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2014年8月

(26.8.31) ロドリゴ自転車周遊記 その8 岩内町 倶知安 そして京極町

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(台風11号の暗雲が垂れ込めておりました)

注)「ロドリゴ自転車周遊記」のその1~その7は以下のカテゴリーに入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat59333968/index.html

 天明7年8月11日の朝はこの蝦夷地にも台風11号の余波で大雨強風注意報が天文方より出されておりました。
空は黒雲に覆われ時折横殴りの雨が降っていたため、ロドリゴはここ岩内の漁村でもう一泊する予定でございました。

 しかし予想に反して天候は徐々に回復し時に晴れ間さえ見えるようになってきましたので、思い切って出立したのでございます。
今回は倶知安を経由して洞爺湖方面に出るつもりでしたが、天候によっては途中でキャンプを張る予定でございました。
テントを持っているんだから天候が悪化しても大丈夫だろう・・・・・・

 蝦夷地には時に非常に雅な地名が存在するのですが、京極という地名もその一つでございます。由来は元丸亀藩藩主京極高徳氏がこの地を開拓したからで、人口4千程度の静かな街並みの中に、京極温泉という非常に立派な温泉施設がございました。
ロドリゴの楽しみは温泉を見つけては入ることで、自転車をこいで汗だくの身体には温泉が一番なのでございます。

 この日は天候が安定せず京極温泉の露天風呂で景色を眺めていたら猛烈な雨が降り出し、たちまちのうちに景色が見えなくなるほどでございました。
「いやー、走っている最中にこの大雨に見舞われたら対処ができないところだった・・・・」
余りに風雨が激しいととてもテントを張れる余裕がないのでございます。京極温泉のくつろぎの間で外の横殴りの雨を見ながら運の良さに感謝しましたがいつしか眠りこんだようでございました。

 目が覚めたのは夕刻で、雨も止んでおりました。この京極温泉にいつまでもいられずキャンプ地を見つけなければならなかったのですが、この施設に併設されている陸上競技場の向うに東屋のようなものがありましたので、今夜はそこでキャンプを張ることにいたしました。
上に屋根があれば大雨が降っても雨を恐れることはなくまたキャンプをたたむときもぬれずに済むからでございます。

注)日本の山村には時に信じられないような豪華な設備があるのですが、陸上競技場もその一つです。陸上競技場はロドリゴが住んでいる千葉郷でも利用率は低いのですが、人口4000人の山村では利用者を見つけるのが難しい状況でしょう。

 キャンプをはるにあたってただ一つの不安はまた夜半に静御前の霊が出てきて800年の愚痴を聞かされることでございました。
そうならないように今日も般若心境の護符を体中に張ったのですが、なぜか一枚足らないのでございます。
まずいじゃないか。張り残しがあると耳なし芳一になってしまう
あれこれ試行錯誤した結果、お尻に護符を張るのを諦めたのでございます。
ロドリゴのお尻は桃のようにふっくらして赤みをさしているから、静御前は桃と勘違いして見逃すのではあるまいか・・・・・・」

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(この東屋の下にキャンプを張った)

 果たして丑三つ時になると例の静御前が現れ「ドシツネ様、ドシツネ様」と大音響を発しておりました。
そして信じられないことに私の桃を見つけると、ブルドッグのような歯をむき出してかみついてきたのでございます。
あな、嬉し、桃じゃ、桃じゃ
ょっと待て、ちょっと待て、静、これはドシツネのお尻じゃ、いくら食べても臭いが強いだけで少しもおいしくはないぞ!!」

 静が桃好きだったことを知らなかったのは大失敗で、お尻を食べられてしまうより愚痴を聞く方がましなのですべての護符を取り去り静御前の相手をしたのでございます。
それによると二代将軍頼家頼朝に劣らずスケベーで比企家の娘にちょっかい出したり、静にも手をかけるありさまで、北条政子様の逆鱗に触れ、修善寺で暗殺されたとのことでございました。
その折、政子様はこの静に暗殺の検分役を命じ、頼家様があまりに激しく抵抗するため、この静が頼家様のふぐりにかみつき殺害したと申すのでございます。

しかし、しかし、ふぐりなどかみついても少しもうまくないぞ!!」
ロドリゴは思わず自身のふぐりを抑えたものでございます。何か静の話は頼朝家のスケベー話ばかりで、鎌倉幕府の正史、吾妻鏡との相違に驚愕いたしました。
朝方カッコーの声を聞いて静の霊は退散いたしましたが、「これは日本史の大幅な書き換えが必要だな」とつくずく思ったものでございました。

 

 

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(26.8.30) しっかりしてくれNHKの「国際報道2014」 中国不動産価格は1年前から崩壊してるよ!!

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 私はNHKのファンであり、普段はNHKの番組しか見ないのだがそのファンにとってもNHKの報道能力が低下したのではないかと危ぶまれる事象が発生している。
先日NHKの「国際報道2014」が「落する中国不動産 今なぜ」という特集を放映したのだが、この番組の内容のレベルが低すぎるのだ。

注)報道の詳細は以下参照
http://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2014/08/0827.html

 報道は2014年8月に中国当局が発表した主要70都市の不動産価格の推移を基に、7月に約90%の都市で下落したことから不動産市場に異変が生じていると報じたものだ
私が信じられなかったのは「国際報道2014」というような看板番組で、中国政府発表の統計数字を基に分析していることで、これでは中国経済の分析にならない。

 中国の統計数字、特にそのうちのマクロ数字で報告者にとって出世に関係する数字はすべて政治的数字だということは、李 克強首相が自ら認めており、「私はGDPなど信用していない」と言っている。
それは当たり前で報告者とそれによって評価を受けるものが同一人物だと報告数字を自分の都合に合わせて改ざんするのは当然だ。

注)李 克強氏は独自に分析する方法を説明しており、それを李克強指数という。日本政府がその指数を基に中国経済を分析している。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-cc65.html


 問題は不動産価格数字についてもそれがいえて、中国の地方政府は土地の借地権の販売と、第3セクターの投資平台のマンション販売が収入のほとんどになっている。
考えてみてほしい。マンションの販売会社が「今は需要がさっぱりで不動産は投げ売りです」というかどうかだ。
反対に「現在でも順調に販売されていて、来年度は40%程度の値上がりは確実です」なんて顧客を誘導するのが普通だ。そうでなければ不動産は売れない。
今地方政府にとって不動産価格を維持することが最大の政治的イシューになっている。

 だから中国政府発表の不動産指数は粉飾されているのだが、これは表面価格は下げずに実質値引きをして、価格そのものは表面価格を報告しているからだ。
お客さん、これは内緒ですがお客さんだけに30%ディスカウントで販売します。しかしこれは他の顧客には絶対内緒ですよ」という具合だ。

注)中国の統計数字のでたらめさについては中国統計当局の責任者も怒り狂っている。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-c9d4.html

 だから中国政府発表の不動産価格の推移を見ていて中国経済の分析をしてはいけない。この数字は地方政府幹部が何を考えているかの心理学の数字だ。
私がNHKにがっくりしたのは、「今なぜ」などという報道をしたことで、不動産価格が投げ売り状態なのはすでに1年前から誰でも知っている事実だ。
国際報道は愛知大学教授が今回中国各地を回ってレポートしているのだが、「今なぜ」なんて言うレベルの報道しかできないのは、中国政府発表の指数がようやく最近低下し始め、それも1%以内という信じられないような数字を出しているのだが、それを前提にしているからだ。

 英フィナンシャル・タイムズをみてほしい。NHKが「今なぜ」報道をしているときに以下のように報じた。
天津市郊外の数百百億元(500億元とすると約1兆円)投資をしたオフィス地区が荒れ果てゴーストタウン化している。建設中断のビルも多く2010年に最初のビルが完成して以来今なお入居者がいない

 中国不動産市場が崩壊し、各地に鬼城と称するゴーストタウンが出現している。
また理財商品という高利回り商品を販売して、不動産会社が在庫資金を調達し何とか倒産を免れようとしていたことは承知の事実だ。
だから「今なぜ」ではなく、国際報道が報じるなら「バブル崩壊から1年、中国不動産市場の現状」というような報道になっていなければおかしい。
私はNHKの熱烈なファンなのに、中国政府発表を待たなければ経済分析ができないとはNHKも情けないものだ。

注)現在の報道の先端は中国経済がいつどのような形で崩壊するかに移っている。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-a3c5.html




 

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(26.8.29) ロドリゴ自転車周遊記 その7 余市、積丹半島そして岩内町

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(積丹半島の夜明け)

注)「ロドリゴ自転車周遊記」のその1~その6は以下のカテゴリーに入っております。http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat59333968/index.html

 怨霊などというものは主の教えのどこにも記載されておりませんが、ここジパングにおいてはそれがいかなる神や仏より恐れられているとは実に驚きでございました。
ロドリゴは昨夜は余市部落の共同墓地でキャンプを張ったのでございますが、周りにはホタルのような人魂が飛び交い、何とも薄気味悪い場所でございました。

 夜半、おそらく丑三つ時と思われますが、ロドリゴのテントをゆする人影が現れたのでございます。
もしや、そこなる吾人は義経様ではございませんか、静でございます、義経様・・・
ロドリゴにとってもこのような状況は初めてであり、かつてキタキツネが唸り声を上げてテントを揺らしたのをヒグマと間違えて大騒ぎしましたが、それ以来の恐怖でございました。
「ドドリゴであってドシツネではない、ないぞ!!」舌がもつれてまともに回らなかったのでございます。
あなた様は間違いなくドシツネ様、おなつかしゅうございます。静は800年間もドシツネ様をお待ち申しておりました

 ここ余市部落の共同墓地には義経を慕う静の怨霊が出るとは後で聞いた話ですが、静御前も年を取り認知症を患ってすっかり義経の顔かたちや名前を忘れてしまい、この墓地に夜半居ればすべて義経と見間違えているようでございました。
いくら説明しても「ドシツネ様」というばかりなので致し方なくロドリゴは静御前をテントに招き入れました。
だが話す内容は800年間のたまった愚痴で、頼朝公が如何にスケベーで、鎌倉に拉致された後は義経様以上のいやらしさで迫ってきて、おかげで北条政子様の嫉妬の炎で鶴岡八幡宮が焼け落ちたというような話を延々と繰り返すのでございます。

 ロドリゴは倶知安からの山越えですっかり疲れていたので早く寝たかったのですが、怨霊を怒らすことは祟り神になるので、致し方なく静御前の愚痴を明け方まで聞いてやったのでございます。
そうか、よく分かったぞ、頼朝はそんなにスケベーか、このドシツネの方がまだましじゃと申すのじゃな
ようやく怨霊が退散したのはカッコーが朝を告げた後でしたので、せっかくの積丹半島一周もひどい寝不足の中で出立したのでございます。

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(積丹岬の突端)

 積丹半島の先端には積丹岬があり、それ以外にカムイ岬というような魅力あふれるスポットが存在しロドリゴはぜひともその美しさを確認したいと思っておりました。
しかし途中にトンネルが多く存在し、特に古いトンネルの場合は歩道がほとんどなく自転車を降りて押していくにも、またそのまま乗っていくにも何とも危険極まりない場所でございました。
当初は押していたのですが2kmあまりのトンネルは歩くと30分程度かかり、空気が澱んだなかでとても耐えられなかったのでございます。

 幸い朝方は交通量は少なかったので、自動車の騒音が聞こえない間は懸命にトンネル内を自転車で飛ばすことにしました。この時が今回の旅で最も懸命に自転車をこいだことになります。
頑張れ、ツール・ド・フランスだ。荷駄が来るまでにこのトンネルを抜けろ!!」
命を懸けた戦いでございました。

 着いた積丹岬は駐車場からさらに急斜面を10分程度歩いた場所にありましたが、かつてここに一度訪れたはずなのに全く記憶がありませんでした。
積丹半島の海岸線は予想した通り美しく余市側より反対の岩内側の方が山が海岸線に迫って迫力があり、ちょうど先年伊能忠敬様と測量した襟裳岬の先の日高山脈が海に落ち込む海岸線に酷似しておりました。

 地図ではいくつかの「ゆ」マークがあってロドリゴは温泉に入るのを楽しみにしていたのですが、いづれも11時ごろからではないと開かなかったためようやく泊村の国民宿舎もいわ荘で温泉につかった時は実にほっとしたものでございます。
昨夜は夜半中静御前の愚痴を聞かされ疲れ切っていたのですが、この海岸べりの温泉でようやく疲れをいやすことができました。

 本日の宿舎は岩内町という場所に決めておりました。ここは古くからの漁港で江戸期にはニシン漁でにぎわった場所でございます。しかしニシンが取れなくなってからはさびれる一方になっており、1970年に26千人いた人口も、2010年には14千人と約半分に落ち込んでおりました。蝦夷地にはこうしたさびれる一方の集落が実に多いのでございます。

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(岩内町側の海岸道路)

 昨日は墓地で寝たことから思わぬ不覚をとったため今回は民宿に泊まることにいたしました。だが今夜も静御前に押し掛けられて800年の愚痴を聞かされるのはたまらないので、近所の寺院から般若心境を記載した護符をいただき、それを体中に張って寝ることにいたしました。
ロドリゴはかつてラフカディオ・ハーンの「耳なし芳一」の話を読んでいたのでこれが効果があることを知っていたのでございます。

 果たして丑三つ時になると例の静御前の怨霊が現れ「ドシツネ様、ドシツネ様」と大声を張り上げておりましたが、ロドリゴは護符のおかげでようやく快眠することができました。
天明7年8月10日の夜はこうして過ぎたのでございます。

 

 

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(26.8.28) 受験産業界は生き残れるか? 代々木ゼミナールの経営規模縮小

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 受験産業もここまで追い込まれていたのかと感無量だった。
このたび受験産業界の雄、代々木ゼミナール27つある校舎の20を閉鎖し15年度からの受験者の受け入れを停止すると発表したからだ。
代々木ゼミナール駿台予備校河合塾と並んで受験産業界の御三家だったが、その一角が崩れたことになる。

 すでに駿台と河合塾との間にはかなりの格差が生じていて、2013年の東大合格者数は代々木ゼミ369人、駿台1257人、河合塾1101人になっていたから、代々木ゼミの規模縮小は時間の問題だったが、7割もの校舎の閉鎖には驚いた。
不採算部門の切り捨ては企業が生き残る常套手段だが、何かソニーやパナソニックやシャープを彷彿させるドラスティックな対応だ。

 受験産業界が構造的不況業種になることは数年前から指摘されていた。日本社会が少子高齢化を迎え何しろ子供がいないのだ。
平成初期に団塊ジュニアが受験していたころは約200万人いた子供が現在では約120万人だから4割も子供が減っている。
そのため受験倍率は年々低下し、1976年2.15倍、1992年1.94倍だったのが2013年には1.16倍になっておりこれなら高望みしなければどこかの大学に入れる。

 大学の方も生徒の囲い込みに躍起となっており推薦入試やOA入試が花盛りでひどい青田買いをしているから、学力がなくても大学に入れるため受験勉強をしなくなった。
平成12年度の青田買いのウェイトは34%だったが平成24年度には44%と10%も跳ね上がっている
受験生の半分は青田買いで大学に入り、残りの一般受験生も少子化の影響で急速にいなくなっているのだから予備校に来る人はますます少なくなる。

 さらに教育費を負担する親の懐は停滞の20年間は全く増加せず、かえって減少していたのだからとても負担に耐えられない。
お前、予備校の費用は大学並なんだからとても払えない。どこでもいいから大学に入ってくれ」ということになる。
これでは一部の特殊なノウハウがある予備校以外生き残ることは不可能で、国立大学の理系、それも医学部に強い予備校以外は生き残れないだろう。

注)私が受験していた50年ほど前は駿台予備校に入ると何か著名大学に入ったようなプライオリティがあった。

 
 従来から日本の大学生の質は相当低く、特に文系の学生の能力は高校生レベルからほとんど向上していない。
そうした低レベルの大学生を企業が雇用する余裕はだんだんなくなって、真面目に勉強している理系の学生に企業の雇用がシフトしている。
それなら何も東京の有名な私立大学でなくても地方の国立大の理科系でいいじゃないか」というのが最近の傾向だ。

 代々木ゼミナールは東京の有名私立の文科系に強いという定評があった。早稲田や慶応や上智と言ったところだが、そのことが代々木ゼミの経営の圧迫要因になってきたようだ。
少子高齢化と経営戦略の失敗で代々木ゼミの経営は悪化していったのだが、はたしてこうした受験産業界に未来はあるだろうか。

 非常に単純に言えば一般の企業と同様に子供が少なくなる国から多くなる国への経営資源の移転をするしか対応策はなさそうだ。
家電や自動車産業が主として新興国に移転したように、この業界も子供が多くいて大学進学熱が激しい場所で生き残ることしか考えられない。
幸い受験のノウハウは十分に蓄積しているのだから、東南アジア、特にインドネシアやタイやミャンマーやフィリピンあたりが対象になるだろう。

注)韓国や中国はこちらの方が受験戦争が厳しく携帯を使った不正や替え玉が横行していて日本の正統的な受験技術の上をいっている。

 受験産業もグローバル化して生き残るよりほかに対応策がなくなってきたのだと感慨深かいが、果たして代々木ゼミはそうした戦略を練っているのだろうか?

