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(27.3.24) 金融庁の金融検査が変わる。 資産査定時代の終わり!!

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 一般に金融庁の金融検査といえば受ける銀行が恐れおののいていることになっているが、誤解を恐れずに言えば実際の金融検査はそれほど恐ろしいものではない。
それは金融検査の手法が常に時代から遅れてしまって、対象となっている検査が金融機関にとって主要な業務でなくなっている場合が多いからだ。

 現在の金融庁の検査は1990年代の後半にアメリカから導入されたチェックポイント方式とかつて大蔵検査と言われていた時代から継続されてきた資産査定方式の併用である。
アメリカのチェックポイント方式を導入したのは、当時日本の金融機関は魑魅魍魎の世界と言われ、これはアメリカ式の厳しいチェックがなされておらず大蔵省と銀行がなれ合っているからだとアメリカから非難されていたからだ。
長銀日債銀拓銀が不動産融資にのめりこみ、土地バブル崩壊によって非常な痛でを被っていたころのことである。

 当時大蔵省はアメリカにひれ伏し、金融検査を新たな金融庁という組織に移管し、手法もアメリカ式に変えたのだが、かつての大蔵検査の方式の資産査定も残した。いわば折衷案をとったわけだ。
その後の金融庁の検査はこのチェックポイント方式は適当に流しながら(アメリカに一応の顔をたてながら)、相も変わらず資産査定方式にのめりこんでいった。

注)チェックポイントはあまりに項目が多すぎて「だから何なの」という感じで日本人にはなじめなかった。個別企業に対する貸し出しの査定である資産査定方式の方がやはり日本にはあっていた。

 通常査定は4段階に分かれており、貸出債権を正常先、要管理先、破綻懸念先、破綻先に分ける。
金融庁と金融機関との攻防は金融機関が要管理先に分類したものを金融検査官がなんとかして破綻懸念先に分類するかの攻防だった。
そしてここがポイントだったのだが金融庁の検査官の評価はどれだけ破綻懸念先を増やせたかであったためやたらと破たん懸念先が増えてしまった。
あんたこの取引先が要注意先のはずがないだろう
検査官、そうは言いますがここは業績が回復しつつありますのでこれでいいかと・・・
うるさい、俺が破綻懸念先といったら破綻懸念先だ」こわもてだったのだ。

注)リーマンショックまでは金融庁はアメリカから常に査定を厳しくするように圧力を受けていて金融庁の検査官はアメリカの手先のような状況だった。
その後リーマンショックでアメリカの金融機関にぼろが出たためアメリカ方式の金融検査の方式は崩壊した。
「なんだ、アメリカの検査も日本と同じレベルだったのか」ということだ。同時に金融庁の権威も失墜した。


 要管理先と破綻懸念先の相違は破綻懸念先になると倒産に備えて引当金を計上しなければならず、それだけ金融機関の収益を圧迫するからである。
赤字にでもなってしまえば金融庁から業務改善命令を出されるし、収益性が低ければアメリカの格付会社から低い評価を受けてニューヨーク外為市場での取引に参加できない。
したがってその攻防は非常に激しいものだった。

注)大手金融機関がアメリカの外為市場に参加できないということはグローバル金融機関になれないということになる。

 しかし日本の失われた20年の間に日本から企業はどんどん消えて海外に進出するし、業績のいい企業は資金を自己調達するので金融機関の貸し出しは年を追って少なくなっていった。査定の対象の企業融資のシェアが毎年毎年低下していったのである。
それに反比例するように金融機関は国債や社債の投資やディリバティブに傾斜していったので、いくら企業融資の資産査定を行っても銀行経営の一部を見ているだけになってしまった。

注)大手金融機関の資産に占める貸し出しの割合は約50%、有価証券が約30%。それ以外に簿外のディリバティブが多額を占めていてどの程度経営に影響が出るか評価ができないほどだ。

 今年の7月からの金融検査では資産査定は基本的に銀行に任せて金融庁は金利変動に伴う銀行への影響を見ることにした
国債や社債は金利リスクにさらされる割合が高く、またディリバティブも金利スワップなどはもろに影響が出る。
企業の貸出債権の査定はもういい。それは金融機関に任せて金融庁は金利リスクに注目しよう」との変革だ。
金融庁の検査官はもっぱら貸出債権の査定に傾斜していたので大改革だ。だが本当は金利リスクを正確に評価するのは並大抵のことではない。
時代に合わせて金融検査を変えようということは評価できるが、実際の現場はてんてこ舞いになるだろう。

注)特に国債の場合は金利上昇に伴って手持ちの国債の評価が大幅に下がってしまう。日本国債の金利が上昇局面になれば日本国も金融機関も同時に倒産しかねないとの危機意識がある。




 

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評論 日本の経済 金融機関」カテゴリの記事

コメント

思い当たる節があります。私が会社を経営していた時、突然、某行の姿勢が変化しました。担当に理由を聞いたところ「大蔵省の検査が・・・」と、訳わからない説明。大蔵省が零細企業の経営を心配してくれのは大きなお世話と憤慨した記憶が。当然、その銀行とは取引を縮小。

投稿: ポテ珍3号 | 2015年3月24日 (火) 08時38分

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