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(28.4.20)病気療養中のため過去の旅行記を再掲しています。「ロドリゴ巡礼日誌 その2」 

「眼病が悪化してブログの記載をするのが非常な負担になっております。しばらく療養しますので過去の旅行記を再掲しております」

(21.7.14) ロドリゴ巡礼日誌 その2

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キリスト暦2009年6月20日

 ドーベルマンにはお尻を食われそうになったし、すでに4時を過ぎていましたので空港に隣接しているはずのTGVの乗り場に行くことにいたしました。しかしいくら探してもTGVの乗り場はなくSNCFという看板しかないのでございます。
なぜ、TGVの乗り場がなくSNCFなんだ」途方にくれてしまいました。

 フランス国のパリまではどうにかたどり着いたものの、これから巡礼のスタート地点ル・ピュイまでまだ約600km行かなくてははなりません。
そのためにはTGVに乗る必要があるのですが、どこを探してもTGVが見当たらないのです。

 途方にくれて探し回っていたら、たまたまジャポネと思われる一行がいましたので聞いてみました。異国の地でジャポネに会うと神に仏でございます。
その人はフランスに何回も来ているドクトルだそうで、その人によると「フランス国では特にTGVとTGV以外との区別はなく、切符はすべてSNCF(フランス国有鉄道)の窓口で一括して取り扱い、特にTGV専用の窓口はない」とのことでした。

 私はフランス国もジャポンと同様に新幹線窓口があり、また新幹線の改札口が有り、線路も別系列とばかり思っていましたので、これは驚きでした。
どうやらフランス国ではTGVは高速で走る車両程度の感覚で、ジャポンにおける別系列の高速列車という意味はないようでした。

 ドクトル一行はすべての手配をジャポネで済ませているらしく、朝一番のTGVで南のリゾート地、アビィニヨンモンペリエに行くといっておりました。
朝一番のエール・フランスでついて、これからTGVですよ

 しかしドクトルのおかげでTGVの切符の購入の仕方が分かったので、リヨン経由ル・ピュイまでの切符をSNCFの窓口に並んで入手することにしました。
ムッシュ タムが、「老人割引があるはずだから確認してくれ」と言いますので確認してみましたが、当日券ではそのようなものはないとのことでした。

 チケットが入手でき、これで私は完璧にル・ピュイまで行き着くと安心したのですが、今思えばここに信じがたい悪魔の罠が潜んでいたのでございす。
私どもは順調にリヨンまで行き、ここでル・ピュイまでの電車に乗り換える予定で、一旦リヨン駅で降り、2時間余り時間に余裕があったのでリヨンの街を散策したのです。
リヨンの街は18世紀の面影を残す大変美しい街でとても満足いたしました。

 そして乗り換え時間に来た列車に乗って、落ち着いて調べものをしていたら、ムッシュ タムが「ロドリゴ、乗客が全員降りちゃった」というのでございます。
見渡すと残っているのは我ら二人で、一体どうして全員降りてしまったのか理由が皆目分かりませんでした。
この駅はどこで、なんで全員降りたのだ」パニックになってしまいました。

 フランス国の言葉はまったく理解できないため人に聞くこともできず、駅中を走り回ってようやく駅員の制服を着ている人を見つけ出し、チケットを見せ、ただただ「ル・ピュイ、ル・ピュイ」と叫んでしまいました。
駅員はフランス国の言葉を理解できない二人に、ホーム番号と時間を記載して、手振りでそこに行けと指示するのです。

 我ら二人は理由が分からないままにそのホームに行き、来た電車になぜこの電車に乗るのか分からないままに乗り込んだのです。
ロドリゴ、一体どうなっているんだ
さあ、まったく分からないのです」何とも不安な気持ちでした。

 冷静になって地図をながめてようやく理解したことは、実はリヨンとついた駅はいくつかあり、ジャポンでも千葉、本千葉、西千葉、東千葉の駅があるのと同じで、このうち乗換駅は街の中心のリヨン駅ではなかったようなのです。

 我らはそれを知らず街の中心のリヨン駅で降り、その後来た電車に乗りこれでル・ピュイまで直通でいけるとすっかり思っておりました。

 乗客が全員降りたリヨン○○駅実際の乗換駅だったのですが、しばらく自分達の置かれている立場がまったく理解できませんでした。
理由が分かった後「何も知らない我々をこのような手段でだますとは、悪魔の仕業に違いない」とムッシュ タムと語り合ったものでございます。

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こうしてリヨン○○駅を約2時間遅れで出発し、さらに途中のサンテチエンヌという駅でも2時間待たされ(この街は非常に美しい街でした)、ル・ピュイに到着したのは予定の4時間遅れになっておりました。

 フランス国の最初はドーベルマンに追い立てられ、今日は乗換駅を間違え、この先どうなるのだろうかと暗澹たる思いに駆られたものでございます。
ロドリゴ 巡礼の旅は大丈夫だろうか
ムッシュ タムの不安は私の不安でもありました。

 その日は街のインツーリストを訪ね、巡礼宿を依頼しまったく複雑怪奇な中世の道路地図を渡されてその巡礼宿についたのは6時ごろになっておりました。
しかし朝の4時ごろから悪戦苦闘したものの、こうして巡礼の出発地点ル・ピュイまでたどり着いたことを深く神に感謝して、ようやく安息の眠りについたのです。

 これがサンチャゴ巡礼フランス道の二日目の報告です。

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