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(1.11.1) 大学入試改革頓挫 英語の民間委託再検討

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 来年4月から予定されていた大学入試試験の英語民間試験が延期されようとしている。鳴り物入りで導入を図ろうとしていた英語試験の改革がとん挫してしまった。文部科学省としては苦渋の選択になる。
今の大学センター試験の中で最も問題のある試験が英語であることは衆目の一致しているところで、何しろ3年間の高校英語教育がほとんど実務に役立たず、日本人の英語下手(特に会話)は世界的に笑われてきた。

 なぜ日本人が中学から(最近では小学校から)高校まで実にまじめに英語の勉強をしながらまともな会話一つできないかというと、英語教育の中心が読むことと文法に特化され、最近でこそ若干ヒアリングが加わったが、実質的にはリーディングと文法しか教わってないからである。
私は高校生に数学や物理や化学を教えているが、英語を教えてほしいと頼まれた場合は断っている。
理由は高校で教える英文法が全くと言っていいほど理解できないからで、通常の英文なら読むことができるのに英文法となるとさっぱりだ。
読むのに支障ないのになぜ英文法が必要なのだろうか?」疑問に思うが、高校教育の英文法はネイティブでも理解できないような複雑怪奇な文法を教えており、実際にネイティブがそのような構文を使用することはめったにないからである。
 
 私の息子の嫁はオーストラリア人であり一時高校で英会話の補助教員をしていたが、「文法はなんのことだかさっぱりね」と笑っていた。英語をすでに身に着けたものからすれば文法など何も考えずに日常生活をしているから無用の産物であり、また必要な文法基礎は中学で十分学んでいるので高校の文法ははっきり言えば無用なのだ。
しかし高校英語では読むことと文法が必須で英語教育もそのように時間配分されている(高校では文法を英語表現といっている)。

 これでは実用英語が身につかないのは当然で、本来使用してなんぼの英語が学問になっており、大学の入試試験でも「文法を知らなければ入学させない」とばかりごってり文法問題が出るので受験生は必死になってネイティブも知らない文法を記憶している。

このため世の中からあまりに離れた英語教育に実業界からクレームが付き、文部科学省も重い腰をようやく上げて入試改革に乗り出したが、実際にスピーキングの能力を見ることが入試試験では難しいため、その試験を民間会社に委託しようとしてつまずいた。


 数社が指定されそのどれでもよく年間2回受けることになったが、民間会社はそれぞれ試験に特色があり大学側からすると横並びで評定することができなくなってしまった。こうした問題点のある所に萩生田文部大臣が「身の丈に合わせて受験してほしい」などと発言したので火に油を注いでしまった。
例えばA社の試験とB社の試験と大学でどのような配点をしたのか受験生はわからないから、身の丈をはかりようもないのだ。

  こうしてようやく改革の緒に就いた英語入試試験はまた振り出しに戻ってしまった。これでは相も変わらないリーディングと文法という実務にはほとんど役立たない技能しか高校生は勉強しなくなる。
私も古い時代の英語教育を受けたので、読むこと以外はさっぱりで、それも今では英文を読む必要はほとんどなくなり、必要なことはインターネットを検索すれば日本語でわかるし、また外国のニュースはNHKのBS1で同時通訳で放送しているので聞いていればわかる。

  現在外国から旅行者が押し寄せ、海外旅行をすることも増えているので旅行英語ができれば通常の人は何不自由なく暮らせるときに、まったく実務では使用しない英文法を高校教育のメインにしておくのは何とも無駄だ。そのための改革だったが民間試験を無造作に入れてそれで採点することにしたので失敗した。
大学入試は公平性が最も大事だから、現在の民間委託が公平性に欠けるのは事実で、大学も高校も受験生も大反対だからいったん再検討するのは致し方ないが、このままの英語教育では高校生にただ無駄な時間と努力を強いる現状は改善されない。


 

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コメント

英語の授業には文法:グラマーってのがありましたよね。あれはいったい何だったのでしょう。
そして私の時代は、もっぱら筆記体で書かされました。ビートルズのLPの歌詞カードなど周囲の情報は既に活字体になっているのに、まあサインくらいは筆記体が格好イイだろうけど、何で英文をこんなに「美しい」「流れるような」そして「とても読みにくい」スペリングをしなければならないのか。
テストでは、わざと活字体で書いたりしているうちに、いつの間にか周囲もそれが普通になりました。
高校一年の時、我が家に遊びに来たスイス人に、たどたど英語で話し、どのくらい英語を習っているのと聞かれ、四年と答えたら、ヘンな顔をされました。
あっ、こりゃおかしいぞ、とようやく思い至りました。会話ができなけりゃ、意味ないジャン。
我が国は、権威が一度固まってしまうと、なかなか柔軟に対応できないのですね。

投稿: バイオマスおやじ | 2019年11月 1日 (金) 18時41分

iハワイの友人からの代行投稿です

私はアメリカに住んで30年以上になりますが、日本で習う英語文法がかなり難解でややもすると逸脱してしまっているのは修正すべきだと思いますが日本人の高等教育を受けた人みんなが英語を話せる必要があるのかいつも疑問に思っています。英語教育はとても重要ですが、それはインターネット時代になったからこそ多くの重要な情報が英語で発信されているからであって外国の人としゃべれるようになるからじゃないと思っています。英会話ができるってそんなにすごいことなのでしょうか?こちらで「英会話だけできるヤツ」をたくさん見てきましたが薄っぺらいですよ。英会話なんて海外に出たい人とか外国人と意思疎通したい人が学べばよいのであって他国に占領でもされないかぎり国を挙げてやることじゃないような気がします。英語教育についてはインターネットの時代だからこそ読む力は以前に増して重要になっていると思います。私も重要な情報の7割以上は英語で得ています。残念ながら「英語が話せる人」でも英語の本が普通に読める人はそう多くありません。文法を実用的なものに修正してもっと読解力に注力した英語教育にすべきだと個人的に思います。最初に戻ってしまいますが読解力を付けるためには英文法はとても重要です(笑)

投稿: Masaru Teramoto | 2019年11月 4日 (月) 22時22分

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