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(26.9.18) 文学入門 「人間の建設」 岡潔と小林秀雄

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 いやはや、頭をかかえてしまった。岡潔と小林秀雄の対談集で「人間の建設」という本が今回の読書会のテーマ本だったが難しいのだ。
この本を選んだのは私のかみさんだが、「かみさんはいつもこんなに小難しい本を読んでいるのか」とあらためて顔をまじまじと見てしまった。

 正直言うが私はこの本を4分の1程度読んで根を上げた。いくら読んでも少しも頭に入らないのだ。この本は小さな章単位にまとめられていて、主として小林秀雄が岡潔に質問するという形式をとっている。
読んだ章は「学問をたのしむ心」「無明ということ」「国を象徴する酒」「数学も個性を失う」「科学的知性の限界」までだ。それぞれコメントすると以下の通り。

学問をすること

今は学問を好きになるような教育をしていない。難しいことを好きになるのが学問で、それゆえそうした努力をした大学教授は尊敬されてしかるべきだ。

問)この対談がされたのは今から30年以上も前だが、一体いつの時代に「学問が好きになるような時代」があったのだろうか。単に昔はよかったと言っているだけではないのだろうか。

無明ということ

無明とは仏教用語で「自己中心的な行為をしようとする本能」をいい、西欧でいう自我や仏教でいう小我をいい、これを抑え込まなければ芸術家といえない。
ピカソはこの本能丸出しの芸術家で高く評価できず、坂本繁二郎や高村光太郎はこの無明を超越した芸術家だ。

問)無明などという通常使用されない言葉で表現しなければならないのだろうか。単に「自我が強ければいやらしい面が出てくるのでそれを抑えるのが真の芸術だ」といえばいいのにやたらと言葉が難しすぎる。あえて人が使わない言葉を使用して脅すのを無明というのではないだろうか。

国を象徴する酒

どの国も自分の自慢の酒を持っている。その自慢の酒をこれほど粗末にしている文明国は日本以外にない。かつては個性豊かな酒文化があったのに、今ではどの酒を飲んでも甘ったるいだけで個性が失われた。

問)酒造メーカーの大手が中小の酒屋から原酒を樽買してブレンドしているので、個性がなくなったことは確かだろう。しかしだからと言って酒がまずくなったとは言えないのではなかろうか。この章では酒好きの小林氏が嘆いていたが単に辛口好きの小林氏の口にあわなくなったということではなかろうか。

数学も個性を失う」

最近の数学は単に抽象的になっただけで、実態がなくなった。もともと数学は抽象的なものと思われているがしかしその存在基盤は確かにあって、実在感があった。
今の数学は内容のない抽象的な観念になり下がっている。

問)このあたりになるとさっぱり評価ができなくなり、岡さんが言っているのだから多分そうだろうとしか言えない。
何しろ現代数学の論文を読むためには最低大学院数学科のマスターコースの卒業者でなければ読めないというのだから、現代数学を論じること自体無駄のようだ。小林氏もただ聞いているだけという態度だ。

科学的知性の限界

人は素朴に自然は本当にあると思っているが、本当に自然があるかどうか分からない。自然があるということを証明するには、理性の世界と言われている範疇ではできない。
そして数学も同じで数学に感情がないと存在を確認できない。

問)言っていることがさっぱり分からない。自然や数学の認識には理性だけでなく感情が必要で、「そうだ確かに存在する」と感情が納得しなければ存在証明にならないという。
われ思う、故にに我あり」の世界のことと思うが、特に数学は実態と離れてしまったために、後は数学者が納得するか否かにかかっているということのようだが本当だろうか。

 ここまで読んでこの本を読むことを止めた。日本を代表する知性の対談であるが、だんだんとオカルト的になってきて自分たちの信念をただ述べているだけで、何か宗教的託宣のように感じられたからだ。
自分たちだけで自己満足しないで、もう少し他人が理解できるように対談したらよかったのにというのが正直な読後感だ。

注)なお「文学入門」の他の記事は以下のカテゴリーに入っています。http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43898465/index.html

別件)第4回ちはら台・おゆみ野ハーフマラソンのお知らせ。

以下の日程でハーフマラソンを開催いたします。
① 10月5日(日曜日)
② 午前10時スタート(雨天決行.受付は9時半から)
③ スタート・ゴール ちはら台走友会のかずさの道の集合場所(前回と同じでセンドーのうえ。地図参照)

ルートは以下の地図で確認できます

http://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=6d18ea2157947c484ad9c4ec04b246ef
④ 費用300円(実費)
⑤ 参加希望者はこのブログのコメントかメール機能を使用して参加希望を連絡してください。

⑥ なお本大会はすべて自己責任です。

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コメント

大学の文学部の教授なんかによく、小林秀雄の全集を有り難がって読んでいる人がいますよね。それでまあ、大学当局から入学試験問題の作成依頼を受けたりしますと、小林の評論を魚にした問題をこしらえる訳ですが、一度も採用されたことがない、と漏らしていました。理由は簡単で、小林の文章では学生の国語能力を正しく計測できないからです。「行間を読む」というようなことは、文部省の教育指針にもありませんしね。それでもまあ、本人の信念に従って、入学試験シーズンになると問題作成して、封筒にいれて、入試事務局内のポストに投函していたそうです。何人もの教授が投函していて誰が採用されるのか分かりません、結構ドキドキしたそうですが、そのドキドキはことごとく失望に変わったそうです。もう20年以上も昔の話ですがね。
小林の文章を「宗教的託宣をうけているよう」と形容したのは、山崎さんが典型的な現代人だからだと思います。今の人は文章を読んで、要素分析して作者の主張を最大公約数的に限定していきますが、昔の日本人は文章自体を一つの有機体みたいに考えて味わっていましたね。寺院の記念祭などで、沢山の僧侶が何千巻にも及ぶ経典をバラバラとめくりながらお経を唱えている光景がありますが、あれを般若心経のように約めて一人の僧侶が音読したのでは意味がないわけですよね、全体を有機体として把握して初めて価値があるわけですから。
その辺の機微を知っている人は、現代的で機能的になってしまった人間を心のどこかで馬鹿にしていますよね。山崎さんのお宅のご夫婦関係がどのようなものかは存じ上げませんが、もしも、もしもです、もしも奥さんにそのような態度が見受けられるなら、奥さんの自信のバックボーンになっているのは其のあたりの事だと思います。立ち入ったことまで書いて申し訳ありませんでした。

(山崎)三太郎さんの文章は実に深みがあります。いつも感心します。

投稿: 三太郎 | 2014年9月19日 (金) 00時35分

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