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(28.10.27) 東日本大震災石巻市大川小の悲劇 マニュアルに従って津波に巻き込まれた。

 

 これは業務上過失致死罪に当たると思った。東日本大震災で津波に襲われ宮城県石巻市大川小学校児童と教諭84人が死亡した案件である。
84人とは78人の児童のうち74人、教諭の11人のうち10人である
生存者はわずかに5名という惨状だが、この震災の被害の中で最も痛ましい最悪の被害だ。

 本件については被害にあった児童の遺族23名が訴訟を起こして、このたび仙台地方裁判所から判決が出たが、市側に14億円の賠償金を支払えという判決だった。市の全面敗訴である。
私はこの災害の詳細を知らなかったから、判決を聞いた時には「今回の東日本大震災は想定外の巨大地震だったから市の責任を追及するのは無理すぎるのではないか」と思ったが、詳細を知って納得した。

 はっきり言えば大川小の教頭(校長は出張中だった)のひどい判断ミスといえる。大川小では津波警報が出されれば近く(300m程度)の三角地帯と称する標高7m程度の高台に避難することになっていた。
通常であればこの場所で安全だったのだが、今回の東日本大震災の津波は優に10mを超えていたからここに避難しても災害は免れなかった。
実際はこの高台に向かう途中で津波に襲われたのだが、この小学校の裏にはかなりの高さの裏山がありもしここに逃げていたら被災を被らなかったことは確かだったと判決は言う。

  今回裁判で問題になったのは、津波が襲ってくる約7分前に市の広報車が10mの津波が襲ってくると警報を出して市内を回っていたことだ。
広報車の音声は聞き取りがたいものだがこの段階ではそれを聞き逃すことは死を意味する。
結果的にこの情報を聞き逃したかあるいは無視して大川小の児童と教師は三角地帯に向かっている。

 こうしたときには教頭が的確な判断を下さなければならず、それゆえ教頭になったのだが日本では上司が必ずしも立派な判断力を持っているとは限らない。
通常は年功序列と市の方針に逆らわない従順な性格の持ち主が幹部になることが多いが、これは平常時には問題がなくても非常時には問題が起こる。

 私は日本人はとても優れた資質を持った民族だと思っているが、残念ながら大きな欠点がある。自らの判断で決断を下すという決断力が乏しく、上司の言うとおりにするかマニュアル通りに行動しようとする傾向が強い。自分で決断したときは自己責任だが、他人の命令やマニュアルに従った場合は責任を回避できるからだ。

 今回の大川小の場合も裏山に逃げればその時にけがや問題が発生したときに責任を追及される。ましてや教頭は最終責任者でない。
なぜマニュアル通りに三角地帯に行かなかったのか。無理に裏山に逃げて大勢の児童がけがをしたではないか」そうした非難を恐れて規定通り三角地帯に向かったのだがこれが悲劇を招いた。
特殊な状況下ではそれに応じた判断をしなければならないが、従順な人はそれができない。
業務上過失致死だと私が判断した理由だ。

 実際問題として想定外の事象はいつでも起こる可能性がある。そうした場合に平常時だけに通用する管理職を要請していては的確な対処ができない。しかし日本の教育では自ら判断することを非常に嫌がり、教師と異なる意見を認めることは少ない。
残念ながらこうした悲劇は再び起こると思わなければならないが、これは日本人の最大の欠点だと私は思っている。

 
 
 

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災害 東日本大震災」カテゴリの記事

コメント

山崎 様 いつも楽しみに読ませていただいております。
彼らは事態の判断が出来ず、前例を踏襲する事しか出来ない人達だったのかもしれません。
津波てんでこの伝承を知らず多くの命が失われた事は残念でなりません。
憐れなり

投稿: ぽんぽこ狸 | 2016年10月28日 (金) 13時24分

山崎様拝聴しております。
この,事故については津波当日,校長は私用のため有給休暇中でした。そのためにも教頭というものがいるのですが,いかんせん突然の異常事態に校内の統制がとれなかったようです。また,学校の職員配置というのは,一つの県の内部での異動のため,地元の特有の自然を全然知らない都市部の人間や,山間部の人間を海岸部に配置することは普通です。特に,このような僻地の小規模校には採用したての人材を多く送り込むのが通例ともなっております。

