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(29.6.18) 孫のアイドルになった「ジジー」「グランパ」

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 私には長女と長男の二人の子供がいて、孫はそれぞれ二人づつの4人がいる。子供の結婚時期が遅かったので、一時は「山崎家の血筋もついに絶えるか」と心配したが杞憂に終わった。
結婚が遅かったせいもあり、今現在長女には2歳、長男には4歳の孫がいる。この二人の孫から私はひどく慕われているが、昔から私は子供というか幼児に人気があった。

 実をいうと幼児だけでなく小動物からも人気があり私が飼っているリクガメは、私以外の人が近づくと首を引っ込めて防御の姿勢をとるが、私をみると首を長く伸ばして首筋を触らせる。呼べば犬のように飛んでくるし愛くるしいことこの上ない。
私が幼児や小動物から好かれるのはこうした弱い生命体に対して優しいからだが、私は小さいころからひどく優しい子供だった。優しすぎたといっていい。

 正直に言うのはつらいがやさしさと気の弱さはコインの両面で、気の弱さゆえに小学校時代まで学友から常に泣かされぱなしだった。
あだ名が「パチクリ学級委員」というのだが、いつも勉強はできるので学級委員をさせられていたが、すぐに目をしばだたせて泣き顔になるのでこのあだ名をわんぱく小僧からつけられた。
山崎がまた泣いた。パチクリ学級委員、パチクリ学級委員!!」よくはやされたものだ。
今でいう虐待だが毎日鬼ごっこで鬼にされて、半永久的に鬼になっていたのだからよく耐えたと思う。当時は学校に鬼ごっこの鬼になるために通ったようなものだ。

 私は同年齢の子供がいつも怖くて遊ぶのは幼児や犬だったが、こうした生命体と接しているときが一番安心したからだ。
大人になっても私は人との交わりを好まず会社員としては孤独を好みすぎたが、本質的に幼児期の虐待がトラウマになっていて人との接触を避けたからだと思う。

 大学や社会人になってからも友達といえば性格が温厚で優しいタイプの人を選んだが、こうした人はほとんどの場合出世とは縁のない人であり、当然私もそうした一人だった。
だが今になって社会から引退し孫と遊ぶだんになると、この私の性格は幼児との接触ではプラスに作用し、孫からは最も信頼できる友達のように思われている。

 「ジジー」「グランパ息子の嫁はオーストラリア人)」とか呼ばれて今やアイドルだ。
人間塞翁が馬とはよく言ったものだ。年をとりコインの片面のやさしさが功を奏して、孫に慕われて何ともうれしい日々を過ごしている。
必ずしも成功したとは言えない人生でこの孫との接触だけは心から楽しんでいる。

 

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