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(28.5.3)病気療養中のため過去の旅行記を再掲しています。「ロドリゴ巡礼日誌 その15」

「眼病が悪化してブログの記載をするのが非常な負担になっております。しばらく療養しますので過去の旅行記を再掲しております」

(21.8.2) ロドリゴ巡礼日誌 その15

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キリスト暦2009年7月3日

 サン・シルク・ラポピィという村をご存知でしょうか。「フランスで最も美しい村の一つ」といわれ、ロット川の川岸、約100mの断崖絶壁の上に建てられた中世の城郭都市(現在の感度では村)で、人口は約200人でございました。

 ムッシュ タムは事前勉強を怠ることなくこの村の情報を入手しており「ロドリゴ、今日はどうしてもこのラポピィを見に行こう。一見に値する村なのだ」と提案したのでございます。
ラポピィに行くにはこのセレ川を下り、ロット川との合流地点で、上流に約4km程度遡ったところで、断崖を登るのでございました。

 実は昨日、ムッシュ タムはインフォーメーションでラポピィ周辺の観光案内を入手して、信じられないような提案を私にしたのでございます。
ロドリゴ、これを見てごらん。ラポピィからカオールまで、観光船があるみたいだ。この観光船に乗れば2日分の行程を歩かなく済みそうだ

 さすがにこの提案には躊躇しました。
ムッシュ タム、我々は巡礼の旅をしているのに、乗り物になど乗ったら神様がお許しくださいません
ロドリゴ、我らの目的は何だ。サン・ジェン・ピエル・ポーに到着することだろう。到着できなかったら神は嘆き悲しまれる。だからその間の手段は問わないのだ

 実はこの計画はすんでのところで未遂に終わりました。と申しますのもこの観光案内に書かれていた遊覧船はラポピィ周辺カオール周辺の観光船で、決してラポピィからカオールまでの2日間の旅を短縮する観光船ではなかったからでございます(インフォーメーションで確認して分かりました)。

主よ、ムッシュ タムの言葉は悪魔のささやきでございます。我らを悪魔の魔手からお救くいくだされたことに感謝いたします

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  こうしていつものように約30kmの道のりを、時に国道を通りながらラポピィに立ち寄り、その日の宿にたどり着いたのでございます。
しかし、このときは一騒動が起こってしまいました。

 宿泊を予定したレ マズという村にはジットがなくシャンブルという形態の宿しかなかったのでございます。
実は我ら2人はもっぱらジットに泊まっていたのでシャンブルのルールを知りませんでした。

 行くと簡単にそこのムッシュが部屋に案内してくれたのですが、しばらくするとマダムが血相を変えて部屋に入ってきたのでございます。
片手に予約表を持って、「お前達はこれか」と聞くのでございます。
ノン」といいましたら、「お前達は別か」と何回も念押しして、「この部屋から出て行け」と大騒ぎを始めたのでした。

 後で分かったのですが、シャンブルという形態は自宅の一部をそのまま部屋ごと貸し与える形態で、必ず予約が必要らしく、宿泊料はジットより高いのですが、その代わり食事は豪華で、主人が顧客をもてなすというようなスタイルでございました。

 宿泊客もやや上流クラスが主で、ジットのように予約がなくても誰でも何でも泊めるというようなことはなかったようでございました。

 ここのマダムが余りに大騒ぎをして部屋から出て行けというので、この場所の宿泊をほとんど諦めていましたら、隣の小さな部屋に案内して「ここに泊まれ」と言うのでございます。

 マダムのつもりとしては、「ここは予約客があるので、泊められないが、小さな部屋でいいなら泊めてやる」ということだったのですが、剣幕がものすごかったので、すぐにでも追い出されるような気持ちになってしまいました。
しかしこの剣幕は[予約のない客が来るはずがない]というルールが破られたために、マダムが単にパニックに落ち行っていただけで特に悪気はなかったということが後で分かりました。

 落ち着いて見回してみますとここは大変な邸宅で、庭にはプールまであり、敷地は何処まで広がっているのか分からないような広さでございました。
また一緒に泊まったフランセは6名で、ジットとは異なりとても上品な感じの人たちでパリから巡礼道を1週間ずつ何回か分けてたどる旅をしているとのことでした。

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 グループの内訳は男性2名女性4名でしたが、男性の話ですと「今まで勤めていた保険会社が55歳以上の人員のリストラをしたので、自分達もリストラされたのだ」といっていましたが、別段リストラを悩んでいる様子はなく、かえって自由な時間が取れたことを喜んでいる風情でした。

 食事はここの主人が作っているぶどう酒が振舞われ、またフォアグラガチョウの肝臓を脂肪で膨らませたもの)や肉が振舞われ、その間主人を交えた会話を楽しむのがルールのようでした。

 フランセの男性はきれいなエゲレス語を話し、会話をとぎれさせないコツを心得た、とても紳士的な人たちでした。
最もムッシュ タムエゲレス語をほとんど解さないため、後で「どうもシャンブルみたいな宿は、窮屈で二度と泊まりたくない」と申しておりました。

 これがサンチャゴ巡礼フランス道の15日目の報告でございます。

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