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2016年7月

(28.7.31) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ 北アルプス縦断記その3」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております。

(25.9.3) ロドリゴ 北アルプス縦断記 その3 剣岳越え

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(剣岳の岸壁)

 この日(8月22日)、ようやく天候が回復し私ロドリゴも意気揚々と剣岳越えを再開したのでございます。
逗留した早月小屋2200m程度の場所にあるため、あと800m程度登れば剣岳を越えることができるはずでございます。

 だが剣岳は日本有数の岩場で特に上部はかつてはロッククライミングの素養のある登山家だけが登頂できる世界でございました。
今でもカニの縦這いとかカニの横這いとかいう難所があり、前者は約20m程度の直登、後者は約10m程度の断崖のトラバースを余儀なくされる場所でございます。

 しかし現在でははしごや鎖が設置されており、それをたどっている限りは事故は起きないのでございますが、それでもカニの横這いは素人にとっては恐怖以外の何物でもございません。
約70m程度の高度差のある断崖絶壁10m程度横に這わなければならないのですが、鎖とその下1m程度の場所に岩をくりぬいた溝があり、両手で鎖をもって足で溝をたぐれば今では容易に渡れるようになっております(昔は本当にロッククライミングでわたっておりました)。

 問題は鎖をもちながら足を1m下までずり落とさなければならないのですが、この時両腕を伸ばして断崖絶壁で一旦体を空中に投げ出さなければならないのでございます。
これがとても恐怖感を起こし、ロドリゴの前にいた男女のペアがこの恐怖感にとりつかれておりました。

 男性はかろうじてこの場所を突破したものの、女性は鎖にしがみついたまま「キャー」とか「アー」とか悲鳴を上げて鎖にしがみついていたのでございます。
男性が何か言っているのですがまともな言葉になっておらず、一方女性は今にも断崖から落ちる悲劇の女性のような状況になっておりました。

注)映画「クリフハンガー」で岩と岩のピーク間に張ったロープから女性が谷底に落ちる場面がありましたがちょうどそのような状況でございました。

 ロドリゴは前に進みたいのですがこの女性がいる限り前進はできず、しかも女性は金輪際鎖を離すまいとしがみついているのでございます。
ロドリゴは思わず「いいかげんにしろ、早く落ちてしまえ」と思ったのですが、神に仕える身がそのようなはしたない想像をしたことを恥じて女性を激励することにいたしました。
腕を伸ばして身体を落とせば10cm下に溝があります。さあ思い切って手を伸ばすのです。そうすれば足が足場に到達します。さあ勇気を出して手をのばして体を落としなさい

 その女性は何回か足を空中に遊弋し、最後にようやく足場に足を乗せることができました。
女性がカニの横這いを通ってくれたのでやっとのことで私の番になりましたが、実際自分が体を空中に浮かす番になるとやはり手が震えておりました。
剣岳はこうした難所があって、今でも素人にとっては難所中の難所と言える場所なのでございます。

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(剣岳を越えると手前のようななだらかな稜線が現れる)

 剣岳を越え立山連峰に入ると全く危険な場所はなくなり、稜線の散歩という状況になるのでございます。この日は天候に恵まれ振り返れば剣岳の雄姿がみえ、また眼下には室堂平がはっきりと見えておりました。
しかしロドリゴにはまだ問題が残っておりました。それは昨日からの左足に力が入らず踏ん張ると力が抜けてしまう症状が残っていたのでございます。
剣岳の岸壁を抜ける間はすっかり忘れておりましたが、立山の別山真砂岳を通過するころから再び左足の力がぬけて来ました。
「こりゃ駄目だ。室堂平に降りて温泉に入って帰ってしまおうかしら・・・・・・・・


注)立山周辺の簡単な地図は以下参照
http://www.alpen-route.com/plan/climb/

 しかしここでやめてしまうとクナーカ様とのあの魅力的な約束が実行されないことを思い出しました。
ロドリゴよ、もしこの役目見事果たしたならば、その褒美として吉野家の牛丼を食べることを許してやろう
ロドリゴは一度でもいいから牛丼を食べたかったのですが、わがイエズス会では牛丼は修道士はご法度で、クナーカ様のような枢機卿でないと食せない珍味なのでございました。

 牛丼のためならば石にかじりついても穂高まで行くこととし、そのためもう一日体力の回復を待ってみることにしました。
そこで不本意ながら大如山の休憩所で再び一泊することにいたしたのです。
はたして私の左足は回復してくれるのだろうか。それともこのまま右足だけで北アルプスを縦断しなければならないのだろうか
何とも不安な気持ちでいっぱいでございました。

注)大如山の休憩所は最近ではまれな昔ながらの山小屋で築50年だそうでございます。ここを舞台に山岳映画が撮影され、来年封切られるそうですが、それは「剣岳・点の記」「岳」に続く山岳映画の第三弾だそうですが、残念ながら題名を忘れてしまいました。

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(28.7.30) テロルの時代 日本的テロの発生 津久井やまゆり園事件

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 20世紀が世界大戦の時代だとすると、21世紀は大戦争は起こらないがテロが継続的に発生するテロルの時代だといえる。
今や世界中でテロが吹き荒れており、アメリカのフロリダではIS信奉者による銃襲撃事件で50名の生命が奪われたし、フランスのニースではこれまたISの信奉者によるトラック暴走殺人で84名の生命が奪われた。
ドイツのミュンヘンでも銃撃戦で9名が死亡しているし、トルコやイラクやアフガンやパキスタンでは日常的にテロが発生しているのでいちいち数えることが不可能なほどだ。
そしてあまり報道されないがアフリカや中国のウィグルでもテロが頻発している。

 そしてついに日本でもテロが発生した。神奈川県相模原市の津久井やまゆり園で元従業員による障害者に対する無差別殺害事件が発生し、19名の入園者が殺害された。
これほど多量の人命がテロで失われたのはオウム真理教によるテロ以来だ。
まだマスコミではこの事件をテロと見なしておらず、一精神障害者のよる錯乱によって起こった事件としているが、そう捕えるのはとても危険だ。
この事件は世界中で吹き荒れているテロの一種ととらえなければならない。

 植松容疑者は小学校の教職員免許を持っているいわゆるインテリで、今年の2月に衆議院議長公邸に持参した建白書も、文章は論理的に展開されており、「私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、および社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死させる世界を目指すことだ」と述べ、もしこの建白書を無視されるなら「津久井やまゆり園と他の施設を標的として260人を殺傷した後自首する」と述べている。
事件はこの建白書にかかれた筋書き通りに発生しており本人が確信犯的殺害者であることが分かる。
通常こうした犯人は自殺をするのが普通なのだが、植松容疑者は自首をして裁判闘争をするつもりであり、あくまでも日本の社会制度と戦うつもりだ。
俺は正しい。世間が間違っている

 一般にテロというと思想や宗教上の相違を持つ他者を殺害し、そしてそれを正義とする思想だが、テロ犯は自分のした行為に誇りを持っており、絶対に反省などしない。
実際植松容疑者が護送されている時の態度を見たが、意気揚々としておりわるびれるところがなかった。テロ実行者独特の態度だ。
中東やヨーロッパで吹き荒れているテロはジハードと呼ばれており聖戦という意味だが、ISは世界の同調者にテロへ参加を呼び掛けておりその結果世界各地でジハードが発生している。
日本の場合は植松容疑者がそうであるように、宗教的な理由ではなく異質なものへの憎しみからテロを決行している。

 重度の障害者に対して生命権を認めなかった事例は歴史を振り返れば枚挙にいとまがない。
ナチスドイツでは精神障害者を政策として安楽死させていたし、旧ソ連や東欧諸国でもほぼ同じような措置がとられていた。ただしここでは社会主義に反対する思想犯を薬物等で精神障害者にしてしまい、それを抹殺すると言う方法がとられていて、今でも中国や北朝鮮で行われている。

 今世界中で異質なものへの敵意が渦巻いている。アメリカではトランプ氏がイスラム教徒の入国を制限し、メキシコ人を追い返せと叫んでいるし、フランスやドイツでは極右政党が移民排斥運動を熱心に行っている。イギリスも移民嫌いが嵩じてEUから脱退してしまった。
ヨーロッパが右翼政党の手に落ちるのは時間の問題で、そうなるとEUは実質的に崩壊する。

 植松容疑者はそうした世界の潮流を日本に持ち込んだもので、自身はヒットラーの再来と信じており、ナチスドイツが行った身障者の抹殺を自身が行ったものだと確信している。
思えば第二次世界大戦後の約50年間は世界を一つにするグローバリズムの世界で、国連もIMFもEUもそうした潮流の中で生まれてきた。
「人類は一家族」と言うことだが、アメリカの同時多発テロ以降潮目が変わって、異邦人は敵であり抹殺する存在に変わりつつある。

 人々はうちに閉じこもり、異邦人を受け入れず鎖国体制の中で安全を確保しようとするのだが、これをローカリズムの時代、あるいは新しい中世と呼ぶ。
だから今回の植松容疑差のテロは一過性のものではなく、日本で今後次々に起こるテロのさきがけと判断すべきだ。
世界中で、そして日本でもテロがふきすさび、人々は異質なものを魔女と呼んで熱狂し殺害を始めるだろう。

 

 

 

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(28.7.29) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ 北アルプス縦断記その2」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております。

(25.9.1) ロドリゴ 北アルプス縦断記 その2 早月尾根

 
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(雨の中で花だけが美しかった)

 剣岳に登攀するには大きく分けて北と南からのルートがあり、ロドリゴが登攀しようとした早月尾根はやつきおね)は北側のルートでございます。
このルートは明治40年陸軍陸地測量部柴崎芳太郎氏が剣岳登頂を目指しながらも断念したルートで、断念をせざる得なかった最大の理由はその長大さにあったと思われます。

注)当時日本の中で測量が行われておらずその詳細が分からなかったのがこの剣岳周辺でした

 馬場島の標高は約750m剣岳が約3000mですので、急な斜面を2250mも登り切らなくてはなりません。
一方南側のルートのうち室堂平を起点とすると、ここの標高は約2500mですので標高差は500mではるかに容易に登頂が可能になるのでございます。

注)剣岳周辺の地図は以下参照
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/showmap.php?did=335452

 現在では一般ルートは整備され危険な場所にははしごがかけられており、また標識も随所にありますので注意さえ怠らなければ事故が起こることはないと言えましょう。
しかしここ剣岳の登頂を柴崎氏が目指した明治のころは、自身でルート開拓をしなければならずその苦労は並大抵のことではなかったと想像されます(映画 「剣岳・点の記」にその苦労がよく描かれていました)。

)映画「剣岳 点の記」の評については以下参照
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/218.html

 
 柴崎氏は尾根筋からの登頂をあきらめ、長次郎谷谷筋)を登ることでようやくのことで登頂を果たすのですが、信じられないことに剣岳の頂上には平安時代の錫杖が残されており、すでに初登頂がされていたことが判明いたしました。
しかしこの登攀者が誰でどのルートを通って登頂したかは一切不明ですが、登頂ルートは柴崎氏と同様長次郎谷か平蔵谷の雪渓を5月か6月ごろの雪渓が安定した時期に登攀したものと想像されます。

注)ロドリゴはかつて若かった時期に平蔵谷からの登攀を7月の終わり頃行いましたが、そのころは雪渓が切れてしまって途中で登頂を断念いたしました。

 と申しますのも尾根筋ルートは鎖やはしごがない場合はとても徒手ロッククライミングの道具を持たずに)で登攀は不可能ですが,雪渓は登りだけならば雪渓にキックを入れれば登攀が可能だからでございます。
一方雪渓の下降は大変困難で少しでも油断すると谷底に一直線で落ちてしまい、この平安時代の初登攀者もおそらく下降に失敗し、それゆえ初登攀者としての栄誉を失ったのだとロドリゴは想像いたしております。

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(雨の中を進むとこうした景色が続き気持ちがなえてくる)

 この日(8月21日)は朝から雨模様でしかも登るにしたがって雨は強くなり、カッパで雨は防いでいたものの内部からの汗は並大抵でなく、休むたびにTシャツを脱いで汗を絞るとぬれぞうきんのように汗がしたたり落ちるのでございました。
しかも信じられないことにロドリゴの左足は全く踏ん張りが利かず、右足一本での登攀を余儀なくされました。
実は8月以降マラソンのトレーニングは行わず、近くの有吉公園プールで水泳をしていたのですが、水泳は基本上半身の運動で下半身の筋肉が削げ落ちていたのでございます。
なんということだ。これでは片肺飛行している飛行機のようなものではないか・・・はたして右足一本で草月尾根を登りきることができるのだろうか・・・・・

注)早月尾根ルートは以下参照
http://www.town.kamiichi.toyama.jp/hp/kanko_turugi/root.htm

 当初の予定では剣岳を越え、反対側の剣沢キャンプ場あたりまで行くつもりでしたが、実際はとてもそのようなことはできず、あまつさえ雨脚はますますの強くなり体温も低下し、大雨の中で剣岳を越える自信はすっかりなくなってしまいました。
しかたない、早月小屋で世話になろう。身体も冷えきってしまってこのままでは低体温症になりそうだ・・・

注)草月小屋はこの尾根筋にある唯一の山小屋で標高2200mの地点にあります。

 本来はすべてキャンプをする予定でしたのに早くも登山初日で挫折し、早月小屋の蒲団の中で体温が回復してくるのを待っておりました。
このルートで当日登頂者はロドリゴ一人で、早月小屋には下降者を含めて5人が逗留しておりました。
小屋の食事は山小屋とは思われないほどおいしく、設備も立派でございましたが、宿の費用は9000円で、ロドリゴのように貧しい登山者にはその出費はかなり痛手でございました。
初日なのに左足は動かず、宿代は9000円では先が思いやられる・・・・・本当に穂高まで行けるのだろうか・・・・・・・
何かとても不安な気持ちでその夜を過ごしたのでございます。

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(28.7.28) 近況報告 原田病の症状は低位安定

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 このところ体調がすぐれない。昨年の5月原田病という眼病を患って入院し、その後ステロイド療法を継続して受けているが、症状は悪化もせずよくもならず低位安定している。
当初は千葉メディカルセンターで診療を受けていたが、何回も再発するため現在は千葉大学病院で受診するように回された。
山崎さん、この病院での治療は限界です。もっと強い免疫療法がありますがそれは大学病院でないと実施していません。千葉大学病院に行ってください

 今年の3月から千葉大病院に1か月に1回の割で通っているが、療法は千葉メディカルセンターと同じで少しずつステロイドの量を減らしている
これで悪化したらその時は免疫療法を行います。ただし免疫療法は副作用が激しいのでステロイドを減らすのに成功すればその方がいいと思います

 当初はステロイドを30mmg程度のんでいたが、いまは9mmgなのでだいぶ減ってはいるが、ステロイドの副作用と思われる症状がでて、気持ちがいつもすっきりしない。
特にひどかったのは両足が動かなくなったことで、これは今はかなり改善して1km程度は歩けるようになったが走ることや登山などとてもできない状況だ。
どこに移動するにも自転車を使用しているが、自転車に乗れなくなったらそれこそ万事休すだ。
また1週間まえから夏風邪にかかったが、免疫力が弱くなってなかなか症状が回復しない。
夜中ひどい咳込みで体力が消耗する。

 眼も長時間の使用はご法度で3時間程度も字を見ていると文字が真っ白になってなにもみえなくなる。
やれやれこれでは小説なんてもう金輪際読めないということじゃないか・・・・・・
私はおゆみ野読書会のメンバーになっているのだが、それも終わりにしなければなるまい。
そしてこれも副作用の一種だが耳の聴力が非常に衰えて拡張器を使用しないと会話するのにも不便になってきた。

