩し続け経済的にはGDPが毎年のように増大するというものだった。
しかしその進歩史観が全く当てはまらない国が表れた。日本である。
1990年初めのバブル崩壊以来日本のGDPは低迷し、1%前後の成長になって早30年近くが経過している。その間為政者は当初ケインズ理論による政府の財政介入で、日本国中に高速道路や空港や漁港を作りまくったが、そうしたインフラが経済を飛躍させることはなくほとんどは無駄にメンテ費用ばかり掛かる荷厄介になってしまった。
ケインズ理論の限界を見た安倍内閣は急きょ紙幣増刷によるマネタリストの理論に替え、毎月10兆円余りの資金を市場に放出したため株式や不動産といった投機商品の高騰により表面的にはデフレも収まり1%程度の緩やかな成長軌道に入っているとされている。
しかし1%前後の成長が本当に成長だろうか、実際日本経済は30年間の長期停滞にあるというほうが正しい判断なのではなかろうか。

 こうした日本経済の停滞を見て韓国や中国は日本の轍を踏まないように注意深くはなっていたが、今や韓国も2%以下の成長に陥り、中国は統計操作だけで6%前後の成長をしていることになっているが、その中国からあるはずの資金が消えつつある。一帯一路とキャッチフレーズだけは華々しいが、中国の借款を返済できる低開発国など皆無だから、代わりの担保として港湾や鉱山の採掘権を中国に握られている。
これを新植民地主義として糾弾する論者が多いが、中国から見たら単に踏み倒される資金の見返りにそうした施設や鉱山を得ているだけであり、「なら金を返してくれ。こっちだって資金繰りが苦しいんだ」というのが本音だろう。

 日本に起こった低成長が今やヨーロッパ、ロシア、中国、韓国で起こっており、まだ成長神話に浸っているのはアメリカぐらいになってきた。なぜアメリカだけが成長しているように見えるかは別途論述するが、21世紀に入り世界経済は急速にストップし始めた。
何が起こっているのはわからない人が多いが人類が種として衰退を始めたからである。
日本に典型的なのは人口減と高齢化である。図書館などは高齢者であふれかえっている。毎年100万人程度の人口減少になっており、安倍首相が日本人口を何とか1億人程度確保すると悲壮な決心をしているが、その1億人のラインを割るのもそう遠くない将来に起こりそうだ。

 私の小学生時代の人口は約8000万人だった。今より5000万人程度少なかったのだが、当時「日本は貧乏で国民全員を食わすわけにはいかないから南米移住をしてほしい」とずいぶん勧誘されたものである。私の父親も「次郎、ドミニカに移住しないか」などと政府発行のパンフレットをもらって熱い思いに駆られていた。
しかし現在では日本人の若者は結婚をせず、子供を産まないから南米に移住しなくても十分人口は減少する。
日本人が世界に先駆けて人口縮小大国になったのは喜ばしいことで、いずれ世界の他国の人々もこの日本の人口減少を自国のこととして受け止めるだろう。
そして「一体人類はなぜこうも弱くなったのか」とため息をつくだろうがそれが人類の種としての衰退だと気づく人は今はあまりいない。」

 

 

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(2.1.27) ようやく病院から戻ってきた。

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 やれやれという感じだ。この年になって手術を受けたのは何とも気力と体力を消耗する。
脊椎間狭窄症とすべり症の合併症の手術を市川市の総合病院で受けたのだが、およそ20日間の入院になった。
ここには脊椎専門センターがあり医師もとても優秀と聞いていたので思い切って手術を依頼した。
幸い手術は成功し今はあれほど悩んでいた間欠歩行(100m程度あるくと右足の外側が痛んで歩けなくなり休息をとる必要がある)はなくなり、実にゆっくりとではあるが休むことなく歩くことができる。

 今は自宅でリハビリ中であり階段を上ったり家の周りを歩いたりしている。手術直後は右足に痛みを伴うしびれがあったが、徐々に痛みもしびれも取れてきてそのうちに全快しそうだ。
これでもしかしたら登山も再開できるかもしれない・・・・・・」などと夢は膨らんできたが今は何はともあれリハビリに専念している。

 私が本格的に入院して治療を受けたのは、36歳の時の真珠腫性中耳炎の手術でその時も約20日間の入院だった。当時と比べると、今回は病室は明らかにきれいになりプライバシーにも配慮され看護師さんは概して親切でやさしくなっていた。手術の痛みの除去のための痛み止めもよく効き、前回は2日間痛みでうなっていたが、今回はそのようなこともなく入院そのものはずいぶん楽になっている。
それでも20日間はやはり長い。筋肉が衰え足腰の力がなくなり何をするのもおっくうになる。

