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(27.10.23) 文学入門 塩野七生 「ハンニバル戦記 上」

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 今回の読書会のテーマ本は塩野七生ななみ)氏の「ローマ人の物語」のうちの「ハンニバル戦記 上」である。
この本を選択したのは私で、塩野氏の「ローマ人の物語」は私の愛読書の一つだ。
全15巻からなってこのハンニバル戦記はその2巻目で、大部なので文庫本では、上・中・下に分かれている。

  塩野氏は小説家だが同時に歴史家のような人で、古代ローマに関してこの人の右に出る人はいない。ちょうど司馬遼太郎氏のような人で私は幕末から明治にかけての歴史を司馬氏から学んだが、古代ローマ史はもっぱら塩野氏から学んでいる。
文章は小説家だけあって人に読ませる能力が高くとても楽しく読める。ただし大部だから全部読むには相当の忍耐力がいる。

 ローマとカルタゴは約120年間の間に3回戦闘をまみえたが、1回目は紀元前3世紀のことだから日本では弥生式文化が花開いていたころだ。
ローマはこのカルタゴとの死闘の結果勝利し、地中海の覇者になったのだが、もし敗れていたらカルタゴが地中海の覇者になっていたはずだ。

 この第1回目の戦闘はシチリアの領有を巡って発生した。当時ここは西半分がカルタゴの植民地で東に独立都市国家のシラクサがあり、北にメッシーナという都市国家があった。
このメッシーナカルタゴシラクサの連合軍に攻められ、メッシーナがローマに救援を求めたことから戦闘が始まった。
対岸のイタリア本土の都市国家はすでにローマの軍門に下っていたから、メッシーナもカルタゴやシラクサの植民地になるより、自治権を大幅に認めてくれるローマに救援を仰いだわけだ。

 ローマはこの援軍要請に応じて約4万の軍団を派遣したが、当初はカルタゴと全面戦争をするつもりはなくカルタゴやシラクサが兵を引けばそこで休戦するつもりだった。
当時のローマは陸軍中心で海軍はなきに等しかったから海洋国家のカルタゴと海戦をするつもりはなく、まして海を渡ってアフリカまで攻め込む意志は皆無だった。

 それが全面戦争になったのは慌てたカルタゴがやはり4万もの兵をシチリアにくりだしてきたからだ。
当時カルタゴはアフリカの北の沿岸部をおさえ、地中海を自国の海としていた海洋国家だったので、海戦に持ち込めば農民兵のローマを簡単に駆逐できると考えたらしい。
海の藻屑にしてやる

 しかし信じられないことに海戦はことごとくローマが勝利している。確かにカルタゴの船の方が迅速に動いたり操舵も巧みだったが、カルタゴは商業国家ではっきり言えば軍隊の整備がなおざりだった。
戦争が発生すれば傭兵を雇って戦場に繰り出させるのだが、一方のローマは重装歩兵を中心とする農民兵でローマ市民から構成されていた。

 しかもこの農民兵は周囲の蛮族との戦闘を常時していたから戦争はことのほかうまい。海戦においても船のぶつけ合いではなく、カラスと称した一種の梯子を発明して、その梯子伝いに兵士がカルタゴの艦隊に乗り組んで陸上戦にしてしまった。よく映画で見る船を接岸させて梯子をかけ兵士が乗り込み接近戦をするあれである。
重装歩兵はローマが世界征服を成し遂げることができたローマの屋台骨で、これに攻められて勝利できるような国などない。まして傭兵中心のカルタゴ軍はすぐに戦いを止めて敗走してしまった。

  第一次ポエニ戦争は約20年間にわたって戦われたが、海戦も陸戦もほぼローマの勝利だった。
カルタゴがなぜ軍事力に力を注がなかったかというと、商業国家で侵略より通商を求めていたので、通常は軽武装で必要があれば傭兵を金で雇っていたからだ。
このあたりになると戦後の日本がカルタゴで一方アメリカがローマというようなアナロジーが浮かんできて、なぜ日本はアメリカとの通商交渉や金融交渉で敗北を繰り返えしてきたかというと、本質的には軍事力が脆弱だからではないかと思ってしまう。