 今私の気持ちをナーバスにしているのは今までしていたことを一つ一つ止めていかなければならないからだ。
このブログの記載も二日に1回にしたし、マラソンができないので走友会の行事にもさっぱりになってしまった。
四季の道の清掃活動は自転車に乗りながらそれでも毎日行っているが、四季の道の草刈は昨年から止めている。
草刈のような長時間の労働をするとめまいがしてきて寝込んでしまうからだ。

 ベンチの補修作業はカーペンターオクさんがリードしてくれるので、今年も大百池公園のベンチ19基をすべて補修するが、私はもはや立って仕事ができず座り込んだまま補修作業を行っている。
体力が低下していてかつては苦も無く行っていたことができなくなっている。
体力というものは傾向的にだんだんとなくなるものかと思っていたが、実際は何らかの病気を境に階段状にガクンと落ちるらしく、そして一度落ちたらそこから這い上がれないみたいだ

 今まだ唯一昔と同じレベルでおこなっているのは中学生と高校生に対する勉強の指導で、5名の生徒を教えている。
かつての私の自慢は体力で二日間程度は寝ないでも走り続けることができたが、いまは残された唯一の資産はかつては体力に比較して見劣りがしているといわれた頭脳なのは皮肉だ。
しかしその勉強も視力の低下と聴力が完全に衰えたらこの勉強の指導も辞めなくてはなるまい。

 今は人との接触はできるだけさけるようにしており、会うのは毎日の清掃活動中に必ず合うおなじみさんと、勉強を教えている生徒だけになっている。
耳がほとんど聞こえず目の視力も衰え会話が成り立たないので人を避けているのだが、人生のランディングが近づいているため店じまいをしているようなものだ。

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(28.7.27) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ 北アルプス縦断記その1」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております。

(25.8.30) ロドリゴ 北アルプス縦断記 その1 準備

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(馬場島キャンプ場のバーベキューハウス。ここで初日は寝た)

 マラカ大主教クナーカ様からひそかな密命が届いたのはキリスト歴2013年の8月の始めのことでございました。
ハポンで開かれているトランス・アルプス・ジャパンレースのコースを視察しその詳細な内容について報告せよ」というものでございましたが、クナーカ様は次回のジャパンレースのおりにはエスパニアの誇る修道士キリアン・ジョルネ殿を優勝させ、ハポンにおける布教活動の一助にする計画とのことでございました。
何しろハポネスはマラソン好きだから、この山岳レースでわがエスパニア人が優勝すればエスパニアの実力を見直し、あげて主の教えに従うはずだ

注)キリアン・ジョルネ修道士はウルトラ・トレイル・デュ・モンブランの優勝者でわが祖国エスパニアの誇りでございます。

 トランス・アルプス・ジャパン・レースとは日本海の富山湾を出発し、北アルプス・中央アルプス、南アルプスを経て駿河湾まで走り抜ける420kmのハポン有数の山岳レースで、このところ駿河の国の住人で火消しの頭、望月将悟殿が常に優勝をしている過酷なレースでございます。

クナーカ様、してこのロドリゴは一体何をすればいいのでしょうか
行け、そしてコースを下見し、その具体的コース内容を報告せよ
しかしロドリゴにはカメゴンの食事の世話をしなければならず、また齢67歳にもなって頭も禿げてしまい人前に出ることもかなわず、旅費の工面もできません。費用はクナーカ様からいただけるのでございましょうか
ロドリゴよ、金のことを言うのは卑しい人間のすることじゃ。費用はいつものように自己調達せよ。カメゴンにはしかるべく言い聞かせよ。そうじゃ、禿隠しにはわしが使用した野球帽を送ろう。すべて主の御心と心得よ!!」

 カメゴンには何とか1週間分の食料を残すことで説得したものの、ロドリゴにとって最も困難な課題は旅費の調達でございました。
致し方なく近在の農家からスイカを安く調達し、それをおゆみ野近在の篤信の信者に販売しようやくのことで縦走費用を整えたのでございます。

 こうして私ロドリゴがこのレースの視察に出発したのはキリスト歴8月20日のことでございました。
当初は北アルプス、中央アルプス、南アルプスの全山の視察を命じられましたが、それではカメゴンが餓死してしまうことと、ようやく篤信の信者から集めた金額はせいぜい1週間程度の山行が可能な金額でございました。
クナーカ様から費用をいただけるならば全山走破も可能なのですが・・・・・
ロドリゴよ、金のことを言うのは卑しいもののいう言葉じゃ。費用が1週間分なら主も1週間で許してくれるであろう

 かくしてクナーカ様のお許しも出て、約1週間の北アルプス縦走をすることになったのでございます。
今回の視察のルートは北アルプスの北端、剣岳の登山口から登頂し、立山、薬師岳、黒部五郎岳、双六岳、槍ヶ岳を経て穂高に登り、そこから上高地に下山するルートでございました。
登山に詳しくない方はイメージがわかないと思いますが、この中で剣岳の縦走と槍から穂高にかけての大キレット越え、それに北穂高から奥穂高への小キレット越えが日本でも有数の難所なのでございます。

注)ジャパン・アルプスレースでは槍から降りるのですが、かつて孤高の登山家と言われた加藤文太郎氏が冬の北アルプス縦走を行って穂高まで行きましたので、ロドリゴもそのコースをそっとたどることにいたしました。

 こうして富山の国上市部落というところにようようたどり着いたのは午後3時頃でございました。
ここからはJRも地方鉄道もなく、かつてはここからバスで剣岳の登山口馬場島まで行けたのですが、不況の影響でバス会社が撤退してしまい、今は雲助だけしかいない場所になっておりました。

 上市部落の駅舎でうろうろしていたところさっそく雲助から目を付けられました。
禿のだんな、馬場島まで行くんなら安くしとくぜ、籠にのらねいか!!」
して,籠の費用はいかほどに?」
まあ、25Kmあるから、8500円程度だな!!」
もし他に登山客がいて費用を折半できるなら籠に乗ってもよいと思いましたが、この時期上市部落から登山する客はほとんどおらず折半をする相手はいなかったのでございます。
歩くと6時間から7時間はかかり夜の見知らぬ山道を歩くのはかなり苦痛ではありました。

 しかしロドリゴには行商でかろうじて溜めた費用しかなくとても籠代を支払う余裕はなかったので、意を決して歩くことにいたしました。
ケチな客だな、クマにでも食われてしまえ」そう雲助が悪態を付いておりました。
夜道を歩くのは薄気味悪いもので、それも山道となれば時に自動車がすれちがうものの人一人としていないのでございます。

 番場島は標高750m程度で、早月川はやつきがわ)に沿って県道剣岳公園線をひたすらさかのぼるのですが、かつてはところどころにあった集落もなくなり、学校跡や役場の支社跡が薄明りの中で往時の面影を残しているだけでございました。
夜の9時ごろにようやく馬場島のキャンプ場にたどり着き、屋根のあるバーべキューハウスの中で寝ることにいたしました。

注)剣岳の早月尾根ルートについては以下の地図を参照
http://www.town.kamiichi.toyama.jp/hp/kanko_turugi/root.htm

 この時期このキャンプ場にテントを張る人は一人としておらず、ロドリゴは疲れていたためマットを引いて寝袋で寝たのですがこれはひどい失敗でございました。
屋根があるからテントは不要と判断したのですが夜中に蚊の大群に襲われ、気が付いたら手と顔をさんざん刺されてしまいました。
たまらずテントを張ってもぐりこんだものの、馬場島の蚊はおゆみ野近在の蚊と違った種類で、抗体がなかったせいかその後2日程度かゆみが引きませんでした。

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(この日は夕方から小雨が降っており、夜中には土砂ぶりになった)

 夜中になりかなりひどい雨が降り始めましたが、ロドリゴは明日からの登山に備えてこのバーベキューハウスでひたすら寝ることにいたしました。
ロドリゴは全く知りませんでしたがこの日から富山の国の上空には前線が張り出し、山は荒れ模様になっていったのでございます。

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(28.7.26) 横綱への兆戦また失敗 稀勢の里 それにしても立ち合いの変化は納得できない!!



 またしても稀勢の里の横綱昇進はお預けになった。これで3度目だから応援する方も疲れてしまう。いづれも準優勝でもう一歩のところだが、そのもう一歩を踏み出せない。
今場所は平幕の栃煌山と松鳳山に敗れたので、「あーあーもうだめか!!」とあきらめていたが、白鵬が大崩れしたため千秋楽まで優勝の望みがあったが、日馬富士にその優勝をかっさらわれてしまった。

 何か相撲を見ていると大事なところでいつも負けてしまうような人がいて、どうしても横綱になれなかったりするが稀勢の里はその典型のような人だ。
特に相撲といった一対一の格闘技はモチベーションが大事で、実力が伯仲している場合はモチベーションの高い方が必ず勝つ。
柔道の私の経験でも、「勝負は気持ちだ」といつも思っていた。
気持ちを高めることに成功すると信じられないような技が出るが、反対の場合は実に惨めな敗北をしたものだ。

 稀勢の里は制限時間が近づくと盛んに目をしばだてたりし、顔が真っ赤になるのでいかにも緊張していることが分かったが、今場所はなにか微笑んでいるような顔つきをしていた。
アナウンサーが盛んに「今場所の稀勢の里 はいつもと違ってリラックスしてますね」と言っていたが、あまりリラックスしすぎるのも問題で早々と栃煌山にまけてしまい、それからはひどいドタバタ相撲になって12勝3敗までこぎつけたのが奇跡のような場所だった。

 適度な緊張感と集中力も必要で、白鵬や日馬富士にあって稀勢の里にないものはこの二つだと思う。実力的には白鵬の次に強いと私は評価しているが、残念なことに気持ちが弱くどうしても横綱になれないといったところが本当のところだろう。
すでに日本人横綱がいなくなって久しいが、「これでは相撲はモンゴルの国技だ」と言われても致し方ない状況だ。

 ただ今場所松鳳山が稀勢の里を敗った相撲にはがっかりした。松鳳山の相撲にである。
松鳳山が行ったのは注文相撲というもので立ち合いで横に飛んで変化し突っ込んでくる稀勢の里をはたき込んだものだ。
私は相撲ファンでまい場所相撲に釘付けになるが、見ていてこの立ち合いの変化ほど面白くないものはない。
松鳳山は「私も勝つために一生懸命なので・・・・・」と言っていたが、私などそれを聞いて白けてしまった。
ちゃんと頭でぶつかってくれよ・・・・・・・・大事な取り組みだよ・・・・・

 以前琴奨菊が横綱になれるかどうかという時にも同様な場面があったが、立ち合いの横への変化は相撲をとることを最初から放棄していてみていて完全に不完全燃焼になってしまう。
相撲協会はこの立ち合い時の横への変化を禁止すべきだと私は考えているが、そうでないとがちんこ相撲のだいご味が味わえなからだ。

 柔道でも同じような問題が過去にあって互いに柔道着をつかむその前に猛然とタックルする選手が後を絶たなかった。これでは柔道ではなくレスリングなので競技として成立しないため、タックルは一度組んだ後でなければ認められないように規則が改定された。
相撲でも最初から横に変化するのは相撲そのものが成り立たないのだから禁止すべきで、いったんぶつかった後での変化技だけを認めるべきではないだろうか。
相撲協会が真剣に検討すべき課題で、そうしないと相撲を見ているファンががっかりして相撲を見なくなることは受けあいだ。

 

 

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(28.7.25) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ自転車周遊記 その12」

(26.9.8) ロドリゴ自転車周遊記 その12(最終回) 神栖市 旭市 東金市 そしておゆみ野

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(利根川大橋のたもと)

 ロドリゴの自転車周遊記も最終回になりました。思えば御老中水野忠邦様に命じられて関八州の見回りに出立致したのですが、関八州は地獄の暑さで50年に一度の猛暑になっており、とても人間の住める場所ではありませんでした。
「これでは死んでしまう。どうせ死ぬのなら好きな蝦夷地を見て死のう」と決心し、大洗の港より北前船に乗り蝦夷地の苫小牧の港に降り立ったのが天明7年8月7日でしたが、それが昨日のように思われます。

 蝦夷地は期待通りの涼しく快適な気候風土でございましたし、ロドリゴが今回尋ねた支笏湖、積丹半島、洞爺湖は期待通りの風光明媚な土地柄でございました。
夏は絶対に蝦夷地が一番」というロドリゴの確信は今回も証明されたことになります。

 だが残念なことに蝦夷地はだんだんと見捨てられた土地になっており、大都市を除くと人口減少に歯止めがかからず、特に農村部では今住んでいる人の寿命がその集落の寿命になっておりました。
苫小牧の港には大きな工場団地が造成されておりますが、ここを拠点とする王子製紙がわずかに関連会社の工場を建設しているだけで、広大な造成地にはぺんぺん草が生えているのでございます。

 ジパングが世界の工場であった時代は今から約20年前に終焉し、その後から)が世界の工場になりましたがそれも賃金の高騰により終焉し、次は天竺かというような状況になっております。
したがって蝦夷地で工業を起こすなどは夢のまた夢で、工業以外の新たな産業の開発が急がれていますが、残念なことにそうした取り組みは遅々として進んでおりません。

 蝦夷地には北方領土問題があって熊のミーシャとは不仲でございますが、その原因の北方領土の実質的価値はほとんどなく、単に象徴的な問題に過ぎません。
蝦夷地は太古の昔から北に開かれた土地ですのでミーシャとの関係改善が進めば大いに発展性はありますが、今ミーシャはウクライナで吠えまくっておりますので、その可能性もほとんどなくなっております。

 工業は不振で人口が極端に少ない地方の残された資源は自然そのもので、観光産業だけが発展の余地はありますが、相変わらず自動車主体の観光行政では蝦夷地の特異性はありません。はっきり言って美しい自然の残された土地は世界にいくらでもあり、私の好きなニュージーランドやカナダなどはその双璧です。
昨日も提案した通り特異性を発揮させて蝦夷地を世界の自転車ツアーのメッカにするのが自転車好きのロドリゴの希望でございます。

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(利根川大橋 有料道路だが人と自転車は無料)

 そのようなことを考えながら今日も極端に暑さの増した国道124号線から126号線を南下いたしました。
この道は銚子の中心を通るのですが利根川大橋を渡って銚子市はバイパスいたしました。できるだけ早く故郷おゆみ野村に帰りつきたかったからでございます。
東金村近在まで来たときこの周辺はロドリゴがかつて見知った場所ですので「ああ、ようやく故郷に戻った」と感無量になりました。
特に昭和の森からは日常的に自転車を乗り回している場所ですので、完全に故郷という雰囲気でございました。

 故郷には老いた母親が1人このロドリゴの帰郷を待ち望んでおりましたが、最近は目がかすむらしく真っ黒に日焼けした私を見て「おや、どこの外人さんですかの?」と尋ねたほどでございます。
こうして天明7年8月15日は終わり、ロドリゴの今年の夏の自転車周遊も終わったのでございます。

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(28.7.24) LINEの上場で韓国が大はしゃぎ 「やはり韓国のDNAは優れている」

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 久々に大物の上場がされたとニューヨーク証券取引所東京証券取引所がはしゃいでいる。LINEが上場され時価総額は約1兆円だそうだ。
LINEは主として日本で開発されてその利用者も日本が圧倒的に多いが、もともとは韓国のネイバー社の日本法人が開発したソフトである。
通話とメールが無料なので学生が飛びついた。
日本の中学生や高校生にとってはなくてはならないソフトで、ダウンロード数だけで言えば6000万件、スマホ利用者の約8割がダウンロードしている。

 もっとも私のようにスマホをパソコンの横に置きっぱなしで通話など一切しない人間でもLINEをダウンロードしているから、実際の利用者はやはり学生や海外との通話でお金をかけたくない人が使っているのだろう。
実は無料通話ソフトの世界も厳しい競争下に置かれていて、アメリカや中国にはそれぞれの無料ソフトがあるから、LINEは日本、台湾、インドネシアが主要な利用国だ。
本家の韓国ではLINEは全く人気がなく、カカオトークのダウンロードが95%に達している。

