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(27.12.26) 21世紀は原理主義集団の時代 原理主義者を封じ込めないと国家が崩壊する!!

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 今思うと2001年9月11日にニューヨークで発生した同時多発テロ事件こそは21世紀のありようを象徴していたことが分かる。
あの時ブッシュ大統領は「テロとの戦いが始まった」と述べたがそれが21世紀だった。
21世紀とは国と国との戦争よりも国家と原理主義者の戦争が主体になる世紀になっている。
このアルカイダによるアメリカ攻撃に続き、現在はISと称するイスラム原理主義者が世界に牙をむいており、これに対して有志連合と称する国家群がこのISを封じ込めるために団結して戦っている。国家の敵が国家ではなく原理主義者になった。

 日本も多くの原理主義者に悩まされているが、しばらく前まではシー・シェパードと称するクジラ至上主義者に悩まされた。
水産庁の調査船がこのシー・シェパードの原理主義者によって硫酸などを投げつけられていたが、彼らにとって至上の価値はクジラであって人間の命などはものの数に入っていなかった。原理主義者とはある特定のものだけに価値を見出す集団で、そのためには他の価値を一切認めない。

 国内に目をむけるとやはり原理主義者がはびこっており、政府はこの対策に追われている。
私は今高浜原発の再稼働に反対している原発絶対反対論者と、沖縄の辺野古への移設に反対している翁長知事一派のことを考えているのだが、この二者は現在日本のありように挑戦している原理主義集団で、ISと同じように国家にとっては厳しい挑戦者だ。
12月24日、福井地方裁判所は関西電力高浜3.4号機の4月に命じた運転差し止めの仮処分を無効とする決定をしたが、原発絶対反対論者が激しく抗議していた。
原子炉は絶対の安全が保障されない限り稼働は許されないはずなのに、司法は司法の責任を放棄した」と主張していた。

 しかし原発絶対反対論者のいう「絶対の安全」などそもそもこの世に存在しない。生活をする以上は何かの危険にさらされており、いつ交通事故にあったり食中毒になったりするか はわからない。だから原発だけに「絶対の安全」を求めてもそれは理論的にありえないことだから、原発絶対反対論者が言っていることは「どんな条件を提示されても稼働は絶対認めない」といっているに等しい。

 これに対し今回稼働再開に同意した裁判長は「危険性が社会通念上無視できるほど管理されていれば稼働を差し止める理由はない」との判断をしたのだが、言っていることは、「現在の技術水準でできるだけのことをしたのならそれで稼働を認めてもいい」ということで常識的判断といえる。
だがこれに絶対論者が満足するはずはなく、高裁に即時抗告すると息巻いていた。
原理主義者と常識的判断は水と油であって絶対に交わらないからこの闘争は永遠に続く。

 一方沖縄では辺野古移設絶対反対論者の翁長知事が辺野古での埋め立て作業を即時停止させるための裁判を起こしていたが、こちらも一歩たりとも妥協する気持ちはない。
前知事の仲井眞氏は常識人だったからどこで妥協するか妥協点を常に探っていたが、翁長知事は原理主義者だから妥協などという言葉は一切存在しない。
だから政府にガチンコの勝負をしかけていてこの戦いも永遠に続く。

 原発絶対反対論者もまた辺野古移設絶対反対論者も実は国家にとって最大の敵になっている。なぜそうかというと国家の存続よりも他の価値が優先されて国家の根底を揺さぶるからだ。
LNGや原油の輸入で日本経済が四苦八苦になってもそうしたことは判断の外だから、「だから何なの」という態度であり、また中国の植民地政策に対しても「だから何なの」と判断を停止する。基地さえなくなれば沖縄が中国の植民地になっても構わないのだ。

 この原理主義勢力と国家の戦いが21世紀の主戦場であり、ISもシー・シェパードもそして武力こそ行使しないが原発絶対反対論者も辺野古移設絶対反対論者も原理主義者として国家に牙をむいている。
この戦いに国家が敗れると世界は原理主義集団ばかりとなり、国家という全体調整をする組織が崩壊するから世界は混沌の中に落ち込んでしまう。
だから何としてもこうした原理主義集団を封じ込めることが今一番大事な政治的課題になり国家にとり存亡をかけた戦いになっているのだ。

 

 

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コメント

実は私も若い頃は戦争反対、原発も反対、(基地移転問題ではなく環境保護の点で)沖縄の埋め立て反対・サンゴ礁を守れ、と思っていました。とある人物にそそのかされ、成田の空港滑走路増設の反対デモに参加したこともありました。そこで見たものは機動隊らと対峙しながらアジ演説とシュプレヒコールを繰り返しスクラムを組んで自己陶酔する活動家たちでした。こりゃだめだ、と二度と参加しませんでした。それから社会経験を積んでいくうちに考えが変わり、今ではまったく逆の考え方になりました。たしかに戦争は無い方が良いし、原発も無しで済めばそれにこしたことはありません。軍隊の基地も無いに越したことはない。しかし現実は夢の世界ではありません。世界にはドロボーもいればヤクザも殺し屋もいます。事故も起きるし争いは絶えません。軍隊や兵器を口にすれば戦争肯定論者で、平和平和と言っていれば平和が来る、などという小学生レベルの幼稚な思考の大人が多いのは残念なことです。(特にマスコミの責任は大きい!)

投稿: たぬき | 2015年12月26日 (土) 23時00分

わたしは原発賛成です。
しかし、福島の現状が良く分からない。あるひとは問題ないといい、ある人は悲惨だという。海外にいることもあるのでしょうが、よくわかりません。
日本式の「臭いものには蓋」というやり方をしているのでしょうないでしょうか?
いずれにせよ、福島や東北の魚などは食べたくないですね。子供への甲状腺がんの現状はどうなのか?
情報公開がないんだから。現実を日本人にみせて、判断を仰ぐべきときにきているとおもう。

http://blog.goo.ne.jp/kimito39/e/1ccbdd1ee713f32d9b9ab23125b25803

投稿: NINJA300 | 2015年12月28日 (月) 17時49分

ちゃんと小学生のうちから統計的考え方を教え、
中学・高校でも統計リテラシーを高める教育をしないと。
まずは教える立場の人たちの教育が先だけど。

今の日本の大学の文系の「教授」なんて連中の多くが
朱子学の伝統の根強い国にルーツを持つ人たちで
大きな声で主張をわめき、仲間とつるんで肯定しあい、
相手の主張にはレッテル貼りやら論旨すり替えで対応するばかり。
連中によって日本の文系の学問は大きく毀損されてしまいました。
正常な「論争」の基盤が失われてしまっているわけで。
「多変量の相関」「トレードオフ」「ベストミックス」って概念も頭に持たない連中が
大声を張り上げるばかりの文化人・メディア・活動家。

投稿: ハットリくん | 2016年1月20日 (水) 12時38分

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