 

 

 

 

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(26.8.27) ロドリゴ自転車周遊記 その6 倶知安から余市へ

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(毛無山から下る途中 小樽が見える)

注)「ロドリゴ自転車周遊記」のその1~その5は以下のカテゴリーに入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat59333968/index.html


 天明7年の8月9日、積丹半島を一周するつもりでまず小樽まで出てそこから余市を通って海岸道路を走る予定でございました。ここ倶知安からは函館本線沿いに国道5号線が走っているのですがどう見ても荷駄が多く、とても安全な道に思われませんでした。
そこで赤井川村を経由するルートをとりましたが、これはこれで大きな山越えを2回しなければならず本当に大変だったのでございます。

 特に小樽に降りるには毛無山から下るのでございますがこのつづら折りの5km余りの道は非常に急傾斜で、後ろブレーキ一つのロドリゴのマウンテンバイクは悲鳴を上げておりました。
急斜度ではブレーキの効きが悪くスカスカで、次の曲がり角が天国への入り口に見えたほどでございます。
主よ、哀れなロドリゴとこのマウンティンバイクを救いたまえ

 小樽は蝦夷地においては非常に大きな大和の集落で特にニシン漁で名をはせた網本が多くいましたが、最近はこの二シン漁もさびれ「オタモイ岬のニシン御殿も 今じゃさびれてオンボロロ オンボロボロロ」という状況でございました。
かつての賑わいはもはやすたれていたのでございます。

 わたくしロドリゴはこの小樽に非常な愛着を持っているのですが、それはここの高等商業学校(現在の小樽商科大学)にロドリゴの敬愛する戯作作者の伊藤整翁が通っていたからでございます。
かつて翁の「若い詩人の肖像」という浮世草子を読んでひどく影響を受け、ロドリゴがセミナリオに通っていた学生時代に一度学友とこの地を訪れたことがございます。
だが今ではほとんど記憶がなくなっておりましたのでもう一度山の中腹にあるこの校舎を見てみたい衝動に襲われました。

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(かつての小樽高等商業学校 現在の小樽商科大学)

 その日は蝦夷地としてはまれに見る暑い日差しが照り返しており、ロドリゴはくたくたになりながら地獄坂という急峻な道を20分程度登って、ようやく非常に瀟洒な純白な校舎を見つけたのでございます。
今は夏の非番の月とかでテニスコートで若武者と腰元がテニスという舶来の遊びをしておりましたが、それ以外の人かげはございませんでした。
ウニベルシタスはどこでも同じようなたたずまいで昌平坂学問所と変わるところはなく伊藤整翁が通った校舎はすでになくなっておりましたが、それでもロドリゴは何か満足したのでございます。
ここをかつて伊藤整や小林多喜二や重田根見子が歩いていたんだ・・・・・

注)ロドリゴの伊藤整翁に対する傾倒は以下の記事を参照してください。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-e51d.html

 小樽から余市までの道は塩谷,欄島、余市といった「若い詩人の肖像」にしばしば出てくる在所でロドリゴにとっては何か故郷のような感じのする場所でございました。
塩谷や欄島には海水浴場があり老若男女が楽しげに遊んでおりましたが、ロドリゴは倶知安からここまで来るまでに大きな山越えを二回したためすっかり疲れ切って古式泳法で泳ぐ気力はなかったのでございます。

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(たぶんオタモイ岬の立岩)

 余市を過ぎるころから夕闇が迫ってまいりましたが適当なキャンプ地が見つからないまま積丹半島の沿岸に入って行きますと思いがけず山道になりしかも前方にトンネルが現れました。
自転車にとって最も危険な場所がこのトンネルで古いトンネルの場合は歩行者や自転車用に十分なスペースをとっていないのが普通でございます。
60cm程度の幅で一段高くなったような場所は自転車を降りて歩くのも難しく、一方車道を走るといつ引き殺されてもおかしくないような状況になっておりました。
こうした場所を通過するには登山の岩場を通過する時のような注意が必要であり非常につかれるのでございます。

 ロドリゴは疲れ切っていたのでそのトンネルをくぐるのに躊躇し、その近所に適当なキャンプ地はないかと探しますとちょうど余市集落の共同墓地のような場所があり、今回はこの墓地で眠ることにしました。
キャンプ地として墓地はいささか不適当であり、夜中に人魂など飛翔するとおちおち眠ることもできないのでございますが、他に選択の余地はなかったのでございます。
まあ墓地だけれど仕方あるまい!! 幽霊の正体見たり枯れ尾花だ!!」
 


 しかしここは義経の落人伝説のある場所で夜半に義経をしたう静御前の生霊が徘徊しているとはその時は知る由もなかったのでございます。

 

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(26.8.26) 石炭火力発電所が日本を救うか? 石炭ガス化複合発電の未来!!

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  貿易収支が25か月連続で赤字になっている。26年7月も速報ベースで約1兆円の赤字だ。従来は貿易収支が赤字でも所得収支海外からの利子や配当)で経常収支は黒字だったが、昨年下期からからこの構図が崩れ、今年上期1月~6月)も約5700億円の赤字が続いている。
経常収支が赤字ということは国内から富が流出していることだから、個人でいえば預金を食いつぶしていることになる。

 貿易収支がどうしても好転しない原因は石油やLNGやナフサの輸入が量、金額とも増加傾向にあって輸出がいくら伸びても輸入金額を賄えなくなってきているからだ。
日本経済の骨格は原子力発電を前提に出来上がっており、福島第一原発の事故前までは3割を超えており、事故が起こらなければ5割に達する予定だった。

 一方石油とLNGは震災前4割程度だったがこれが現在は6割5分を超えて圧倒的なシェアになり日本の急激な需要増加が石油やLNGの価格を高止まりさせて、日本経済を圧迫させている構図になっている。

注)発電量のシェアの推移
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130708-00010004-wordleaf-soci.view-000

 私は個人的には原子力発電所を再稼働させて高価な石油とLNGによる発電割合を下げないと日本経済が崩壊すると危惧しているが、多くの日本人の原子力発電に対する対応は「もうまっぴら」というのが実態だ。
このため安倍政権の円安政策も化石燃料の輸入価格のUPによって貿易収支を黒字化することに失敗しており、さらに経常収支まで赤字になっているのでアベノミクスに黄信号がともっていると言っていい。

 そこで現在日本経済再生の切り札と急激に脚光を浴びてきたのが、石炭火力発電所の建設とその輸出だ。石炭火力発電は震災前も震災後も25%前後のシェアだが、これを拡大して原子力発電に代替しようとの試みである。
石炭火力発電などと聞くと一世代前のイメージがあって19世紀のイギリス経済を彷彿とさせるが実際は違う。

注)世界の石炭火力発電の実態は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-bbdc.html

 石炭価格は石油価格に比較すると相対的に安定しており、世界各地で産出されるので独占価格にならない。一方LNGは日本は石油に連動したアジア価格で購入されているため、世界的に見て最も高価格の支払いを強いられている。
LNGの値下げ交渉はしているが完全に足元を見られており原子力発電の再稼働がない以上売り手は超強気の交渉を繰り返している。

注)なぜ日本が高価格のLNGを輸入し続けている理由は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-d271.html

 石炭火力発電所の最大の弱点はCO2の発生が多いことで、地球温暖化対策として先進国では石炭火力発電所は原子力発電に代替されていく傾向にある。
しかし日本ではこの選択肢がなくなった以上石炭火力発電所の効率アップと二酸化炭素排出量削減の技術開発が急務になってきた。

 現在日本の石炭火力発電の技術は世界最先端になっており、たとえば硫黄酸化物の排出量は世界最小でWH当たりグラム数は日本が0.2gなのに対し世界最大の石炭火力発電大国アメリカは1.7gで日本は約9倍の効率を誇っている。
発電効率も42%程度で、中国の34%、インドの27%に比較すると圧倒的に高い。

 さらに日本では現在の超超臨界圧発電をさらに進化させた石炭ガス化複合発電という技術が実用化段階にあり、これだと発電効率を最大48%程度までアップでき、なお実験段階の石炭ガス化燃料電池複合発電では55%まで発電効率を上げることができるという。
発電効率を上げれば燃料費の節約になるだけでなく、二酸化炭素等の排出量を抑えることができるため一挙両得の技術といえる。

 それなのになぜ石炭火力発電所の建設が進まなかったかといえば建設コストがLNG発電所の約2倍程度かかるからで、それよりも原発の再稼働の方が手っ取り早いからだ。
しかし原発はいくら待っても再稼働ができそうもなく、経常収支は赤字になってしまっているので東電が重い腰を上げた。

 東京電力は老朽化して使用停止になっている横須賀の石炭火力発電所を新設の石炭ガス化複合発電に再開発する予定で、この技術を持っているJパワーと東電で約2000億円の投資で2020年台までに稼働させる予定だ。
こうした投資で将来は石炭火力発電を拡大させようとしているが、だがそれまでの間をどうつなぐかの問題が残っている。
現在の環境下では何としても石化燃料の購入費用を低下させる必要があり、原子力発電の一部再稼働や、LNG発電の発電効率のアップ等あらゆる選択肢をミックスして対応する必要がある。

 世界の発電事情はその時の経済・政治情勢に大きく左右されるから石炭火力発電が世界の潮流になるかどうかは未知数だが、日本のように原子力発電再稼働が困難な状況下では選択肢を広げておくのが必要だろう。
運がよければ日本が石炭ガス化複合発電で世界のトップに躍り出る可能性も否定できないところがミソだ。

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(26.8.25) ロドリゴ自転車周遊記 その5 支笏湖から倶知安

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(羊蹄山の麓を通り倶知安に向かう)

注)「ロドリゴ自転車周遊記」のその1からその4は以下のカテゴリーに入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat59333968/index.html

 実はロドリゴにとって今回自転車周遊でどうしても行きたい場所がございました。それは積丹半島でそれを一周するつもりでございました。
そのためにはまず小樽に出て余市から積丹半島を一周し、洞爺湖経由苫小牧に戻るのが今回のコースでございます。

 この渡島半島の付け根にあるような場所は沿岸部は江戸期から漁労民が住み着いておりましたが、内部は未開の荒野でここに人々が入植したのは明治になってからでございます。
ロドリゴがセミナリオで学んでいた学生時代に一度この積丹半島を荷駄(当時は自動車と言っておりました)で一周したはずですが、記憶が途切れ何かとても素敵な場所だったというぐらいしか残っておりません。
この場所をもう一度再確認したい希望がございました。

 ただ苫小牧から小樽への道は荷駄の多い場所はできるだけ避けたかったため、できうる限り寂しげな道を通ろうと、かつて伊能忠敬様と作成した地図をながめながらルートを検討したのでございます。
この結果支笏湖から羊蹄山の麓の喜茂別を通り,一旦倶知安にでて、そこから赤井川を経て小樽に出る道を選択いたしました。
関八州の国道4号線のような蝉噪は何とかして避けたかったからでございます。

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(蝦夷地特有の草花が道路わきに延々と咲いている)

 支笏湖を出発したのは天明7年8月8日の未明のことでございました。
支笏湖は周囲40kmあまりあり、ロドリゴがよく知っている富士五湖の山中湖や河口湖の約2倍の周囲を持っております。
何か蝦夷地は関八州を二倍にしたようなイメージで、すべての尺度が倍になっていたのでございます。
さらに集落から集落の間は非常に遠く、支笏湖から喜茂別の間は約30kmぐらいありましたが、その間会うのはエゾシカだけでございました。

 延々と続く支笏湖周辺の道路を過ぎて倶知安に向かう道には広島峠のような峠道がいくつかあり、そうした場所は片道5kmあまりの上り下りを余儀なくされました。
自転車での周遊で一番困難なことの一つにこの山登りがございます。
マウンテンバイクは重量が重く約20kg程度ありそこに荷物の10kg、自身の60kgを足すと約90kgになってしまい、とても脚力で登り切ることができないのでございます。
そこで半分程度登るとすっかり疲れ果ててしまい致し方なく自転車を押して登るのですが、これがいつ果てるとも知れない登りで最後はめまいがするほどでございました。

 そのためでしょうか広島峠を下る頃から急に腹の調子が悪くなり我慢の限界を超えそうになりました。こうした時は脇の草むらでキジ撃ちこれは登山者の隠語)をするのですが草むらに足を踏み入れた振動で、なんと痴ほう症老人と同様のお漏らしをしてしまったのでございます。
関八州にいたころから食するものはアイスキャンデーとコーラと言った水物しか受け付けなかったため、体の中に固形物がなくなってほとんどが水になっており、お尻の弁が対応できなくなっているようでございました。

まずいじゃないか、こんなところでお漏らししては・・・・第一自転車をこぐときに気持ち悪いことはなはだしい・・・・・・
峠の降り道でしたが何とかして川を見つけ清めの儀式が必要になったのでございます。
しかし山中の川はいづれも降りていくには険阻すぎ、一度降りたら這い上がることができそうにありませんでした。
致し方なく峠を降り切るまで我慢をし、麓の川原で邪教ではございましたが古代神道の清めの儀式を行いました。
わが不浄なるものを川の神よ、流し清めたまえ!!!」
こうしてわが不浄なるものはオショロコマの餌になったのでございます。

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(ロドリゴが清浄の儀式を行った川)

 すっかりロドリゴはしょげてしまいそのせいでしょうか何回も自転車を倒して、今度は前のブレーキが外れてしまいました。
六角レンチ等の自転車修理用器具は持っていたので何とか直そうとしましたが、ロドリゴの腕ではこの前ブレーキの補修がどうしてもできなかったのでございます。
致し方なく後ろブレーキだけでその後走ったのでございますが、傾斜角が6度を越える坂道では自転車は自動車並みのスピードになりますので、後ろブレーキ一つでは甚だ危険でございました。
主よ、この哀れなロドリゴをお救いください。後ろブレーキを守りたまえ
後ろブレーキが摩擦で崩壊すればロドリゴは蝦夷地の坂道でエゾマツに衝突して野垂れ死にするところでございました。

 こうしてほうほうの体でたどり着いた場所は名前だけは何回も聞いたことがある倶知安で、この日はオテルに泊まることにしました。お漏らしとブレーキの崩壊でキャンプをする気力がすっかりなえていたからでございます。

 

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(26.8.24) 原発事故の除染廃棄物の処分方法がようやく前進しそうだ!!

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 やはりと言おうか、当然と言おうか福島県内の除染廃棄物の中間貯蔵施設を福島第一原発がある大熊町双葉町周辺に建設する案が検討されており、この8月末までに検討結果が公表されるという。
この地区は原発のメルトダウンによって極度に汚染されており現在も立ち入り禁止地区だが、こうした場所しか除染廃棄物を貯蔵できないのは誰でも予想できる。
福島県も大熊町も双葉町も受け入れにGOサインを出すようだ。

注)今回のは中間貯蔵施設で最終処分場の指定ではないが、結果的に中間貯蔵施設が最終処分場になることはほぼ明らかといえる。また言葉も除染廃棄物とか指定廃棄物等の用語がつかわれているが、簡単に言えば今回の原発事故で放射能汚染されている物質といえる。

 国は先に汚染された指定(除染)廃棄物を都道府県単位に中間貯蔵施設(最終処分施設)を作るように説得しているが、どこも大反対だ。
なぜ福島原発事故で発生した除染廃棄物を我が県内で補完しなければならないのだ」との反対の大合唱であり、それが国有地内に建設されようとも当該市町村も住民も一切認めようとしない。

注)この間の事情の詳細は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43206851/index.html

 結局この世紀の大参事の後始末は福島第一原発周辺を一種の結界として人の出入りを禁止する地区とし、ここに放射能廃棄物すべてを閉じ込めるしかないのだ。
こうした汚染された場所は老人以外は住もうという気持ちを持たない。
若者はこうした場所では職場がないので働くことができないし、幼児が居れば放射能の影響を心配する。

 結局故郷に帰ろうとするのは老人だけだが、老人は時間の経緯とともに少なくなる。
前にチェルノブイリ周辺で立ち入り禁止地区に不法に住んでいる老人のドキュメンタリーを見たことがあるが、「自分たちは余命もいくばくもないので、生まれ育った故郷で死ぬのだ」と言っていた。
そこで自給自足の農業を営んでおり生きることだけはできる。
まだ放射線量は高かったが、がんになる確率と神様がお迎いに来る確率がほぼ同じならば、どこに住んでも一緒だ。

 福島第一原発のメルトダウンは人類が永久に住めない場所を作ったという意味でチェルノブイリと並んで世紀の大失態だった。
私はメルトダウンを回避する方法があったのではないかと今でも思っているが、現在それを検証する手段を持っていない。
菅首相が騒ぎまわって吉田所長の作業を妨害した」と疑っているが吉田所長の調書がまだ公開されていないため確認できない。

注)安倍政権はこの9月中旬までに吉田調書を公開する準備に入ったので是非見てみたいものだ。

 政府は福島県と当該市町村に地方交付税3010億円と抱き合わせで説得に乗り出し、不承不承ながら対象の住民は事故以前の不動産価格で販売することに応じるだろう。
どのように頑張っても永久に住めることのない土地を持っていても仕方ないからだ。
こうしてようやく除染廃棄物の処理について解決の第一歩が踏み出せることになったようだ。