注)韓国ではカカオトークの方がLINEより1年近く先行してリリースされて、韓国のプラットフォームになっている。

 LINEそのもののダウンロードやソフトの利用は無料だから、こうした企業が収益を上げるにはLINE独自の有料スタンプを売ったり、デジタル広告を集めたり、有料ゲームを販売したりしているが、日本での大成功にかかわらず15年12期は連結で79億円の赤字だという。
やはり無料ソフトで儲けるのは大変ですね・・・・」同情をしてしまう。

 LINEは韓国の企業の子会社だが、日本人の一般的な感覚では日本企業と思われている。
日本には外国資本が入った企業がいくつもあり、いまさらその資本関係を詮索するよりサービスの良しあしで判断するから日本にあった会社なら資本関係は全く問題がない。
日本IBMや日本ユニシスや日本マクドナルドなどすっかり日本企業として見なされている。

 一方で韓国ではそうはとらえられていないことを知って笑ってしまった。
韓国企業が日本で成功し東京とニューヨークで上場したのは韓国企業の快挙だとはしゃいでいる。
やはり韓国人のDNA はすばらしい。日本人にはできまい!!」
韓国では以前ロッテが日本企業なのが分かって一種の排斥運動なんかが起こってたが、今も昔も韓国か韓国でないかが重要なようで、ほとんど精神が国際化されていない。
韓国人の狭量さはここでも際立っている。

 日本ではこれほど使用されているLINEだが、そのために様々な問題が発生している。
無料で通話やメールができるため中学生や高校生(場合によっては小学生)が一種のLINEサークルを作って、厳しい掟などがあるようで、たとえばメ-ルが来たら一定時間以内に返事を出さないとならないといったようなルールがあり、夜もおちおち寝られなくなるのだという。
私のようにスマホなど一切利用しない人間からすると「何を馬鹿げたことを!!」と思うが当の若者たちは真剣そのものだそうだ。
有識者が「LINEがあるため学生間でシカトのような仲間外れの問題が発生している。夜間のLINEの使用を止めなければならない」と嘆いていた。

 私のような老人になればシカトされようがされまいが一向に平気だし、携帯などまったく使用しないでもいられるがまだ精神が未熟な若者に は大問題のようだ。
日本の若者の基本ソフトにまでなったLINEだが使用方法については問題が山積みで解決すべきことがらが多そうだ。

 

 

 

 

 

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(28.7.23) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ自転車周遊記 その11」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております。

(26.9.6) ロドリゴ自転車周遊記 その11 大洗 鹿島市 そして神栖市

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(たぶん鹿島灘の砂防施設)

 とても魔訶不可思議なことにはフェリーに乗ってからは、ロドリゴをあれほど悩ました静御前の霊がぴったりと現れなくなりました。
どうしたことかとウキペディアで調べてみると、「妖怪は自身の結界を越えて現れることはなく、蝦夷地の妖怪は津軽海峡を越えられない」と記載されておりました。
そうかそれで昨晩は静御前は出現しなかったのか」理由は分かりましたが、出なければ出ないで何かとても寂しい気がしたものでございます。

 ロドリゴの乗ったフェリーは翌天明7年8月14日の午後2時には常陸国大洗の港に到着いたしました。
着いてみますと関八州は相変わらず灼熱の地獄で「こんなことならもう少し蝦夷地にとどまるのだった」と思いましたが後の祭りでございます。

 ここから我がおゆみ野郷へはおおよそ160km程度ありましたので夜半にどうしても一泊する必要がございました。
自転車の夜間走行は、特に荷駄が多く走るアッピア街道のような場所は危険で、いつ轢き殺されてもおかしくないからでございます。
まあ、今日は鹿島あたりの公園で一泊するか・・・・

 この鹿島灘の沿岸は蝦夷地とは全く異なり工業地帯が連なっており、潮騒ハマナス公園なるものもあるようでしたが、帰路を急いでいたロドリゴはそうした場所に目もくれず国道51号線を南下していったものでございます。
それにしてもこの暑さは何だ、たまったものではない・・・・・」体中が汗だらけになっておりました

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(鹿島アントラーズの鹿島スタジアム)

 鹿島村には鹿島アントラーズの鹿島スタジアムのそばに公園がありましたが、まだ日もかげっていないためもう少し進むことにしました。
しかしこの判断は最悪の判断だったことが後で明らかになったのでございます。
神栖市の中心を通り過ぎたころから積乱雲が空を覆い始めいつ大雨が降ってくるか分からないような状態になってまいりました。
まずい、雨が落ちてくる前にキャンプ地を探そう
しかしいくら探しても国道沿いに適当な場所が見つからなかったのでございます。

 そうこうしている間に大粒の雨が降り出し、たちまちのうちに豪雨になってしまいました。視界がなくなり目には雨が入って前を見るのも大変な状況になってまいりました。
完全にまずい。こうなってはどこでもいいから退避しよう
目の前に歩道橋が現れその下が調度雨よけになっていましたので、慌ててそこに退避しましたが待てど暮らせど雨が止む素振りを見せません。
仕方ない、今日はこの歩道橋の下で寝ることにするか
ロドリゴはキャンプをするときはたいていの場所に眠りますが歩道橋の下というのは初めてで、何か江戸界隈で隅田川の橋の下で寝ている乞食とさして変わらない有様でございました。

 体は汗と雨でびしょ濡れになっていましたので降りしきる雨をシャワー代わりに体を洗い、これも汗でべたべたになっている寝袋に入った時は、何かロドリゴの将来を彷彿とさせたものでございます。
実はロドリゴが日本橋の両替商で働いていたころ、東京駅の京葉線の地下コンコースで寝ている浮浪の徒を見て「ああ、ロドリゴもそうした安穏な生活をしたいものだ」と思っておりましたが、くしくも神栖市の歩道橋の下でその生活を余儀なくされたのでございます。

 外は荷駄がひっきりなしに行き交い明るい提灯などを照らしますのでおちおち眠ることができず、「こうした時は静御前が出てきて鎌倉幕府の裏話を聞かせててくれたらどんなに時間つぶしになったろう」思ったものでございました。
思えば8月14日はロドリゴの68回目の誕生日でございましたが、通常であれば少しはしゃれた料理屋で楽しげに食事でもしているところを、実際は降りしきる雨の中を歩道橋の下で冷たくなった寝袋をかぶって寝ていたのでございます。

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(28.7.22) 世界中がポケモンGOで大フィーバー  任天堂の大復活

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 世界中がポケモンGOで大騒ぎになっている。ポケモンGOなどと言われても私などは何のことか分からなかったが、スマホ向けのソフトで街角でポケモンを探すソフトだという。
それが何で問題になるかというと1月前に先行リリースされたアメリカでは、大げさに言えば街中でポケモン探しが始まって交通渋滞や事故が絶えないからだそうだ。
ポケモンがいる場所は地図情報で見るとわかるので、ポケモンハンターがみなこの場所に集まって、画面だけを見て歩き回っているため自動車にはねられたりどぶに落ちた幼児とぶつかってしまうのだそうだ。

 ゲームの内容は一定の場所にポケモンが配置されていて、これをグーグルマップで探して町や公園をさまよい、見つけると画面上でボールをぶつけて当たればポケモンをゲットできる。
それだけの単純なゲームだが、はまると夢中になって人々がポケモンを探して街中をさ迷い歩く。
先行リリースされたアメリカでは、サンフランシスコの公園ではスマホを覗いて歩き回るポケモン人間だらけになってしまったそうだ。

 日本でも近近このソフトがリリースされるため政府が慌てて注意喚起をしている。
歩きスマホはいかん。人の敷地に入り込むな
人の敷地内に入ってしまうのはポケモンがいる場所の設定を間違えて個人住宅の中になったりするからだが、確かに間違って設定場所になった人は迷惑だろう。
ここよ、絶対にこの家の中よ、入ってポケモンをゲットだ」なんてことをされてはおちおち安眠もできない。

 一方このソフトの開発を行った任天堂は業績が急回復している。
任天堂は長い間業績が低迷し、復活は無理ではなかろうかと思われていたが、劇的な復活を遂げつつある。
ポケモンGOがアメリカで爆発的な人気を呼んだため、アプリそのものは無料だが関連するアイテムの売りあげが急上昇しているからだ。
ゲットするにはアイテムが必要で、強力なアイテムを購入すればするほどゲットできるためみんな夢中になってアイテムを買い求め、この売り上げが任天堂の懐を潤している。
株価は記録的な上昇をして、ひと月前からほぼ2倍に値上がりして3万円前後で推移し始めた。

 任天堂は2009年1.8兆円の売り上げを誇っていたが、その後は凋落といっていいほどの低迷で一頃は赤字に陥っていたが昨年あたりからようやく300億円程度の営業黒字になっていた。
しかし300億円程度ではとても世界企業とは言えず並み以下の企業だったが、これで業績が急回復し世界企業として復活だ。
世の中何がはやるか分からないものだが、ポケモン探しでこれほど世界中が熱狂するとは思わなかった。

 もっとも私などはスマホを持ち歩くことをせず、パソコンの横に置いたままだからポケモンGOがはやっても関係ないがまた一つ日本企業が復活することは好ましいことだ。
 

 

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(28.7.21) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ自転車周遊記 その10」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております。

(26.9.4) ロドリゴ自転車周遊記 その10 伊達市 支笏湖 苫小牧 そしてフェリー

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(大滝から少し行ったところ)

 キャンプをしながら旅行する時一番困るのが、次第に寝袋が汗でべとべとになっていくことでございます。当初はサラサラに乾いて気持ちよく寝ていられたのが、時間がたつにつれてロドリゴの汗と油をたっぷり吸い込み、肌に接触するとベターとつくようになるのでございます。
途中で寝袋を天日干しできればよいのですが、自転車旅行の場合はそうした時間をとることができませんので、何か濡れた毛布で寝ているようになってまいります。
ああやだ、こんな気持ち悪いもので寝るなんて、最悪だ!!!」
こうしてキャンプ生活も終わりに近づくのでございます。

 またロドリゴの顔は照り付ける太陽光線で顔が真っ黒になり、遠くからは前と後ろの区別がつかないようになっておりました。光線除けに帽子の下に手拭いを垂らしておりますので、ちょうど南方戦線に派遣された旧日本軍の敗残兵のようであり、コンビニと称する茶店に立ち寄ると、茶店の娘が一瞬ぎょっとし、店の奥に逃げてしまうのでございます。
お父さん、大変、店にゴリラが押し寄せているわ!!」
実はロドリゴは精いっぱい愛想笑いをして娘を怖がらせまいとするのですが、真っ黒な顔の中で歯だけが真っ白に光って、あたかもキングコングが歯をむき出しにした様を彷彿させているようでございました。

 「だんだんと人間でなくなってきたので、そろそろ故郷おゆみ野村に帰って人間に戻る必要がありそうだ・・・・・・・
ここ伊達郷からは樽前国道を通って支笏湖のわきを通り、苫小牧に出る道を選択いたしました。ほかに山越えの道をたどって白老町に抜ける魅力的な山道もあったのですが、ロドリゴのマウンティンバイクの前ブレーキは壊れてしまっているため、下りの制御が難しくできる限り山道は避けたかったからでございます。
支笏湖から苫小牧への道は今回の旅ですでに通ったことがある道で、一度と通った道というものはライダーにとって非常に安心感を与えるものなのでございます。

 苫小牧からのフェリーは夕刻に出る予定でしたのでかなり時間的な余裕があり、ロドリゴは苫小牧の町を巡察することができました。
この街には高い煙突が駅のそばに林立していて、なにか四日市のような雰囲気なのでございますが王子製紙の工場でございました。ここは王子製紙の城下町なのでございます。

 ここ苫小牧の開拓史はロドリゴが幼児期を過ごした八王子の千人同心が明治期にここ勇払に鍬を入れたのが始まりでした。千人同心は徳川家恩顧の郷士集団で、幕府滅亡後新天地を求めてここ蝦夷地に開拓農民として入植したものでございます。
千人同心の中には新撰組組長だった近藤勇家もあって、特別に徳川家に対し忠誠心が強かったため、明治政府のもとでは生きるすべがなかったものと思われます。

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(ロドリゴ ガラスに反射している影)

 夕刻フェリーに乗船して蝦夷地を旅立ちましたが、つくづく思ったことは蝦夷地の今後の生き様でございました。苫小牧の工場団地はその大半がぺんぺん草で覆われもはや工場建設は夢のまた夢という惨状でございました。
またここ蝦夷地から次々と人々が消え去っており、一部の大都市以外はいづれも最盛時の人口の5割から8割程度の人口になっており、この傾向はますます加速されるようでございました。

 反対に自然はかつて開拓された場所が林地に戻り始め太古の姿が復活し始めておりました。こうした蝦夷地は自然こそが資産でそれを利用した観光業と自然相手の農林水産業以外の生業はほとんど不可能なように思われました。
道路は非常によく発達しておりますが、残念なことに荷駄と称する自動車専用であり、ロドリゴのような自転車による周遊は一部の場所を除いてかなり危険な個所が多く、エコ思考の人間にとっては必ずしも移動しやすいとは言いがたいのが実情でございます。

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(打ち捨てられた家屋。誰もかたづけることをしない)

 ロドリゴの希望は蝦夷中が一筆書きで一周できる自転車道の整備で、世界中の自転車愛好家のメッカに蝦夷地をすることでございます。
その場合は歩道の利用法が問題になるのですが、蝦夷地は集落と集落の間が20kmや30km程度の場所がいくらでもあって、そうした場所に歩道が設置されていても歩いて移動する人は皆無なのでございます。

注)現在の道路交通法では自転車は歩道を走ることが禁止されていますが、蝦夷地では都市部を除いて歩道を歩く人はおりません。ただ存在しているだけの無用の長物になっております。

 まさにこれこそ打ち捨てられている資産で、これを自転車道として整備しなおして、世界最高レベルの自転車観光地にするのが、蝦夷地再生の切り札のようにロドリゴには思われました。
フェリーに揺られ夢うつつでそうしたことを考えながら蝦夷地の旅もようやく終わりになったのでございます。
天明7年8月13日の夜はこうして過ぎたのでございます。

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(28.7.20) 女性の時代 小池氏は都知事にまっしぐら!!

