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(30.11.18)  改革者たち 徳川吉宗と安倍首相

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  時代が変わっても改革者が行うことはみな同じだとの思いが深い。
今から約300年前に徳川第8代将軍徳川吉宗がいわゆる享保の改革に取り組んでいたが、その時代は閉塞感に打ちひしがれていた時代だった。現在の日本と同様である。

 徳川幕府創建時は河川の改修や城下町の土木工事、港湾の整備といった公共事業でGDP は年々増加し人口も1300万人程度から、吉宗が将軍になった1716年には2600万人程度に倍増していた。
しかしこのころを境に日本の人口増加はストップし低減し始めたのである。
最大の理由は「もうこれ以上豊かになりそうもないので子供を作るのはよそう」ということだが、農民の人口が減少するに従い税収は落ち、旗本御家人に対する給与支払いも滞るようになってきた。人口減そして税収の落ち込みは現在と似ている。

旗本御家人は幕府の屋台骨だ。これが困窮してしまっては幕府が持たない・・・・
吉宗は幕府財政立て直しのために租税を4公6民から5公5民に増税した。これも現在の消費税の増税と似ている。
しかしこれでは農民が持たない。当然農民対策を強化しないと農民一揆だらけになってしまう。
増税の一方で新田開発を奨励し当初はその租税を無税にしたり、青木昆陽にサツマイモの栽培を研究させて農民に奨励した。
サツマイモの栽培をするとコメがなくてもサツマイモを食べていれば生きていけるよ
また地方ごとの特産品を商品作物にすることも奨励している。

 だが、新田開発等のコメ増産策は当初は完全に裏目に出てしまった。人口が増加しない中でのコメの増産は米価の低下を誘発してしまったからだ。当時はコメが基準商品だから物価が完全に下落傾向になりデフレが発生し、コメで給与を支払われている旗本や御家人がさらに困窮してしまった。
そこで吉宗はデフレ対策のため黒田日銀を江戸城に呼びつけた。
何とかしてこのデフレを脱却しなければ幕府存亡の危機になる

 黒田日銀の提案は、今まで金の含有量が86%だったのを66%に減らし、金貨の価値を今までの3分の2にして、一方流通量を約3割増加させようというものだった。
物価上昇が毎年2%になるまでは、この改鋳はやめません。これによって下がっていた米価は確実に上昇に転じます
この政策は実によく機能して瞬く間に米価は反転した。ちょうど平成の世に黒田日銀が金融緩和を行ったとたん、株価が上昇したようなものだ。

 吉宗の政策でもう一つ有名なものが、公事方御定書の制定である。それまでの刑事裁判はもっぱら慣習と裁判官の裁量に任せられていたのを、正式に刑法を定めそれによって裁判を実施するようにさせた。
日本では長い間慣習法がまかり通っていたのを、罪刑法定主義に改めたものだ。
日本人はえてして裁量を好むので正式な条文にすることを嫌がる。平成の世で自衛隊を憲法に明記し令外官をなくそうと安倍首相は奮闘しているが反対が多い。
令外官でいいじゃないか。憲法を変えるなんてとんでもない!!

 もう一度言うが吉宗の時代と現在の相似形ははなはだしい。
GDPはほとんど伸びず、人口は停滞か減少し、税収不足を補うために増税をおこなう。
また自然災害が頻発するため、多大の復興費が必要になりそのことがさらに財政を圧迫する。
300年の時を隔てて徳川吉宗と安倍首相が対峙している状況は酷似し、そしてその対応も似ている。
吉宗の改革で江戸幕府はさらに150年の寿命を得たが、自民党幕府の安倍首相はどの程度幕府の寿命を延ばせるか、とても興味がある。

 

 

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