 

 

 
 

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(26.8.23) ロドリゴ自転車周遊記 その4

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(フェリーの甲板から)

注)「ロドリゴ自転車周遊記のその1、その2、その3」は以下のカテゴリーに入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat59333968/index.html

 翌天明7年8月7日の正午過ぎにロドリゴが乗った北前船は蝦夷地の苫小牧港に午後2時に到着いたしました。約20時間の船旅でございましたが北前船の甲板に吹く風は涼よかで、確かに蝦夷地に到着したことがロドリゴにも明確にわかりました。
やはり、夏場は蝦夷地に限る」心からそう思ったものでございます。

 苫小牧とはアイヌ語の「トコマナイ」がなまったもので「沼の奥にある川」という意味で、ウトナイ湖から流れ出している勇払川を指しているのでしょうが、現在は埋め立てが進められて蝦夷地の誇るコンビナート地帯に様変わりしておりました。

 このコンビナート地帯はジパングが高度成長期に北の一大工業地帯にしようとして計画したものでございます。
しかしその後の長い不況から最初に開発された西部地区はなんとか販売ができたものの、その5倍はあると思われる東部地区はまだ8割程度が買い手がなくぺんぺん草が生い茂っておりました。
そして販売済みの団地もただそのまま放置されている場所が多く、この工業団地計画が時代から取り残された無残の姿をさらけ出していたのでございます。
ちょうど芭蕉翁がうたった「夏草や つわものどもが 夢のあと」でございました。

 だがロドリゴにとってはそうしたことはどうでもよいことで、気温が25度程度で関八州の地獄を見てきた身からするとまさに天国に降り立った気持ちがしたものでございます。
ここ苫小牧から支笏湖方面に国道が伸びており、支笏湖のわきにそびえる恵庭岳1320m)が美しい山容が見えるはずでしたが、あいにくの雨模様で確認することはできませんでした。
「よっしゃ、今日は支笏湖のキャンプ場でキャンプを張ろう

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(支笏湖)

 この国道沿いには自転車と歩行者専用の遊歩道が支笏湖周辺まで通じていて距離表示まであって非常に快適なサイクリングが楽しめたのでございます。
支笏湖までの距離は30km程度の上りで3時間もあれば到着したのでございますが、その間このサイクリングロードで会ったライダーはたった一人で江戸界隈、特に多摩川や江戸川のサイクリングロードを見なれているロドリゴには異郷の地に来た思いでございました。

 夕刻支笏湖湖の温泉地帯に到着しましたがすでに店じまいの様相で、楽しみにしていた温泉に入ることはできませんでした。
致し方なく近くにある休暇村支笏湖に行ってみましたがここではキャンプは禁止になっておりました。
そうした場合は人知れず誰もいない場所でキャンプを張るしかないのですが、ここ休暇村には支笏湖を見下ろす展望台がありそこは屋根が付いておりましたので、人が現れなくなる時刻を見計らってそっとテントを張ったものでございます。

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(蝦夷地の道路 自動車以外人に会うことはほとんどない)

 幸い蝦夷地では夕刻になると人が現れることは全くなくなり、後はヒグマが徘徊する漆黒の闇に閉ざされます。ロドリゴはそうした場所でキャンプを張る方が人声がする場所よりはるかに落ち着くのでございます。
やれやれようやくヒグマと一緒に寝ることができそうだ
こうして支笏湖の楼台でその日は久しぶりに安眠ができたのでございます。



 

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(26.8.22) 独占禁止法違反だって!! 中国共産党は独占体じゃないのかい?

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 だから言ったじゃないのという状況になってきた。
中国への経済進出などキチガイ沙汰だと常に述べてきたが、昨今の中国政府による日本の自動車部品メーカーに対する独占禁止法違反容疑の制裁はそのことを如実に示している。
中国政府は国内産業の振興に躍起となっており、そのためには対抗する外国企業を閉めだす決心をした。

 現在IT産業と自動車産業がターゲットになっており、先に韓国のサムスンや台湾の液晶メーカーが狙われ約60億円の制裁金を支払わされた。
その結果中国のIT産業は急成長しており、シャオミがスマートフォンでサムスンを中国市場から駆逐しつつあるので、次の主戦場は自動車業界になっている。

注)サムスンの苦戦については先に記事を書いておいた。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-15fd.html

 中国の自動車市場は年間2200万台も販売される世界最大の市場だが(日本市場は550万台)、中国国内メーカーのシェアは40%程度で、13年度は1.6%シェアが低下している。
中国市場を席巻している外資はVWが15%、GM14%、現代7%で日本車は日産が6%、トヨタが4%とシェアは少ない。

 中国としたら虎の子の自動車国内市場を海外メーカーから奪われている状況で何とか国内産業を保護したいが、すでに現地生産がされており関税障壁では効果がない。
そこで登場したのが国内法の独占禁止法で外資をこの法律でやり玉に挙げている間に国内自動車メーカーを成長させる戦略に出た。

 だが問題は中国自動車産業のレベルははるかに世界水準より低いということで、このため中国はドイツ政府と手を組んでVWの現地生産拡大と技術移転をてこに、他の国のメーカーを閉めだすことにした。
中国市場は中国メーカーとVWが分け合うという構図である。

 そのためまず最初の制裁金は日本の部品メーカー10社に対して210億円の罰金が科せられた。
補修部品やベアリングの価格が不当に高いとの認定だが、まず叩きやすい日本メーカーから叩くところが如何にも中国的だ(韓国は友好国だしアメリカは手ごわい)。
三菱電機、デンソー、日本精工、NTN,住友電気工業等がやり玉に挙げられたが、これに反論しても行政訴訟で勝つ見込みは全くない。
何しろ中国共産党は行政も裁判所も一体だから裁判は茶番だ。

 中国政府がこの時期になぜ外資を閉めだす方針にしたかは中国の国内事情による。
中国の経済発展は破竹の勢いだったが昨年から全く不振に陥り、建設した不動産は全く売れず不良在庫の山を築くようになっている。
また財政支出による公共投資は日本がそうだったように人の通らない高速道路や不要なダムや赤字路線の鉄道や飛行機の飛ばない飛行場ばかり建設することになり、経済効率は急速に低下している。

不動産は売れず、財政出動も効果がないとすれば民間企業を育成するほかに手はないではないか
しかし中国の民間企業は外資に比較して競争力が劣っているため、市場原理に任せておくと外資に駆逐されてしまう。
そこで登場したのが外資たたきで「なんでもいいからいちゃもんをつけて外資の活動を制限させろ」ということになった。

 サムスンや台湾の液晶産業をたたいた後は、上海福喜食品を品質保持期限違反でやり玉に挙げて、つぎは本命の自動車産業ということになった。
中国は国体そのものが中国共産党の独裁政権で、鉄鋼、電力、ガス、通信と言った主要な分野はすべて国家独占企業の支配下にあって、国全体が独占状態にあるのに外資だけは独占を許さないという。

注)上海福喜食品に対する外資いじめについては先に記載しておいた。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-3cab.html


  この独占禁止法の運用は、すべては検査官の裁量で決まるので検査を受けている方は何を問題にされているのかさっぱり分からない。
検査官は当局の上層部からの指示で動いているので非常に高圧的で、はっきり言えばただわめいているだけだ。
それでも不服を言えないところが共産党が一党独裁で国家独占資本主義状態からくる矛盾だ。

 私は何度も中国への企業進出はキチガイ沙汰だと述べてきたが、三権が分立されておらず中国共産党の一党支配の場所で商売をすれば相手の都合でどうにでも扱われる。
現在日本の自動車メーカーがやり玉に挙げられているが、これを契機に日本企業はすぐに中国市場から撤退することを勧める。状況はさらに悪化しどうしようもなくなるから中国から離れるのが企業として最善の戦略になると明言しておこう。



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(26.8.21) ロドリゴ自転車周遊記 その3

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(大洗の海岸)

 本件は「ロドリゴ自転車周遊記 その1、その2」の続きです。その1、その2は以下のカテゴリーに入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat59333968/index.html

 さすがにロドリゴも考え込んでしまいました。このまま老中水野様との約定を守って関八州の見回りを続けその結果灼熱の太陽に照らされて干からびて死に絶えるか、それともお役目を放棄して懐かしいおゆみ野村に引き返すか悶々と悩んでいたのでございます。
そうした折ふと伊能忠敬様と先年蝦夷地の地図測量にでむき、夏というのに蝦夷地は春や秋のような気候風土であったことを思い出しました。
そうだこの時期関八州にとどまるなど狂気の沙汰で、蝦夷地に行ってしまおう。水野様には蝦夷地測量の調査とかなんとか言ってごまかそう

 幸いここ鉾田宿から蝦夷地への北前船が出ている大洗の港まではさほどの距離がないことがわかりましたので、矢も楯もたまらず港を目指したのでございます。
大洗から蝦夷地の苫小牧には一日2便の北前船がでており、大洗からの出発時間は夕刻と深夜になっておりました。

 夕刻までだいぶ時間がありましたので大洗周辺を探索する時間が十分ございました。近くに大洗磯前神社というものがあり、その一角に「幕末と明治の博物館」なるものがございました。
ロドリゴは地方に巡察に行くたびに美術館や博物館に立ち寄るのでございますが、実はそこに展示されている内容を見たいからではございません。
そうした場所にあるこうした施設はほとんど観客がおらず閑古鳥が鳴いており、設置されているソファーに寝転んで寝ていても誰にもとがめられないからでございます。
しかもロケーションは最高でガラス越しに見る庭園などは実に美しく、多くの人々がこうした場所を知らないのが不思議なくらいでございます。
天国、天国・・・・・・

 2時間程度この博物館で寝た後、国営ひたち海浜公園まで足を延ばしてみました。ここは数年前まで牧野富太郎氏と並び称された植物学の権威、利根川銚子氏が館長をされていた場所で、ロドリゴも一度利根川氏の案内でこの公園の名物だったコキアが咲きそろう丘を見せていただいたものでございます。
ここ茨城県の周辺には非常に多くの公園や公共施設が整備されておりますが利根川氏の説明では「日本原子力東海発電所を誘致したことへの幕府の見返りだ」とのことでございました。

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(フェリー サンフラワー号)

 こうして時間をつぶして天明7年8月6日の夕刻大洗の港から北前船に乗って、遠く蝦夷地に出立致したのでございます。
北前船はまたの名をフェリーと申しますが、船内には展望風呂まで整備されており風呂好きのロドリゴにとってこの船に乗っている間はこれまた天国のような気分でございました。

 ただ一つの気がかりは二日間炎暑の中にいた時氷水以外の食べ物をほとんど受け付けなく、鉾田宿に宿泊していた間も固形物がのどを通らなかったことでございます。
風呂の手鏡でみるとロドリゴは腹の周りが削げ落ちあたかもビアフラの避難民のような様相を呈しておりました。
物が全く食べられないのだが、果たして蝦夷地に行って生きながらえることは可能だろうか・・・」不安がよぎりました。

 フェリーは翌日の昼過ぎに蝦夷地の苫小牧の港につく予定でしたので、それまでに体力を回復すべく、雲助や旅の行商人と一緒にエコノミークラスの船室で寝ておりました。
本来ならご公儀より支度金が出るところなのですが、水野様は無類のケチで「すべて費用は自己調達せよ」との仰せだったため、公儀巡察使としてはいささか不似合いな場所で寝ていたのでございます。



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(25.8.20) スマートフォンのコモディティ化と韓国経済の凋落

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 スマートフォンがこんなにも早くコモディティ化するとは思いもしなかった。
しばらく前までiPhoneだ、ギャラクシーだと言っていたのがいまではそれとほとんど機能が変わらない商品が低価格でどこでも販売されている。

注)コモディティ(英:commodity)化とは、市場に流通している商品がメーカーごとの個性を失い、消費者にとってはどこのメーカーの品を購入しても大差ない状態のこと。

 私が使用しているスマートフォンはイオンが発売しているものだが、製造元は日本のベンチャー企業だそうで価格は1万5千円ほどだ。
このスマートフォンは画素数が少なく細かい文字は見えにくいが、それ以外については今まで使用していたギャラクシーとさして変わりがない(回線速度を遅いものを使っていて反応が遅いが、これは回線速度の問題でスマートフォン独自の問題ではない)。

注)私がイオンのスマートフォンを使用するようになった経緯は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-a0de.html

  私のようなスマートフォンの初歩的ユーザにとってはこの程度の機能で十分で、電話とメールと情報検索と地図検索ができればそれ以上の機能は必要ない。
こうした動きが先進各国に広がっているが新興国と言われている市場ではそれが顕著で、特にスマートフォンの主戦場と言われている中国では低価格商品しか売れなくなってきた。

  従来中国を含めた新興国で圧倒的な力を誇ってきたのがサムスン電子ギャラクシーだったが、シェアをじりじりと後退させて復活の端緒をつかめないでいる。
14年4~6月の世界シェアはサムスン電子が25.2%、アップルが11.9%で合計37.1%だが、両社で50%以上のシェアを誇っていたころに比べると大凋落といえる。
そして問題はこのシェアが時間がたつにしたがって低下していることだ。

 スマートフォンの主戦場と言われる中国でサムスン電子は長らくシェア1位を維持してきたが、14年7月の調査ではその地位を中国のベンチャー企業シャオミに抜かされて二位に陥落し、三位に中国企業のレノボが肉薄している。
スマートフォンは今では特殊な商品でなく高機能で低価格の部品を集めて組み立てれば出来上がるコモディティ商品になっている。
だからどこの製品ということでなく安い製品が売れる。

 考えてみてほしい。OSはアンドロイドを使用し、機能はこれ以上の高機能は消費者を惑わすだけなのだから機能追加はなく、後はいくら安く提供できるかにかかってきた。
おかげでサムスン電子の業績はかつてのソニーと同様の軌跡をたどり始め、14年4月~6月の売上高は▲8.9%、営業収益は▲24.6%(対前年同期比)に落ち込んだ。

 私などはこうした企業の急激な凋落傾向はソニーやパナソニックやシャープで見慣れているから、「そうかサムスン電子もコモディティの罠に落ちたのか!!」なんて世の移り変わりを感じるだけだが、韓国経済にとっては死活問題だ。
何しろ最近のデータでサムスン電子の韓国のGDPに対するシェアは20%程度だし、サムスングループ全体では25%程度を占めている。

注)サムスン電子が不振に陥った原因分析は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-081f.html

 この韓国の屋台骨がきしみだしたのだから、韓国では恐竜の死滅のような大騒ぎになっている。韓国政府は指標金利を引き下げたり、新たな財政政策を発表したり、規制緩和に躍起となっているが、実際はほとんど効果がない。
経済が金利に反応しなくなって久しく、また財政政策は日本がそうであったように財政悪化をもたらすだけだし、規制緩和は掛け声だけで抵抗勢力にあってさっぱり前に進まない。

 最後の手段はアベノミクスをまねて大胆な金融緩和策量的緩和)しかないのだが、韓国は1998年のアジア危機以来外国資本でどうにか持ってきているのだから、金融緩和は資本の逃避を招きやすい。
パク・クネ政権としては大胆な金融緩和が韓国経済を崩壊させることを恐れており、どうしてもおっかなびっくりの経済政策になる。

 韓国は日本の失われた20年の間に大飛躍をしたが、日本がアベノミクスによる大反撃を開始するとすっかり存在感が低下してきた。特に大黒柱のサムスン電子の低迷はそのまま韓国経済の低迷になり、もはや立ち直るすべが見えないような状況になっている。
スマートフォンで大飛躍した韓国経済は今そのスマートフォンによって経済に急ブレーキがかかってきて、日本に代わって失われた20年に突入しようとしている。

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(26.8.19) ロドリゴ自転車周遊記 その2

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(筑波山が赤く燃えておりました)

注)これは「ロドリゴ自転車周遊記 その1」の続きです。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-304c.html

 翌天明7年8月5日の日も朝から灼熱のような太陽が照り輝いておりました。かなたに見える筑波山も赤く輝き中国西域に存在すると言われた火焔山(かえんざんのごときでございました。
ロドリゴは夜半の熱さで一睡もできず、しかしそれでも次の目的地宇都宮を目指して出立したのでございます。

 ここ関宿からは宇都宮へは利根川を遡り、国道4号線の利根川橋を渡る必要がございました。ところが川からの登り口が分からず東北自動車道を国道4号線と見間違えてしまい何度も利根川堤を往復したのでございます。
そしてかろうじて登り口をみつけたものの国道4号線は聞きしに勝る恐るべき国道で利根川橋周辺には歩道がなく、かつ自転車が通れるようなスペースはほとんどなかったのでございます。

 あとからあとからマンモスステゴザウルスティラノザウルスのような巨体のダンプカーが私の自転車とすれすれに追い越していき、ほとんど生きているのが奇跡と言った状態になってしまいました。
これではいつ蛙のようにぺちゃんこになって轢死するかわからない・・・生き残る算段はないものだろうか・・・