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 7月31日投票日の東京都知事選挙は以外にも小池百合子氏がリードをし、その後を鳥越俊太郎氏、
増田 寛也氏が追う展開になっている。
私は自民党と公明党が推薦している増田氏が断然優位かと思っていたのでとても意外な気がした。
東京都の有権者数は1120万人でその約6割は浮動票だから、政党の推薦程度では勝利できずこの浮動票を取りこめた候補者が勝利する構図のようだ。

  過去の選挙でも自民党や公明党が推薦した礒村尚徳氏や石原信雄氏や明石康氏が落選しているから政党推薦だけでは勝利できない。
私は個人的にはテクノクラートで知事経験も豊富な増田氏が適任と思っているが、増田氏は玄人好みの候補者で人気という点では小池氏や鳥越氏にはるかに劣る。
それに増田氏は従来から地方の再生と東京一極集中を非難してきた人なので、「ならば東京を相対的に縮小させるために知事になるのですか?」と聞いてみたくなる。
従来のスタンスと都知事候補という立場とはどう見ても立場が真逆だ。

 一方鳥越氏についてはその第一声が「癌の撲滅のために都民全員のがん検診をする」といったのに はあきれてしまった。
がん検診は鳥越氏本人に は必要かもしれないが、それが本当に東京都が抱える第一級の問題とはいえない。
考えてもみてほしい。がん検診は主として老人が必要なのだが、検診の結果がんがあることがわかってももうどうにもならないのが実態だ。
がんで死ぬのか寿命なのかはわからないのが老人なのだし、またこれ以上老人の寿命を伸ばしても社会的な意義はほとんどない。
一方若者の検診を増やすのは時間と金の無駄だ。

 今回の立候補の経緯を見ていると小池氏だけが主体的に立候補したのに比べ、鳥越氏も増田氏も推薦を得たから立候補したという側面が強い。
この二人は周りから言われて立候補したため都知事としての仕事について明確なビジョンを持っていないことが明白だ。
小池氏にもそれがあるとは思われないが、少なくとも潔く背水の陣で臨んでいるし他に頼らず自力で頑張っているところが共感を得ているのだろう。

 思えば最近日本の女性は元気がいい。男がなよなよとして決断力をなくしているのに比較して、女性の決断力には頭が下がる。
私はいま中学生と高校生に勉強を教えているが、明らかに女性の方が良く勉強するし成績もいい。キャリアの公務員試験でも女性の進出が目立つし、医学部への入学も女性が激増している。
安倍首相は女性の活躍の場を広げようと熱心だが、実際は男がからっきしだらしがないので実質的に女性優位になりつつあるというのが実態だろう。

 東京都知事選もそうした意味で女性優位の結果になるのもやむおえないところがある。私は増田氏が一番いいとは思っているが、女性の時代を象徴する意味で小池氏に都知事になってもらうのも悪くはない選択だ。

 

 


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(28.7.19) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ自転車周遊記 その9」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております。

(26.9.2) ロドリゴ自転車周遊記 その9  京極町 真狩村 洞爺湖 そして伊達市

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(洞爺湖 中央が中島)

. 天明7年8月12日の朝は台風一過の気持よい朝でございました。
この日は京極の集落を出立し、真狩村まっかりむら)経由で洞爺湖を一周し、伊達郷方面に抜ける計画でございました。
なぜ真狩村を目指したかと申しますと、江戸市中で評判の義太夫の語り手、細川たかしの丞の故郷だからでございます。

 ロドリゴも義太夫が特に好きでたかしの丞の義太夫は私の好きなものの一つですので、真狩村なるものを見てみたいと思ったからでございます。真狩村は羊蹄山の麓にある村で、行ってみますと非常に瀟洒なたたずまいが印象的な村でございました。
ここにたかしの丞の銅像が川のほとりに建立されておりました。
しかしその像はたかしの丞が若かりし頃の像で、現在の中年太りのはかま姿とは似てもにつかぬ像であるのに思わず笑ってしまいました。
これじゃ誰の像だか分からないじゃないか・・・・・

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(細川たかしの丞の像)

 真狩村からは洞爺湖に抜け洞爺湖を一周する予定でございました。洞爺湖は周囲約40kmで、ここでフルマラソンと称する飛脚仲間の競技が行われております。
私の知り合いの飛脚のマミ姉さんがこの競技に参加しておりました。
ロドリゴさん、とても美しい場所ですから一度行ってみたらいかがですか」と言われていたので立ち寄ったのでございます。

 洞爺湖は真ん中に中島と称す島があり、洞爺湖温泉から観光船が出ておりました。近くには昭和新山有珠山といったしばしば噴火を繰り返す火山があり、ここが日本でも有数なマグマだまりであることが見て取れました。
ロドリゴは最初一周するつもりでしたが、マウンティンバイクの速度は時速12km程度でロドリゴがまだ若かったころの飛脚競技の速度とさして変わらず、行けども行けども着かず3分の2程度走って嫌になってしまいました。
フルマラソンに参加しているんじゃないので3分の2も走ればいいだろう」

 洞爺湖を離れ453号線を北上し伊達郷に入ったのでございます。ここ伊達郡は明治初期に伊達邦成様がこの地を差配し開拓したことからこの地名が付いているのでございます。
地図を見ますと大滝という場所の山合いに三階滝公園というものがありましたので、夕暮れが近づいているのでここでキャンプをする予定でございました。

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(三階滝公園)

 この公園には数件の茶店がございましたが夕暮れ時となると店を閉めいづれも村に降りていってしまい、夜半はこの公園には誰一人としていないのでございます。
蝦夷地にはとても立派な公園が数多くありますが、利用する人はほとんどなくこの公園も夜半はヒグマとキタキツネの結界になるようでございました。

 しかしロドリゴはだれ一人いない場所でのキャンプの方が落ち着きますので問題はないのでございますが、夜半再び静御前の霊がやってきて800年間の愚痴を聞かなければならないことがわずらわしかったのでございます。
しかし持っている護符は一枚足らないためどこに貼り残しをするかが問題でした。
昨日はお尻を残して桃を偽装したのですがひどい失敗で、今回は考えあぐねた結果松茸にしたのでございます。
松茸は生で食することはできないのでよもやかみつくことは有るまいとの判断でございました。

 果たして丑三つ時になると例の静が「ドシツネ様、ドシツネ様」と大音響を発しておりました。
今日もドシツネ様はわらわをさけて・・・おやここに大きなマツタケが!! もしやこれはドシツネ様の松茸では・・・・・収穫じゃ、収穫じゃ!!」そう言って思いっきり松茸を引っ張ったのでございます。
待て、待て、待て、静、そんなに引っ張られると宦官になってしまう!!」
まことに間一髪で宮刑を受けた司馬遷になるところでございました。

 致し方なく今夜も鎌倉幕府裏面史なるものを聞かされたのですが、「三代将軍実朝様は武士の棟梁というより歌詠みで、このことが北条政子様の悩みの種」だったそうでございます。
特に実朝様が鎌倉一帯に集中豪雨が降った時に「時により すぐれば民の嘆きなり 八幡大王雨止めさせ給え」と祈祷ばかり行い、自衛隊を派遣せず災害復旧措置を取らなかったことが政子様のお怒りに触れたそうでございます。

 しかしいくら政子様がお諫めになっても実朝様は歌ばかり歌っていたので、とうとうしびれを切らした政子様が静に「実朝のふぐりを食いちぎって宦官にしてしまえ」とお命じになったそうでございます。政子様は空想的鎌倉主義を嫌っていたとのことでございました。

 静によると「静はただ宦官にさせるだけのつもりで、鶴岡八幡宮の銀杏の陰から襲ったのでございましたが、実朝様は驚愕して階段より転がり落ちあえなくご最後を遂げてしまった」のだそうでございます。
これが平和主義者実朝の最後だと知りました。

 実に恐ろしき鎌倉幕府裏面史で頼朝の血筋の断絶はすべて静御前がふぐりを食いちぎったためと知ったのですが、ロドリゴはこれを日本歴史学会に報告すべきか否か迷っているうちにカッコーの声が聞こえ、静御前の霊は退散していきました。

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(28.7.18) 中東の要石トルコの内部分裂 軍のクーデター失敗

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  また一つ中東で不安定要因が増幅された。トルコで軍事クーデターが発生しクーデターそのものは失敗したが、一時は軍司令部や国会議事堂、国際空港、国営放送局が占拠され、主要な道路が封鎖されていた。
今回のクーデターは軍全体が関与したわけでなく軍の一部の不満分子が起こしたことで日本でいえば2・26事件と酷似している。

 トルコでは1960年以降でも4回のクーデターが発生しいずれも成功してきたが、このときは軍全体が一丸となってクーデターを起こしていたので、今回のような一部の軍の反乱とは異なる。
現在のエルドアン政権は国民の約50%の支持を得ており政権基盤はしっかりしていたが、エルドアン氏はかなり強権的な政治手法をとっており、軍や反対党やメディア勢力の削減に は容赦しなかった。

 特に軍に対しては2010年に軍が持っていた不訴追特権を剥奪したが、これはクーデターを起こした軍人の訴追を認めていなかった憲法を修正したものである。
これによってかつては軍は自由にクーデターを起こし、クーデターにともなう反対者への裁判なしの処刑を行ってもその訴追を免れていたが、その特権がなくなった。
くそ、エルドアンの奴、軍の力を弱めるために勝手なことをしているが今に見ておれ!!」軍内部に不満が蓄積されていた。

 トルコの軍隊は日本旧陸軍のような政府による統制の埒外にあったが、それは第一次世界大戦後現在のトルコ共和国を創設したケマル・アタチュルクが国会と国民を信用していなかったからである。
トルコは今も昔もイスラム教の影響が強く選挙など行うとイスラム政党が主導権を握ることになりイランのような宗教国家になってしまうので、軍隊を近代化してここで民主教育(反イスラム教育)を徹底して行ってきた。
そして政権がイスラム化したときには、クーデターを行って修正ができるシステムを構築し、それを軍隊の世俗主義、民主主義と位置付けた。
政治と宗教を分離しイスラム教の介入を許すな!!」
この世俗主義の軍隊と現在のイスラム政党をバックとするエルドアン政権が鋭く対立してきた構図がある。
エルドアン政権はこの世俗主義と対抗してのし上がってきたイスラム穏健政権だ。

 今回のクーデター失敗で軍隊内の反エルドアン分子は一掃されるだろうが、それは同時にトルコ軍の弱体化を意味する。
かつてロシアのスターリンが自身に敵対する軍の首脳部を徹底的に粛清したが、そのため独ソ戦の初期に はソビエト軍に指揮官がいなくなってぼろ負けをした経緯がある。

 現在トルコ軍はISや対クルド独立党と激戦をしており、イスタンブールやアンカラではISやクルド人と見られるテロが頻発している。これを抑えているのが軍だがその軍が分裂し弱体化しては戦争に勝てない。
中東の要石と思われていたトルコが実は内部に軍の不満分子がいることが明らかになり、IS等の掃討作戦に支障が発生することは確実だろう。

 今世界は分裂のベクトルが働いており、イギリスがEUから離脱することが決まり、今度は中東の要石と言われたトルコに激震が走った。
当面は反対派を逮捕粛清してエルドアン政権は乗り切るだろうが、世界の安定勢力がまた一つ消失したことは確かだ。

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(28.7.17) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ自転車周遊記 その8」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております。

(26.8.31) ロドリゴ自転車周遊記 その8 岩内町 倶知安 そして京極町

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(台風11号の暗雲が垂れ込めておりました)


 天明7年8月11日の朝はこの蝦夷地にも台風11号の余波で大雨強風注意報が天文方より出されておりました。
空は黒雲に覆われ時折横殴りの雨が降っていたため、ロドリゴはここ岩内の漁村でもう一泊する予定でございました。

 しかし予想に反して天候は徐々に回復し時に晴れ間さえ見えるようになってきましたので、思い切って出立したのでございます。
今回は倶知安を経由して洞爺湖方面に出るつもりでしたが、天候によっては途中でキャンプを張る予定でございました。
テントを持っているんだから天候が悪化しても大丈夫だろう・・・・・・

 蝦夷地には時に非常に雅な地名が存在するのですが、京極という地名もその一つでございます。由来は元丸亀藩藩主京極高徳氏がこの地を開拓したからで、人口4千程度の静かな街並みの中に、京極温泉という非常に立派な温泉施設がございました。
ロドリゴの楽しみは温泉を見つけては入ることで、自転車をこいで汗だくの身体には温泉が一番なのでございます。

 この日は天候が安定せず京極温泉の露天風呂で景色を眺めていたら猛烈な雨が降り出し、たちまちのうちに景色が見えなくなるほどでございました。
「いやー、走っている最中にこの大雨に見舞われたら対処ができないところだった・・・・」
余りに風雨が激しいととてもテントを張れる余裕がないのでございます。京極温泉のくつろぎの間で外の横殴りの雨を見ながら運の良さに感謝しましたがいつしか眠りこんだようでございました。

 目が覚めたのは夕刻で、雨も止んでおりました。この京極温泉にいつまでもいられずキャンプ地を見つけなければならなかったのですが、この施設に併設されている陸上競技場の向うに東屋のようなものがありましたので、今夜はそこでキャンプを張ることにいたしました。
上に屋根があれば大雨が降っても雨を恐れることはなくまたキャンプをたたむときもぬれずに済むからでございます。

注)日本の山村には時に信じられないような豪華な設備があるのですが、陸上競技場もその一つです。陸上競技場はロドリゴが住んでいる千葉郷でも利用率は低いのですが、人口4000人の山村では利用者を見つけるのが難しい状況でしょう。

 キャンプをはるにあたってただ一つの不安はまた夜半に静御前の霊が出てきて800年の愚痴を聞かされることでございました。
そうならないように今日も般若心境の護符を体中に張ったのですが、なぜか一枚足らないのでございます。
まずいじゃないか。張り残しがあると耳なし芳一になってしまう
あれこれ試行錯誤した結果、お尻に護符を張るのを諦めたのでございます。
ロドリゴのお尻は桃のようにふっくらして赤みをさしているから、静御前は桃と勘違いして見逃すのではあるまいか・・・・・・」

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(この東屋の下にキャンプを張った)

 果たして丑三つ時になると例の静御前が現れ「ドシツネ様、ドシツネ様」と大音響を発しておりました。
そして信じられないことに私の桃を見つけると、ブルドッグのような歯をむき出してかみついてきたのでございます。
あな、嬉し、桃じゃ、桃じゃ
ょっと待て、ちょっと待て、静、これはドシツネのお尻じゃ、いくら食べても臭いが強いだけで少しもおいしくはないぞ!!」

 静が桃好きだったことを知らなかったのは大失敗で、お尻を食べられてしまうより愚痴を聞く方がましなのですべての護符を取り去り静御前の相手をしたのでございます。
それによると二代将軍頼家頼朝に劣らずスケベーで比企家の娘にちょっかい出したり、静にも手をかけるありさまで、北条政子様の逆鱗に触れ、修善寺で暗殺されたとのことでございました。
その折、政子様はこの静に暗殺の検分役を命じ、頼家様があまりに激しく抵抗するため、この静が頼家様のふぐりにかみつき殺害したと申すのでございます。

しかし、しかし、ふぐりなどかみついても少しもうまくないぞ!!」
ロドリゴは思わず自身のふぐりを抑えたものでございます。何か静の話は頼朝家のスケベー話ばかりで、鎌倉幕府の正史、吾妻鏡との相違に驚愕いたしました。
朝方カッコーの声を聞いて静の霊は退散いたしましたが、「これは日本史の大幅な書き換えが必要だな」とつくずく思ったものでございました。

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(28.7.16) 中国とアメリカに天罰が下っている!! 洪水と銃の乱射事件

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 一般に天罰という言葉を使用すると何か宗教がかってきこえるが、実際に天罰 はあるのだと思ってしまう。
中国では今年に入って1954年に記録を取り始めてから最悪の記録的な大雨が降っており、長江流域の浸水被害が拡大したり香港に大量のごみが流れ着いたりしており、人的被害も200名近くに及んでいる。
こうした状況下で中国政府は有効な手段をとることができず、自慢の三峡ダムも洪水対策には全く無力で「いったい何のためにこのダムを建設したのだ」と怨嗟の声が上がっている。

 中国は長い間地球温暖化対策に は無関心で、地球温暖化の原因を先進国のせいにしてはばからず、自らは温室効果ガスを好きなだけ排出してきたが、地球の浄化作用の限界に達して地球が中国に反逆し始めた。
今まではもっぱら大気汚染のひどさで、中国の大都市は人の住む場所でなくなったが、これに洪水がくわわり農村部は水浸しになった。
現在ますます長江の水位は上昇して人事の及ばない領域に入ってきつつある。
「天罰じゃ、天罰じゃ、長江流域は水浸しじゃ!!」

 日本でもかつて自然をないがしろにして、四日市ぜんそくや水俣病といった公害を経験したが、今中国は自然の反逆に対処できないほど国土が荒れ果ててしまった。
相も変わらずGDPは6.7%の上昇だといったうその数字を公表しているが、実際は大気汚染や洪水といった環境対策で大わらわでしかもあまりに自然を痛めつけていたためもはや有効な回復手段がないのが実態だ。
中国の環境は破壊つくされてしまった。

 またアメリカでも同じような天罰が下されている。
アメリカの場合は銃規制の問題で、まったくといっていいほど銃の保有は野放しのため銃によるテロ事件が後を絶たない。
フロリダ州のオーランドのダンスホールで約50名が殺傷されたと思ったら、今度はダラスで警察官を殺傷する事件が起き5名の警察官が死亡した。14年には小学生20名が殺傷されている。

