« (30.5.3) 山崎次郎氏の老衰と資本主義経済の衰退 | トップページ | (30.5.17) 通訳ソフトや翻訳ソフトの実用化が始まった。日本の英語教育の終わり »

(30.5.9) 1960年代から80年代の不幸な青年の生き残り 朝日新聞

22511_014 

 おそらく1960年代から80年代までの約30年間の間に青年期を迎えた日本の若者ほど不幸な世代はいない。
それは経済的に不幸だというのではなく、思想的に不毛の時代を過ごしたという意味で不幸なのだ。
この1960年から90年までは左翼思想が蔓延し左翼でなければ人でないというほど左翼が殷賑を極めた時代だ。

 私が高校から大学時代を過ごしたのは60年代後半だが、通った高校の社会科系の教師のほとんどが共産党員だった。
中でも日本史のA教諭は際立って優秀な共産党員で、政治や経済に興味を持ち始めた若者を社研社会科学研究部)というクラブに集め、共産思想、わけても唯物史観を叩き込んだのでそのクラブの卒業生の多くが共産党員になり今では地区の幹部等になっている。

 私の最も親しかった友人もA教諭の影響を受け「あの先生のおかげで社会性が目覚めた」とよく言っていたが、その後彼も共産党の幹部になっている。
A教諭は当時使用していた日本史の教科書を「これは素晴らしくよくできた教科書だ」とほめていたが、私にはなぜこの教科書が優れているのかわからなかった。
基調は抵抗史観というもので、人民の抵抗が歴史を動かすものだといわんばかりに農民一揆や土一揆や米騒動などが非常に詳細にかつ好意的にとり上げられていたが、私にはそれが歴史の本流だとはとても思われなかったからだ。

 その後私は大学では経済学を学んだがマル経を教えてくれた助教授はマルクスの資本論を読みなが感極まって泣いていた。
経済学の教科書を読んで泣くことはないだろう」と私は思ったが、今ではその理由がわかる。資本論とは教科書ではなくマルクス教の経典で、いわばキリスト教徒にとってのバイブル、イスラム教徒にとってのコーランのようなものだから感極まるのは当然だった。
実際読んでみればわかるがその最初の章に書かれている価値論などはまともな神経の人だったら誰も理解できないような難解さで、「労働だけが価値を生む」とただわめいているだけだった。

 当時は学生運動がもっとも隆盛を極めていた時で、羽仁五郎小田実がアジを飛ばし、岩波書店が雑誌世界で左翼文化人の主張こそが正義だと主張し、朝日新聞が今にも社会主義政権ができると自信満々だった時代だ。
そうした雰囲気の中では右派の論壇は完全に抑えられていたので、私も岩波書店の発行した本で大塚久雄井上清家永三郎の著書を読みふけり完全に左翼ボーイになっていた。
何しろ友達は民青の党員だったり全共闘系の人物がほとんどで、論壇は左翼思想に満ち溢れていたので左翼にならないほうがおかしいといった状況だった。
これが60年代から80年代までの日本のインテリ社会の実態だった。

 その左翼に激震が走ったのが90年前後のソビエトの崩壊である。私はソビエトが崩壊するとは夢にも思っていなかったので驚愕したが、アメリカではブレジンスキーなどが早くからロシア社会の崩壊を予言していたことを後から知った。
岩波新書ばかり読みふけっていたため世界史の流れを読み間違えたのだが、この時に左翼陣営は総崩れになり、私も左翼の悪夢から目覚めた。

 だがしかしこの時に目覚めることを拒否した一群がいてその代表が朝日新聞だった。
朝日は当時は最も良心的な新聞社と左翼陣営からあがめられており、私の共産党員の友達も、「日本の新聞社で最も民主的な新聞社は朝日で次が毎日、最もダメなのは読売と産経だ」といっていたが、その後の歴史はその順番が真逆であったことを示している。