 何とかしようと地図を見ていると前から大勢の避難民が押し寄せてまいりました。聞くとここより北の内陸部は熱風によって生き物は息途絶えてしまい、人々は水と食料を求めて逃げ惑っているとのことでございました。
旅のお方、北は地獄になっております。早くお逃げなされ!!」のちに天明の大飢饉と言われた惨状が迫っていたのでございます。
よっしゃ、北は危険というし、北に行くのは止めて海を目指そう。途中には霞ヶ浦もあるので宇都宮より涼しそうだ

  しかしこの日は灼熱の太陽が海の水をすさまじい勢いで蒸発させており、海岸線が沖合に後退していくら行っても海岸線にはたどり着けないことは知りませんでした。
だがロドリゴはコンビニがあればそこでアイスキャンデーで体内を冷やし、水道があれば衣服を着たまま水をかぶって何とかして海岸にたどり着こうと努力したのでございます。

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(筑波山の麓をようやく過ぎた)

 普通の方はご存知ありませんが、真夏にマラソンや自転車をこぐときは衣服の上から水をかぶるのが常識で、体中を水浸しにしておけば水が蒸発する時に体温を奪ってくれるのでその間は涼しく、何とか体を動かすことができるのでございます。
国道125号線を南下すると左側に筑波山の秀麗な姿が見えてきて、ここは深田久弥氏日本百名山の一つとして挙げておりました。

 我が先達田中陽希氏は現在グレートトラバースという冒険旅行を行っており、日本百名山を乗り物を使わずに(手漕ぎのカヌーは使用します)一筆書きで踏破しようとしておりますが、ロドリゴも陽希先達にまねて、せめて自転車での関八州百名山の一筆書きを試みるつもりでした。
だがロドリゴは齢70歳になんなんとしており、しかも関八州はアラビアのローレンスが越えたネフド砂漠に化していて、生きていくのがやっとという状況でありました。
 
  オアシスのコンビニではアイスキャンデーばかりを食べていたため、たちまちのうちに胃腸があれ、固形物を胃は全く受け付けず自転車をこぐ脚力は幼児並みに低下していたのでございます。
これじゃ、いくらなんでも筑波山登山はむりだな、スルーして早く海岸に着こう

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(霞ヶ浦の周辺はレンコン畑が続いていた)

 霞ヶ浦の霞ヶ浦大橋を越えたころから気力はすっかりなくなり、水野様との約定はあるものの故郷おゆみ野村に帰りたい望郷の念に駆られてしまいました。
しかし約2週間の予定がたった2日で挫折してしまったことが分かると奥女中の美智代様に合わせる顔がなく、ただそれだけの理由で自転車をこいでいたのでございます。

昨日のキャンプは熱風の中だったので一睡もできなかったから、今日はなんとか涼しいキャンプ地を探そう。無理をせず宿に泊まるのが一番だろう・・・・・・」
海岸ははるかかなたではありましたが、鉾田宿のオテルと称する場所で二日目の夜を過ごすことにしたのでございます。

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(26.8.18) 朝日新聞の虚報体質 「従軍慰安婦でもなんでもいいからでっち上げろ!!」

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 朝日新聞はなぜこのような虚偽報道を繰り返すのだろうかと思う。
朝日新聞は8月5日の特集で、1980年代から1990年初めにかけて朝日新聞が報道した吉田清治氏の証言の16の記事が虚偽であったとしてその全文を取消した。
吉田清治氏は虚言壁のある人物で、「韓国済州島において日本軍が朝鮮人女性を強制的に拉致して従軍慰安婦として従軍させた」と証言したあの人物である。

注)朝日新聞の主要な虚報の一覧は以下の通りであり、意図的に虚報を繰り返している(井沢元彦氏の逆説の日本史より)。

①伊藤律架空記者会見~1950年9月27日付朝刊に、潜行していた日本共産党幹部・伊藤律のインタビュー記事が掲載されたが、記者のデッチ上げ。

②サンゴ事件~1989年4月20日付朝刊に、「サンゴを汚したK・Yってだれだ」という写真入り記事が掲載。これはカメラマンの自作自演。

③日本刀で百人斬り~1971年8月から始まった「中国の旅」で、日本軍の2人の少尉が百人斬りをしたと書かれた。これは中国兵を殺したものを東京日日が報じたものだが、百人斬りなど無理。

④吉田清治の本~全くのデタラメ証言を「従軍慰安婦キャンペーン」で使用。

⑤「侵略」を「進出」~「日本の教科書が、中国大陸に対する侵略を進出に書き換えた」。これは誤報。

 韓国のパク・クネ大統領「歴史を直視して従軍慰安婦問題を解決しなければ韓日の友好関係は構築できない」と世界各国で触れ回っているあの従軍慰安婦問題の端緒を報道した朝日の記事が実は虚偽だったと朝日新聞が初めて認めたわけだ。

 私も何度も述べているが軍隊に慰安婦がいたのは事実でありそれは何も日本軍だけでない。
韓国駐在アメリカ軍のためにパク・クネ大統領の父親、朴正熙氏が慰安所を設けたことでも明らかなように軍隊と慰安婦(売春婦)は切っても切り離せない関係にある。
それは人間というものを少しでも知っていれば、20歳前後の若者が女性なしの生活が不可能なことは明白で、したがって軍隊が駐留している場所には必ず売春婦が存在しているのが常識だ。

注)韓国版従軍慰安婦の実態は以下に詳述した。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-fdc9.html

 だが問題は吉田清治氏が「日本軍が強制的に連行して売春婦として従軍させた」との虚偽を何回も証言し、それを後押しする形で朝日新聞が報道し続けたことだ。
国家が兵士と同様に売春婦を国家権力で徴用したと主張したのだ
かくして日本は世界にまれに見る非人道的国家であり、世界に向けて謝罪しない野蛮な国家だとの認識が一般化してしまった。

 だがこれは明確な間違いであり、当時は日本(そして植民地だった朝鮮)も買春禁止法などなく、売春は貧しい女性が一般的につく通常の職業であり、日本中(朝鮮中)に売春宿が満ち溢れていた。今でも古い街に行けば花街と思われる一角が必ず存在しているのはその名残だ。
だから当時は何も国家権力で売春婦を集める必要はなく、単なる需要と供給でこの商売が成り立っており、さらに言えば朝鮮は今も昔も売春婦の供給地でありかつては中国に、そして日本の植民地時代は日本に、そして現代はアメリカやオーストラリアに売春婦を輸出している。

注)この実態は「パク・クネ大統領の歴史認識」という記事に皮肉を込めて記載しておいた。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-d57a.html


 朝日新聞はなぜ従軍慰安婦という存在しなかった実態の記事を掲載し続けたかというと、それは朝日新聞がプロパガンダ新聞だからである。
プロパガンダとは目的が正しければ手段を選ぶ必要はなく、そのためには虚偽報道も許されるとする立場で、中国の人民日報やかつてのソ連のプラウダを思い出せばイメージがわくだろう。

 朝日新聞を見ていると何とかして日本に社会主義政権が誕生することを願っているとしか思われない。社会主義こそ正義でありそれをバックアップするためなら何でもしていいという態度が明確だ。
私の左翼の友達がかつて私に言ったことがある。
日本で最も民主的な新聞は朝日であり次が毎日だ。そして最も反共的な新聞は産経でこれは読むに値しない

 1990年以降のソ連崩壊で左翼が民主主義勢力だと言ってきた化けの皮がはがれたが、それをいつまでも引きずってきたのが朝日新聞といえる。
14年3月、朝日新聞の従軍慰安婦問題を実質的に指導してきた植村隆氏が朝日を退職し、ようやく朝日新聞内部でも自由に発言する機会が訪れた。
植村氏は「従軍慰安婦を日本軍が挺身隊として徴用した」と、意図的に日本を貶める報道をした人物である。
挺身隊なら国家権力が介在した」という論理だが、挺身隊とは工場労働者として少女や少年を徴用したもので、戦局が厳しくなるとどこの国家も実施していた。

 時代を読み違えて衰退した政党に社民党衆議院議員1名)があるが、同じく朝日新聞も時代を完全に読み違えてきたといえる。新聞自体がもはや時代から取り残されつつあるが、その中でも朝日新聞はその虚報体質から最も急速に淘汰される運命にあるようだ。

注)新聞が時代から取り残されている事実は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-1b72.html


 

 

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(26.8.17) ロドリゴ自転車周遊記 その1

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(今回ロドリゴが使用した旅行用具一式)

 わたくしロドリゴが思わぬ経緯から関八州見回り組首座に抜擢されたのは以下のような理由からでございました。
御老中水野忠邦様は関八州が博徒の棟梁跋扈により乱れているのを憂慮され、目付や郡代を派遣しては取り締まりを行っていたのですが、このところの地球温暖化により夏場は関八州は砂漠と化し、見回りに出たものは誰一人として帰還が相成らないような惨状でございました。

そこでじゃ、ロドリゴ。夏場の見回りでは軍馬は泡を吹いて倒れ、豚はまるこげになり、人は北京ダックになってしまっておる。聞くところによるとロドリゴはバテレンより自転車なるものを持ち込んでおり、馬よりも早く疾駆すると聞く。
この自転車で夏場の関八州の見回りをしてくれぬか

御老中様、お言葉ではございますがロドリゴとて北京ダックになるが必定、このような大役はひらにご容赦を・・」

ロドリゴ、関八州の見回りには役得があるのじゃぞ。人には言えんが美女と金銭は思いのままじゃ
水野様、ロドリゴは主に仕える身、美女にも金銭にもいささかも心が動じませぬ
じゃが、ロドリゴ、奥女中の美智代に何くれと手出しをしておると城中のもっぱらの噂じゃぞ。神は頭で考えるもの、おなごは下半身で考えるものではないかの・・・
水野様、美智代殿には主のみ言葉を伝えており、決して水野様の考えられるような不見識な話ではございませぬ
よいよい、ここはジパングじゃ、そちの神様もここまでは目が届くまい。この大役が済んだ暁は、そちの希望は思いのままじゃ。もちろんお前の主には内緒にしておく

 こうして私ロドリゴが水野様の強い要請を受け関八州の見回りに出立したのは、地球が焼き焦げるかと思われるような灼熱の天明7年8月4日のことでございました。
まず目標としたのは江戸川と利根川の要衝を抑えている関宿でございました。
ここに至る道は我がおゆみ野郷より船橋の先の塩浜まで出て、そこから江戸川をさかのぼるのでございます。

 当初ロドリゴとしては自転車であれば一日100㎞は優に超えると思っていたのですが、わが愛車はマウンテンバイクで重量が20kg程度あり、そこにテントや自転車修理用具10kg程度を積み込み、私の重量60kgを加えるとマウンテンバイクの速度はママチャリ並の時速12km程度になってしまったのでございます。
これじゃ、とても100kmをこなすのは大変だ。さらにこの炎天下だ!!」

 江戸川の堤には蜃気楼さえただよい、河原のグランドには誰一人として人影はなく、頭上にはハゲタカがロドリゴがくたばるのを待ち望んでいるようなありさまでございました。
しかしロドリゴは水野様との強い約定を信じ、水場があれば衣類を着たまま頭から水をかぶりようやく関宿城に到着したのはその日の夕刻でございました。

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(この日は快晴で猛烈な暑さだった。江戸川堤)

 さっそくご城代の山辺様に面会を申し出たのですが、信じられないことに山辺様は「バテレンと会うことは大御所様の時代からご法度になっている」と申して面会を拒絶するのでございます。
水野様は「酒も女もおもいのまま」と申されていたのにこのギャップの大きさに愕然とし、「せめて軒端に一夜」との所望も、「城中にはいることはまかりならぬが、外の公園でゴリラとカメと一緒に寝るのなら良い」とのお言葉でございました。
ここ関宿の公園にはゴリラとカメが放し飼いになっており、さながらアフリカのジャングルのような場所でしたが、ロドリゴは致し方なくこの公園でテントを張ることにしたのでございます。

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(ロドリゴが寝た関宿の公園 カメとゴリラと魚がいた)

 この日は夜半になっても温度は低下せずテントの中は蒸し風呂のような状態でしたので、あまりの暑さに耐えかねて外で寝ているとハサミムシの集団に襲われ体中斑点だらけになってしまいました。
なぜ、老中水野様のご威光もここ関宿では無視されるのであろうか、幕府の権威もこれまでか」などと体をかきむしっていると、たまたま通りがかった村人が「おやまあ、このようなところで野宿するのはオオカミの餌になるようなものだ」などと空恐ろしいことを述べて立ち去ったのでございます。

 夜の熱さとハサミムシとオオカミの遠吠えにおびえながら一睡もできず、かくして関八州見回りの第一夜は散々な様相を呈したのでございます。

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(26.8.16) 夏休みシリーズ NO13 ピクシーは日本が好きなのだ

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(トシムネさん撮影)

(20.4.25)ピクシーは日本が好きなのだ
(再掲)

「私は名古屋グランパスで活躍し、その後グランパスの監督になったストイコビッチが本当に好きだった。ストイコビッチも日本を愛したがそれは彼の祖国の悲しい歴史と関連がある」

 ピクシーことドラガン・ストイコビッチ名古屋グランパスエイト監督は、日本が本当に好きなようだ。
かつてJリーグ発足当初の1994年から2001年までの7年間名古屋グランパスエイトで選手生活を送ったが、それは彼が29歳から36歳のまだ油が乗っていた最後の時代にあたる。
私は見るスポーツとしてはサッカーが最も好きで、自身は鹿島アントラーズのファンだが、チームを越えてストイコビッチは好きな選手だった。

 ストイコビッチ1990年25歳で、W杯イタリア大会ユーゴスラビアのエースとしてチームをベスト8にまで引っ張り上げているし、1998年33歳W杯フランス大会にも出場しベスト16になっている。
どう見てもヨーロッパの超一流選手7年間もの間、ヨーロッパや南米のレベルから見ると数段劣る日本でプレーをし続けたのは不思議だ。

 しかし私には日本に留まったストイコビッチの気持ちが痛いほどよく分かる。それは彼がセルビア人だったからである。
日本人はセルビア人だからといって特別な感情を持たないし、一般に白人に対しては尊敬の念を抱くが、ヨーロッパでは違う。

 ヨーロッパではセルビア人は一種独特の見方をされる。オーストリアの皇太子を暗殺して第一次世界大戦の引き金を引いたのはセルビア人だし、何よりも1991年から始まったユーゴ内戦では、独立を目指すボスニア・ヘルツェゴビナの住民を虐殺した悪魔の国とヨーロッパではみなされた。

 実際ストイコビッチ自身もレンタル移籍先のイタリアのヴェローナではチームメイトから「悪魔のセルビア人」「ドラカン・ミロシェビッチ」と罵倒されていたという。

 誇り高いストイコビッチがヨーロッパのクラブに愛想を尽かし、日本に渡ってきたのは1994年29歳の時だが、その後彼はヨーロッパのクラブに戻ろうとはしなかった。
日本人のストイコビッチに対する表裏のない声援に彼は初めて安住の地を見出したからだ。
日本はいい。ここは俺の第二の故郷だ

 それに対しヨーロッパでの彼への憎しみが我慢ならなかったはずである。
なぜセルビア人だけが非難される。どっちもどっちじゃないか。
俺は二度とヨーロッパではプレーしない
」彼はそう誓ったはずだ。

 覚えておられるだろうか。1999年NATO軍がユーゴスラビアの空爆を始めた時、彼はユニホームのアンダーシャツに「NATOは空爆を中止せよ」と英語で書いて、グランドを一周した。
ストイコビッチの熱い血潮が騒いだ一場面だった。

 2001年36歳で引退を決意し引退試合として、ユーゴ対日本の試合が日本で行なわれ、彼はユーゴのエースとして出場した。この試合はユーゴでも放映されたそうだ。
その時の模様を現地にいた旅行者がレポートしていたが、日本人がユーゴスラビアの旗を振り、ストイコビッチに「ピクシー、ピクシー」と惜しみない賞賛をするのを見て、セルビア人は皆泣いていたという
そしてその旅行者が日本人だと知ると、そこにいた人全員が彼を抱きしめたそうだ。
俺達のことを認めてくれるのは日本人だけだ

 日本には優秀なセルビア人が来てくれる。オシム前代表監督もそうだが、オシム氏1990年イタリアW杯ユーゴ代表監督だ。
その時のエースストイコビッチだったことは前に述べた。

 嬉しいことにストイコビッチは再び来日し、名古屋グランパスエイトの監督を務めている。昨年まで名古屋は低迷していたが、今年は快進撃だ。ストイコビッチの監督としての力量がたしかなものであれば、岡代表監督の次はストイコビッチの呼び声が高くなるだろう。

 ストイコビッチは思っているはずだ。
セルビアか日本の代表監督になってヨーロッパを見返してやる
日本を第二の故郷としているストイコビッチが日本をW杯ベスト8まで引き上げてくれたらと私は切に願っている。

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(26.8.15) 夏休みシリーズ NO12 中国の聖火リレーは散々だ。

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(トシムネさん撮影)

(20.4.22)中国の聖火リレーは散々だ(再掲)

「このころから中国は世界の嫌われ者になっていたが、その象徴がこの北京オリンピックに抗議をしたフランスで、聖火を守るために派遣された中国の官憲が逃げ惑った。こわもての中国の武装警察も海外ではからっきしいくじがないことが分かった」


