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(26.12.30) 2014年を振り返って 今年の私の1年はこうして過ぎた!

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 2014年
もはやくれようとしている。
今年一年何をしてきたかまとめておこう。

1) 清掃ボランティア関係

・四季の道の清掃を従来は毎日行ってきたが、最近は2日か3日に一回になってきた。理由は二つあって一つは体力的に続かないのと、もう一つは四季の道に落ちているごみが少なくなってきたせいだ。かつてのような若者の饗宴の跡のようなものがなくなった。おゆみ野も成熟した街になってきたのだろうか。

・ベンチの防腐剤の塗布は春先のお花見前に集中的に行った。しかし最近は塗布するよりベンチそのものをかえなくてはならないベンチが多くなっている。

・草刈りは実に熱心に行った。夏場はほぼ毎日のように四季の道の草刈りをやってきた。その結果芝生の状態は以前に比べて見違えるようになっており、雑草より芝生の方が強い場所が増えている。今年一番の成果ではなかろうか。

・カーペンターオクさんと公園のベンチの本格的な補修を始めた。夏の道公園の10個のベンチの補修を終了している。すべての板を新しいものに取り換え台座は防腐剤を塗布しておいた。これでメンテを怠らなければ後30年は持つはずだ。今年の新規事業である。

2) マラソン関係

・四季の道駅伝は雪のため中止になったが、それ以前の準備には忙殺された。計4回のマラソン練習指導とおゆみ野南小でのマラソン教室だ。体は動かなくなっているのでもっぱら口頭での指導になってしまった。

・おゆみ野とちはら台を結ぶハーフマラソン大会を2回開催した。ただし二回目は雨のため自由走になっている。この遊歩道を利用した規模の大きなハーフマラソン大会を開催するのが最終的な目標だ。

・レース参加はほとんど行っていない。膝が痛むためだが青葉の森と長柄町の駅伝参加が唯一のレース参加だ。

3) 趣味

・長年したかった北海道の自転車旅行が実現できた。マウンテンバイクにテントを積み込んで野宿をしながらの旅だったが、北海道の雄大さはいつ行ってもいい。こうした旅行をまたしたいがこれが最後となったのかもしれない。

・登山は走友会の鹿島槍の登山に参加した。登山などしばらく前までは思い立ったら行く程度の感度だったが、こうした登山もだんだんできなくなるのかもしれない。かつては登山家を夢見ていたのが嘘のようだ。

4) 中学生の勉強の指導

・今年は中学生の6人のボランティア指導を行った。3年生4人、二年生1人、一年生1人だ。しかし6人は多すぎた。本当に面倒が見れるのは同時間帯に3人が限度でできれば二人がいい。来年度は指導する子供の数をできるだけ絞らないとまともな指導ができないことが分かった。
一方3年生を指導することで最近の高校受験の試験のレベルを完全に把握できた。毎日高校入試の数学と理科の問題を解いているが公立高校の内容であればほぼパーフェクトに指導できそうだ。

5) ブログ

・毎日ブログの記載を続けているが昨日は本当に目が痛かった。医者に行ったらひどい炎症を起こしているのだという。副腎皮質ホルモンの入った目薬を処方してもらったら痛みは治まった。しばらく薬をつけ続けるように言われているが、目の痛みは治まったのでブログもまだかけそうだ。

内容的には中国と韓国の経済分析を主体に行ったが、この両国の経済についてはほぼ完全に把握できた。経済なんていうものはどこも同じでそんなに特殊なものはないから日本の経済の実情が分かっていれば他国の経済を分析することはいたって簡単だ。
特に日本の停滞の20年間を分析すれば中国や韓国経済がどうなるか推定できる。

6)健康

・健康については今年は落ち目の年だった。昨日も記載したが耳は聞こえず、膝が痛んで走ることもできない。そして昨日は目が非常に傷んでまともに文字を読めなかった。何かヘレンケラーに似てきたが、ヘレンケラーのような意志の強さはないので悲観的になってしまう。何とか2014年を過ごしたというのが実態だ。

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