 こうした事件が起こるたびにオバマ大統領は銃規制法案を議会に提出するが、共和党がいつものように反対して否決してしまう。
銃の保有は憲法で保障された基本的人権だ」というのだが、これほど銃器を野放しにしているのはアメリカとイラク周辺とアフリカの紛争地帯ぐらいだろう。

 アメリカではもはや銃規制が不可能になっており小学生が何人も殺傷されても銃の保有は許可されたままだ。
日本では豊臣秀吉がすでに400年以上の昔に刀狩を行い民間人の槍や刀やテッポウの保有を禁止したが、アメリカでは日本の400年前の状況のままだ。

 中国とアメリカといった大国主義で他国の意見をほとんど聞き入れない国に天罰がくだっているのは致し方ないことだと思う。
公害を垂れ流すのが正義であるといった傲慢な態度も、銃を持っていなければ安全が保証されない社会もひどく遅れた社会だ。
こうした文化的に低位にある国が大手を振って世界を語っているのだが、そうした国に天罰が下って少しでも文化水準が上がれば地球の歴史にとっては喜ばしいことだと思う。

 

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(28.7.15) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ自転車周遊記 その7」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております。

(26.8.29) ロドリゴ自転車周遊記 その7 余市、積丹半島そして岩内町

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(積丹半島の夜明け)

 怨霊などというものは主の教えのどこにも記載されておりませんが、ここジパングにおいてはそれがいかなる神や仏より恐れられているとは実に驚きでございました。
ロドリゴは昨夜は余市部落の共同墓地でキャンプを張ったのでございますが、周りにはホタルのような人魂が飛び交い、何とも薄気味悪い場所でございました。

 夜半、おそらく丑三つ時と思われますが、ロドリゴのテントをゆする人影が現れたのでございます。
もしや、そこなる吾人は義経様ではございませんか、静でございます、義経様・・・
ロドリゴにとってもこのような状況は初めてであり、かつてキタキツネが唸り声を上げてテントを揺らしたのをヒグマと間違えて大騒ぎしましたが、それ以来の恐怖でございました。
「ドドリゴであってドシツネではない、ないぞ!!」舌がもつれてまともに回らなかったのでございます。
あなた様は間違いなくドシツネ様、おなつかしゅうございます。静は800年間もドシツネ様をお待ち申しておりました

 ここ余市部落の共同墓地には義経を慕う静の怨霊が出るとは後で聞いた話ですが、静御前も年を取り認知症を患ってすっかり義経の顔かたちや名前を忘れてしまい、この墓地に夜半居ればすべて義経と見間違えているようでございました。
いくら説明しても「ドシツネ様」というばかりなので致し方なくロドリゴは静御前をテントに招き入れました。
だが話す内容は800年間のたまった愚痴で、頼朝公が如何にスケベーで、鎌倉に拉致された後は義経様以上のいやらしさで迫ってきて、おかげで北条政子様の嫉妬の炎で鶴岡八幡宮が焼け落ちたというような話を延々と繰り返すのでございます。

 ロドリゴは倶知安からの山越えですっかり疲れていたので早く寝たかったのですが、怨霊を怒らすことは祟り神になるので、致し方なく静御前の愚痴を明け方まで聞いてやったのでございます。
そうか、よく分かったぞ、頼朝はそんなにスケベーか、このドシツネの方がまだましじゃと申すのじゃな
ようやく怨霊が退散したのはカッコーが朝を告げた後でしたので、せっかくの積丹半島一周もひどい寝不足の中で出立したのでございます。

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(積丹岬の突端)

 積丹半島の先端には積丹岬があり、それ以外にカムイ岬というような魅力あふれるスポットが存在しロドリゴはぜひともその美しさを確認したいと思っておりました。
しかし途中にトンネルが多く存在し、特に古いトンネルの場合は歩道がほとんどなく自転車を降りて押していくにも、またそのまま乗っていくにも何とも危険極まりない場所でございました。
当初は押していたのですが2kmあまりのトンネルは歩くと30分程度かかり、空気が澱んだなかでとても耐えられなかったのでございます。

 幸い朝方は交通量は少なかったので、自動車の騒音が聞こえない間は懸命にトンネル内を自転車で飛ばすことにしました。この時が今回の旅で最も懸命に自転車をこいだことになります。
頑張れ、ツール・ド・フランスだ。荷駄が来るまでにこのトンネルを抜けろ!!」
命を懸けた戦いでございました。

 着いた積丹岬は駐車場からさらに急斜面を10分程度歩いた場所にありましたが、かつてここに一度訪れたはずなのに全く記憶がありませんでした。
積丹半島の海岸線は予想した通り美しく余市側より反対の岩内側の方が山が海岸線に迫って迫力があり、ちょうど先年伊能忠敬様と測量した襟裳岬の先の日高山脈が海に落ち込む海岸線に酷似しておりました。

 地図ではいくつかの「ゆ」マークがあってロドリゴは温泉に入るのを楽しみにしていたのですが、いづれも11時ごろからではないと開かなかったためようやく泊村の国民宿舎もいわ荘で温泉につかった時は実にほっとしたものでございます。
昨夜は夜半中静御前の愚痴を聞かされ疲れ切っていたのですが、この海岸べりの温泉でようやく疲れをいやすことができました。

 本日の宿舎は岩内町という場所に決めておりました。ここは古くからの漁港で江戸期にはニシン漁でにぎわった場所でございます。しかしニシンが取れなくなってからはさびれる一方になっており、1970年に26千人いた人口も、2010年には14千人と約半分に落ち込んでおりました。蝦夷地にはこうしたさびれる一方の集落が実に多いのでございます。

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(岩内町側の海岸道路)

 昨日は墓地で寝たことから思わぬ不覚をとったため今回は民宿に泊まることにいたしました。だが今夜も静御前に押し掛けられて800年の愚痴を聞かされるのはたまらないので、近所の寺院から般若心境を記載した護符をいただき、それを体中に張って寝ることにいたしました。
ロドリゴはかつてラフカディオ・ハーンの「耳なし芳一」の話を読んでいたのでこれが効果があることを知っていたのでございます。

 果たして丑三つ時になると例の静御前の怨霊が現れ「ドシツネ様、ドシツネ様」と大声を張り上げておりましたが、ロドリゴは護符のおかげでようやく快眠することができました。
天明7年8月10日の夜はこうして過ぎたのでございます。

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(28.7.14) 「南シナ海 は世界の海」に兆戦する最後の帝国主義国家中国  

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 「うるせい、何の権限もない仲裁裁判所の判決など、たんなる紙くずだ。だいいち仲裁裁判所の裁判官は日本の息がかかっており、ワイロにも動じないという中国古来の伝統を全く無視するクソッタレ野郎だ
国際海洋法条約に基づきフィリピンがオランダのハーグにある裁判所に提訴したのは2013年だったが、この判決が今回出された。

 中国の主張は「南シナ海の権益は2000年の昔から確定しており、ここは中国の内海でフィリピンやベトナムはこの海域に全く権限を有していない」と言うもので9本の線を引いて(これを九段線という)ここからフィリピンやベトナム は出ていけというものだった。
これに対しフィリピンが南シナ海のEEZ排他的経済水域の200カイリ)を主張して仲裁裁判所に提訴したものだ。

 判決の内容は、九段線なるものは歴史的に存在せず、南シナ海に中国がEEZを主張できる島はない。また現在一方的に建設している人工島は海洋環境に悪影響を及ぼしており、いずれも国際海洋法条約に違反だというものだった。
中国はもともとこの裁判を認めておらず、したがって裁判にも出廷しなかったから中国に厳しい判決が出ることは予想されていたが、いざ出されてしまうと大騒ぎになった。
これは中国の歴史上最大の外交の失敗だ。なぜワイロで中国よりになる裁判官を選ばなかったのだ。国連のユネスコや人権委員会や国連事務総長は媚薬で思いのままなのに、仲裁裁判所に手を回さなかったのは大失態ではないのか

 中国は現在南シナ海を実効支配しており、島に3000m級飛行場を建設して軍用機を常時離発着させる体制を整え、この海域で漁業を営むフィリピン人やベトマム人を海軍と海事警察を使って追い出してきたし、7つの岩礁を人工島にしてEEZを主張してきた。
こうした行為すべてが国際海洋法条約違反だというのだから収まるはずがない。
馬鹿やろう、南シナ海 はすべて中国固有の領土であって、中国の生命線であって一歩も引きさがる意思はない。くそったれの仲裁裁判所など海の藻屑にしてやる!!」

  笑ってしまったが、これはいまからおよそ85年前に日本が満州国設立でとった態度と同じなのだ。
1931年に関東軍は作戦参謀石原 莞爾等の主導で満州事変を起こし、翌年に満州国を設立したが、これに対して当時の中華民国が国際連盟に提訴した。
そのため国際連盟よりリットン調査隊が派遣され、「満州国は認められないが日本の権益にも配慮すべきだ」という勧告がだされた。
日本はこれに反発して全権大使松岡洋右がけつをまくって国際連盟を脱退した経緯がある。

  私はこのブログで中国は21世紀に残された最後の帝国主義国家だと主張してきたが、85年の歳月を隔てて現在の中国と当時の日本は双子の兄弟のように似ている。
それは帝国主義という共通項があるからで、帝国主義とは簡単に言えばすべて軍事力で解決する国家行動を言う。
当時の日本は特に関東軍が突出して海外侵略を図っていたが、今中国は人民解放軍の海軍がここも突出して海洋権益の確保を図っている。

 「文句があるならかかってこい」とうそぶくところも同じだが、なぜこれほど軍事が政治に優先するかというと、当時の日本は軍隊の統帥権が天皇にあり内閣になかったからだが、一方中国の場合も似たり寄ったりで、人民解放軍はもともと毛沢東の私兵で、今は共産党を守ることだけを目的にした軍隊になっている。国家の軍隊ではないのだ。
基本的に は中国共産党の指揮下に入っていることになっているが、日本の陸軍が実際に は独立した権力であったように、人民解放軍も習近平氏のいうことなど聞かない。
すべて独断専行しては習近平氏に認めさせてきたというのが実態だ。
軍事優先主義国家のまたの名が帝国主義国家だ。

 中国は日本やアメリカやフィリピンがどんなに非難しても一顧だにしないだろう。どこまでも居直って南シナ海にEEZを主張するから、結果的に世界の孤児になるのもかつての日本と同じだ。
この問題は中国が崩壊して最後の帝国主義国家がなくなるまで続くと見ておいた方がいい。

 


 

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(28.7.13) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ自転車周遊記 その6」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております

(26.8.27) ロドリゴ自転車周遊記 その6 倶知安から余市へ

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(毛無山から下る途中 小樽が見える)

 天明7年の8月9日、積丹半島を一周するつもりでまず小樽まで出てそこから余市を通って海岸道路を走る予定でございました。ここ倶知安からは函館本線沿いに国道5号線が走っているのですがどう見ても荷駄が多く、とても安全な道に思われませんでした。
そこで赤井川村を経由するルートをとりましたが、これはこれで大きな山越えを2回しなければならず本当に大変だったのでございます。

 特に小樽に降りるには毛無山から下るのでございますがこのつづら折りの5km余りの道は非常に急傾斜で、後ろブレーキ一つのロドリゴのマウンテンバイクは悲鳴を上げておりました。
急斜度ではブレーキの効きが悪くスカスカで、次の曲がり角が天国への入り口に見えたほどでございます。
主よ、哀れなロドリゴとこのマウンティンバイクを救いたまえ

 小樽は蝦夷地においては非常に大きな大和の集落で特にニシン漁で名をはせた網本が多くいましたが、最近はこの二シン漁もさびれ「オタモイ岬のニシン御殿も 今じゃさびれてオンボロロ オンボロボロロ」という状況でございました。
かつての賑わいはもはやすたれていたのでございます。

 わたくしロドリゴはこの小樽に非常な愛着を持っているのですが、それはここの高等商業学校(現在の小樽商科大学)にロドリゴの敬愛する戯作作者の伊藤整翁が通っていたからでございます。
かつて翁の「若い詩人の肖像」という浮世草子を読んでひどく影響を受け、ロドリゴがセミナリオに通っていた学生時代に一度学友とこの地を訪れたことがございます。
だが今ではほとんど記憶がなくなっておりましたのでもう一度山の中腹にあるこの校舎を見てみたい衝動に襲われました。

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(かつての小樽高等商業学校 現在の小樽商科大学)

 その日は蝦夷地としてはまれに見る暑い日差しが照り返しており、ロドリゴはくたくたになりながら地獄坂という急峻な道を20分程度登って、ようやく非常に瀟洒な純白な校舎を見つけたのでございます。
今は夏の非番の月とかでテニスコートで若武者と腰元がテニスという舶来の遊びをしておりましたが、それ以外の人かげはございませんでした。
ウニベルシタスはどこでも同じようなたたずまいで昌平坂学問所と変わるところはなく伊藤整翁が通った校舎はすでになくなっておりましたが、それでもロドリゴは何か満足したのでございます。
ここをかつて伊藤整や小林多喜二や重田根見子が歩いていたんだ・・・・・

注)ロドリゴの伊藤整翁に対する傾倒は以下の記事を参照してください。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-e51d.html

 小樽から余市までの道は塩谷,欄島、余市といった「若い詩人の肖像」にしばしば出てくる在所でロドリゴにとっては何か故郷のような感じのする場所でございました。
塩谷や欄島には海水浴場があり老若男女が楽しげに遊んでおりましたが、ロドリゴは倶知安からここまで来るまでに大きな山越えを二回したためすっかり疲れ切って古式泳法で泳ぐ気力はなかったのでございます。

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(たぶんオタモイ岬の立岩)

 余市を過ぎるころから夕闇が迫ってまいりましたが適当なキャンプ地が見つからないまま積丹半島の沿岸に入って行きますと思いがけず山道になりしかも前方にトンネルが現れました。
自転車にとって最も危険な場所がこのトンネルで古いトンネルの場合は歩行者や自転車用に十分なスペースをとっていないのが普通でございます。
60cm程度の幅で一段高くなったような場所は自転車を降りて歩くのも難しく、一方車道を走るといつ引き殺されてもおかしくないような状況になっておりました。
こうした場所を通過するには登山の岩場を通過する時のような注意が必要であり非常につかれるのでございます。

 ロドリゴは疲れ切っていたのでそのトンネルをくぐるのに躊躇し、その近所に適当なキャンプ地はないかと探しますとちょうど余市集落の共同墓地のような場所があり、今回はこの墓地で眠ることにしました。
キャンプ地として墓地はいささか不適当であり、夜中に人魂など飛翔するとおちおち眠ることもできないのでございますが、他に選択の余地はなかったのでございます。
まあ墓地だけれど仕方あるまい!! 幽霊の正体見たり枯れ尾花だ!!」
 


 しかしここは義経の落人伝説のある場所で夜半に義経をしたう静御前の生霊が徘徊しているとはその時は知る由もなかったのでございます。

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(27.7.11) あほらしくもユートピアであった日本国憲法の終焉 ようやく改定の条件が整った

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 苦難の戦後史
がようやく終わることになった。今回の参議院選挙で改憲派が3分の2を越えたからだ。
現在の憲法は日本が太平洋戦争に敗れ、その結果日本をアメリカの属国として押しとどめる目的のために制定されたもので、日本には一切の軍隊を持たせないことを目的にしたものだ
憲法第9条を読めば誰でも日本がいかなる形であれ軍隊をもてないことがわかる。

軍隊はダメだ。平和の歌を歌っていればいい
左派からは平和憲法と呼ばれ、絶対に守らなければならない至上の宝のようにいわれているが、実際はこれほど現実離れした不適切な憲法はない。
特にひどいのは憲法前文で「日本国民は、・・・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と高らかに宣言したが、日本の周りには「平和を愛する諸国民」など存在しない。