 中国の聖火リレーは散々な状態になってしまった。世界5大陸の21都市を回り、中国本土を含めて130日間、世界最大規模の聖火リレーのはずが、中国のチベットに対する人権抑圧の象徴になってしまったのだから、愛国的な中国人が切れてしまうのは無理もない。

 武漢では、ネットで抗議行動が呼びかけられ、聖火リレーが2度も中断したフランスへの抗議として、スーパーカルフールを約2000名の群集が取り囲む一場面があったが、3年前の反日暴動のような騒ぎにはならなかった。
さすがに日本に対しては何でもありの中国だが、フランスが相手だと少しは理性的になれるらしい。

 人民日報が「大国としての態度を養い、中国人の団結と理性、知性を世界に見せよう」と呼びかけデモを中止させた。
3年前の反日デモの時には「これは愛国心の発露だ」と言ってあおっていたのだからえらい違いだ。

 しかし中国にとって返す返すも残念だったのは、聖火リレーのスタート地点が人権問題のやかましいヨーロッパだったことだろう。
ロンドンがスタートになったのは、次期オリンピック開催地だからだが、ここでひどい出迎えにあってしまった( あとで確認したら、聖火はカザフスタン、トルコ、ロシアを回って4番目にロンドンに来ていた。ロンドンの騒ぎが印象深かったのでロンドンが最初と思ってしまった

 次から次にチベット問題の抗議者が飛び出してきて、聖火リレーはさながら障害物競走になってしまった。
中国自慢の聖火警備隊もまったく役立たずで、もう少しで聖火が奪われそうになってしまったのだから、中国首脳部は激怒したに違いない。
お前達を派遣したのは、何のためだと思っているのだ。命を懸けて聖火を守れ

 しかし、パリではさらにひどい出迎えを受けてしまった。パリ警察はロンドン警察を1000人上回る3000人の警備体制を引き、さらに聖火そのものを聖火警備隊パリ警察白バイ隊3重のバリケードで守ろうとしたが、こちらは2度も聖火を消してバスに逃げ込まなければならなかった。

 中国首脳部は切れてしまったはずだ。
お前達を派遣したのに、このざまは何だ。もしこれ以上不始末をしでかしたら生きて中国に戻れないことを知れ

 しかし、中国人には理解できないと思うが、イギリスもフランスも人権を重要視する民主主義国家としての誇りがある。平和なデモを禁止するような野暮なことはしない。
聖火と人権とどちらが大事か。両方だ」あっさりとしている。

 さすがに中国も単に聖火警備隊だけを脅しつけても駄目だと悟ったらしい。次のサンフランシスコでは、「どんな手を打ってもいいから、聖火が奪われたり、デモ隊に囲まれたりする醜態は避けてくれ」とアメリカに依頼したはずだ。
ヨーロッパだけでなくアメリカまでもトラブルが発生したら、先進国はこぞって北京オリンピックに反対していることになってしまう。

 おかげでサンフランシスコでは第一走者が倉庫に入って消えてしまった。
その後バスで移動して、コースとは関係のない場所で聖火ランナーが走った。アメリカとしても中国との関係を悪化させてまで、醜態を見せるつもりはなかったようだ。
ブッシュ大統領は、ヨーロッパの首脳とは異なり開会式に出席する予定なのだから「聖火リレーなんてどうでもいいから、混乱だけは避けろ」と言ったはずだ。

 しかしこれでは聖火リレーは何のためにしているのだか、訳が分からなくなってしまった。
もともと聖火リレーはナチスドイツベルリンオリンピックから始まったのだから、「聖火リレーは血のにおいがする」なんていわれてしまい、国際オリンピック委員会も立つ瀬がなくなってきた。

 その後は幸いに人権問題などそっちのけの国で聖火リレーがおこなわれており、さらにリレーの距離を減らしたり、ルートを変更したりして何とか中国の面子も保てるようになった。
特にブエノスアイレスでは、群集の中から水風船を投げ込まれたが、聖火警備隊がこれをブロックするシーンまで全世界に放映されて、中国首脳部としてはようやく安堵の気持ちになったろう。
これで、あいつらを刑務所にぶち込まなくてもすみそうだ

 しかし17日のインドはかなり問題であったはずだ。何しろここには亡命チベット人約10万人もいる。数千人規模のデモや聖火リレーの妨害が予想されたのだから、中国としてはインド政府に猛烈な申し入れをしていたはずだ。
もし聖火リレーが粛々とおこなわれなければ、貴国との外交関係に重大な懸念が発生することを理解されたい

 インド政府の警備体制は異常なほどだった。まずリレーの距離を9kmから2kmに短縮し、周りをバリケードで固め、さらに15000人の武装警官を配置してデモに備えた。
平和なデモであったにもかかわらず拘束された人は180人に上り、ほとんど戒厳令さながらだ。

 しかしこうまで聖火リレーがもみくちゃにされたのは、もともと中国がチベットを植民地にして、弾圧したのが原因なのだから自業自得と言うものだが、中国人には到底理解できないだろう(詳細は最後の植民地帝国中国の苦悩を参照)。
中国は世界の中心で、中国は文明を四方に広げて、その恩寵を施しているのに、なぜ野蛮なヨーロッパ人はそのことを理解しないのだ

 また血が頭に登ればカルフールを焼き討ちしそうだ。

 さて、26日はいよいよ日本に聖火がやってくる。すでに善光寺からの申し出でコースは変更になっているが、日本の聖火リレーは粛々とおこなわれるだろうか。

 私の予想 日本の警察官は優秀なこと、 人権団体の入国は拒否することにしていること、 日本にはチベット人は多くないこと、 日本の人権意識はヨーロッパより低いこと、からみて何事もなく聖火リレーがおこなわれ、あってもブエノスアイレスと同じ水風船レベルだというものだが、果たしてどうだろうか。

(20.4.29追加
 日本での聖火リレーは大きなトラブルもなく終了した。沿道での小競り合いで中国人4名が負傷したが、聖火リレーそのものへの影響はなかった。

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(26.8.14) 夏休みシリーズ NO11 北島三郎ショーに行ってきた

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(トシムネさん撮影)

(20.4.19)北島三郎ショーに行ってきた
(再掲)

「私は今も昔も演歌のファンだ。私が演歌を好むのは歌詞が素敵だからだ。詩と言っていい。現在詩壇はほとんど崩壊したも同然だが、この演歌という歌の中に詩が生き続けていると言っていい


 友達とは有難いものだ。私が演歌のファンでカラオケでは演歌しか歌わないと話していたら、北島三郎ショーの切符を譲ってくれた。
本音を言えば長山洋子ショーの方がいいのだが、この際贅沢はいえない。

 千葉県文化会館大ホール18日の17:45開演だった。このショーはJA千葉みらい貯金残高1000億円達成記念として、組合員を無料招待したものだ。
私はJAの組合員ではないが演歌と聞いて喜んで行かしてもらうことにした。
幸い切符を2枚いただいたのでかみさんと行こうとしたら、かみさんはいい返事をしない。

鼻の穴が大きすぎるのよね
別に鼻の穴で歌うわけじゃないから、いいんじゃないか
でも、あの鼻の穴をどうしても見れないの

 女性の説得は実に難しい。
なんとか説得してようやくかみさんと行くことになった。

 北島三郎はその歌唱力や、歌の内容から私の好きな歌手だ。特に「風雪ながれ旅」はいい。当初この曲を聴いたときは何のことを歌っているのか分からなかったが、あとでそれが津軽三味線の巨匠、高橋竹山の自伝を星野哲郎が作詞したことを知った。

 歌詞が心を打つ。

破れ単衣(ひとえ)に 三味線だけば
よされよされと 雪が降る
泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た
アイヤー アイヤー
津軽 八戸 大湊


 この歌詞は星野哲郎が心筋梗塞で再起不能と言われていたときに、渾身の力を振り絞って書いた詩だ。

よされ よされ」という表現が実に新鮮に聞こえる。北国ではこのように雪が降るのだろうか。
アイヤー アイヤー」という掛け声もいい。
星野哲郎、最高の傑作だと私は思っている。

 かつてNHKで「この歌ができた時(正確な名前は忘れた)」という番組で、星野哲郎高橋竹山が対談していたが、星野ほどの作詞家が竹山の前ではかしこまり、竹山を尊敬しているのがひしひしと感じられた。
作詞をするということが、何か命をかけた渾身の営みだと知ったのはその時だ。

 今日北島三郎は当然のごとくこの歌を歌ったが、「私にも名曲があるのです」とこの曲を紹介していた。北島三郎にとっても一番の持ち歌になっているようだ。

 私はテレビでなくなまでショーを見たのは始めての経験だった。
2時間強のショーだったが、驚いたことに北島三郎はほとんど司会者を置かず語りをし、およそ30曲の持ち歌を歌った。
私など1曲でさえ歌詞を覚えてないのに、30曲も歌詞を見ないで歌うことに驚かされる。

 話は大変面白く、苦労人として6年間流しをしていた頃の話は人をひきつける。
人の自慢話は聞いても無駄だが、苦労話には深い教訓がある。

 40年以上も前だが当時は3曲歌って100円だったそうだ。あまりに困窮していた時に渋谷の路上で1000円札を拾ったそうだ。
足でさっと1000円札を抑え、人がいないことを確認して拾ったしぐさに、かみさんは笑いころげていた。

 彼は7人兄弟の長男として生まれたそうだが、生まれた時祖父が「おお、この子はめんこいのう、目が4つあるではないか」と言ったと幼児期から鼻の穴が大きかったことを笑いにしたが、かみさんは手をたたき、身を乗り出した。

北島三郎って、気に入ったわ。これからサブちゃんていおう
信じられないことにかみさんは一夜にして北島三郎の大ファンになってしまった。
家に帰って、娘に向かって「サブちゃん サイコー」というので、今までの経緯を知っている娘が腰を抜かさんばかりに驚いていた。

 北島三郎72歳だという。すばらしい若さとエネルギーだ。千葉文化会館の音響効果は少し問題があったが、それでも北島三郎の歌を十分に堪能できた。
今日の一日はほんとに楽しかった。
切符を譲ってくれたAさんに感謝をしよう。

(注)かみさんが、風雪ながれ旅の「よされ よされ」という言葉をGoogleで検索した。それによると「よされ」は「世を去れ」という意味で、「お前のようなものはこの世を去れ」という意味だという。
私は「しんしん」のような単なる擬音語だと思っていたので、これにはびっくりした。

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(26.8.13) 夏休みシリーズ NO10 悲しみの中で

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(トシムネさん撮影)

(20.4.10)悲しみのなかで
(再掲)

「私は幼児が虐待されて餓死されたり、殺されたりするととても悲しい思いに駆られるが、中でもこの青森県八戸市で起こった事件は子供にとっても母親にとっても悲惨な事件だった」


 最近これほど悲しい事件を聞いたことがない。
青森県八戸市で、母親が小学校4年生の息子を、電気コードで首を絞めて窒息死させた事件だ。

 殺害された西山拓海(たくみ)君 9歳は、全校生徒4名の小さな小学校に通っていた。拓海君が住んでいた美保野地区は八戸市の中心部から約10km離れた、荒地が広がる過疎地だそうだ。

 もともと荒地だった場所に、戦後まもなく27名の入植者がはいり、懸命に開墾した開拓地だったが、経済成長の波に取り残され再び過疎の村になっていたらしい。
昭和64年81人いた児童数が、事件が起きたときは4名になっていたのだから、この20年間に一気に過疎化が進んだことになる。

 西山拓海君は実に母親思いの少年だったようだ。拓海君が小学校2年生の時に書いた詩が残っているが、あじわい深い詩だ。母親を心から愛していたことが誰にでも伝わってくる。

おかあさん

おかあさんは どこでもふわふわ
ほっぺは ぷにょぷにゅ
ふくろはぎは ぽよぽよ
ふとももは ぽよん
おなかは 小人さんが トランポリンをしたら
とおくへとんでいくくらい はずんでいる

おかあさんは とってもやわらかい
ぼくがさわったら あたたかい 気もちいい
ベットになってくれる

 小学校2年生でこれだけの表現力がある子供はすくない。「ぷにょぷにゅ」「ぽよぽよ」「ぽよん」というやわらかさを表現する言葉は実に新鮮だ。
この詩は土井晩翠を記念した「晩翠わかば賞」で佳作になっていた。

 拓海君は詩だけでなく、作文でも突出した能力を示していた。昨年の児童作文コンクール文部科学大臣奨励賞を受賞した「ぼくは、ガーデニング王子」も実にいい。

ぼくは、今、畑の世話にむちゅうです。ぼくの畑からは、命がぴょこんと毎日生まれます。くわとスコップで一生けん命作った畑は、ぼくの自まんです」から始まるこの作文は、祖父の荒れた農地の一角に自分の畑を作り、朝市で買ってきたトマトやイチゴを懸命に育てている拓海君の姿を生き生きと描写している。
拓海君は「ガーデニング王子」になりたかったのだ。

 拓海君を殺害したとされる母親の美紀(みき)容疑者は30歳だというから、20歳前後で結婚したのだろう。結婚した相手の男性は定職を持たず、生活が苦しかったため、5年前に離婚して八戸の実家に戻って来たという。

 結婚については父が反対していたというから、必ずしも祝福された結婚生活ではなかったはずだ。
おそらく美紀容疑者は、荒れた農地しかないこの土地を一刻も早く離れたかったのではないかと想像されるが、あこがれた東京生活は期待したものではなかったようだ。

 夢破れて傷心の心で戻ってきたこの母親の心に何が起こったかうかがい知ることはむずかしい。
拓海君を殺害した理由を母親は「収入なく将来が不安」だったとしか語ろうとしないからだ。

 美紀容疑者拓海君との関係は、深く愛情に満ちていた親子関係だったことが拓海君の残した詩や作文からうかがい知れる。
学校の下校時間になると美紀容疑者拓海君は手をつなぎスキップしながら楽しげに帰っていったという。

 それゆえ、母親を心から愛していた少年、ガーデニングの王子になろうとした少年が、このように死ななければならなかった運命が痛ましすぎるのだ。
なぜだ、貧しくとも生きていけたのではないか
誰もがそう思うだろう。

 この感受性豊かな少年が、9歳でこの世をさってしまった理不尽さに、私は呆然としてしまった。そして止めどもなく涙が流れ、思わず嗚咽した。
あまりに悲しすぎるじゃないか。こんな人生があっていいのだろうか

天国に菜園はあるのだろうか。あってほしいと思う。拓海君がなりたかったガーデニングの王子になってほしい
今はそう思うだけだ。

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(26.8.12) 夏休みシリーズ NO9 財務省敗れたり

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(トシムネさん撮影)

(20.4.7)財務省敗れたり
(再掲)

「このころ日銀総裁人事で福田政権は行き詰っていた。結局財務省の武藤氏が敗れ日銀の白川氏が総裁になったが、その後白川氏は円の防衛に舵を切ったのでデフレが続いた。私は基本的に白川氏の円高方針に賛成なのだが、度を越せば日本の輸出産業が崩壊することは見てきたとおりだ」

 日銀総裁人事財務省はついに敗北した。日銀出身の白川方明(まさあき)副総裁を、日銀総裁に昇格させる人事案を政府が決めたからだ。
これで財務省は3代続いて、日銀総裁のポストを逃したことになる。

 財務省としては歯ぎしりをする思いだろう。何しろ武藤敏郎前日銀副総裁財務省のエースであり、ノーパンしゃぶしゃぶ事件による財務省に対する世間の風当たりが強くなければ、確実に日銀総裁になる予定の人だったからである。

武藤君、今財務省に対する風当たりは強い。つらいだろうが(日銀出身の)福井君の下で副総裁を務めてくれ。福井君の後は必ず君を日銀総裁にする政府武藤氏との密約があったはずだ。
そのため、武藤氏としては財務省事務次官から日銀副総裁への降格人事を飲んだ。官僚の世界では異例の人事だ。

 しかし世の中とは分からないものだ。昨年の参議院選挙で自民党が大敗したため、このシナリオがまったく狂ってしまった。
民主党小沢氏は政権奪取に的を絞っている。
政府案を徹底的につぶせ。財政と金融の分離だ。武藤では駄目だ」激を飛ばした。

 福田総理密約があるからなんとしても武藤氏を押さざるを得ない。
武藤副総裁以外適任者はいない。経歴が大蔵省というだけでだめだというのはおかしなはなしだ
本音は武藤氏日銀総裁にしないと、今後の政権運営で財務省の協力が得られないということだ。

 武藤氏を蹴られ、セカンドベストの案としてこれも財務省元事務次官田波耕治氏を押したが、再び民主党小沢氏に一蹴された。
倒閣だ。福田首相の嫌がることは何でもやれ

 最後は福田首相が折れた。
先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議で日銀総裁が空席では格好がつかない。日銀の白川君を総裁にしよう
これで財務省の面目は丸つぶれだ。ノーパンしゃぶしゃぶの影響はここまで響いている。

 実は日銀総裁は、あるルールによって選ばれてきた。
通常、日銀総裁は識見や能力によって適切な人が選ばれていると思われているが、実際は順番だ。日銀と財務省(旧大蔵省)のエースが順番に日銀総裁になることが決められている。