(山崎)貴重な情報ありがとうございました。記事を修正したしました。

投稿: もん | 2016年10月31日 (月) 08時57分

この裁判では生徒の親側(原告側)が勝訴しましたが、私はなんとも割り切れない気持ちになりました。
地震後5年が経ちさまざまな検証が済んで、避難の方法や行動が見直されてきた現在の基準で、津波が襲う直前の当事者らの行動を批判し、全面的に不適切だったとするのはいささか言い過ぎではないかと思う一人です。
今回は地震や津波の規模が桁外れでした。河口から4キロも川上の学校を含む区域が浸水地域に想定されていなかったのも、津波が河川に沿って遡上するというということが反映されていなかったせいでこれは当地域に限ったことではなく全国の自治体でも体験がないあまり同様で、今になってやれハザードマップだ、備蓄倉庫だと見直しを進めているところだと思われます。
当日の非難は訓練通りの行動が被災を招いた、ということですが従順で秩序正しい日本人、特に東北の純朴な子供及び住人らが不安と混乱の中、訓練通りの行動をとったのはむしろ素晴らしい忍耐力のことだと思います。広報車の言ってることなど遠方や室内では聞こえにくく、その気にならないと聞き取れない代物です。(うちの近所の消防車の「火の用心」の呼びかけでさえ途切れ途切れで「・・・の用心」以外は何を言ってるか分からないくらいです)
統率された避難行動が結果的に裏目に出てしまいましたが、規定通りの教師らに全く責任がないとは言いませんが今回の判決のように、あたかも全部悪いと一方的に責めることはできないと思います。引率した教師らも亡くなっているのですから。本来であれば最初っから裏山を避難地にして訓練していれば全員助かっていたと思われます。
これがイタリア人や中国人だったら勝手に逃げ回ってチリジリバラバラになって裏山に逃げた一部が生き残ったという事はありえるかもしれません。
韓国人なら教師が生徒らをほっぽりだして真っ先に車で逃げてるでしょう(笑)。
各自で身を守れ、自身で判断して逃げろ、とは非常時のやむを得ない手段ですが、はぐれた者、怪我した者、弱い者、遅い者、判断のつかない者はどうなるのですか。無秩序な混乱を招きませんか。原告側のやっていることは被害者ビジネスのように思えてなりません。

投稿: たぬき | 2016年10月31日 (月) 21時26分

 現役の教員からみた大川小の事件は、教員社会がタテ社会になっていないことが原因だったと思います。
 教員社会で発言力が強いのは、多くの場合、校長や教頭よりも経験が豊かで指導力がある教員の場合が多いです。私の学校でも、3.11当日、管理職と学年主任などが協議して、避難方法を決めましたが、決定まで30分以上かかりました。後で聞くと、議論百出でなかなか結論が出なかったと言います。こういうことは教員社会では珍しいことではありません。悪い意味での平等意識が強く、管理職の独断を許さない傾向が強いのです。
 多分、大川小でも、裏山への避難を主張する教員と、事故を心配しマニュアル通り三角地帯に避難することを主張する教員の意見が対立して無駄に時間が過ぎていき、管理職は責任回避と教員間の「和」を重視するため決断できず、最悪の事態を招いてしまったと思われます。
 「学校の職員配置というのは,一つの県の内部での異動のため,地元の特有の自然を全然知らない都市部の人間や,山間部の人間を海岸部に配置することは普通です。」と書かれている方もいますが、高校ではそういうこともあるようですが、小中学校の場合教員の異動は市町村内または出張所内での異動が原則です。「僻地の小規模校には採用したての人材を多く送り込むのが通例」というのも昔のことで、過疎の地域では新規採用自体少ないのが現状で、新規採用がいても都市部の困難校に回されると聞いています。千葉県では人事交流として、わざと都市部⇔地方に教員を異動させていますが、それも全体から見るとわずかに過ぎません。

投稿: 信天翁 | 2016年11月 9日 (水) 00時58分

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