 特別に悪質なのは21世紀最後の帝国主義国家中国で、おりあらば周辺諸国を侵略しようと軍備拡張にまっしぐらで止まることを知らないし、一方北朝鮮は「いつでも東京を焦土とかす」とミサイルと核兵器で脅すし、韓国は日本の技術や島や仏像を盗んでは、「これは俺のものだ、文句があるならか実力でかってこい」などというので日本はヤクザにとり囲まれて暮らしているようなものだ。

 実際は「われらの安全と生存を保持」は日本を保護国にしているアメリカが日米安保条約で守ってきたが、戦後70年たちアメリカも日本を守るのに飽き飽きしてきた。
大統領候補のトランプ氏などは「守ってほしければ傭兵料を払え」と声高に叫ぶので日本の安全は今風前の灯になりつつある。

 したがって安倍首相が自主憲法を制定し、自衛権を明確に位置付けることで軍隊の保持を憲法に明記し自衛力の強化を図ろうとするのは当然のことなのだ。
一般に左派は「軍隊の存在は戦争につながる。子供たちを戦場にださない。平和は平和の歌を歌っていれば平和になる」と叫ぶが、周辺に中国のような帝国主義国家が存在している以上、日本が無防備になった途端戦争を仕掛けてくることは必定と考えた方がいい。
これは戦前帝国主義国家だった日本が中国において常に紛争を仕掛けては領土拡大を図っていたことを思い出せば納得するだろう。
マムシやハブやサソリがいる場所で歌など歌っていては生存がおぼつかない。

 今回の参議院選挙で憲法改定の条件が整い、戦後70年たちようやく日本が独立国家として矜持を保つ条件が整ったことは慶賀すべきことだ。
現在の自衛隊はやはり私生児で、左派系の学校教師から自衛隊員の子供が「お前の父親は人殺しだ」などと罵倒されているが、こうした罵倒を許すのも憲法第9条があるからだ。
憲法9条とはアメリカが行ったプロパガンダで最も成功した例で、日本を属国にするために軍備を保持させない規定だが、それを平和憲法という名で売りこんだ。
おかげで故土井たか子氏などは「憲法9条があるので日本は平和を保ってきた」とすっかり信じ切るほどにこのプロパガンダは成功している。

 安倍首相は自衛隊を正式な軍隊と憲法上で認定し、自衛権を当然保持できるように条項を変更しようとしているが、それが普通の国家のありかただ。
かえって自衛権を放棄する方がどうかしている。
憲法第9条は「武器は持たせない。軍備は米国が肩代わりする。そのかわりすべてはわが国の意思に従え!!」と言うことで未だに日本は厳密な意味での独立国家ではない。

 
日本は現実の脅威に妥協するために自衛隊という私生児を生んだが、これが常に憲法と軋轢を生んできた。憲法を守るべきか現実に対処するのかの選択だが、戦後70年たってようやく現実を見据えて憲法を修正する条件が整った。
あまりにあほらしくもユートピアであった戦後の70年は終わろうとしている。

 

 

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(28.7.11) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ自転車周遊記 その5」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております

(26.8.25) ロドリゴ自転車周遊記 その5 支笏湖から倶知安

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(羊蹄山の麓を通り倶知安に向かう)

注)「ロドリゴ自転車周遊記」のその1からその4は以下のカテゴリーに入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat59333968/index.html

 実はロドリゴにとって今回自転車周遊でどうしても行きたい場所がございました。それは積丹半島でそれを一周するつもりでございました。
そのためにはまず小樽に出て余市から積丹半島を一周し、洞爺湖経由苫小牧に戻るのが今回のコースでございます。

 この渡島半島の付け根にあるような場所は沿岸部は江戸期から漁労民が住み着いておりましたが、内部は未開の荒野でここに人々が入植したのは明治になってからでございます。
ロドリゴがセミナリオで学んでいた学生時代に一度この積丹半島を荷駄(当時は自動車と言っておりました)で一周したはずですが、記憶が途切れ何かとても素敵な場所だったというぐらいしか残っておりません。
この場所をもう一度再確認したい希望がございました。

 ただ苫小牧から小樽への道は荷駄の多い場所はできるだけ避けたかったため、できうる限り寂しげな道を通ろうと、かつて伊能忠敬様と作成した地図をながめながらルートを検討したのでございます。
この結果支笏湖から羊蹄山の麓の喜茂別を通り,一旦倶知安にでて、そこから赤井川を経て小樽に出る道を選択いたしました。
関八州の国道4号線のような蝉噪は何とかして避けたかったからでございます。

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(蝦夷地特有の草花が道路わきに延々と咲いている)

 支笏湖を出発したのは天明7年8月8日の未明のことでございました。
支笏湖は周囲40kmあまりあり、ロドリゴがよく知っている富士五湖の山中湖や河口湖の約2倍の周囲を持っております。
何か蝦夷地は関八州を二倍にしたようなイメージで、すべての尺度が倍になっていたのでございます。
さらに集落から集落の間は非常に遠く、支笏湖から喜茂別の間は約30kmぐらいありましたが、その間会うのはエゾシカだけでございました。

 延々と続く支笏湖周辺の道路を過ぎて倶知安に向かう道には広島峠のような峠道がいくつかあり、そうした場所は片道5kmあまりの上り下りを余儀なくされました。
自転車での周遊で一番困難なことの一つにこの山登りがございます。
マウンテンバイクは重量が重く約20kg程度ありそこに荷物の10kg、自身の60kgを足すと約90kgになってしまい、とても脚力で登り切ることができないのでございます。
そこで半分程度登るとすっかり疲れ果ててしまい致し方なく自転車を押して登るのですが、これがいつ果てるとも知れない登りで最後はめまいがするほどでございました。

 そのためでしょうか広島峠を下る頃から急に腹の調子が悪くなり我慢の限界を超えそうになりました。こうした時は脇の草むらでキジ撃ちこれは登山者の隠語)をするのですが草むらに足を踏み入れた振動で、なんと痴ほう症老人と同様のお漏らしをしてしまったのでございます。
関八州にいたころから食するものはアイスキャンデーとコーラと言った水物しか受け付けなかったため、体の中に固形物がなくなってほとんどが水になっており、お尻の弁が対応できなくなっているようでございました。

まずいじゃないか、こんなところでお漏らししては・・・・第一自転車をこぐときに気持ち悪いことはなはだしい・・・・・・
峠の降り道でしたが何とかして川を見つけ清めの儀式が必要になったのでございます。
しかし山中の川はいづれも降りていくには険阻すぎ、一度降りたら這い上がることができそうにありませんでした。
致し方なく峠を降り切るまで我慢をし、麓の川原で邪教ではございましたが古代神道の清めの儀式を行いました。
わが不浄なるものを川の神よ、流し清めたまえ!!!」
こうしてわが不浄なるものはオショロコマの餌になったのでございます。

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(ロドリゴが清浄の儀式を行った川)

 すっかりロドリゴはしょげてしまいそのせいでしょうか何回も自転車を倒して、今度は前のブレーキが外れてしまいました。
六角レンチ等の自転車修理用器具は持っていたので何とか直そうとしましたが、ロドリゴの腕ではこの前ブレーキの補修がどうしてもできなかったのでございます。
致し方なく後ろブレーキだけでその後走ったのでございますが、傾斜角が6度を越える坂道では自転車は自動車並みのスピードになりますので、後ろブレーキ一つでは甚だ危険でございました。
主よ、この哀れなロドリゴをお救いください。後ろブレーキを守りたまえ
後ろブレーキが摩擦で崩壊すればロドリゴは蝦夷地の坂道でエゾマツに衝突して野垂れ死にするところでございました。

 こうしてほうほうの体でたどり着いた場所は名前だけは何回も聞いたことがある倶知安で、この日はオテルに泊まることにしました。お漏らしとブレーキの崩壊でキャンプをする気力がすっかりなえていたからでございます。

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(28.7.10) イギリスがパンドラの箱を開け、イタリアの銀行が火をふき始めた

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 もはやどうにもならなくなりつつある。イギリスが国民投票でEUから離脱を決定した後、世界の株式市場は大揺れで低下の一途だし、何より長期金利が急速に低下して、日本では長期貸出の指標になる10年物国債の利回りが▲0.300%になってしまった。
このため金融機関は貸出金利で利ザヤをとるどころか反対にプレミアムをつけて貸し出しをしなければならなくなり、銀行経営の根幹を揺らしている。
「どこの世界に金を貸した方が金利を支払うなんて馬鹿な世界があるの・・・・・・」

 逆ザヤということは金融業がそもそも成り立たないということなのだが、FRBや日銀やECBや人民銀行があまりに多くの金を市場にばらまいたので、金の価値がなくなってしまった。
どうでもいいからもってけ。金を使用する人に はプレミアムのおまけだ。さーさーもってけ、ドロボー」寅さんのセリフになってきた。

 この状況下で、最も痛手を被っているのがイタリアの銀行で、イタリアの銀行は取引の主体が融資でしかも貸出基準が大アマなので不良債権の山を築いてきた。
ECB等の調査で不良債権比率は約17%だから、日本の金融機関のそれが1%前後なのに比べると天文学的数字だ。
これでよく営業を継続できると感心するがイタリア政府やECBがギリシャ問題だけでも大変なのに、この上イタリアの銀行が火をふいては大変なので懸命に資金を供給して支えてきたからだ。

だいじょうぶだ。そのうち不動産市況も株式市況も改善して業況が改善する。それまでの辛抱だ。臥薪嘗胆こそ金融の極意よ!!」
しかしその辛抱をふっ飛ばすような事件がイギリスのEUからの離脱で、世界の投資家がパニックになり資金をアメリカや日本の国債にシフトするものだから、貸出金利はどこまで低下するか分からなくなっている。
本当は不良債権に見合う17%程度の金利を設定しなければいけないのに、もはや利ザヤを期待する時代が終わってしまった。どこにも投資機会がなく資金はマイナス金利の国債購入しかない・・・・・・

 イタリア政府は特に経営が厳しく株価が急落している大手のモンテ・パスキに政府資金の投入を検討し始めた。
今までのようなECBからの国債担保の融資では間に合わなくなって、直接政府資金(したがって税金)を投入しなければならなくなりつつある。
ECBからの融資であれば正常取引を装うことができるが、政府資金が入るとそうはいかない。
経営者の責任がまず問われるし、イタリア銀行の融資はマフィアに対する融資が多いからそれが暴かれて政治問題になるし、不良債権もさらに厳しい見直しがされるだろうからイタリアがギリシャになる日は目前になってきた。

 普通の人は知らないが金融機関の融資などには魑魅魍魎の世界があって、通常は何とかそれを正常にみせているのだが、政府資金が導入されることになれば徹底的な調査がおこなわれて、今まで隠してきた諸悪がいっぺんに出てくる。
簡単に言えばパンドラの箱を開けたようなもので、次はスペイン、ポルトガルといった西欧南部諸国の金融機関の経営問題に発展するだろう。
もういやだ、わが国だけで不良債権を支えるなんてまっぴらだ。ギリシャもイタリアもスペインもポルトガルもEUから出ていけ」そうドイツが叫ぶ時が目前に迫ってきた。

 

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(28.7.9) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ自転車周遊記 その4」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております

(26.8.23) ロドリゴ自転車周遊記 その4

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(フェリーの甲板から)

注)「ロドリゴ自転車周遊記のその1、その2、その3」は以下のカテゴリーに入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat59333968/index.html

 翌天明7年8月7日の正午過ぎにロドリゴが乗った北前船は蝦夷地の苫小牧港に午後2時に到着いたしました。約20時間の船旅でございましたが北前船の甲板に吹く風は涼よかで、確かに蝦夷地に到着したことがロドリゴにも明確にわかりました。
やはり、夏場は蝦夷地に限る」心からそう思ったものでございます。

 苫小牧とはアイヌ語の「トコマナイ」がなまったもので「沼の奥にある川」という意味で、ウトナイ湖から流れ出している勇払川を指しているのでしょうが、現在は埋め立てが進められて蝦夷地の誇るコンビナート地帯に様変わりしておりました。

 このコンビナート地帯はジパングが高度成長期に北の一大工業地帯にしようとして計画したものでございます。
しかしその後の長い不況から最初に開発された西部地区はなんとか販売ができたものの、その5倍はあると思われる東部地区はまだ8割程度が買い手がなくぺんぺん草が生い茂っておりました。
そして販売済みの団地もただそのまま放置されている場所が多く、この工業団地計画が時代から取り残された無残の姿をさらけ出していたのでございます。
ちょうど芭蕉翁がうたった「夏草や つわものどもが 夢のあと」でございました。

 だがロドリゴにとってはそうしたことはどうでもよいことで、気温が25度程度で関八州の地獄を見てきた身からするとまさに天国に降り立った気持ちがしたものでございます。
ここ苫小牧から支笏湖方面に国道が伸びており、支笏湖のわきにそびえる恵庭岳1320m)が美しい山容が見えるはずでしたが、あいにくの雨模様で確認することはできませんでした。
「よっしゃ、今日は支笏湖のキャンプ場でキャンプを張ろう

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(支笏湖)

 この国道沿いには自転車と歩行者専用の遊歩道が支笏湖周辺まで通じていて距離表示まであって非常に快適なサイクリングが楽しめたのでございます。
支笏湖までの距離は30km程度の上りで3時間もあれば到着したのでございますが、その間このサイクリングロードで会ったライダーはたった一人で江戸界隈、特に多摩川や江戸川のサイクリングロードを見なれているロドリゴには異郷の地に来た思いでございました。

 夕刻支笏湖湖の温泉地帯に到着しましたがすでに店じまいの様相で、楽しみにしていた温泉に入ることはできませんでした。
致し方なく近くにある休暇村支笏湖に行ってみましたがここではキャンプは禁止になっておりました。
そうした場合は人知れず誰もいない場所でキャンプを張るしかないのですが、ここ休暇村には支笏湖を見下ろす展望台がありそこは屋根が付いておりましたので、人が現れなくなる時刻を見計らってそっとテントを張ったものでございます。

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(蝦夷地の道路 自動車以外人に会うことはほとんどない)

 幸い蝦夷地では夕刻になると人が現れることは全くなくなり、後はヒグマが徘徊する漆黒の闇に閉ざされます。ロドリゴはそうした場所でキャンプを張る方が人声がする場所よりはるかに落ち着くのでございます。
やれやれようやくヒグマと一緒に寝ることができそうだ
こうして支笏湖の楼台でその日は久しぶりに安眠ができたのでございます。

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(28.7.8) 東欧の移民をやっと追い出したら、今度は貧乏神がとりつきそうだ!!