 この場合のエースとはその組織を守っていくのに最もふさわしい人という意味で、必ずしも識見や能力が高いことを意味しない。
かえって能力などあると組織より自分のことを考えるから厄介だ。
個性が強すぎる。組織人として向かない
日銀総裁からグリーンスパン前FRB議長のようなカリスマが出ない理由だ。

 識見や能力がないと日銀総裁が務まらないのではないかと思われるが、実際はそうした能力は必要としない。
日銀総裁が能力を発揮しようにもそれを発揮する場所がないのだ

 教科書では「日銀は通貨と為替の番人」といわれ、① 金利政策、② 通貨量の調整、③ ささやきによる市場の誘導、を行なうことになっているが、教科書に書かれているだけで実際は違う。

 金利政策については、10年以上にわたって超低金利政策が取られ現在の政策金利0.5%のままだ。これでもようやく0.1%から0.5%まであげたのだ。
金利政策が有効に機能するには最低でも2%程度の金利水準になければならない。上げ下げで効果が発揮できないからだ。

 たとえばアメリカのように政策金利5.25%から2.25%に、3%も下げれば市場も反応する。しかし日本では下げても最大0.5%でお終いだ。
この0.5%日銀の虎の子だから、おいそれと下げたら次の手がない。
現行水準を維持します」それだけなのだ。これなら私でも言える。

 日銀総裁の「ささやき」についても市場はまったく無視している。
グリーンスパン前FRB議長と大違いだが、日本の経済規模がますます縮小しており、世界経済の中の位置づけが低いのだから、「聞いても無駄」というのが市場の評価だ。

 唯一の日銀の役割は、金融機関や証券会社が取り付け騒ぎになりそうな場合に、適切に資金を供給することだが、これは緊急性を要するプロの仕事で、日銀総裁は事後に了承することしかできない。
一分一秒を争う仕事に、日銀総裁が口をだしていたら、金融機関がばたばた倒産してしまう。

 だから残された日銀総裁の唯一の仕事は、主要国財務相・中央銀行総裁会議に出席して、いかにも風格があるところを見せることだけになってしまう。
どうやら、日本は大丈夫そうだ。なにしろ日銀総裁がこうして会議に出席して、席にすわっているのだから

 だから日銀総裁の人事では、日銀財務省のエースを順番に選んでも、また少々空白期間があっても、なんとか国際会議までに間に合えばまったく問題がないのだ。

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(26.8.11) 夏休みシリーズ NO8 新銀行東京のメルトダウン

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(トシムネさん撮影)

(20.3.27)新銀行東京のメルトダウン
(再掲)

「どうしたら金融機関がつぶれるかの事例研究としてこれほど適切なものは見当たらない。現在中国が創設しようとしているBRICS銀行が新銀行東京の二の舞になることを予測しておく」


 新銀行東京メルトダウンし始めた。メルトダウンとは、原子力発電所などにおいて原子炉が耐熱限界を上回る高熱により融解、破損することであるが、もはや新銀行東京は回復不能だ。

 都議会は都知事の釈明演説と交換に、400億円追加出資を認めたが、この金はまったくの無駄金に終わるだろう。
すでに出資金約1200億円に相当する累積赤字が発生しているのだから、誰が見ても新銀行東京倒産企業だが、石原都知事は武田信玄になったらしい

よいか、新銀行東京が倒産しても、その事実を3年間都民に伏せ、生きているように見せるのじゃ
オヤカタ様、どうしてそのような措置が必要なのでございましょうか
わしの都知事の任期が3年後には切れる。それまではなんとしてもこの事実を秘すのじゃ。そのための維持費400億じゃぞ


 もっとも石原都知事としても単独で生き残れるとまでは考えていないらしい。都議会の答弁で「外国ファンドの方が新銀行東京の価値を評価しており」「外資との提携を模索している」と言っている。

 すでに11の金融機関からそっぽを向かれて、あとははげたかの異名を持つ投資ファンドしか相手にしてくれないらしい。
しかしこれとても期待しないほうがよさそうだ。

 覚えておられるだろうか。日本長期信用銀行が投資ファンドリップウッドに買収された経緯を。
長銀新銀行東京など比べ物にならないほど経営規模の大きな日本を代表する金融機関の一つだったが、政府の資金を約8兆円つぎ込み、うち約5兆円で赤字部分を清算した後、たった10億円リップウッドに売却された。

 当時でさえ総資産20兆円のまったく赤字のなくなった銀行が、10億円なのだ。これが投資ファンドの実態である。

 長銀に比較して総資産が40分の1程度で、貸出先は無担保無保証の中小企業先の債権を、いったい誰が購入するだろうか。
投資ファンドにとって、証券化する優良な貸出先がない新銀行東京を買収するメリットはどこにもない。

 結局新銀行東京は、預金を預金者に返し、貸出しはできるだけ回収し、新しい融資はまったくすることができず、自然消滅する以外に手はない

 現在の預金は4000億相当だが、これは早晩ゼロになると思わなくてはいけない。新銀行東京はこの返済財源がないのだから、東京都は全額貸付によって対応せざるを得ない。

 この4000億の都の貸付が回収されるかどうかは、新銀行東京の貸付・保証金約3000億円の回収の如何による。
現在の都の推定では4年間で300億円未回収になる予定だが、これは大アマな数字に過ぎる。

 新銀行東京の融資先は、都銀や信金がもてあました最も経営状態の悪い企業をたらいまわしにした先だ。
お宅にはこれ以上融資はできません。しかし幸いに新銀行東京と言う駆け込み寺があります。そこに行ってみてください。
なお、この銀行は融資をコンピュータで審査していますので、決算書は相応の内容が必要です。ただし融資後のモニタリングはいっさいありません


 実際は金融庁の検査が入ったら、すべてが査定先になると思ったほうがよいほどの経営状態が劣悪な取引先がほとんどだ。
おそらく新銀行東京はこの3000億円のうち回収可能なのはよくて50%、最悪で80%回収不能と思ったほうがよい。

 結局、新銀行東京約1200億円の出資金をすべて使い尽くし、さらに400億円を業務運営費として費消し、現在の貸出・保証金のうち1500億円から2400億円程度回収不能となって、自然消滅する以外に手はない。

 だから石原都知事がこの銀行設立で、無駄にする金額は合計で3100億円から4000億円の間になりそうだ。

 この点で、前回選挙の石原都知事の選挙対策本部長をした、佐々淳行氏(元内閣安全保障室長)が、毎日新聞のインタビューに答えて実に興味深い談話をしていた。
新銀行は石原知事がはじめからリスクを覚悟で中小企業を救済するための徳政令として、義侠心から作った銀行だ。
こんなことを非難するのではなく)赤字だった都財政を再建させた知事の功績を評価すべきだ


 そうなのだ。これは徳政令だったのだ。
金は返す必要はないぞ。ただ借りたふりだけはしろ

 もともと回収など考えていなかったことは前の代表執行役仁司氏の行動を見れば分かる。
しかし石原都知事はこれを徳政令とは言わず、銀行業務だと都民を欺いた。この責任はやはり取るべきだろう。

 昨日(25日)の都議会で石原都知事はしぶしぶ都の責任は認めて、どうにか400億の追加出資を認めてもらいたいと答弁した。
しかし、石原都知事から都民を欺いたことの釈明は聞かれなかった。

 現宰相福田康夫氏は側近にそっと漏らしたという。
この世の中で私の意のままににならないものが3つある。一つは日銀総裁の人事、二つ目が道路特定財源の予算措置、そして最後が石原都知事の責任問題だ

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(26.8.10) 夏休みシリーズ NO7 最後の植民地帝国中国の苦悩

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(トシムネさん撮影)

(20.3.24)最後の植民地帝国中国の苦悩
(再掲)

「私の自慢の一つは中国を最後の植民地帝国と見抜いたことだ。6年前のこの時期に中国を植民地帝国だと断定する識者はほとんどいなかった」

 最後の植民地帝国中国が苦悩している。チベットで暴動が発生し、中国当局の発表で約20名、亡命政府の発表で約100名の死者が出たと言う。暴動はチベットだけでなく周辺のチベット人居住地区まで拡大した。
死亡者数については、中国当局の発表は天安門事件での過小報告の前科があるから、おそらく亡命政府が言う数字に近いのだろう。

 中国の放送局が放映した映像では、ラマ僧や一般人が商店を壊したり、自動車をひっくり返したりしていたが、武装警察が発砲する場面は伏せられていた。
今回の暴動は89年天安門事件の時以来だが、その時の暴動を鎮圧して鄧小平のお気に入りになったのが、現在の最高指導者胡錦濤だから歴史の皮肉だ。

 北京オリンピックを控えて中国首脳も頭が痛いだろうが、元はと言えば中国がチベットを植民地にしたのが原因なのだから自業自得と言うものだ。

 中国を植民地帝国と呼ぶのを不思議に思う人がいると思うが、これは事実である。
植民地とはチベット、内モンゴル、ウイグルの3箇所をさす。

 チベットが現在の中共政権によって植民地化されたのは1950年だから、すでに半世紀以上も前のことだ。その前年、中共政権蒋介石国民党軍を台湾海峡に追い落として、国内統一を成し遂げていた。

 私は長い間「なぜ中共の人民解放軍が1950年にチベットに侵入した」のかその理由が分からなかった。
なにしろチベットは4000~5000mの高地にある貧しい地域であり、ここにたどり着くには今の感覚で言えば登山道しかなかった。

 先日NHKで放送された茶馬古道がそれだ。見た方があれば分かるが、とても普通の人が通れるような道ではない。川には橋がなくワイヤーロープで馬を渡していた。

 こんな場所にせっかく統一がなって平和が訪れたのに「なぜ軍隊を派遣したか。毛沢東は頭がおかしかったのではないか」と思っていた。
しかし、そう思っていたのは私が世界史の法則を知らなかったからで、井沢元彦氏の「逆説の日本史」を読めばこれが普通だと言うことが分かる。

 日本においては豊臣秀吉が国内統一後の有り余った軍人の失業対策として朝鮮半島に出兵したし、アレクサンダー大王はギリシャ統一戦争後に東方遠征に出かけた。ナポレオンチンギスハーンも同じだ。

 毛沢東は国共内戦に勝利した後の、人民解放軍の失業対策に悩んでいたのだ。何しろ当時の中国はまずしく、とても大量の人民解放軍を養うことができない。
国内戦は終わった。もう君たちに食わせるものはない。食い扶持はチベットに行って自分で調達しろ」と言うことだ。

 幸いにチベットは清朝時代に清の版図に組み込まれていた。実際はほとんど独立国だったが、形式上は清王朝に服属していた。
それが、清朝滅亡後は服属する相手がなくなったため、完全に独立国の様相を呈していたところに、食詰浪人のような人民解放軍が押し寄せた。
ここは元、清朝の領土だった。だから今度は中共に服属しろ。飯と女をよこせ

 チベットダライラマを中心としたいわゆる神聖政治をしていたので、軍隊はまったくなく、たちまちのうちに人民解放軍に占領されてしまった。
もっとも中国に言わせると「僧侶と貴族による暗黒の封建農奴社会から人民を解放した」のだから「チベット人民は幸福になった」と言うことだが、これは宗主国常套句で、日本も同じようなことを朝鮮半島の住民に言っていた。

 実際は言うことを聞かないと、男性は断種を強要され、女性は中国兵による強姦が日常的に行なわれていたと、国際法曹委員会が報告している。
中国は長いことこうした事実を隠していたが、ハリウッドが「セブンイヤーズ イン チベット」というブラッド・ピット主演の映画を作って、この事実を暴露した。

 中国は頭に来て抗議したが、当然のことだがハリウッドはその抗議を無視した。
おかげで人民解放軍の高級将校が、日本の皇居にあたるポタラ宮に土足で入ってきて、ラマ教の最も崇高な行事である砂で描いたマンダラを蹴飛ばして壊すシーンを見ることができた。

 その後ダライラマ14世が人民解放軍の圧制に耐えかね、蜂起したのが1959年だが、たちまちのうちに蹴散らされ、ダライラマ14世はインドに亡命した。
インド北部ダラムサラにあるチベット亡命政府がそれだ。

 ここからはホームズワトソン君に登場願おう。

ホームズ、チベット人が機会あるごとに独立しようとしているのは分かるが、なぜこの時期に再び暴動が発生したのだろうか
チベット側から言えば、やはり北京オリンピックをひかえ、世界の目が中国に注がれているこの機会を利用したいと言うのが一番の理由だろう。

 しかしそれだけとはいえない。今回の暴動に多くのラマ僧が参加しているが、これはラマ僧をはじめとするチベット人の精神世界が脅かされているからだ

精神世界が脅かされていると言う意味がわからないな
うん、実は中共政権は政治は中国共産党の支配下においたが、ラマ教と言う精神世界には手をつけなかった。

そのためチベット人がチベットを認識する最後の手段がこのラマ教だったわけだ。

ところが、改革解放の波がこのチベットにも訪れ、中国本土とチベットの間には3本の高速道路が開通し、さらに2006年チベット鉄道が開通してから多くの観光客がラサに来るようになった

観光客が問題なのかい
中国人の商才と、観光客の宗教への無理解が問題なのだ。
宗教絵画や仏像やその他の宗教用具を中国商人が買いあさり、それを観光客に高く売りつけている。
観光客は宗教用具を単なるお土産としか扱わない。

ラマ僧やチベット人からからみれば自分達の最後のよりどころの精神世界を土足で踏みつけられている気持ちになり、チベットが物質文明に汚染されたと思うようになったのだ


それでラマ僧が立ち上がったわけか。イランのホメイニ革命とよく似ているね。ところで今後チベット問題はどう展開するだろうか
現在の人民解放軍の力は圧倒的だから、暴動は鎮圧されるだろう。
チベット問題で中国がゆれることはないが、反対に中国がゆれれば独立運動が燃え盛るだろう。今のところそれがいつかはちょっと予想できないけどね

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(26.8.9) 夏休みシリーズ NO6 年金問題は解決不能だ

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(トシムネさん撮影)

(20.3.21)年金問題は解決不能だ
(再掲)

「このころ年金問題がかまびすしかった。今は東京都知事になっている舛添さんが大活躍していた時代だ」

 先日(14日)社会保険庁が公表した基礎年金番号に紐付けられない不明分年金記録5000万件の分析結果を見て、これは「最後の一人まで年金を支払う」のはまったく不可能だと認識した。

 政府と野党間では「3月末日までに5000万件を特定するのか(野党)」「単なるシステム照合するだけか(政府)」で見解が分かれているが、どちらにしても解明困難な年金記録約2000万件になりそうだ。
名前がなかったり、生年月日がなかったりして基礎年金番号に紐付けられないのだ。

 残りの3000万件のうち、2000万件は何とか確認できたが、後の1000万件は年金特定便でこれから確定するのだと言う。
なんてことはない、システム照合で分かったのは4割、分かりそうなのが2割、そして残りの4割まずだめだと言っているのだ。

 もっとも政府は解明困難な年金記録2000万件についても、手作業で台帳等との照合をするといっているが、期待しないほうがよさそうだ。
なにしろ本人のものとほぼ思われる年金1000万件でさえ、特定便で確認しても自分のものだと回答した人が約1割なのだから、他は推して知るべしだ。

 私のように37年間同じ職場にいた人はともかく、通常は職場を数箇所は変わっており、その間厚生年金から国民年金等への切り替えが必要だ。
しかしそうした届出を国民が適切に行なっていたと考えるほうがおかしい。
年金なんて先の話さ。こっちとら食うことでいっぱいだ」と言うのが実態だろう。

 一方社会保険庁は国民の意識がその程度なのを利用して、まともな事務処理をしてこなかった。
80年代に年金記録をコンピュータにインプットしたが、本人に確認せずとりあえずインプットすれば良しとした。
「『やまさき』でも『やまざき』でもどっちでいいじゃないか。適当にインプットしておけ。違っていたら本人から申請させればいい

 実際は申請しようにも個人は過去の記録なんておいそれとは持っていないから証明できず、泣き寝入りになった。

ほれみろ、本人申請なんてないじゃないか。後は福祉施設を作って天下りだ

 ところが、皮肉なものだ。
97年に政府が導入した基礎年金番号制度で、社会保険庁のずさんな事務処理が明らかになった。
約3億件の年金記録のうち、基礎年金番号に紐付けられない約5000万件の年金記録が発生したからだ。
もっとも社会保険庁はこの事実を隠し政府にも知らせなかった。

 宙に浮いた年金記録があることを指摘したのは民主党だが、政府は社会保険庁からの情報がなかったのでことの重要性を認識できなかった。
指摘をした民主党でさえ、当初は数十万件程度だと思っていた位だ。

 ところが社会保険庁からの正式な報告で5000万件であることが分かった。
これには安倍前首相も激怒したが、当然すべき社会保険庁の関係者の処罰をしなかったので、自民党は参議院選で惨敗してしまった。
あわてて関係者の処罰を参議院選後に行なったものの後の祭りだ。

 味を占めた民主党は年金問題を徹底的に追及することにした。
政府の公約は20年3月末までに最後の一人まで年金をしはらう」ことにあったのだから、公約違反の舛添大臣は責任を取って辞任すべきだと言う。