 その後もまたそれまでも朝日は日本と日本人を貶めるために従軍慰安婦等の謀略記事を書きまくったが、今は安倍政権を崩壊させるために加計学園等の謀略記事を書きまくっている。
加計学園は確かに総理府が主導して特区制度のもとに獣医大学を愛媛県に作った案件だが、なぜ総理府が主体になったかというと文部科学省と他の獣医大学が大反対したからである。
文部科学省が反対したのは総理府主体の獣医大学の設立では、文部官僚にとってそれだけが楽しみの天下りができないためであり、他の獣医大学が反対するのは既得権が侵害されるからだ。
嫌がる文部科学省を叱咤して総理府が設立にこぎつけたのだが、特区制度に基づく既得権者の切り崩しとして快挙というべき案件だった。

 だがこれを政治スキャンダルにしたのが朝日新聞で、何でも反対左翼としての面目躍如というところではあるが、本当は思想的に崩壊した社会主義者としての怨念といっていい。
くそ、ソビエトは夢となったが、おれたちはまだ生き残っている。何とかして理想的な社会主義社会を建設するために最後の戦いをするんだ
存在もしない理想社会をあたかも現実のように錯誤して現在日本を指弾しているが、これは1990年に転向できなかった精神のあがきといっていい。

 転向とは左翼用語で正しい思想の持ち主が官憲によって思想放棄をさせられることを意味していたが、実際は左翼思想が間違っていたのだから過ちからの正常人への復帰が本当の意味だった。
オウム真理教の信者がオウムから離れるようなものだが、朝日新聞とそれを取り巻く旧左翼思想家集団は相も変わらずオウム真理教の信者のままといっていい。

 思想転向に失敗した60年代から80年代までの不幸な思想集団が今でもシーラカンスのように生き残っているのだが、いづれは社会と歴史に適応できず死滅するだろう。
実際に朝日新聞の読者は日を追って減少し、反対に朝日の主張は日を追って狂信的になっている。
社会主義という幻想に侵された不幸な若者の生き残りが今最後のあがきをしている。


 
 

 

|

« (30.5.3) 山崎次郎氏の老衰と資本主義経済の衰退 | トップページ | (30.5.17) 通訳ソフトや翻訳ソフトの実用化が始まった。日本の英語教育の終わり »

個人生活 私の人生観」カテゴリの記事

コメント

山崎さんの評論を面白く読ませてもらっていますが、「左翼思想の蔓延」という流れになってきますと、どうしても実感として捉え切れないでいました。
そのことを友人に話すと、「ほぼ日刊イトイ新聞」というサイトを紹介されました。そこには付録として、評論家の吉本隆明氏の183本にものぼる講演の録音源が収録されていて誰でも無料で聞くことができます。183本の講演の2割程度が、左翼思想の蔓延に警笛を鳴らす内容になっています。講演が終わった途端に、左翼が質疑応答時間を利用して反論するわけですが、吉本氏は「あれは社会主義ではない、管理資本主義だ」と切って捨てます。それに対して左翼が「日本を早く地上の楽園にしたいのです」と訴えると、吉本氏は「地上の楽園などというものは存在しない」とたしなめます。それでも納得しない左翼に対して「そんなに社会主義が好きならソビエトに行け、旅費20万円で行けるから行け」と突き放すと、聴衆の一部がドッと笑いころげます・・・・・・・・
講演内容は勿論のこと、あの熱気は凄いですね。なにはともあれ山崎さんの言わんとすることが理解できるようになりました。

投稿: 三太郎 | 2018年5月13日 (日) 22時37分

そうですね。ブログ主様には高度プロフェッショナル制度に反対する社会主義者の愚かさについて是非記事を書いてほしいです。

投稿: まさ | 2018年5月21日 (月) 18時48分

お邪魔します。
 これは「ルサンチマン」と言うものかも知れません。社会の中で優位に立とうとすれば通常は「地位」か「富」か「権力」ですが、それらを得る事はできなかったがそれでも尚優位に立つ事に執着する者達が屁理屈を駆使してそれを得ようとしたのが「左翼」ではないかと思われます。だから時に「ダモクレスの剣」というか「権力の座の意外な座り心地の悪さ」を認識している「本物の」権力者以上に権力的になるのではないかと。

投稿: ブロガー(志望) | 2018年7月 4日 (水) 22時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« (30.5.3) 山崎次郎氏の老衰と資本主義経済の衰退 | トップページ | (30.5.17) 通訳ソフトや翻訳ソフトの実用化が始まった。日本の英語教育の終わり »