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(26.5.18) 海外ドキュメンタリー 「カラーでよみがえる第一次世界大戦」

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 NHKで非常に興味深い海外ドキュメンタリーを放送していた。ドイツZDFが制作した「カラーでよみがえる第一次世界大戦という番組で3部作から構成されていた。
当時の白黒映像をカラーに編集処理したものでそれ自体非常に興味深いものだが、なぜ第一次世界大戦が起こり、それが4年間も継続し双方合わせて1600万人の死者が出る大戦争になったかについて詳細に分析していた。
実際この戦争ほど当初の予想と結果が異なった戦争はなかった。

 戦争の発端はオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子夫妻がセルビアでセルビア民族主義者の若者のテロで殺害されたことに始まる。1914年6月のことである。
オーストリアはセルビアに対し1か月間にわたって関係者の処罰や賠償について強硬に申し入れをしていたが、満足な回答を得られなかったとしてセルビアに宣戦布告をした。
こうして両国の戦争が始まったのだが、それがなぜドイツ、ロシア、イギリス、フランス、そして最後はアメリカ・日本まで巻き込んだ戦争に発展したかは不思議な気がする。

 当時は複雑な同盟関係が構築されていたが、基本は仏・英・露の三国協商独・奧・伊の三国同盟の対立だった。これは当時ヨーロッパで急成長を遂げていたドイツに対するフランス・イギリス・ロシアの包囲網だったといえる。
ドイツは当時世界第2位のGDPを誇り、押しも押されもされぬ軍事大国陸軍国)だったが、これをGDPで3位に落ちた海軍国イギリスと、常に戦争をするたびにドイツに蹴散らされていたフランスが、ロシアを巻き込んで同盟を形成していた。

 ドイツにとっては西部と東部から首を絞められたような格好になっており、この状態を何とか打破したいとの強い希望を持っていたが、オーストリアが戦闘を開始したことが絶好の好機に思われた。
よっしゃ、フランスとイギリスに目にもの見せてドイツがヨーロッパの最強国だということを思い知らしてやる!!

注)戦争が始まるとドイツはセルビア支援に乗り出したロシアに宣戦布告(8月1日)したが、すぐさまフランス・イギリスもロシアとの同盟関係から戦争に突入した。

 当初この戦争はドイツにとってはいわばサルの順位付け程度の意味合いだったといえる。
ヨーロッパの順位は従来のイギリス、ドイツ、フランスではなくドイツ、イギリス、フランス順にしてヨーロッパの最強国になることだった。
だからその目的が達成されればすぐに講和に応じて再び平和なヨーロッパに戻すつもりだったといえる。
それが「クリスマスまでに戦争を終わらせよう」という合言葉になっていた。

注)当時のドイツの立場は現在の中国の立場と酷似している。GDPで世界第2位になった中国は東アジアでNO1の地位を獲得すべく周辺の諸国の領土を掠め取ろうとしているが、それを日本という海洋国がベトナム・フィリピン・東南アジアと提携して抑え込もうとしている。そしてアメリカは日本と軍事同盟を締結して中国に対抗している。

 しかしドイツは戦略上いくつかの間違いをした。西部戦線ではまず防御の堅いドイツ・フランス国境を避け、ベルギーを通過するルートを選択したのはいつものことだが(19世紀以来ドイツ参謀本部の基本戦略になっていた)意外にもベルギー軍の抵抗が激しく当初2週間程度で突破する計画が約1か月かかってしまった。
その間フランスとイギリスに防衛陣地を築く余裕を与えてしまった。

 もう一つの誤算は東部戦線と西部戦線を同時に開始してしまったことだが、ドイツの軍事力はヨーロッパ最強ではあっても両面展開すると約半分の軍事力になってしまう。
これはのちにヒットラーもおかした間違いだが、ドイツは過信によって両戦線を維持できると判断したものの実際は一方の戦線で勝利するのがやっとという状況だった。

 それでも当初はドイツ軍は西部戦線で破竹の勢いでパリ近郊の20kmのマルヌ川セーヌ川の支流)まで侵攻したが、ここにフランス・イギリス連合軍は鉄壁の防御陣を引いていた。
ドイツ軍の戦線は長く伸び切って物資の補給がままならなくなり、さらに参謀本部が西部戦線から2個軍団を引き抜いて東部戦線に送ったため、後背地をいつでも狙われる状況になってしまった。両戦線を開始したことの弱点が露呈した訳だ。

 慌てたドイツ軍はマルヌ川から撤退しフランス国境からいくらか入った場所に北海からスイスに至る塹壕を構築して塹壕戦に突入した。以来4年間にわたる何ともうっとおしく精神的に消耗する塹壕戦が始まった。
レマルクが描いた「西部戦線異状なし」のあの塹壕戦である。

注)塹壕戦に入るということは防御に回ったと言うことで、ドイツ参謀本部は当初の短期決戦を諦めたことになる。

 私はいつも不思議に思うのだが、ドイツはなぜに勝てる戦争を戦略的なミスで敗北するのだろうかということだ。
たとえどんなに最強の陸軍国でも西部戦線と東部戦線を支える力量はないのに、ヒットラーはロシアに攻め入って失敗し、第一次世界大戦のヒンデンブルグも同じ過ちを犯している。
勝利無き塹壕戦は4年間続きドイツとイギリスとフランスから若者が消え去ってしまった。
この戦争は完全な消耗戦になり、ドイツもイギリス・フランスも相手を打ち負かすことができなかったが、アメリカがイギリス・フランスの支援に応じたことで決着が付いた。

 当時ヨーロッパは世界そのものだったが、この消耗戦を契機にヨーロッパは世界の舞台から降りることになった。シュペングラーの言う「西欧の没落」だが、単なる猿の順位付けのための戦争がサル社会そのものを崩壊させたのだから信じられないような結果だ。
後に第一次世界大戦は「誰も望まなかった戦争」と言われたが、望まなかったのはヨーロッパの没落で、西欧にとっては予期せぬ結果だったといえる。

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