 しかし民主党が調子に乗りすぎるのは問題だ。
今選挙を行なえば民主党地すべり的大勝をするのは確実で小沢政権が誕生する。
しかし今度は自分達で年金問題を解決しなければいけなくなる。

 まさか「年金を最後の一人まで支払うと約束したは舛添大臣で、民主党は約束していない。確定できない年金がいくらあってもいい。民主党は年金問題を解決しない」なんて言えば国民が納得しないだろう。

 これはだれがやっても確定できない年金記録が約2000万件あることを政府も野党も国民も認めたほうがよさそうだ

 「できもしない」ことを「できる」と言って時間延ばしにするのを「先送り」と言うのだが、そんなことをしても時間の無駄と言うものだ。

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(26.8.8) 夏休みシリーズ NO5 それでも武士か 石原都知事

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(20.3.13)それでも武士か 石原都知事(再掲)

「石原都知事(当時)が新銀行東京の失敗の責任を部下に擦り付けて逃げ惑っていた時の記事。その逃げる様があまりに見苦しかったので記載した記事」


 「それでも武士か」と思った。石原都知事新銀行東京の責任の取り方である。
武士のはずがない。東京都知事だ」なんていっては話が前にすすまない。この場合の武士は「武士道精神をもっているか」と言う意味だ。

 日本をこよなく愛す李登輝氏は「日本は武士道の国だ」と言っている。
この場合の「武士道の国」とは責任ある地位にいる人がその責任を回避することなく、指導者としての責任を取る国と言う意味だ。
その場合「潔い」という言葉が最もふさわしい。

 たとえば金丸信氏は一般的に薄汚い政治家と思われており、佐川急便からの5億円の闇献金や、不正蓄財で起訴されたが、金丸氏一度もそれを秘書や他人のせいにしなかった。
金丸氏は全責任を負って鬼籍に入られたのである。
こういう人を武士と言う。

 それに比べて石原都知事の振る舞いのみっともなさは言葉にならない。
自分の息のかかった人間に内部調査を命じ「旧経営陣の責任が重大」という調査報告書をでっち上げ「心外極まりない。何度か私のところに来たが、内容が実態と違っていた。残念だ」とは猿芝居もきわまった。
こういうのを「晩節を汚す」という。

 実は私は石原都知事政治姿勢は嫌いではない。特に三宅島の危機管理安全な都民生活を守るために辣腕を振るったことを高く評価している。
一時、東京周辺では不法入国した中国人等の窃盗団が徘徊し、私の隣近所でも何回も盗難事件が発生していた。
日本はとても安全な国とはいえなくなっていた。

 これに対し断固とした取締りと、不法入国の阻止に立ち上がったのは石原都知事で、おかげで最近はかつての安全な日本を取り戻しつつある。
私の評価はニューヨークのジュリアーニ前市長と東京の石原都知事安全な街を守った東西の双璧だと思っている。

 しかし、今回の新銀行東京ではがっくり来た。
報告書を読んで何でこれがなぜ旧経営陣のトップ仁司(にし)泰正氏の責任かちっともわからない。

 最初にびっくりしたのは「取締役会の経営責任は、代表執行役、執行役から情報提供がなかったと言う特殊事情が斟酌して不問に付すと言っているのだ。
では、仁司氏等の一部執行役以外の取締役はただ給与をもらって遊んでいただけ」ということではないのか。通常ならばそのほうが問題視される

 さらに「代表執行役の権限が大きく人事におよび、開業後2年間で執行役6人のうち4人が退任」したことを、石原都知事は知らなかったと言う。
1000億円の資金を都債を発行して投入した東京都は、この銀行の役員すら把握していなかったと言うのだ。
これが新銀行東京実質的出資者が言う言葉か。
知らないほうが問題ではないか

 また「営業担当者に融資実行実績に応じて成果手当てを支給するなど、デフォルト発生を不問にした融資」を実行したと言っているが、これなどは何を言っているのか判断に苦しむ

 成果が上がれば手当てを出すのは当然だし、デフォルトは時間がたたないと分からないのだから、成果を挙げた時点でデフォルト率などはじけるはずがない。
それとも、デフォルトが発生したしたことが分かった時点で、手当てを返せと融資担当の派遣職員に言えと言っているのだろうか。

 さらに仁司氏に対する非難の一つに仁司氏は非常に横暴で「反対意見を完全に押さえ込んだ」ことがあげられている。そうかも知れないが、仁司氏がそうしたことができたのも、石原都知事のお墨付きがあったからではないか。

 仁司(にし)泰正氏としては憤懣やる方ない気持ちのはずだ。
そもそも、この銀行を立ち上げた時のビジネスモデルは誰が決めた。
都知事、あんたじゃないか
」と言うところだろう。

 実際「原則無担保・無保証の中小企業向け融資」が成立すると考えるほうがどうかしている。
私はかつてある金融機関にいたから知っているのだが、優良な中小企業はそもそも金融機関から融資を受けるようなことはしない。

 融資の希望先は倒産直前の経営不振先ベンチャー企業のどちらかだ。そしてその倒産率は極度に高い
倒産することが当初から非常に高い確率で分かっている先に対する融資はどのようなものか誰でも知っている。

 暴力金融のように極度に高い金利を取るか、担保と保障をがっちり取るかどちらかだ。

 新銀行東京無担保・無保証が売りなのだから、金利でカバーするしか手はない。
考えても見てほしい。
もし1年で相手が倒産すると想定したら、元本確保のためにその金利は100%となる。
しかも前取にすべきなので、1000万円融資して、即1000万円の利息を徴収しなければならない。
こんな融資を借りる人があると考えるほうがおかしい。

 実際は新銀行東京10%~15%の利息だったらしいが、これだと企業は7年から10年は生き延びると想定していたことになる。
今回の内部調査の報告では20年1月現在融資先の2345社が倒産し、焦げ付きは285億円だと言う。

 3年間でこれだけ倒産したのだから、これらの企業には最低で33%の利息を取っておかなければ元本回収ができなかったことになる。。
実際は利息制限法で百万円以上の融資の上限が15%だから、融資のしようもないではないか。
融資をしないことが新銀行東京のビジネスモデル」なのだろうか。

 誰が見てもこの責任石原都知事とこのモデルの採用を推進した都の幹部にある。
都の幹部とはこの調査報告書をでっち上げた、現代表執行役対馬隆一氏のことだ。対馬氏は当時は都のこの銀行の設立本部長だった。

 今回の内部報告書は、責任を仁司氏一人におっかぶせて、石原都知事対馬氏をはじめとする都の幹部に免罪符を与えるための、姑息極まりない卑劣なでっちあげ文書だ。
仁司氏でなくとも言いたいだろう悪いのは俺だけか

 私は何度もいうが「人間の判断の誤りを認める」人間だ。
だから、石原都知事が「新銀行東京は間違いだった。これ以上都民に迷惑をかけないので解散させてほしい」といえば都民ではないが認めるつもりだ。

 しかしどうだろう。都議会の答弁で声を荒げ「罪は仁司(にし)泰正氏にすべてあり、自分は責任が一切ない」という。

 これが武士の言う言葉か
少しは金丸信氏の「潔さ」にならって、「武士道とはなにか」を思い出してほしいものだ。


なお、本件と関連するブログは以下の通りです。

* 石原都知事のガダルカナル

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(26.8.7) 夏休みシリーズ NO4 注意欠陥多動性障害

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(20.3.11)注意欠陥多動性障害(再掲)

「注意欠陥多動性障害は初めて聞いた言葉だが、私にあまりにぴったりなので驚いて記載した記事。私自身のことを述べているのかと錯覚したほどだ」


 
注意欠陥多動性障害という言葉を知ったのは、私がよく見るAさんのブログに記載されていたからだ。
この内容を見てびっくりした。あまりに私の現在までの状況に似ているからだ。
もしかしたら、私は障害児だったのかしら」つくづく考えてしまった。

Aさんのブログには「注意欠陥多動性障害」について次のように記載されていた。

注意欠陥多動性障害(ADHD)
 
不注意(モノをなくす、注意力に欠けた間違い、集中力に欠ける、面と向かって話かけても聞いていない)

② 多動性(きちんとしていなければいけない時でも出来ない、じっとしていられずそわそわしたり走り回る)

③ 衝動性(順番が待てない、質問が終わらないうちに答えるなど、行動をコントロールできない障害)

 この中で特に 不注意の項目がぴったりだ。
私は今も昔もよく物をなくす。昔のことは忘れてしまったが、最近家の玄関の鍵を1ヶ月のうちに2回もなくしてしまった。
自転車の鍵がなくなることもしばしばだ。

 注意力の欠如もひどい。
文章を書いても小さなつづりのミスは年がら年中している。きっと読者の中には私のミスが多いのに気がついておられるのでなかろうか。

 ガスコンロでお湯を沸かしてもすぐ忘れる。幸いお湯が空になると自動的に火は消えるが、そうでなかったら大変だ。

 人の話を聞いていても、集中力など15分が限界だ。その後は疲れてしまって相手の話が入ってこない。

  多動性もかなり当てはまる。椅子に長時間座っていられない。大体15分程度たつと立ち上がってどこかをうろついてしまう。
私は会議が大嫌いだが、その理由の一つがずっと座っていなければいけないからだ。
さすがに最近は寝てしまうからうろつかないが、昔は本当にいらいらしたものだ。

 ③ 衝動性もかなりある。私はジャスコで買い物をすることが多いのだが、前にお客がいっぱいいるとそれだけでうんざりしてしまう。
少しでも早そうな隣のレジに変えたりするが、大抵の場合は結果が同じだ。
最近はその間本を読むことにしてようやく、順番を待つことができるようになった。

 これだけ、注意欠陥多動性障害に似た症状を示しているのだから、「障害おじさん」だと思っていいのかもしれない。


先生、私は注意欠陥多動性障害なのでしょうか。何しろ3歩歩くと過去を忘れる鶏みたですし、腰が落ち着かず、すぐに歩き回ります
山崎さん、この注意欠陥多動性障害は主として小学生のような幼児の病気で、山崎さんのような61歳になった人がかかる病気ではありません

では先生、私の物忘れと、徘徊は何でしょうか
認知症ですな

あの、先生、私が認知症だなんてブログの読者に知れると、読者がいなくなってしまいます。
できればADHDのような誰が聞いても分からないような病名にしてくれませんか


困りましたな。うぅーん、それではこうしましょう。山崎さんの記憶は鶏並だし、理由なく子豚のようにうろつきまわるのですから、鶏頭豚足性症候群と書いときましょう
はあ・・・・・・・・・・・・・・・

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(26.8.6) 夏休みシリーズ NO3 中南海の黄昏

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(トシムネさん撮影)

(20.3.7)中南海のたそがれ
(再掲)

「今から6年前に中国が黄昏に入ったこと記載した記事。かなり早い時期から現在の中国の状況を予測していたことが分かるので自慢の記事だ」


 どうやら中南海にもたそがれが来たようだ。中南海とは中国要人の住居が存在する場所で、日本で言えば霞ヶ関のような場所だ。

 ここ20年近く中国経済の発展を見てきただけに、中国経済にたそがれが訪れたとはなかなか実感がわかないが、日本のバブル崩壊もそれが来るまで実感がわかなかった。
直前まで「ジャパン アズ NO1」と言って浮かれていたのが、ついこの間のような気がする。

 私が中南海のたそがれを実感したのは、例の毒物冷凍餃子事件の中国側の報道を見たからである。

 新聞報道によると中国の検疫の責任者が以下のように述べたのだと言う。

 『中国国家品質監督検査検疫総局の魏伝忠副総局長は6日、「中国での製造過程で人為的に毒物が混入された可能性はきわめて低い」とし、
中日関係の発展を望まない極端な分子によって引き起こされた可能性がある」と述べた。

 魏氏は、訪中している日本政府調査団と北京市内で会談した際に発言し、「食品安全の問題ではなく、人為的に行われた事件だ」と、故意の犯行との見方を中国当局者として初めて示した。
製造元の天洋食品に問題はなかったとの考えを示し、「
日本の調査団も異状はなかったと言っている」と、中国側の安全性の高さを強調した


 なんてことはない中国は「冷凍餃子の毒物混入は日本で行なわれた」と主張しているのだ。

 メタミドホスの成分分析結果や、流通経路からの推定、および餃子の袋の内部からメタミドホスが検出した事実を日本側の捜査官が提供しても、かえるの顔にしょんべんだったようだ。

 日本政府もこれには頭に来たようで、胡 錦濤国家主席の来日が4月から5月に延期されるらしい。
毒物冷凍餃子事件の犯人を挙げるまでは日本に来るな」というメッセージだ。

 しかし、今回の中国側の対応をみてさすがに中国だと感心した。
中国こそが世界の中心で、正しいのはすべて中国人であり、東夷の倭人は黙っておれ。
姑息な倭人が科学的根拠なぞ示しても、中国4000年の歴史の前には何の役にもたたない」

いよー、大統領******
おもわず拍手をしてしまった。

 しかし、これは中国の政治・経済にとって決定的な判断の誤りになることがだんだんと明らかになるはずだ。
中国が中華帝国の栄光をもって四海を睥睨(へいげい)するのは勝手だが、その実質的な影響範囲は中国国内だけだ。

 中国要人の発言がどのようなものであろうと、日本人を含む世界の主要国では中国政府の発表が眉唾だと知っている。
こりゃ、やばい。中国食品は毒入りだ
これから中国製品に対する静かな不買運動がはじまるはずだ。
少なくとも食料品は絶対にそうなる。

 今までは価格の安さで世界の市場を席巻していた中国食品も、これからは「安いが毒が混入している可能性のある中国製食品」と「中国製品より高いが毒の混入がない食品」との競争になるからだ。

 すでに日本では中国産の冷凍食品の輸入はほとんどストップしている。日本の消費者が中国製品を恐れて購入しない以上、輸入しても販売できない。
これは欠陥マンションが売れなくなった構造とまったく同じで、欠陥食品は誰も買わないと言うことだ。

 私は当初、中国政府は威信をかけて犯人逮捕に取り組むと思っていた。北京オリンピックを控え対外的なイメージダウンになることを恐れると思ったからだ。
中国4000年の警察国家の威信を守れ

 しかし信じられないことは中国は居直った。
悪いのは日本だ。中国ではない。毒の混入は袋の上から日本人が行なったのだ

  どうやら中国はすでに日本が食品安全基準最も厳しい国になったことを知らないらしい。
雪印乳業、ミートホープ、赤福、吉兆と続いた不当表示問題で日本人が食の安全に完全に目覚めていることを読み間違っている。

 もはや「安いが毒を混入している可能性のある中国食品」を購入する人はいなくなるだろう。

 中国食品の威信は地に落ちたのだ
一度威信が地に落ちればどうなるかを、日本人は失われた10年で経験した。
長銀、日債銀、北拓銀行が次々と倒産していったではないか。

 NHKの報道を見ていたら、「中国から輸入している業者の60%が、中国以外からの輸入を検討している」と言っていた。
消費者が購入しない以上、中国製品は在庫となるだけだから、他国からの輸入に切り替えざる得ない。
中国は世界の工場から滑り落ちようとしている

 これが中南海のたそがれでなくてなんであろうか。
はっきりと2008年が中国経済のピークアウトした年だと後年の歴史家が記すに違いない。

中国史を学んでいて非常に驚くのは、その停滞のプロセスが突然にやってくることである。中華人民共和国の停滞の端緒も、当初は東北部の冷凍餃子工場の毒物混入事件に過ぎなかった。

 この事件が瞬く間に世界各地に広がり、当初は中国食品の不買運動だったが、だんだんと中国製品全体に対する不信へと拡大した。

 中国経済はいっきに停滞局面に入り、中国経済も日本が経験した失われた10年に突入したのである

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(26.8.5) 夏休みシリーズ NO2 捕鯨反対運動

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(トシムネさん撮影)

(20.3.5)捕鯨反対運動について(再掲)

「私はこのころシー・シェパードの捕鯨反対運動に憤っていた。シーシェパードは実際はオーストラリア政府公認の非合法活動で、キャプテン・ドレイクのオーストラリア版だった」


 このところ日本の調査捕鯨船日進丸がアメリカの環境保護団体シー・シェパード」による調査妨害をしばしば受けている。

 この3日には液体入りの瓶や白い粉の入った袋を計100個以上投げつけられ、日本側の乗員3名が目に痛みを訴えたと言う。
日本政府は例によって「シー・シェパード」の活動拠点のオーストラリア政府等に再発防止の申し入れをしたが、オーストラリア政府は本音ではまったく動こうとしない。

国際条約に基づく正当な行為」も実力阻止の前にはまったく効果がないらしい。

 捕鯨について言えば、私の個人的意見は捕鯨に反対である。
ただしこれは環境保護団体が唱えているように「鯨が特殊な生き物」だと思っているからではない。鯨の肉が嫌いなのだ。

