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(30.11.5) 外国人に助けてもらう日本 安倍政権の入管法改正案

 長らく懸案だった入管法の改正案が国会に提出された。改正案の内容は単純労働でも5年間の在留資格を認めるというもので、従来は高度な特殊技能者だけ認めていた在留資格を拡大したものだ。
安倍政権が入管法の改正を急いだのは、日本から働き手がいなくなりつつあるからだ。毎年のように日本の人口は減少していて、その減少幅は増大し早晩100万人単位で減少することがほぼ確実になっている。

 しかも問題は残った日本人で増加するのは老人ばかりで、一方若者は減少し働き手はいなくなり、とうとう有効求人倍率は過去最高の1.64倍になってしまった。
農業、漁業、建設、清掃といった職場からは人が消えつつありこうした産業を維持することは現状では不可能になっている。

 日本人が消えつつある現状はすさまじく、北海道の北部や東部の酪農地帯に行くと放置され捨てられたサイロや牛舎が点々と続いており人の気配がなくなっている。
限界集落はその名の通りすでに生存の限界に達しており、まだ生き続けている日本の場所は東京や名古屋といった一部都市に限られてしまった。

 私の住んでいるおゆみ野は例外的に人口が増加している場所で、小学校の校舎を増設しているが、一歩おゆみ野を離れて周辺の農村地帯に行くと打ち捨てられた家屋ばかりが目に付く。農地はほぼ半分程度が雑草に覆われておりだれも耕作しないからキジやタヌキの住みかとなって、自転車で郊外の農道を走っているとそうした小動物と頻繁に遭遇する。
まさに田園あれなんとすだな」感慨深い。

 私のような老人はたとえ農村部が荒れて喪失してもただ感慨にふければいいのだが、そこに住んでいる人々にとっては死活問題だ。
老人になると病気ばかりだし、介護をしてもらわなければ生きていけない。しかしその介護従事者は労働条件の厳しさにねを上げて、さっさとより良い職場に去っていくので農村部等の限界集落ではだれも介護をしてくれない。

 今や地方では完全に日本人の生活基盤が崩壊しており、大都市以外は人が住める状況なくなりつつある。日本のインフラは1億3000万人を前提に整備されているが、人が減少すればそうしたインフラは不要になる。地方の小中学校は次々に閉鎖され、スーパーもコンビニも撤退するから買い物もできなくなってきた。

 安倍政権がこうした危機に対応して単純労働者の受け入れを決めたのは当然なのだ。農業や漁業は一部を除いて日本人の若者を引き付けられない。建設労働もつらいだけだからなり手がいない。介護士や病院は都市部に集中していて農村部や地方はこうした人材を確保できない。
地方自治体は存在基盤を失い、役所は立派だが住人がいなければ役人だけいても仕方がない。

 もはや外国人を入れるのは選択の余地などないのだが、日本人は世界的に見ても外国人嫌いで外国人の受け入れに本能的に反発する。
毛等に体を触られるなんてまっぴらだ
だが実際は日本人の介護者はいないから体を触ってくれる人はおらず、フィリピン人の介護者が来てくれたら涙を出して喜ぶのが実態だ。

 日本という国を維持するためには安倍内閣のこの決断は立派な決断だと評価できる。
外国人が嫌なら国も住民もただ死に絶えるだけなのだから、それよりははるかに評価できる英断なのだ。

 なお日本人がいかに外国人嫌いかは先にブログで記載したことがある。

(30.1.17) 日本人の外国人嫌い 相も変わらぬ攘夷運動と白鵬バッシング

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 日本人はとても優れた民族で、いつも誇りに思っているがどの民族にも欠点はあり、日本人のそれは異様なほどの外国人嫌いといえる。
それ例は枚挙にいとまがないほどで、江戸末期の攘夷運動がいまだに燃え盛っているといっていい。

 例えば介護士や看護師といった人材が日本は払底したため、フィリピンやインドネシアから3年程度の期限付きで働きに来てもらっているが、それ以上日本に滞在するためには信じられないほどの難関な国家試験を受けなければならない。
日本人でさえまともに読めないような専門用語を当初はフリ仮名もつけず出題していて、合格率が数%という弁護士試験並みの難関な試験だった。

