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(28.6.25) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。「ネパール 布教日誌 その7」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております

(24.9.11)  ロドリゴ ネパール日誌 その7 「ジュムラの飛行場へ」

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(このフェンスの中がジュムラの飛行場)

 ネパールに来てから七日目、われら布教団の帰国の日が参りました。
布教団はゲストハウスで生活していたのでございますが、電気はなく水は谷川の水をゴムパイプで引き入れている生活で、食料はジャポンより持ち込んだものがすべてと言う状況でございました。
寝るのは寝袋ですので何か昔の山小屋どまりの登山と酷似していたのでございます。

 ディリチョール村に入って4日目、ついに食料が底をついたのでこの村を降りなければならなくなりました。
村は貧しくわれらに食料を供給することはできなかったからであります。
明日は帰宅と言う日、クナーカ大主教様はひそかにロドリゴを呼んでお尋ねになりました。

ロドリゴ、ネパールに入ってから1週間。さぞやお前のネパール語の研鑽は進んだことであろう。来年までここディリチョール村で布教する自信は固まったであろうな!!」
ロドリゴにはそのご下問が何よりつろうございました。ロドリゴは日夜暇さえあればネパール語を学んできたにもかかわらず、信じられないことに「ナマステ朝、昼、晩の挨拶言葉)と「ダンニャバードありがとう)」以外の言葉を覚えられなかったからでございます。

ロドリゴ、お前はイエズス会一のアホといわれてきたが、わしは信じておった。お前は(能ある豚はへそを隠す)のたとえどおり、その才能をひけらかすことを恥じていただけであろう
ロドリゴは蒼白になり答えたものでございます。
大主教様、お許しください。このロドリゴはどんなに努力してもネパール語はナマステとダンニャバード以外は覚えられないのでございます・・・・

 大主教様はこの言葉を聞いてしばし茫然自失し、じっとロドリゴを見つめ、、そしてはらはらと涙を流されて申されました。
ロドリゴ、ではこたびの試みは単にロドリゴがイエズス会一のアホであることを再確認しただけになってしまったのか・・・・・・・。
考えてみればわしが悪かった。お前に隠された才能があると誤認したわしのほうが悪い

クナーカ様は深くため息をつきそして申されました・
だが、そのようなものをここディリチョール村に残すわけにはいくまい。ここにおいておくとロドリゴはナマステおじさんなんて揶揄されるだけで、イエズス会の名折れになる
かくしてロドリゴもジャポンに帰国することになったのでございます。

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ジュムラの飛行場とジュムラを守っている国家警察の訓練。毎朝走っていた

 翌朝早朝、10時にはジュムラの飛行場にネパール・ガンジー行きの飛行機が到着しているはずでしたので、われら布教団の8名と、通訳のフッド君、それにポーター4人で6時前にディリチョール村を出立いたしました。
そうして15kmの山道を約4時間かけジュムラに到着したのでございます。

 しかし飛行場についてみますとくるはずの飛行機は来ておらず、飛行場を管理している国家警察の職員はいたってのんびりと暇をもてあましておりました。
通訳のフッド君が事務所に行って確認した内容は実に驚くべきことでございました。
ここジュムラとネパール・ガンジー間の飛行機はわれわれがジュムラに飛んで来た5日前の便を最後に一機も飛んでいないと言うのでございます。

注)ジュムラはかつて王党派とマオイストの激戦があった場所で、停戦が締結された2006年以降もマオイストの極左派が武力闘争を宣言して山に立てこもっていると言われている。
そのためジュムラ飛行場は不穏分子をとりしまるため国家警察が管理していた。


 理由ははなはだはっきりせず気流の関係だと言うのでございますが空は青々と晴れ渡りどう見ても気流が悪いとは思われなかったのでございます。
最も山岳地帯にあるここジュムラでは午前中は気流が安定し午後は荒れるので飛行機はほとんどが午前中に離発着するのが普通ではございました。

 その日午後になっても飛行機はまったく現れる気配がありませんでした。
午後は飛行機は飛ばないから今日は駄目かもしれない・・・・クナーカ様はそう申されておりましたが、それでも一縷の望みを持って夕方までこの飛行場の周りでただひたすらうずくまって待っていたのでございます。

 夕刻になりいよいよ駄目だと言うことが判明いたしましたので、飛行場から約1kmあまり離れたジュムラの街のホテルでとまることになりました。
ここジュムラから隣村に道はあるのですが、雨季は泥濘と化し自動車はもちろん人さえも通行ができないため、飛行機が唯一の交通手段なのでございます。
だから飛行機が飛ばないと言うことはこの村にいつまでも滞在しなければならないのでございました。

  ここジュムラには外国人用のホテルはありませんでしたのでネパール人用のホテルでやや高級なホテルに泊まったのですが、そこでロドリゴはダニの襲撃にあってしまいました。
体中がくわれてやけにかゆいのでございます。

 それでも翌日にはここジュムラのダニのホテルを退散できると思ってかゆさを我慢しておりましたが、それはあまりにも楽観的な期待だったのでございます。

 こうして布教の7日目の夜が過ぎたのでございました。

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