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(26.12.28) 大学入試改革より大学改革が先ではないか!!

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 中央教育審議会が答申した大学入試改革の輪郭が明らかになった。今までのセンター試験をやめて大学入学希望者学力評価テストを行うのだという。
センター試験との相違は複数回実施できることと記述式や論文式を多く取り入れて知識偏重の点数主義から抽象的思考能力を主に見るのだという。

 何かどこかで聞いたことのあるセリフだなと思っていたら、失敗したゆとり教育のコンセプトに似ていることに気が付いた。
ゆとり教育でも「詰め込み教育を止めて思考力を強化しよう」ということだったが、実際は教員も児童も遊びほうけることを選択したので思考力などどっかにすっ飛んでしまった。
ゆとり教育とは全員でサボっただけで、おかげで世界の教育水準から日本はひどく後退し「単なるアホを再生産しただけか!!」と教育関係者を嘆かせた。

 今回の大学入試改革においても「総合型思考」なるものが唱えられているが、ゆとり教育と同じ轍を踏みそうだ。そもそも高校生の段階でそうした高度の思考に期待する方が愚かだと私には思われる。
独創よりは踏襲でまずは先人の残した遺産を学ばないことには独創もへったくれもありはしない。

 独創に関して昔読んだ本の中に面白い例があった。
 
過去の数学の成果を全く学ぶことなく一生をかけて二次方程式の解の公式を見つけ出した人の話である。
確かに偉業ではあるが、解の公式は中学生の教科書にのっており誰でも知っている知識で、すでにギリシャの昔から知られていたことをすべて自分で発見したとするのはばかげたことだ。

 教育とは先人の人が残した成果を追体験することだからどうしても記憶力と理解力が必要になる。独創的な思考力の前に記憶力や理解力がなくてはどうにもならない。今では完全に覚えてなくてもインターネットを操作すればあらゆる知識が入手可能だが、最低限どのような知識が既知として存在しているかは知っておかないと検索もできない。

 ゆとり教育にしろ総合教育にしろこうしたことを主張する人の最大の欠点はまず基礎がなってなくてはゆとりも総合も存在しないことを理解しないことだ。
大学入試試験で一点刻みで入学の適否を決定することは基礎的学力を十分に身に着けていることを確認するために重要なのだ。

 今回の中央教育審議会の答申では個別の大学が入試試験をする場合は、論文や面接やグループ討論を積極的に活用することを勧めている。
いわば点数でなく大学側が学生を総合的に判断してほしいということだが、実際に論文や面接で学生を評価するのは並大抵のことでない。
進学塾ではこうした論文の書き方や面接の仕方を十分トレーニングするから、独創性など全くなくなり誰もかれもが同じことを言うに決まっている。
そのうち面接者もあほらしくなってしまうだろう。
みんな同じことを言うのじゃ、点数でびっしと決めた方がいいのではないか!!!」ということになる。

 はっきり言ってしまえば高校生の卒業レベルで独創性を要求すること自体が無理なのだ。それより問題は大学教育の方にあり、日本の大学生のレベルの低さを嘆くべきだ。私も大学に行ったからよく知っているが、特に文科系の学生でまともに勉強をしているのは一握りで、後はバイトやレジャーやスポーツにいそしんでいた。
大学とはレジャーランドか」という状況であり、独創性云々を言うのなら大学教育改革の方が急務なのだ。
日本の高校生は大学生に比較すればよく勉強しておりそこの問題を云々するより大学生の知的退廃を嘆く方が先だろう。

注)ゆとり教育の問題点については前にまとめたことがある。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-609e.html

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