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(28.6.17) 病気療養中のため二日に1回の割で過去の旅行記を掲載しています。「ネパール 布教日誌 その3」

病気療養中のため新しい記事は二日に一回の割合で掲載し、その間は過去の探訪記を再掲しております

(24.9.3) ロドリゴ ネパール日誌 その3 「ディリチョール村へ」

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カトマンドゥからネパールガンジーに飛びさらにジュムラに飛ぶ)

 おそらくジャポンの人々はネパールの地理についてまったくご存じないのではないでしょうか。私ロドリゴも今回の布教の旅に出るまではカトマンドゥがネパールの首都だとは知っていてもそこがどこにあるのかさえ知りませんでした。

 ネパールはヒマラヤ山脈の主稜を境にして南側に位置する国で北側は中国領のチベットになっております。インドから吹き上げる湿潤な空気がヒマラヤに当たって多くの雨を降らせるため4千メートル程度の高度まで植物が生い茂り、とてもジャポンとは異なった風土になっておりました。

 もともとはインドの一部のような場所で釈迦の生誕地ルンビニは現在ネパールの領土になっております。
熱帯地方の暑さとマラリアに耐えかねたインド人が山奥に逃げてきたり、タイやビルマからも何らかの理由で故郷を捨てたり、一方チベットから政治的宗教的理由でヒマラヤを越えたりしてできた多民族国家がネパールでございます。
何か規模の小さなアメリゴのような国だと言えばイメージがわくでしょうか。

 私たち布教団が訪れるディリチョール村はネパールの西部の山奥にあり、ネパール西部は秘境といわれるネパールでも最も秘境だといわれる場所でございます。
通常のバテレンが訪れるのは国土の真ん中よりやや東に位置している首都のカトマンドゥとその東北に位置する世界最高峰のエベレスト周辺、それとカトマンドゥの西約100kmにある観光都市ポカラ、そしてそこからのアンナプルナ・トレッキングルートに集中しており、それ以外の場所でバテレンの人影を見ることはまず皆無なのでございました。

 われわれ布教団はカトマンドゥからインドとの境のネパール・ガンジーを経由してジュムラという寒村に飛行機で飛び、そこから約15kmの山道をポーターに荷物を担いでもらってディリチョール村に入ることになっておりました。
ディリチョール村までの道はちょうどジャポンの林道のような無舗装の道でございましたが、クナーカ大主教様のお話では「3年前まではこの道はなく、山道しかなかった」そうでございます。

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(左側の川に沿って遡る

 道はところどころで土砂崩れで埋まっているため人かロバでの通行しかできなくなっており、たまに見かけるオートバイ以外は文明と称する乗り物は皆無でございました。
8月はネパールでは雨季にあたり午前中は晴れているのですが午後は必ず雨になると言う気候状態で、いたるところで道路わきから水が流れ落ちておりました。

 ジュムラの村をポーターとともに発ったのが午後3時近くでした。ガンジス川の支流のカルナリ川のさらに支流を遡っていくのですが、この川はジャポンの上高地にある梓川と同様な水量のとても豊富な激流でございました。
そしてこの川の上流には上高地と同様のかなり広い平坦地があり、そこにディリチョール村をはじめ多くの村落が点在しているのでございます。

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3年前に開削された道路。それまでは登山道のような細い道だけが通じていた

 クナーカ大主教様は登山が趣味とあってとても健脚であり、その後を忍者走りの修行を積んだマリア様と私ロドリゴが追うという展開で、その他の方はかなり後方から遅れてついてこられました。

 4時間程度ディリチョール村に入ったのですが、雨足が激しく道は泥濘と化しておりところどころ水没していたため歩行はきわめて難渋をいたしました。
クナーカ様は私たちが泊まるディリチョール村のゲストハウスを当然ご存知だったのですが、あまりに激しい風雨に気をとられゲストハウスへの入り口を見失ってしまわれました。

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(川にはこうした木でできた橋が架かっている

 日が暮れる頃ようやく間違いに気がついて引き返したのでございますが、あう村人に「ゲストハウス、ゲストハウス」と尋ねてようやくたどり着いたときは日がとっぷりと暮れ、さらに後続部隊もなかなか到着せずとても気をもんだものでございます。

 この村には電気がなくあたりは闇夜と化しており、しばらくして後続部隊が到着しても私たちの荷物を運んでいるポーターの若者たちはなかなか到着しませんでした。
ようやく驟雨のなかを若者が到着したのは夜の8時ごろで全員ぬれねずみのような状態でございました。
いやはや村に来るのにも命がけだな・・・」と言うのがその時のロドリゴの実感でございました。

 こうして布教の3日目が過ぎたのでございます。

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