 手術前は自転車を乗り回していたが、かみさんが自転車を友人に預けてしまったので自転車に乗ることができない。ひたすら歩くしかほかに手段がなく駅前のジャスコまで往復3km余りを実にゆっくりと歩いており、私より遅いのは足の障害があって杖を突きながら歩いている私と同年輩の老人だけだ。
歩くのがこんなに大変だったとは思わなかった」というのが実感で歩くのは生きるための基本であることがわかる。

 入院中は塾のほうは休んでいたので今週の木曜日から再開することにした。現在高校生3名の指導を行ってきたが。1名は今年受験で幸いにも合格しそうだ。
残りの2名は現在2年生なのであと一年、もうひと頑張りしなければいけない。
教えているのは数学と物理と化学で入院中もそうした関連の問題集を解いていたら「山崎さんは高校の教員ですか」とよく尋ねられた。
73歳でいい老人なのだが、頭に帽子やバンダナを巻いていると年齢不詳になって外部からはとても若く見られてしまう。

 手術を受けた病院ではその後2週間余りリハビリ室でリハビリを受けたのだが、筋肉隆々で一見すると何も悪くないように見えるらしく「あんた何でリハビリを受けているんですか」などとよく尋ねられた。
だが、何はともあれ退院した。今は毎日入院前の体力に戻そうと柔軟や筋トレを再開している。間欠歩行もおさまり、そのうちに通常の速度で歩くこともできるようになるだろう。
本当に体力が戻ったら記念に孫を連れて尾瀬に行きたいと思っている。それまでの頑張りだ。

 

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(2.1.3) ゴーン氏が逃亡し、日産の経営は奈落に落ちようとしている。

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 日産の元会長カルロス・ゴーン氏がひそかに日本を脱出しレバノンに滞在しているというニュースには驚いた。「確かパスポートはすべて弁護団が保管していたはずなのに・・・・・
なにかアメリカのスパイ映画のような展開だが、日本の司法当局は完全に裏をかかれ、世界的に日本の司法制度が適切に機能していないことが明らかになってしまった。
だから保釈はだめだといってきたではないか・・・・」担当検事はほぞをかむ思いだろうし、保釈を認めた判事は自己の判断が誤りだったと恥ずかしくて人前に出られなくなり、弁護団は弁護すべきゴーン氏がいなければ弁護のしようもなくなってしまった。

 ゴーン氏はレバノンから「私は有罪が前提とされ、差別が蔓延し基本的人権が否定されている不正に操作された日本の司法制度の人質でいることはできない」と世界に向けてアピールしている。
思わず笑ってしまったが、私はゴーン氏のこのアピールは正しいと思っている。

 そもそもゴーン氏が最初に逮捕された容疑が「有価証券報告書にまだ支払っていない役員報酬を未記載にしたことだ」というのはほとんど言いがかりだ。支払っていなければ掲載しないのが当然で、かえって記載しようものなら利益の圧縮とみなされて税務監査の対象になってしまう。
検察当局もこれではあまりに見え透いた容疑と思ったのか、次に会社法違反(特別背任)の罪を付け加えたが、これは日産の費用で世界各地にゴーン氏の私的な不動産を購入したというものだった。
しかしこの立証は実際はかなり難しい。不動産はレバノンやブラジルやフランスにあるのだが外国のため証拠固めが難しく、また会長がこうした不動産を使用していても「顧客に対する接待用不動産」だという抗弁がいつでも成り立つので、これで有罪にするのは難しいだろう。

 なぜこうした無理な容疑でゴーン氏を会長から引き釣り下したかというと、ゴーン氏が日産をルノーの完全子会社にし、日産をフランスの会社にすることをフランス政府と密約したからだルノーの最大の株主はフランス政府)。
これに慌てた通商産業省が日産の日本人幹部と東京地検を抱き込んで、とりあえずゴーン氏を会長から引き釣り下したというのが真相であり、通商産業省としてはてしおに育てた日産がをフランス政府にむざむざ乗っ取られることが我慢できなかったからだ。
なんでもいいからゴーンをとっ捕まえて拘束しろ。容疑はでっちあげろ!!」ということで容疑などは何でもよく、また裁判で勝てなくてもゴーン氏を会長職から引きずり下ろせればよかったのだ。

 こうして首の皮一枚で日産は日本の企業として残ったが、ゴーン氏追放後の日産の業績は瞬く間に悪化し、ひところ営業利益が1兆円になりそうにまでだったのに今では1500億円まで低下し、しかもこの先どこまで悪化するかわからない状況になってしまった。
ゴーン氏あっての日産で、残った日本人幹部はいづれも無能なため、日産の苦境を立て直すことなどとてもできない。
また頭を下げてゴーン氏に会長職に戻ってもらわなければ日産は再び倒産しそうな状況になっている。
 
 企業の立て直しは特に難しくだれでもできるものではない。特に日本人の無能な幹部ができるはずはなく、日産は再び倒産前夜になろうとしている。せっかくゴーン氏がその辣腕で立て直した日産を通商産業省と日本人幹部がつぶすのだから何ともひどい悲劇というほかない。

 



 

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