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(28.8.17) 定年退職後10年 ボランティアが自己再生の道

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 人生の中でいつが一番幸せだったかと聞かれれば「定年退職後の10年間だ」といえる。
私は60歳である金融機関を定年退職したが、その後はサラリーマンをきっぱりと辞めた。
私の多くの同僚は第二の人生として子会社や関連会社に就職し、だいたい65歳前後まで働くのが普通だったが、私は第二の職場に移ることを拒絶した。
定年までここにいます。第二の人生の職場のあっせんは必要ありません

 私はサラリーマン生活にうんざりしており、二度とサラリーマンはしたくなかったので60歳になったらさっさと引退するつもりだった。
私が全くサラリーマン向きでなかったのは明らかで、私は人を管理することも管理されることも全くしたくなかった。
だがこうした性格であることを正しく認識できたのはサラリーマンになってからで、それ以前に自身の性格を正しく認識することは普通の人間には不可能だ。

 さすがにサラリーマンになって数年たてばサラリーマンとしては不適格だと分かったが、わかってもすでに手遅れだ。その後36年間一つの職場におり、最後には私が最年長の職員で私以上の年配者は頭取以外はいなくなってしまった。
さすがにそうなるとシーラカンスを見るような目で私は見られていたが、他の人から見ると何と判断したらいいかわからないといった風情だった。稀種だったともいえる。
山崎さんはどうして追い出されることもなく職場にとどまれたのですか?」などと聞かれたがどこに行ってもサラリーマン生活は嫌だったし、それなら慣れている職場にいるほうがいいと思ったからだ。

 退職後はすっかりボランティア活動にはまった。それも団体でするとサラリーマン生活の延長みたいになるので、もっぱら一人で行うこととした。
すべて自分の意志だけで行うところがボランティア活動のいいところだ。

 まず私の住んでいるおゆみ野にある一周約6kmの遊歩道の清掃を毎日することにした。当初は本当に雨が降ろうが雪が降ろうが台風がこようがやっていたが、さすがにこれでは体がもたないことを知った。今は雨や天候が悪い時は行っていないが、天候に問題がなければ毎日行っている。
次に着手したのは公園や遊歩道に設置されているベンチに防腐剤を塗ることだった。この街は開発されてから約30年近く経過していてベンチが至る所で腐っていたからである、

 その後四季の道の芝刈りに精を出すようになったのは市役所が行う芝刈りは年に3回程度で途中の期間は草が伸び放題になっていたからだ。
しかしこの芝刈りは夏場に行うと、あまりの暑さのため熱射病にならないのが不思議なくらいの作業だった。
業者の場合は10名程度がグループを組んで行うのだが、私は一人だからどんなに努力しても業者のようなわけにはいかない。
昨年までこの草刈りを続けていたが、今は眼病が悪化し薬の副作用で持久力が極度に低下しているためこの作業はやめている。

 現在最も力を入れているのはベンチの補修作業でベンチにいくら防腐剤を塗布しても限界があるためベンチの板をすべて取り換えている
幸いこの作業にはカーペンター・オクさんといううってつけの同僚がいるため、毎年20基前後のベンチの補修を行うことができる。

 その他のボランティアとしては小学生にマラソンを教えているが、ここ四季の道を使用した駅伝大会があるからで、小学校でマラソン教室を毎年開いてきた。しかしこれも自身が全く走れなくなってきたので今年でおしまいにするつもりだ。
マラソンおじさんも体力には勝てない。

 最後まで残こりそうなボランティア活動としては中学生と高校生に勉強を教えている。当初は全く無料で教えていたが教材費やその他の教育資材が必要なため今は実費程度を負担してもらっている。
教える以上はそれなりの実力が必要なのでこのために多くの教材を購入したし、毎日勉学にいそしまなくてはならなくなった。おかげで受験生並みの生活になっている。

 中学生には5教科数、国、英、理、社)のすべてを教えているが公立高校の試験は5教科で配点がすべて100点だからだ。
当初は数学と英語だけのつもりだったが、入学させるためにはそんなことを言っていられないのですべて面倒見ることにした。
中学の勉強で一番難しいのが理科で、私が教わった50年前とは様変わりになっておりこのための特訓にはずいぶん時間を割いたものだ。

 高校生には数学と英語を教えているが、高校数学のレベルはとても高いため毎日自身の特訓が欠かせない。毎日3時間程度は数学の特訓に充てており、「これなら私が受験したほうがいいのではなかろうか」と思えるほどだ。
当初は数学と英語以外は見るつもりはなかったが、学校での成績向上のためには化学や生物なども指導する必要があり何かまた中学のように全科目を見るようになってきた。
これじゃオールラウンドプレーヤーの内村選手みたいになってしまうじゃないか・・・・・

 こうして私のボランティア生活が続いているが、自分が好きなことだけをしているのでサラリーマンであった時に比べると圧倒的に楽しい。
人生60歳を過ぎてから本当の自分を見つけたようなものだが、それまで36年間も耐え忍んだ成果ともいえる。
36年間の働きで今の生活を維持しているのだから金融機関での生活が無駄だったとは言えないが、はっきり言ってつまらない人生だったと思っている。
しかしこうしてようやくではあっても自分の目指してきた生き方ができているだけでも幸せというものだろう。
今後ともこうした生活ができるか否かは体力との勝負だが可能である限りは続けるつもりだ。

 

 

 

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コメント

鉄人山崎様、毎日楽しみに読ませていただいております。
山崎様はこれまで体を酷使してこられました。
休息をとられますと体を動かしたくてムズムズするとは思いますがここは休息の時と思って無理をせずにご自愛ください。
まだまだ人生は長いです、体をいたわりながら回復されることをお祈り申し上げます。
鉄人から哲人に変わるのもいいと思います。
まだまだ暑さが続きます、くれぐれもご自愛ください。

(山崎)ありがとう

投稿: ぼんぼこ狸 | 2016年8月17日 (水) 10時11分

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