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(27.6.18) 文学入門 井上靖 「北の海」

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 今回の読書会の担当は私だった。テーマ本に井上靖氏の「北の海」を選んだのはこの小説が特に好きだったからだ。私は今小説はこの読書会のテーマ本しか読まないが、大学生だった時から30歳ごろまでは実に熱心な小説ファンだった。
そのころ井上靖氏高橋和巳氏司馬遼太郎氏のほとんどの小説と評論を読了している。

 私がその後小説を読まなくなったのはこの3名を越えるような小説に出会わなくなったからで日本の小説のピークはこの20世紀の後半にあったと私は思っている。
芸術というものは科学と異なりそのジャンルのピークというものがあり、たとえば俳諧では松尾芭蕉を越えることができず、和歌ならば平安時代の和歌を越えるものはない。

 井上靖氏の小説の中でこの「北の海」は自伝的小説といわれ、この流れの中には「あすなろ物語」「しろばんば」「夏草冬涛」がある。いづれも私の愛読書で戦前の小学生や中学生や高校生の生活が生き生きと描かれていてとても楽しんで読める。
私が子供のころは左翼史観全盛のころで、戦前は暗黒時代であり特高警察が常に目を光らせ、自由の全くない窮屈極まりない社会だと教えられていたのだが、この井上靖氏の小説を読むことで必ずしもそうした社会でなかったことを知った。

 確かに左翼陣営にとってはとても耐えられないような社会だったかもしれないが、多くの国民は左翼とは無縁だったし、まして井上靖氏の住んでいた伊豆湯ヶ島の子供にとっては「それはどこの国の話ですか」というような状態だった。
だから井上靖氏の小説には思想的側面がほとんど皆無だがそれは驚くに当たらない。

注)20世紀をかけて行った左翼の実験はソビエト・ロシアの崩壊で失敗が明らかになった。左翼史観によれば小説は政治のしもべということになるが、左翼そのものが誤っていたのだから、小説に思想性がなくても何ら問題はない。

 私が井上氏の自伝的小説が好きなのは自身が社会的エリートではなく、そのエリートの周辺にいる人物であることを自覚しているからだ。「北の海」でも高校受験に何回も失敗したまま第4高等学校(現在の金沢大学)の柔道部の練習に浪人生のまま参加して、すっかり柔道部員の一員になりきっている。準エリートとしての生きざまを模索した人だ。
この第4高等学校柔道部というのが特異な柔道部で、高専柔道大会で優勝することだけを目的にした柔道一筋集団と言っていい。

 今の人には高専柔道といっても何のことかわからないが、戦前は講道館柔道などは全く寄せ付けないほどの人気の柔道で、高等学校と専門学校の日本一を決める大会が開催されていた。
その柔道は講道館柔道のたち技中心の華麗な柔道とは異なり、もっぱら寝技中心で必殺技は首を絞めて相手を気絶させることだった。
柔道用語で「落とす」というのだが、本来の目的は相手を必殺技で殺すことで、スポーツとしての柔道ではなく、実践的な格闘技だったといえる。
戦後はそうした野蛮な高専柔道はGHQの指令もありすたれてしまったが、この小説を読むと当時の柔道が実際は格闘技だったことが分かる。

 井上靖氏自身はその後第4高等学校で実際に柔道を行い、もっとはっきり言えば柔道以外はしなかったが、大学は九州大学文学部に入学し、その後京都大学哲学科に編入している。
柔道だけして勉強もせずによく大学にはいれたものだと現在の感覚からは思うが、戦前は高等学校に入るのが極端に難しく、高等学校に入ってしまえば高等学校と大学の入学定員はほぼイーブンだったので、高望みさえしなければどこかの大学にはかならず入れた。

 この小説はハチャメチャでバンカラで、なんとも愉快な青春であり、戦前のおおらかな学生生活が彷彿してくるので読んでて楽しい。
戦前が暗黒時代時代だったというのは左翼の偏見で、左翼そのものがすでにダイナソーなのだから、そうした偏見なしにこの時代を見ると戦前日本のおおらかな姿が浮かんでくる。

 なお、あらすじについては多くの方が書いているが、立宮翔太さんの「文学どうでしょう」にあらすじが掲載されていたので一部抜粋して転載する。

「井上靖の自伝的三部作(『しろばんば』『夏草冬涛』『北の海』)の最終作にあたります。中学を卒業した洪作の浪人時代の物語です。

前作から数年が経った大正15年(1926年)の3月、洪作は5年間の中学生活を無事に終えましたが、4年生終了時と卒業間近の時と、静岡高校を受験したものの、2回とも落ちてしまったのでした。

とりあえずそのまま浪人生活に入ったものの、目指す学校も決まらず、勉強にも熱が入らず、中学の後輩らに混じって好きな柔道の練習を続けています。このまま残るか、家族が暮らす台湾に行くか――。

まさに人生の岐路に立たされる物語で、学校の進路や就職など、どの道に進むべきか悩んだことのある人すべての心を打つ青春小説です。

一応「三部作」ですし、幼少時代、中学時代、浪人時代と話は繋がっているので、勿論続けて読むのが一番よいですが、作品ごとに少し時間が経って周りの環境が変わり、登場人物の多くも変わっています。

なので、あまり順番は気にしなくていいですし、この『北の海』から読み始めても全く問題なく楽しめます。実際、洪作というこの「三部作」の主人公像は、この作品でかなり大きく変わっているんですね。

以前は、繊細さがあった洪作ですが、この作品では進路への不安など毛頭見せず、ひょうひょうとしていて、周りの人々を心配させます。とんぼと同じで何も考えずにすいすい飛んでいると評されたほど。

夏になると、四高(第四高等学校。金沢大学の前身)の柔道部から見学に来ないかと誘われて、洪作は金沢に出かけて行きました。

前作『
夏草冬涛で、文学青年のグループに輝きを感じたように、今度は一心不乱に柔道に打ち込む四高の人々から、洪作は大きな刺激を受けるのです。タイトルは、この金沢での経験に由来しています。

四高の生徒である鳶と杉戸、四高の柔道部目指して受験を続けるも3年連続で失敗している浪人生の大天井と一緒に、内灘に日本海を見に行くんですね。音痴ながら杉戸が一生懸命に四高の寮歌を歌います」

 

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コメント

戦前の平和な時期の日本てどんなだったんでしょうか?殺人事件の多発や、事故で人を死に追いやっても平気なヒトばかりが目立つ現在ですが、その頃の生活は今より不便でずっと苦しかったはず。本当に今と比べて心豊かに過ごしていたんでしょうか?このブログを読んで井上靖の小説を読みたいと心の底から思いました。

投稿: 二番弟子 | 2015年6月18日 (木) 20時40分

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