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(28.4.21)病気療養中のため過去の旅行記を再掲しています。「ロドリゴ巡礼日誌 その3」 

「眼病が悪化してブログの記載をするのが非常な負担になっております。しばらく療養しますので過去の旅行記を再掲しております」

(21.7.15) ロドリゴ巡礼日誌 その3

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キリスト暦2009年6月21日

 ここル・ピュイサンチャゴ巡礼の出発地の一つになったのは10世紀のことだと聞きましたので、ほぼ1000年の歴史があることになります。
その理由は世界遺産にもなっているノートル・ダム・ル・ピュイ大聖堂が神々しくも存在し、この大聖堂の中には「黒いマリア像」が祭られていることから、マリア信仰の中心地となったからでもあります。

 私ロドリゴは神に仕える身ながら「黒いマリア像」についてまったく知識はありませんでしたが、ここ南フランスを中心に黒いマリア像は多数存在し、おそらくこれは先住民のケルト人の土着信仰と融合したためでないかと言われております。

 正統派のキリスト教では黒は不吉な色で、白が神聖な色ですので確かにそうとでも考えなければとても納得できそうにありません。

 我ら二人はこのル・ピュイ大聖堂において祝福を受け、巡礼手帳を交付していただいて巡礼に出発することにしておりました。
巡礼手帳とは確かに巡礼をおこなったことを証明する大変重要な手帳で、宿泊した巡礼宿、教会でその地特有の判を押していただき、同時に日付を記載していただくものでございます。

 早朝、ル・ピュイ大聖堂に参りましたが時間が早かったのかまだ巡礼者は集まっておりませんでした。一番前の席に座って待っていたところ、しばらくして神父様が現れ、朝のミサが始まったのでございます。
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 そのときにはかなり多数の巡礼者が集まっておりましたが、神父様がフランス国の言葉で祝福の言葉を話され、また賛美歌を歌われました。巡礼者もそれに合わせて、和しまた賛美歌を歌うのですが、そのたびに立ったり座ったりしなければなりません。

 ムッシュ タムも私もこうしたフランス国におけるミサの儀式は初めてであり、言葉が分からぬ我らにとって神父様の言葉は鳥のさえずりであり、賛美歌は川のせせらぎでしたので、ただひたすら我ら二人が理解できる主を称える「アーメン」だけ声を出し、後はただ口をパクパクさせていただけでございました。

 困ったのは一番前の席に座っていた関係で立ったり座ったりするタイミングが分からず、回りをキョロキョロ見渡さなくてはならなかったことでございます。
あとからムッシュ タムに「ロドリゴは勇気がある。よく先頭の席に座れるものだ」と言われましたが、そもそもフランス国におけるミサがどのようなものか知らず、先頭の席にいればそれがよく分かると思ったからで、よもや自身も参加することになろうとは知らなかったからでございます。

 ミサではパンの儀式もおこなわれイエス・キリストの肉体の象徴と言われるパン(実際は薄いおせんべいのようなもの)を割って、われら巡礼者に一人一人神父様が祝福をしてくださいました。
しかし私はこのパンの破片をどのように扱ってよいか分からず、ポケットにしまったところ、巡礼者から「おぉー」という驚きの声があがってしまいました。

 神父様は静かに私に近寄り、身振りで「それは口にいれて食べるものです」と教えてくださりましたので、深く神に謝しながら食しました。
神に仕える身ながら、ながらくジャポネに住んでいたため、こうした儀式をすべて忘れてしまった自身を恥じたものでございます。

 こうしてル・ピュイの街を出発することにしたのですが、地図を確認しながら歩いていたにもかかわらず、さっそく道を間違ってしまいました。
後から大きな声がして青年が手招きしています。
この青年はステファンというフランス人でとても親切な人でしたが、巡礼道の歩き方を教えてくださいました。

 青年によると「巡礼道には目印があって、白と赤の国旗模様がル・ピュイからの巡礼道の印で、道を曲がる場合はその下に白い印で方向を示している」と英語で教えてくれました。
見ると確かに白と赤の国旗模様が電信柱や家の壁や柱にかかれておりました。
しかもこの国旗模様は100mおきぐらいについていましたので、確かにこれさえ見失わなければ確実に巡礼道をたどれることが分かりました。

ロドリゴ、これなら道を間違うことはなさそうだなムッシュ タムが嬉しそうに言ったものでございます。

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 巡礼道は牧草地の間をほぼ直線にたどっており、我々二人はこうした道を一日30kmの距離を歩くことにしておりました。
初日はこの牧草地帯が実に生き生きした印象でしたが、実はこうした景色が際限なく続き、日を重ねるにしたがって「またこれかよ」とうんざりするほど続いていたのでございます。

 これがサンチャゴ巡礼フランス道の3日目の報告でございます。

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