 この上巻にはまだ主人公のハンニバルは現れていない。ハンニバルの父親のハミルカムの時代で、ハミルカムはカルタゴ軍を率いてアフリカに上陸したローマ軍を蹴散らしたりしていたが、何しろ海軍がだらしなく戦うとすぐに負けてしまって、結局はカルタゴはローマに和睦をすることになった。

 この結果カルタゴはシチリアから完全に撤退し、西地中海の植民都市サルジニア島も放棄したから、地中海の西海はローマの内海になり、カルタゴは地中海から追い出されてしまった。
そのためハンニバルの父親のハミルカムは子供のハンニバルを連れてカルタゴを去り、スペインに新たに植民都市を築くことにした。
息子よ、この汚名をそそぐために私はカルタゴを去りスペインに都市国家を築く。ここで力をため込み再びローマに戦いを挑むのだ。もし私が死んだらお前がその意志を継

 第二次ポエニ戦争はこのハミルカムの遺言を息子のハンニバルが実行したもので、これはローマとカルタゴとの戦いというよりはローマとカルタゴのスペイン植民地との戦いだった。
まだこの上巻には記載されていないが、なぜハンニバルがアルプス越えをしてローマに攻め込まなければならなかったのかの理由は、西地中海の海はローマ艦隊が制海権を握っていたので、スペインからはフランスの沿岸をとおって陸上伝いにしか軍を進められなかったからである。

 この時期のローマ史はまさにローマが世界のローマになるころの歴史でとても興味深いが、なぜローマがあれほど強かったのかの秘密はローマ市民がみな自ら甲冑を着こむ国民皆兵制度だったからだと思う。
その中の重装歩兵は当時の最強武装集団で、一方カルタゴは傭兵中心の軍隊だったから負け戦になるとさっさと逃げ出してしまうのがローマに勝てなかった理由のようだ。

 塩野氏の「ローマ人の物語」を読むと当時のローマ人やカルタゴ人が何かひどく親しい友人のように思えてくるが、これは塩野氏の筆致が優れているからだろう。とても楽しく読める本だ。

 

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コメント

先生、 塩野七生はどうでしょうか。
若い頃彼女が書いた当時の分裂していたイタリア中世を舞台にした、ローマ法王を中心とする歴史物を何度読んだ事か・・・・。
この女の書いたイタリア本は、惚れたイタリアに、いや惚れたイタリア男に、あの彼女の夢の中にいる伊達なイタリア男に惚れた極東の女のラブレターではないでしょうか。
女性特有の感情的な入れ込みすぎの物語。歴史を女が語るとこんなもんだと思いますが、歴史を舞台に、事実を伝えたいならもっと冷静に語るべきかと思いますが。

同じことが司馬遼太郎も、いやこの男もっとひどい。
龍馬が行く でさも史実のごとくデタラメを書き、あの明治維新をこの男が作ったごとき物語を日本中に・・・・。 ノモンハンの戦いを旧ソ連の、左翼のデマゴークに乗り一方的惨敗と書きまくるデタラメ売国作家。

先に 理系は詐欺ペテン師。 文系は馬鹿。 と申し上げましたがこの二人は両方併せ持った○○としか思えません。

先生 経済政治もさりながら 恐縮ですが歴史は更にもう一段の深読みが。 ご叱責を顧みず上申致します。

                                                                    恐々謹言

投稿: 絶望人 | 2015年10月23日 (金) 08時51分

まいど~おせわになっています。
文藝春秋の塩野七生さんのコラムは時に鋭く権力者の愚かさを指摘してくれていて、おもしろく読んでいます。
このまえはみんなの党の某氏が党のために体をはって借金をしたことについて書かれていましたね。
そのことについて意見を言う日本人が、特に評論家やマスコミがチンマイ人間性をさらけ出していてさみしいと。
金を出すほうも出したあとでとやかく言いだしてみにくいと書いていました。
海外でひとり生き抜いてきた女の目から見ると、今の日本人はかなりさみしく見えているようです。
歴史ものは真実と事実が曖昧で、その点が特にいいと思います。

投稿: 西日 | 2015年10月23日 (金) 21時04分

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