 なぜこのような難解な試験を外国人に科し、私でさえ読めないような専門用語を厚生労働省は平気で読ませようとしていたかだが、これは意図的に外国人を追い返すための意地の悪い戦略だった。
たった一人といえどもフィリピンやインドネシア人を国内にとどめさせるものか!!!」

注)最近はあまりに排斥の意図が露骨なため諸外国からのクレームもあって、外国語での試験を認める方向になっているが、試験内容が難しいのは相変わらずだ。

 日本の難民認定者数が先進国の中で極度に少ないのは、こちらは法務省が全力を挙げて難民認定をしないようにしているからでドイツやフランスといった西欧諸国の数十万人規模に対し、日本の認定数は100人前後に過ぎない。
どうせ日本で職を得たいための偽装難民だから、さらに難民認定基準を強化してやる」
最近認定基準を強化して法務省は鉄壁のガードで外国人を追い出している。

 日本では日本人が毎年のように減少しており、しかも65歳以上の高齢化比率がすでに3割になんなとしていて、後20~30年の間に老人比率は5割を超える。
石を投げれば老人にあたるような時代がそこまで来ていていて、若年労働者の確保が急務なのに実際は介護士や看護師といった良質の労働者まで追い出しているのが現実だ。

 この外国人バッシングはいたるところで見られるが最近のそれはモンゴル人力士に対するバッシングで特に白鵬がその標的にされている。週刊誌などは白鵬悪人説が横行し、また最近の白鵬の言動に対し横綱審議委員会からもクレームがついた。
横綱らしくかちあげや張り手はやめ、正々堂々と横綱相撲をとるべきで、また40回優勝したからといって観客に万歳三唱を求めたり、立ち合いにクレームをつけていつまでも土俵下で拗ねていてはいけない

 最後の嘉風戦の立ち合いのクレームは、確かに白鵬の誤解であり誰が見ても立ち合いは成立していたので白鵬の態度は正しいものとは言えなかったが、その他のことについてはなぜ問題視されるのかわからない。
例えばかちあげと張り手の多用は白鵬によくみられるが、これは相撲の四十八手のうちで認められている技であって他の力士も同様に行っている。
もし問題があればこれを禁じ手にすればいいのでルールを改正するというのが妥当な方策だ。
ところが「ルールではしてもいい。然し白鵬だけはだめだ」では国際的な基準からはひどく外れた日本独特の基準で、こうしたことを平気でいうのが日本人なのだ。

 また万歳三唱程度については他のスポーツならいくらでも行っている。サッカーの三浦知良選手などはゴールが入るたびにカズダンスを行いそれを見て観客は大喜びだし、バレーなどは一回アタックが決まるたびに全員がハイタッチしたりしている。
一人大相撲は喜びを外に出してはいけないというのはこれも日本基準なのだ。

 大相撲はひところの低迷から嘘のように立ち直り、毎日満員御礼が続いているが、数年前の八百長事件のころは地方場所では観客はかぞえられるほどしかおらず、私などはテレビで観戦ながら、「これでは力士も張り合いがなかろう」と同情していたものだ。
その当時一人横綱として相撲界を支えていたのが白鵬だが、その恩義を日本人は忘れたのだろうか。
もし白鵬がいなかったならば、大相撲は八百長事件の荒波を乗り越えて生き残ることは不可能だったと私は思っている。

 のど元過ぎれば熱さを忘れるのは人の常だが、モンゴル力士や白鵬に対する白眼視は目に余る。彼らがいればこそ大相撲が成り立っているのに、いつもの攘夷運動で白鵬たたきに狂奔する週刊誌を中心とするマスコミや、それに同調する日本人の多さにはうんざりする。
すでに日本人が世界最速のスピードで消滅しつつあるのに、攘夷精神だけで日本の存続を図ることは不可能で、国粋運動をしている場合ではないと知るべきだ。

 

 

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