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 ここに来てイギリス人は深い反省をし始めた。
先日の国民投票ではポーランド人やルーマニア人の移民者憎しでEUからの撤退に同意したが、その後経済の大崩壊が始まったからだ。
株価は特に金融株の値下りが激しく、RBSやバークレーズといった大手銀行が30%前後の値下がりで、またイギリス自慢のポンドは米ドル対比で31年ぶりの安値をつけてしまった。
1ドル=1ポンドの時代が目前に迫っている。

 そして極めつけはロンドンの不動産市場で大暴落が始まったことで、約3兆円といわれている不動産投資ファンドの約半分が解約停止に追い込まれた。
解約停止とはそのファンドが実質崩壊したことを意味している。
次々に解約要請があり手元の流動性が底をついたため、「担保不動産を売るまで待ってほしい」と言うことだが、実際に販売できるかどうかはかなり怪しい。

 イギリスの金融機関全体が保有している不動産関連融資は約20兆円だがこれが次々に焦げ付きそうになってきた。日本のバブル崩壊後の不動産市場とそっくりだ。
国民投票の時は感情に任せてEU離脱を支持したが、すぐに経済状況が悪化し始め「こんなはずじゃなかった!!」というのが正直な気持ちのようだ。

 冷静になって考えてみればイギリスがEUから離脱して独り立ちできる可能性はかなり低い。何しろイギリスの主要産業は金融業だが、これはグローバルな世界でのみ活躍できる産業で、EUから離脱すればシティに本拠地を置く多くの世界的規模の銀行が逃げ出してしまうだろう。
EUあってのイギリスなのにこれでは支店をフランクフルトに移した方がよさそうだ。それにロンドンでなくともニューヨークでいくらでも取引ができるのだから、バカ高い家賃を支払ってロンドンに留まる理由はない

 シティから外国金融機関が消えていけばオフィス需要はなくなるし、またポーランドやルーマニアからの移民がいなくなれば住宅需要もなくなってしまう。
EUから離脱すると言うことはイギリス全体が貧乏になることだったのか・・・・・・
今更気が付いても後の祭りだ。

 イギリス経済は第二次世界大戦後どん底に陥っていたが、それを孤軍奮闘して立て直したのはサッチャー首相だった。
シティを世界屈指の金融市場にしたのはサッチャー首相の規制緩和の賜物だ。
おかげでシティ はビックバンといわれた大復活をし、さらにEUの一員になったので大手金融機関であれば、ニューヨークとロンドンに支店を置くのが常識になっていた。
だが、その常識の賞味期限が切れて、シティの衰亡が始まりだした。

 すべてがよいなどという選択はなくEU離脱して外国人を追い出せば、イギリス人の職場は確かに増えるが、一方で離脱に伴いイギリス最大の産業である金融業が衰退するので、イギリス全体としては貧乏になる。
金持ちなどくそくらえだ、俺たち労働者の生活が優先だ!!」解雇された労働者はそう叫ぶが、だがそうは言っても貧乏人がいくら集まっても金持ちのような経済に対する影響力はない。

 経済を引っ張っているのは金持ち階級で貧乏人ではないのだが、いきりたった貧乏人に はそうした判断をする余裕はない。
やれやれこれでポーランド人やルーマニア人を追い出せることになった。そして我々は貧乏になった」と言うことが真実だが、人間は感情の動物だから理性より感情が先行してしまう。
イギリスが世界史に登場してから約400年、19世紀に は七つの海を支配したが、いまイギリスの栄光は消えスペインと同様な過去を懐かしむだけの国家になりつつある。

 

 

 

 

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(28.7.7) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ自転車周遊記 その3」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております

(26.8.21) ロドリゴ自転車周遊記 その3

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(大洗の海岸)

 本件は「ロドリゴ自転車周遊記 その1、その2」の続きです。その1、その2は以下のカテゴリーに入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat59333968/index.html

 さすがにロドリゴも考え込んでしまいました。このまま老中水野様との約定を守って関八州の見回りを続けその結果灼熱の太陽に照らされて干からびて死に絶えるか、それともお役目を放棄して懐かしいおゆみ野村に引き返すか悶々と悩んでいたのでございます。
そうした折ふと伊能忠敬様と先年蝦夷地の地図測量にでむき、夏というのに蝦夷地は春や秋のような気候風土であったことを思い出しました。
そうだこの時期関八州にとどまるなど狂気の沙汰で、蝦夷地に行ってしまおう。水野様には蝦夷地測量の調査とかなんとか言ってごまかそう

 幸いここ鉾田宿から蝦夷地への北前船が出ている大洗の港まではさほどの距離がないことがわかりましたので、矢も楯もたまらず港を目指したのでございます。
大洗から蝦夷地の苫小牧には一日2便の北前船がでており、大洗からの出発時間は夕刻と深夜になっておりました。

 夕刻までだいぶ時間がありましたので大洗周辺を探索する時間が十分ございました。近くに大洗磯前神社というものがあり、その一角に「幕末と明治の博物館」なるものがございました。
ロドリゴは地方に巡察に行くたびに美術館や博物館に立ち寄るのでございますが、実はそこに展示されている内容を見たいからではございません。
そうした場所にあるこうした施設はほとんど観客がおらず閑古鳥が鳴いており、設置されているソファーに寝転んで寝ていても誰にもとがめられないからでございます。
しかもロケーションは最高でガラス越しに見る庭園などは実に美しく、多くの人々がこうした場所を知らないのが不思議なくらいでございます。
天国、天国・・・・・・

 2時間程度この博物館で寝た後、国営ひたち海浜公園まで足を延ばしてみました。ここは数年前まで牧野富太郎氏と並び称された植物学の権威、利根川銚子氏が館長をされていた場所で、ロドリゴも一度利根川氏の案内でこの公園の名物だったコキアが咲きそろう丘を見せていただいたものでございます。
ここ茨城県の周辺には非常に多くの公園や公共施設が整備されておりますが利根川氏の説明では「日本原子力東海発電所を誘致したことへの幕府の見返りだ」とのことでございました。

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(フェリー サンフラワー号)

 こうして時間をつぶして天明7年8月6日の夕刻大洗の港から北前船に乗って、遠く蝦夷地に出立致したのでございます。
北前船はまたの名をフェリーと申しますが、船内には展望風呂まで整備されており風呂好きのロドリゴにとってこの船に乗っている間はこれまた天国のような気分でございました。

 ただ一つの気がかりは二日間炎暑の中にいた時氷水以外の食べ物をほとんど受け付けなく、鉾田宿に宿泊していた間も固形物がのどを通らなかったことでございます。
風呂の手鏡でみるとロドリゴは腹の周りが削げ落ちあたかもビアフラの避難民のような様相を呈しておりました。
物が全く食べられないのだが、果たして蝦夷地に行って生きながらえることは可能だろうか・・・」不安がよぎりました。

 フェリーは翌日の昼過ぎに蝦夷地の苫小牧の港につく予定でしたので、それまでに体力を回復すべく、雲助や旅の行商人と一緒にエコノミークラスの船室で寝ておりました。
本来ならご公儀より支度金が出るところなのですが、水野様は無類のケチで「すべて費用は自己調達せよ」との仰せだったため、公儀巡察使としてはいささか不似合いな場所で寝ていたのでございます。

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(28.7.6) 国連事務総長潘 基文氏の10年 日本たたきこそ我が人生だ!!

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 国連の 基文事務総長ほど評判の悪い事務総長は珍しい。
特に欧米系のメディアからは散々で、英エコノミストは「話が下手で手続きだけに拘泥し、問題の素早い対応能力を持たず、業務知識はほとんどない」と酷評したし、ニューヨークタイムズは「 基文は重要な案件が発生するとすぐに逃げ出すのでどこにいるのかわからなくなる」と評した。
またフォーリンポリシーは「オフィスの上にサムスン電子のテレビを並べ、上級幹部に韓国人の仲間を選び、韓国経済の利益を図ったということを除けば彼の足跡はまったくない」とまで言いきった。

 実はこれは本当の事で来年10年の任期が終了する 基文氏の足跡は自己保身と韓国経済と中国経済への肩入れ以外には何もしなかったといっていい。
特に日本関連でいえば散々で、安倍首相が靖国神社に参拝したときには、「過去から続く緊張した関係で今もこの地域を苦しめていることに非常に遺憾に思う」と述べ、また中国が主催した抗日70中年記念式典に嬉々として国連総長として出席していた。
そしてことあるごとに「日本の指導者は正しい歴史認識を持つべきだ」と訓示を垂れていたし、「東京オリンピックは平和の祭典としてはふさわしくない」とオリンピック開催にまでクレームをつけていた。 基文氏パク・クネ大統領や習近平国家主席と同じ穴のむじなだったといえる。

 国連の事務総長が韓国と中国の利益に狂奔し、日本を貶めることを主要な任務としていたたため、これが国連の基本方針となってユネスコや国連人権員会の国連職員は好きなように日本バッシングをしてきた。
あまりのひどさに自民党の代議士が「ユネスコへの分担金支払いに応じないようにしよう」と提案したほどだが、ユネスコは日本が最大の分担金支出国だがその金で国連職員は高給をはみ日本バッシングを繰り返してきた。
おれたちには 基文事務総長がいる。日本バッシングは国連の総意だ!!、韓国万歳、中国万歳と言っていれば国連での出世は保障される! なんでもいいから日本の足を引っ張れ!」

注)ユネスコが日本バッシングのために狂奔している経緯は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/ppp-04dc.html

 日本人は今でも国連は何か崇高な理念のもとに世界平和のために貢献している組織と思っているが、実際は 基文氏を中心とした韓国、中国利益集団が跳梁跋扈し
、日本から世界で2番目の分担金を上納させながら、その金で日本非難を繰り返す組織として機能している。
日本人が金だけ払って国連を崇拝しているのでネギカモよ。馬鹿な日本人からは金を踏んだくって後は歴史認識でおどせば朝日新聞などがさっそく国連崇拝の提灯記事を書くから日本ほど鴨にしやすい相手はいない!!」

 
本来なら国連に派遣されている外務省の職員が韓国と中国の野望を阻止しなければいけないのだが、日本の外務省は省庁の中で最も腐敗した役所で自身の出世しか考えていない。
日本なんてどうでもいいんだ。俺が閣下と呼ばれてしこたま金もうけさえできればあとは知ったことではない。そのために外務省にはいったんじゃないか


  基文氏の10年は日本にとっては最悪の10年だった。国連はただひたすら日本バッシングのための組織と化し国連人権委員会などは中国のチベット人やウィグル人の虐殺を無視して日本が最悪の人権侵害国家だと叫んでいる。

注)国連人権委員会の実際については以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/pppp-9bd1.html



   基文氏は
来年は2期10年の任期が終わるが、次は韓国大統領選に出馬する予定だという。
なぜ
 基文氏がこれほどまでに国連総長という地位を利用して反日の姿勢を貫いたかといえばすべて韓国大統領になるためで、間違っても国連事務総長として公平な判断などすれば韓国国民からそっぽを向かれてしまう。
いやいや、実にうまくいった。これだけ日本をたたけば韓国民は大喝采だ。アホな日本は未だに国連崇拝などしているから分担金だけを踏んだくれるし、その金で反日キャンペーンをされているのも気づかない。これほど愚かな国はちょっとない・・・・・
 基文氏の高笑いが聞こえる。

 

 

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(28.7.5) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ自転車周遊記 その2」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております

(26.8.19) ロドリゴ自転車周遊記 その2

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(筑波山が赤く燃えておりました)

注)これは「ロドリゴ自転車周遊記 その1」の続きです。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-304c.html

 翌天明7年8月5日の日も朝から灼熱のような太陽が照り輝いておりました。かなたに見える筑波山も赤く輝き中国西域に存在すると言われた火焔山(かえんざんのごときでございました。
ロドリゴは夜半の熱さで一睡もできず、しかしそれでも次の目的地宇都宮を目指して出立したのでございます。

 ここ関宿からは宇都宮へは利根川を遡り、国道4号線の利根川橋を渡る必要がございました。ところが川からの登り口が分からず東北自動車道を国道4号線と見間違えてしまい何度も利根川堤を往復したのでございます。
そしてかろうじて登り口をみつけたものの国道4号線は聞きしに勝る恐るべき国道で利根川橋周辺には歩道がなく、かつ自転車が通れるようなスペースはほとんどなかったのでございます。

 あとからあとからマンモスステゴザウルスティラノザウルスのような巨体のダンプカーが私の自転車とすれすれに追い越していき、ほとんど生きているのが奇跡と言った状態になってしまいました。
これではいつ蛙のようにぺちゃんこになって轢死するかわからない・・・生き残る算段はないものだろうか・・・

 何とかしようと地図を見ていると前から大勢の避難民が押し寄せてまいりました。聞くとここより北の内陸部は熱風によって生き物は息途絶えてしまい、人々は水と食料を求めて逃げ惑っているとのことでございました。
旅のお方、北は地獄になっております。早くお逃げなされ!!」のちに天明の大飢饉と言われた惨状が迫っていたのでございます。
よっしゃ、北は危険というし、北に行くのは止めて海を目指そう。途中には霞ヶ浦もあるので宇都宮より涼しそうだ

  しかしこの日は灼熱の太陽が海の水をすさまじい勢いで蒸発させており、海岸線が沖合に後退していくら行っても海岸線にはたどり着けないことは知りませんでした。
だがロドリゴはコンビニがあればそこでアイスキャンデーで体内を冷やし、水道があれば衣服を着たまま水をかぶって何とかして海岸にたどり着こうと努力したのでございます。

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(筑波山の麓をようやく過ぎた)

 普通の方はご存知ありませんが、真夏にマラソンや自転車をこぐときは衣服の上から水をかぶるのが常識で、体中を水浸しにしておけば水が蒸発する時に体温を奪ってくれるのでその間は涼しく、何とか体を動かすことができるのでございます。
国道125号線を南下すると左側に筑波山の秀麗な姿が見えてきて、ここは深田久弥氏日本百名山の一つとして挙げておりました。

 我が先達田中陽希氏は現在グレートトラバースという冒険旅行を行っており、日本百名山を乗り物を使わずに(手漕ぎのカヌーは使用します)一筆書きで踏破しようとしておりますが、ロドリゴも陽希先達にまねて、せめて自転車での関八州百名山の一筆書きを試みるつもりでした。
だがロドリゴは齢70歳になんなんとしており、しかも関八州はアラビアのローレンスが越えたネフド砂漠に化していて、生きていくのがやっとという状況でありました。
 
  オアシスのコンビニではアイスキャンデーばかりを食べていたため、たちまちのうちに胃腸があれ、固形物を胃は全く受け付けず自転車をこぐ脚力は幼児並みに低下していたのでございます。
これじゃ、いくらなんでも筑波山登山はむりだな、スルーして早く海岸に着こう

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(霞ヶ浦の周辺はレンコン畑が続いていた)

 霞ヶ浦の霞ヶ浦大橋を越えたころから気力はすっかりなくなり、水野様との約定はあるものの故郷おゆみ野村に帰りたい望郷の念に駆られてしまいました。
しかし約2週間の予定がたった2日で挫折してしまったことが分かると奥女中の美智代様に合わせる顔がなく、ただそれだけの理由で自転車をこいでいたのでございます。

昨日のキャンプは熱風の中だったので一睡もできなかったから、今日はなんとか涼しいキャンプ地を探そう。無理をせず宿に泊まるのが一番だろう・・・・・・」
海岸ははるかかなたではありましたが、鉾田宿のオテルと称する場所で二日目の夜を過ごすことにしたのでございます。

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(28.7.4) 経済進歩の時代が終わり宗教の時代に入ってきた。 新しい中世の始まり

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 なにをやってもさっぱり効果があがらず、かえって状況が悪化したときに人間はどうするかというと神に祈るようになる。
全能の神よ、我らを助けたまえ!!」
これは冗談でいっているのではなく今世界経済が遭遇している状況なのだ。

 現在世界経済は奈落の底に落ちようとしているが、これに対処する手段はすべて使い切ってしまった。日本は停滞の20年間、ケインズが提唱した財政金融政策をただひたすら実施しその費用は約1000兆円に達したが、全く効果がなかった。
ケインズ政策を諦め安倍首相は黒田氏を日銀総裁にしてマネタリストの政策、簡単に言えばお金を無尽蔵に印刷したが、その効果も約3年で終わってしまった。
もう後がない、サプライズで金利をマイナス金利に下げてみたが、それでも借り手があらわれない。一体世界はどうしてしまったのか・・・・・・・・・」

 現代人は成長が当たり前で経済も進化すると思っているが、これはひどい誤解だ。
経済は時として停滞しそして後退する。
世界史を見ると成長の古代ローマの世紀が終わると、その後約1000年に及ぶ中世という宗教以外は何も存在しないような社会があらわれた。
日本でも成長の奈良時代の後は平安という400年にわたる低成長時代が続いた。
かつて私が始めて世界史を学んだ時、この中世という世紀は歴史の間違いではないかと思ったものだ。