 私の小さかった頃は肉と言えば鯨の肉しかなかった。南極捕鯨の最盛期でもあったが、何より貧しい日本人の食料としては肉は鯨しかなかったのである。

 あの肉質を覚えておられるだろうか。硬く何回もかまなければ噛み砕くこともできない、おおよそ美味とはかけ離れた肉質である。
私の当時の願いは「何とかして鯨の肉を食わなくてもすむ生活をしたい」だった。
だから私としては「なんで鯨なんか取る必要があるのだろう」というのが正直な気持ちだ。

 しかしそれにもかかわらず環境保護団体「シー・シェパード」の行為は正しいとは思わない。
私が一番違和感を覚えるのは「鯨やイルカのような動物だけをなぜ特殊扱いするのか」と言うことである。

 もし「シー・シェパード」の賛同者が絶対に動物の肉を食べないと言うなら、その主張の首尾一貫性を認める。
しかし、牛肉や豚肉やマトンの肉をほうばり、ハンバーガーをこよなく愛する「シー・シェパード」の賛同者にはあきれるばかりだ。
君達のすることはまず最初に、マクドナルドに反対することではないのか」私だったらそう言う。

 実際肉など食べなくても生きていけることは、世の中には多くのベジタリアンがおり、特にインドのジャイナ教徒は生き物を絶対に殺さないと誓っているほどである。

 私がこの種の環境保護団体を必ずしも好きになれない理由は、ある特殊な動物だけを保護しろと叫ぶからである。
すべての生き物にはそれなりの生存する権利がある」と考えるほうが自然ではなかろうか。
日本人なら通常そう考える。

 日本政府も頭が痛いであろう。「シー・シェパード」の妨害行為を止めさせるためには実力行使しかないのだが、太平洋戦争の敗戦後、たえて実力行使をしなくなった日本政府にその決断ができるだろうか。

 私の推奨する案は「鯨肉は日本人の嗜好に会わないので、今後捕鯨をすることは止める」と宣言することだ。
間違っても「鯨が特殊な動物だから」ではない。
日本人のような世界で最も豊かな食生活をしている国民は「鯨のようなまずい肉をあえて食べる必要がない」から自主的に止めるのが最善だと宣言するのである。

 だがおそらく水産庁は上記の案が不満だろう。
お前が嫌いなのは分かったが、鯨肉が好きな人もいるのだ。そもそも捕鯨は日本の文化だ

 次善の案は「シー・シェパード」の乗組員が肉を食べられなくする運動をするのである。

カウ・シェパード」を組織して「シー・シェパード」の乗組員が牛肉を食べることに断固反対する。
インドのヒンドゥ教徒にとって「牛は神聖な生き物」なのだから、ヒンドゥ教徒に協力してもらうのが一番いい。

 豚肉については「ピック・シェパード」を組織する。沖縄では豚は神聖な生き物なのだから、日本人は反対する権利がある。

 羊肉については「マトン・シェパード」を組織する。さすがに羊を神聖視する文化を見つけるのは難しいので、これは新興宗教を立ち上げる。
マトン教」と名づけて「シー・シェパード」に対抗させればいい。

 こうした考えを日本人は嫌うが、もともと鯨を特別視するのが間違っているのだから、その対抗手段も相手のレベルに合わせればいいのだ

 賛成していただけるだろうか

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(26.8.4) 夏休みシリーズ NO1 帽子

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(マッスルさん撮影)

(20.2.26)帽子(再掲)

「私は長い間ハゲで悩んできた。ハゲの人以外には分からない悩みだがこれはその時の記録である。」

 私の趣味は帽子の収集だ。家の中には世界各地で集めた帽子がいたるところに飾られている。特に1998年のフランスワールドカップの時のイングランドの帽子はもっとも好きな帽子だ。

 私の帽子好きは家族の間では周知の事実だが、これが実は「はげ隠し」であることも知られている。
私はどこに行くにも帽子をかぶるが、これが家族のもの笑いの種だ。

おとうさん、いつも帽子をかぶっているとむれてかえって毛が抜けるのよ」かみさんの台詞だ。
親父の帽子コレクターの費用を全部集めたら、かつらが買えるんじゃない」息子の台詞だ。

 残念なことに私は30台の半ばではげ始めた。きっかけは大病をしたからである。
真珠腫性中耳炎の手術を受け、約1ヶ月間入院したのだが、その後急激に頭髪が薄くなった。おそらく強い薬を使用したのだろう。

 当初は育毛剤を色々付けてみたが、一向に効き目がない。
25年ほど前のことだが、当時の育毛剤はほんの気休めであり、薬をふりかけた後のマッサージのほうが効果があるくらいだった。

 髪の毛が薄くなるにつれて気もそぞろになってきた。

 そして帽子を常時かぶるようになった決定的なきっかけは、私の親戚筋の女性が「結婚の3条件」として「ちびと、でぶと、はげはいやだ」といったからだ。
女性の本音を聞いて愕然とした。

 幸い私はすでに結婚しており、かみさんがはげを離婚条件にするとは思われなかったので反論した。
はげはいいんじゃない。だいいちかわいらしい
しかし心は複雑だった。

 以来、この精神的ショックで帽子を常時かぶるようになってしまった。
さすがに会社で帽子をかぶるわけにはいかなかったが、通勤を含めてそれ以外の場所では必ず帽子をかぶることにしたのである。

 そうすると恐ろしいことに、こんどは帽子を取ることに恐怖感がわくようになった。どこに行っても帽子が取れなくなったのだ。

 昔私が学生の頃、バイトをしていた留学生会館のコック長が絶対帽子を脱がないので有名だった。

おやじさんはハゲを人に絶対見せないな
もう年なんだからはげたっていのにね
コック帽を取ると、下に毛糸の帽子をかぶってるのよ。だから絶対に見えないの

 当時は私も腹をかかえて笑って聞いていたが、ひとごとでなくなった。

 おかげで食事をする場所もマクドナルドのようなファーストフード店を使用することが多くなり、間違っても格式ある老舗のような場所には近づかないようになった。帽子を取らなければならないからだ。

 難しいのは帽子を取るべきか否かのぎりぎりの場所はあり、判断に苦しむことだ。
以前コンタクトレンズを使用しようとして眼鏡屋に行った時は一騒動になってしまった。

 コンタクトレンズを使用するには、医者のチェックが必要で、その眼鏡店が契約している眼科医が検眼する。
その時私は帽子をかぶったまま、帽子のつばを後に回して検眼を受けようとしたら、眼科医が烈火のごとく怒ってしまった。
あんたは、いつも帽子をかぶって医者の前に来るのかね。礼儀と言うものをわきまえたまえ

 私は「はげ隠し」だととてもいえなかったので、ひどい気まずい状態になり、結局コンタクトレンズを購入するのを諦めた。
はげのためにコンタクトレンズも買えないのだ。

 こうして私の部屋は帽子で埋まってしまった。
事情を知らない人から「よほど帽子が好きなんですね」なんて言われると「ええ、私の唯一の趣味です」と陽気に答えるが、後でトイレに入って涙をこぼすのはいつものことだ。

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(26.8.3) 韓国経済の急停車 停滞の20年に突入か!!

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 韓国経済を見ていると何か日本経済を見ているような錯覚に襲われる。
輸出産業主体で為替政策が最も大事な政策であり、ウォン安ならば天国、ウォン高になると地獄に直行する。
不動産価格はバブル崩壊前の日本と同様高騰したが、2005年以降は長期低迷に陥ってすでに10年経過した。

 過去は「不動産を持っていれば絶対に値上がりだ!!」なんて強気一辺倒だったが、こうして長期低迷に陥ると売れに売れなくなり、一方借金はそのまま存在するので住宅資産貧乏になっている。
住宅を売ったら借金が返せない、どうしたらいいの!!!」悲鳴が聞こえる。

注)韓国の家計の借金は名目GDPの90%だが、これは日本の60%より高い。借金のほとんどが住宅関連である。

 不動産市況の低迷は金融面で不良資産がつみあがっていることであり、1990年代の日本の金融機関と同様な状況が訪れようとしている。
日本では長銀、日債銀、拓銀が倒産し、他の金融機関は3大メガバンクに集約されて生き残ったが、韓国の金融再編も時間の問題だ。

注)韓国ではすでに貯蓄銀行(日本の信用金庫や組合レベル)の倒産が相次いでいる。

 人口増加率は日本のようにマイナスにはなっていないが、マイナスになるのは時間の問題で若者は結婚をせず子供を産まない。すでに老人人口ばかりが増えているから就業労働人口はマイナスに転じ、社会福祉関連の費用がうなぎ上りになるのは日本と同じだ。

注)韓国の人口や人口増加率の推移は以下参照
http://ecodb.net/country/KR/imf_persons.html

 一方韓国と日本の最大の相違は韓国経済が財閥経済で成り立っており、中小企業は全くと言っていいほど育たない。理由は韓国の若者が中小企業に働くことを恥と思っており、そんなところにいると嫁さんももらえないからだ。
日本では労働そのものに価値を見出す思想が江戸時代から定着しているが、反対に韓国では李朝朝鮮の時代から上流階級は手を汚さないことを最も誇りとしてきた。
こうした階層を両班ヤンパン)というのだが、それが現在では著名大学を出て大企業に勤めることに代わっており、ブルーカラーの若者は昔ながらの下層階級のようなものと見なされている。

 だからサムスンや現代と言った大企業が隆盛の間は韓国は意気軒昂だったが、ここに来て安倍首相の円安政策に韓国経済はすっかり狂わされ、サムスンと現代は減収減益、その他の企業の多くが赤字に転落してしまった。
韓国政府は副首相をチーフに経済の再活性化を目指しているが、もともとウォン安だけで世界を席巻していたのだから、ウォン高になればベクトルが逆転する。

 20年の歳月を経て日本の長期不況と同様の不況に陥りつつある。
パク・クネ大統領は最後のかけに出て中国と提携しようとしているが、実際はスマートフォン事業で明らかなように中国企業の安売り攻勢に遭遇して何の役にも立たない。
中国の属国となって生きていくという戦略は失敗しそうだ。

 韓国経済が長期低迷になればすっかり自信を失い、得意の「日本たたき」が終焉するからすこしは東アジアの情勢もおとなしくなっていくだろう。
安倍首相の経済政策は実に効果的な韓国経済のボディーブローになっている。

注)朝鮮日報が停滞の20年に入ると悲鳴を上げている
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-64c7.html

注)「おゆみ野四季の道新」のカウンターに「おゆみ野四季の道」のカウンター8508を加えました。



 

 

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(26.8.2) 日本の家電業界が復活し始めた。サムスンを抜くのはいつだ!!

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(トシムネさん 撮影)

 ここに来て家電各社の業績回復が著しい。
14年4月~6月の第二四半期の業績は増収増益になり、リーマンショック前の水準に近づいた。
自動車や機械と言った産業部門はすでにリーマンショック前の水準に回復していたから、家電部門が回復すれば日本の輸出産業はほぼリーマンショック前に戻ることになる。

 リーマンショック後の円高はすさまじく、それまで120円程度だった円は80円程度に3割から4割程度円高になってしまった。
一方輸出産業のライバル韓国はウォン安政策もあって、家電製品などは日本の商品の半額程度で輸出ができたから、世界中で日本製品は韓国製品に駆逐されてしまった。
ソニーパナソニックシャープも大幅赤字に転落し、シャープなどは倒産するのではないかとシャープファンの私は気をもんだものだ。

 しかしここに来て安倍首相の円安政策で家電業界は一斉に息を吹き返した。増収増益になって大手8社の営業収益は全体で3400億円程度まで回復した。
最もこの間の韓国のサムスンの営業収益は7200億円だから8社が束になってもサムスンの半分という業績だが、この数字は今年中には逆転しそうだ。

 業界の栄枯盛衰はほんの一瞬で訪れており、日本企業は今後も増収増益基調であり、一方巨人サムスンは減収減益基調に入っている。
ウォンは現在対ドルでリーマンショック後5割程度ウォン高になっており、日本製品との価格差はほぼなくなっている。
もともと韓国製品は安からろう悪かろうで販売を伸ばしてきており、サムスンや現代のようにそれなりの技術を持っている企業以外はすでに総崩れの状態で、後はサムスン現代がいつまで韓国経済を支えられるかにかかっている。

注)韓国経済の実態についての韓国人の認識は以下の通り。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-64c7.html

 安倍首相の円安政策は日本の輸出産業復活には起死回生の決定打だった。
それまで80円程度の円高が今は100円前後の約2割の円安になっているが、この水準なら日本産業は韓国と対抗して十分競争していける。
もともと日本製品は高品質だから価格差がなくなれば負ける理由などない。

 安倍首相のこの円安政策で輸入物価が上がり、また国内の物価を2%上昇するまで円を印刷しているので消費者としての私には何のメリットもない。
だから個人的には安倍首相の円安政策(日本の安売り政策)には反対なのだが、一方輸出産業とその従業員の生活水準は日々改善されている。

 日本はいろいろ言っても輸出産業が元気でないと国力を維持できないことはリーマンショック以降の6年間でいやというほど知らされた。
隣の韓国が日の出の勢いになり李明博前大統領は「日本は弱くなったので何を言ってもしてもいい」と豪語するし、パク・クネ大統領はありもしない従軍慰安婦問題で日本を貶めることに狂奔してきた。

 国家も企業も個人もさして変わりがなく、収入がなくなって生活がひっ迫してくると外国、特に韓国と中国からいわれなき袋叩きにあってしまう。
韓国や中国は水に落ちた犬を棒でたたく国家で日本のような惻隠の情がない。

 民主党の愚かな政権が続き、このままでは韓国と同様中国の衛生国になる一歩手前で安倍首相が登場し円安政策を推進して日本の国力の回復に成功した。
日本の回復は輸出産業で競合する韓国の凋落だから、パク・クネ大統領としてはいつまでも日本敵視政策をとっていては自分の立場が危うくなる。
しかし今回舛添東京都知事と面会をしたが、相変わらずのこわもてだったから韓国の凋落は当分続くと思っていい。

 

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(26.8.1) 中国はなぜ日本に危険ドラッグを販売し続けるのか。 危険ドラッグ最前線

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(トシムネさん撮影)

 私のように普段薬物依存とは全く無関係な生活をしているとなぜ危険ドラッグに手を出す人がいるのかさっぱり分からない。
人生生きていればストレスがあるのは当たり前だが、そうした時はもっぱら運動をして発散してしまう。

 しかし現在日本では危険ドラッグの蔓延で日本はドラッグ戦線の最前線に突入したのだそうだ。
NHKのクローズアップ現代でこれを採りあげていたが、危険ドラッグの使用が特に20歳から30歳台の若年層の男性を中心に急拡大しているという。

注)なお覚醒剤の使用はもっぱら中高年にシフトしていることは、前にクロースアップ現代で採りあげていた。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-1a38.html

 問題は危険ドラッグは必ずしも違法ドラッグでないので取り締まれないからだが、それをいいことに販売業者が急増している。
番組で紹介した業者の例では通常の自宅のようなところに危険ドラッグの秘密工場があり、植物を乾燥させ、そこに麻薬や覚せい剤に似た薬品を吹き付けていた

 問題はこうした薬品が日本では違法とされていないことで、この薬品を業者が中国から大量に買い付けている。
中国では日本向けに薬品が違法か違法でないかチェックをして、違法ではないが実質的に麻薬や覚せい剤と同様の効果がある薬品を日本に輸出している。
これは日本では合法の薬物なので問題ありません」というのが売りになっていた。

注)禁止されている覚醒剤の分子構造を少し変えると指定された禁止薬物にならないが、覚醒剤としての効果はほとんど変わらない物質が出来上がる。

 しかしこれらの物質は実質的に麻薬等と何ら変わらないため、使用すると中枢神経に異常をきたして自動車を運転すると泥酔状態と同様になり、人身事故をしばしば引き起こすようになった。
警察や厚生労働省はこの状態に危機感を持って啓発運動をしているが、危険薬物に指定されていない限りは取り締まりの対象にならない。

注)業者に販売を止めるように依頼していたが、禁止はできない。

 中国からの危険ドラッグは日本とアメリカをターゲットに販売されており、アメリカでも大問題になっていた。
アメリカは一種の水際作戦を展開しており、もし薬物に幻覚症状があれば暫定的に取り締まり対象にすることができる制度になっている。

 一方日本では検査、審議、意見公募を行った後危険薬物に指定するので早くても半年程度たってしまい、その間薬物は野放しだし、またそうこうしているうちに新たな薬物が現れるので現場サイドではどのような対処も効果がないというのが実情のようだ。

 かつて中国は阿片戦争でイギリスからの阿片の輸入を禁止しようとして戦争を行ったが、今日本では中国からの危険ドラッグの輸入を阻止するために日本版阿片戦争を起こさなければならないような状況に追い込まれている。
中国当局に取り締まりを依頼しても「これは違法でないのだから輸出は自由で、それを吸引するかしないかは日本人の自由だ」と居直っているので、林則徐イギリスからの阿片の取り締まりを行った中国の責任者)が聞いたらびっくりするような論理だ。

 中国当局は意図的にこの違法ドラッグの販売を裏で支援しており、対日戦略の一環になっている。
日本もアメリカ並みに幻覚症状が認められれば即禁止対応をしないと、日本中に薬物患者が蔓延して、清朝末期の中国のようになってしまう。
日本を精神内部から崩壊させようとする中国の戦略に負けない防戦が必要だ。

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