 現代でいうGDPは毎年のように低下し、人々は働くよりも神に祈ることを重要視し西洋では教会以外ははまともな建物がなくなってしまった。
それ以前の古代ローマが当時の世界全体に石畳の道路網を張り巡らし川に は現在でも残っている 橋をかけ、競技場や大浴場を兼ね備えた近代に通ずる大都市まで築いていたのと雲泥の差だ。
中世とは簡単に言うと経済成長が終わり経済が委縮し宗教だけが残った時代といっていい。

 今や日本もEUもアメリカもほぼ1%前後の成長しかできないが、これがゼロになりマイナスになるのは時間の問題だ。
何度も言って恐縮だが先進国の市民はこれ以上物財やサービスが増えてもただ当惑するほど物財やサービスにあふれかえっている。
現在言われている先進的な技術で現代人が飛びつきそうなものは何もない。
4Kテレビなど1kで十分だし、リニア新幹線など新幹線があるのに何で必要なのかと悩んでしまう。
自動車も自動運転が次の目標だそうだが、何もしないで車に乗っている方が苦痛だろう。
携帯など機能が多すぎて使用の仕方がわからない。
人型ロボットもはっきり言えばろくなものではない。
もはや技術が進歩しても何の役にもたたない時代に入ってしまった。

 新興国や後進国に はまだ伸びしろはあるが、先進国の技術が停滞してくると新興国などは盗むべき技術がなくなり自前で技術開発をしなければならないので成長速度が鈍る。
中国や韓国やブラジルといった新興国グループがさっぱりなのは、盗まないと経済成長ができない経済の宿命といっていい。
こうしたグループももはや成長の時代は終わったといっていいだろう。

 そして今世界中ではやりだしたものは原理主義的な宗教である。アメリカはティーパーティと称する原理主義的宗教団体がトランプ氏を担ぎ出して宗教改革を行おうとしているし、EU はイギリスをはじめとした国粋団体が「自国中心主義」という宗教に酔いしれ始めた。これは約80年前にヒットラーが「ゲルマン民族の優位性」という宗教を説いたがその現代版で、第二次世界大戦までしてこの国粋主義を葬り去ったのに今や世界の潮流になってきた。
そしてイラクやシリアやバングラディシュではISと称するイスラム原理主義者が棟梁跋扈している。

 経済が停滞すると人々は宗教以外に救いを求めることができない。
我らは貧しい、しかし心は豊かだ」というのが宗教だから停滞の時代に宗教が心の支えになるのは当然だ。
21世紀、経済状況はますます悪化し、それに比例するように人々の宗教心は厚くなる。
神よ我らを救いたまえ
こうして21世紀は過去1000年も続いた中世世界に再び入ってきた。

 

 

 

 

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(28.7.3) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。 「ロドリゴ自転車周遊記 その1」

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(26.8.17) ロドリゴ自転車周遊記 その1

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(今回ロドリゴが使用した旅行用具一式)

 わたくしロドリゴが思わぬ経緯から関八州見回り組首座に抜擢されたのは以下のような理由からでございました。
御老中水野忠邦様は関八州が博徒の棟梁跋扈により乱れているのを憂慮され、目付や郡代を派遣しては取り締まりを行っていたのですが、このところの地球温暖化により夏場は関八州は砂漠と化し、見回りに出たものは誰一人として帰還が相成らないような惨状でございました。

そこでじゃ、ロドリゴ。夏場の見回りでは軍馬は泡を吹いて倒れ、豚はまるこげになり、人は北京ダックになってしまっておる。聞くところによるとロドリゴはバテレンより自転車なるものを持ち込んでおり、馬よりも早く疾駆すると聞く。
この自転車で夏場の関八州の見回りをしてくれぬか

御老中様、お言葉ではございますがロドリゴとて北京ダックになるが必定、このような大役はひらにご容赦を・・」

ロドリゴ、関八州の見回りには役得があるのじゃぞ。人には言えんが美女と金銭は思いのままじゃ
水野様、ロドリゴは主に仕える身、美女にも金銭にもいささかも心が動じませぬ
じゃが、ロドリゴ、奥女中の美智代に何くれと手出しをしておると城中のもっぱらの噂じゃぞ。神は頭で考えるもの、おなごは下半身で考えるものではないかの・・・
水野様、美智代殿には主のみ言葉を伝えており、決して水野様の考えられるような不見識な話ではございませぬ
よいよい、ここはジパングじゃ、そちの神様もここまでは目が届くまい。この大役が済んだ暁は、そちの希望は思いのままじゃ。もちろんお前の主には内緒にしておく

 こうして私ロドリゴが水野様の強い要請を受け関八州の見回りに出立したのは、地球が焼き焦げるかと思われるような灼熱の天明7年8月4日のことでございました。
まず目標としたのは江戸川と利根川の要衝を抑えている関宿でございました。
ここに至る道は我がおゆみ野郷より船橋の先の塩浜まで出て、そこから江戸川をさかのぼるのでございます。

 当初ロドリゴとしては自転車であれば一日100㎞は優に超えると思っていたのですが、わが愛車はマウンテンバイクで重量が20kg程度あり、そこにテントや自転車修理用具10kg程度を積み込み、私の重量60kgを加えるとマウンテンバイクの速度はママチャリ並の時速12km程度になってしまったのでございます。
これじゃ、とても100kmをこなすのは大変だ。さらにこの炎天下だ!!」

 江戸川の堤には蜃気楼さえただよい、河原のグランドには誰一人として人影はなく、頭上にはハゲタカがロドリゴがくたばるのを待ち望んでいるようなありさまでございました。
しかしロドリゴは水野様との強い約定を信じ、水場があれば衣類を着たまま頭から水をかぶりようやく関宿城に到着したのはその日の夕刻でございました。

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(この日は快晴で猛烈な暑さだった。江戸川堤)

 さっそくご城代の山辺様に面会を申し出たのですが、信じられないことに山辺様は「バテレンと会うことは大御所様の時代からご法度になっている」と申して面会を拒絶するのでございます。
水野様は「酒も女もおもいのまま」と申されていたのにこのギャップの大きさに愕然とし、「せめて軒端に一夜」との所望も、「城中にはいることはまかりならぬが、外の公園でゴリラとカメと一緒に寝るのなら良い」とのお言葉でございました。
ここ関宿の公園にはゴリラとカメが放し飼いになっており、さながらアフリカのジャングルのような場所でしたが、ロドリゴは致し方なくこの公園でテントを張ることにしたのでございます。

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(ロドリゴが寝た関宿の公園 カメとゴリラと魚がいた)

 この日は夜半になっても温度は低下せずテントの中は蒸し風呂のような状態でしたので、あまりの暑さに耐えかねて外で寝ているとハサミムシの集団に襲われ体中斑点だらけになってしまいました。
なぜ、老中水野様のご威光もここ関宿では無視されるのであろうか、幕府の権威もこれまでか」などと体をかきむしっていると、たまたま通りがかった村人が「おやまあ、このようなところで野宿するのはオオカミの餌になるようなものだ」などと空恐ろしいことを述べて立ち去ったのでございます。

 夜の熱さとハサミムシとオオカミの遠吠えにおびえながら一睡もできず、かくして関八州見回りの第一夜は散々な様相を呈したのでございます。

            

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(28.7.2) 経済学不毛の時代 ケインジアンもマネタリストもだめだ。ではどうすればいいんだ!!

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 これほど経済学がバカにされた時代はない。ケインジアンマネタリストも刺身のツマ程度にしか思われていない。提唱する経済処方箋が全く効果がないのだから致し方ないが、大学から経済学部が消えそうだ。

 日本は停滞の20年間にケインズ経済学のいう財政金融政策を実施してきた。公共投資を積極的におこない金利はほぼゼロにまで低下させたのに、経済は全く上向かず1%程度の成長がやっとでそれも公共投資を削減するとたちまちのうちに失速した。
理論では政府の介入で景気はすぐに上向き後は自律的な回復が図られれると言うものだったが、実際はさっぱりで結果的に日本政府は1000兆円の国債を発行して世界最悪の財政状況になってしまった。

 そこでケインズ政策に見切りをつけたのが安倍政権で、安倍首相は黒田氏を日銀総裁にしてマネタリストの金融政策を実施させた。
マネタリストとは簡単に言えば金をばらまけば経済が回復すると主張する一派で、これはアメリカのFRBが採用しアメリカ経済の回復に実績があった。
特にバーナンキFRB前議長はマネタリストのおとしごのような人で、「景気を回復したけれればヘリコプターから金をばらまけ」と主張したのでヘリコプターベンとあだ名されていた。

 「わが国もヘリコプターベンになろう。毎月10兆円、金を市場にばらまけば景気は必ず回復する」黒田日銀は国債を担保に毎月市場に資金供給を行ったので一時は確かに株式は急回復し、不動産価格も上がり始め為替が低下したので輸出産業の業績が急回復した。
見よ、アベノミクスは大成功だ。マネタリストこそが経済回復の決め手だ!!」

 だがあれから3年たち、このマネタリストの処方箋にも限界が見えだした。いくら金融を緩和し、長期資金のレートをマイナス金利にまで低下させたのに、経済は失速し始め株式は急下降しており輸出産業の業績も頭打ちになった。
いったいどうしたんだ。金融緩和効果がない。金さえばらまけば経済は急回復するはずだったのに・・・・・・」黒田日銀が天を仰いでいる。

 だがこの経済停滞は日本だけでなくEU諸国やアメリカでも同様で、信じられないことに は中国といった新興国でも同じような現象が起こっている。なぜか世界中の経済が急ストップしはじめた。
先進国で経済が停滞している理由は明確で、これ以上の物財の供給やサービスは迷惑だからだ。

 個人消費の伸びが特に日本では悪いが、それは当然で日本人の4人に一人は65歳以上の老人で、老人が消費を主導することなどありえない。
私自身のことを見ても分かるが、食欲は毎年のようになくなるし、衣類はアシックスのジャージ以外は着ることもない。
住宅はすでに手当て済みだからメンテナンス以上の出費はないし、自動車など乗ることもないかから廃車にしてしまった。
電話など面倒ですべてメールで済ましているので携帯はパソコンの横に置いてあるだけだ。
唯一の出費は医療費でこれだけは年をとるにしたがって増加しているが、他の出費が減少しているので全体の消費は低減している。

 安倍首相に は悪いが、これで日本のGDPが増加すると思う方がどうかしている。
成長要因がない先進国経済にいくら金をつぎ込んでも無駄なのだが、それが今まで一定の効果を上げてきたのは、中国が鉱物資源を買いまくり無駄な投資をしまくっていたからで、緩和した資金はそうした鉱物資源や中国投資に向けられ、結果的に先進国経済を潤した。
しかし資源をバカ食いし無駄な公共投資に奔走した中国もとうとうあることに気が付いた。
まずい、これは日本が行った停滞の20年間の財政金融政策と同じだ。この政策は全く効果がないことは日本で実証されている・・・・・

 中国が資源のバカ食いを止めたことで黒田日銀が資金をいくら緩和しても投資先がなくなってしまった。それどころか日本の商社は毎年1兆円規模で資源投資の損失の付けを払わされている。
もうだめだ。財政金融政策もマネタリストの資金緩和も全く効果がない。一体どうしたらいいんだ・・・・・・・・・・」世界中の政策担当者が頭をかかえている。

 なぜ経済が成長しないか は、日本国内の実状を考えてみればすぐわかるが、そうした資金を使用して金を儲ける手段がないからだ。
不動産は人口が低減している場所では基本的に上昇しない。今日本では都心の優良物件を中心に値上がりしているが、これは中国人の金持ちや政府関係者が逃亡のためにパニックになって購入しているからで特殊な需要だと思った方がいい。
また自動車や鉄鋼についても国内需要は低減しているので設備投資を行うこともできない。

 今や経済学不毛の時代だが、これは世界中で経済成長が終わってしまったからだ。正確に言えばインド等の新興国は成長余力はあるが、先進国には成長余力はまったくない。いくら公共投資を行っても金融を緩和しても現状維持がやっとというのが実態だ。
今や新しい経済学が求められているが、それは成長の経済学ではなく停滞の経済学、もっと正確に言えば心の経済学であることは確かだ。
この心の経済学については別途論を改めて記載する。
 

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(28.7.1) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。「ネパール 布教日誌 その10」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております

(24.9.17) ロドリゴ ネパール日誌 その10 最終稿

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  かくして10日間に及んだネパールの布教の旅は終ったのでございます。
前にも書きましたように首都カトマンドゥ現在と中世が無理やり同居をしているような街で、バイクや自動車や人力車の騒音があまりにやかましく、通りをおちおち歩けないような蝉噪極まる街でしたのでロドリゴは好きになれませんでした。

 一方われらが訪問したディリチョール村には自動車やバイクはまったくなく、すべての荷物はロバが運んでおり、道は舗装などどこもされていない泥濘の道で、水は山から引いて下水はそのまま川に流されておりました。
なにか江戸期や明治期のジャポンを彷彿とさせるような雰囲気で、とくに学生(小学校から高校まで)は純朴さながらで知識欲が強く、また身体には脂肪がほとんどないので実に美しいスリムな体形をしておりました。
クナーカ大主教様ディリチョールに着くと気持ちが和むとおっしゃっておられましたがロドリゴも同じ気持ちでございました。

 われらが泊まったゲストハウスには学校の英語の先生とその兄弟3名が3畳の部屋に寝泊りしておりました(いくら何でも三畳はせますぎるので、おそらくわれわれがゲストハウスの3室を使ったので一時的な措置だったと思われます)。
先生はさすがに知的な雰囲気で、頼むと英語の教科書と数学の教科書を見せてくださいましたが、意外とレベルは高く数学などはジャポンとさして変わりがないレベルでございました。

 しかし生徒は教科書を持っておらず先生がマジックボードに書く問題や事例を帳面に書き写して勉強をしているようでございました。
かつてジャポンでもドイツのターヘル・アナトミアという医学書を杉田玄白様たちが互いに書き写しておられましたが、それとまったく同じなのでございます。

  この英語の先生の弟は高校一年生でございましたがロドリゴのする一挙手一動が珍しいらしく私のそばをまったく離れなかったのでございます。
私の手伝いをしようとしてリックの詰め込み作業などを懸命に手伝ってくれました。
私はお礼に持っていたテニスボールや帳面をこの少年に与えましたが、少年の持っている帳面に比べると途方もなくジャポンのそれは高品質だったのでございます。

 思えばクナーカ大主教様にネパールの布教を命じられたものの、1年間この村に留まって布教活動をすることができなかったことが唯一の心残りでございます。
ロドリゴはネパール語はナマステダンニャバードしか覚えられなかったためでございますが、ニワトリの頭としてはそれでも努力をした結果でございます。
ニワトリと言えばここゲストハウスの管理人が飼っていた哀れないじめられっこのニワトリを思い出します。
私だけが頼りだったあのニワトリは一人では餌を食べることもままならない様でございました。

 ここネパール西部秘境の中の秘境で、特に飛行機の便は最悪でございました。
しかしそれだけに残されている自然は手付かずで、クナーカ様のトレッキング・ルート開拓が成功すれば又違った観光面の飛躍があるように思われました。

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3460mのトレッキングルートに放牧されていた牛。なにかスイスの情景に似ていた

 もっともここ10年、ジャポンの観光客はネパール国内の内戦を恐れて減少したままで、その間シナコリアンの進出が目覚しくなっております。
カトマンドゥの売り子もロドリゴたちを見て「ニー・ハオ」とか「アニョン・ハセヨ」とか声をかけてきますのでジャポンの地位は確実に低下しているように思われました。
クナーカ様の「何とかジャポンの観光客誘致に成功したい」と思う気持ちはロドリゴにひしひしと伝わるのでございます。

 今ロドリゴは帰宅後正体不明の湿疹に悩まされており、ダニが身体を襲撃しているのではないかと思って医者に行きましたが、原因は明白になっておりません。
来年ダニの襲撃を撃退できればクナーカ様とトレッキングルートの開拓をしたい気持ちはあるのですが、それは又来年考えることにいたしたいと思っております(終わり)。

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