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(26.4.12) NHK 英雄たちの選択 卑弥呼の外交政策

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  2世紀後半から3世紀初め
にかけての卑弥呼の時代をイメージすることはかなり難しい。
弥生時代から古墳時代への移行期だと言われても、「だから何なの」という感じだ。
だがこの時代は意外にグローバルな時代で、中国や朝鮮半島の情勢がそのまま日本()の情勢に影響すると言った、現在に似た時代だったらしい。

 その倭に異常気象が襲ったのは2世紀後半で、大雨と干ばつが交互に襲い当時の稲作技術ではこの自然災害に対応できなかった。
稲作が全滅して飢餓に瀕した部族が隣の余裕があるとみられた部族を襲って食料を強奪したため、血で血を洗う命を懸けた戦いになった。
その時代の集団埋葬地を発掘すると明らかに殺害された人骨の山が出土している。
後漢書東夷伝に出ている「倭国大乱」の時代である。

注)中国の史書に東夷の倭の大乱が記載されていたのはとても不思議だが、倭の族長が後漢の帯方郡(朝鮮半島の植民地)に定期的に使者を送って報告していたらしい。

 あまりに激しい部族戦争が続いてさすがにこれでは問題だと気付いた倭の30か国の族長たちは停戦を行い、邪馬台国連合を結成してそのトップに卑弥呼を据えた。
卑弥呼は著名なシャーマンだったらしく、「まあこの人なら丸く収まるのではなかろうかと期待されたらしい。二世紀後半のことである。

 卑弥呼はその期待に応えるべく邪馬台国連合を確固なものとしようと外交工作に乗り出した。当時の朝鮮半島には中国の植民地である帯方郡が設置されていたのでそこに使者を送っている。
倭が国際化しなければならなかった一番の理由は稲作をするための農具の鉄の確保が必要だったからという。
鉄製品の確保は現在の石油や天然ガスの確保と同じ重要性を持っていた。

 鉄などと聞くと現在の日本は世界有数の鉄の生産国だが、当時は全く製鉄技術がなく鉄製品(刀剣や農機具)はもっぱら現在の朝鮮半島(当時は帯方郡や楽浪郡)経由で入手していた。
鉄を抑えたものが部族の盟主になれたから、当然卑弥呼は邪馬台国連合の長としてこの鉄の輸入ルートの確保に狂奔した。

 だが問題は中国側にあり、あれほど強大だった後漢が220年に滅亡し魏呉蜀の三国志の時代に突入したことだ。後漢の衰退がはじまったころ朝鮮半島は後漢の地方官だった公孫氏によって実質的に支配され、いわば独立国家のような状況になっていた。
倭の族長たちは帯方郡との深いネットワークを持っていたので、帯方郡が公孫氏によって支配されるようになると当然のこととして公孫氏に朝貢することになったようだ。

注)この時代の公孫氏政権をイメージすることも難しい。後漢から独立した地方政権で、あえて言うと現在のウクライナのようなものだったのだろうか。

 卑弥呼にとっても公孫氏とのつながりがあれば鉄器の輸入ルートが確保できるので邪馬台国連合としては安定を保つことができていたという。
しかしそうした公孫氏による平和が崩壊したのは238年で、魏が公孫氏を滅ぼし帯方郡が魏の支配下にはいったからだ。
まずいではないか、公孫氏が滅んだ以上公孫氏に朝貢していたことは無駄になったし、鉄器輸入ルートも崩壊してしまったではないか・・・・・・・」卑弥呼の苦悩が始まったという。

 帯方郡は魏が支配したので今度は魏とよしみを通じざる得ないのだが、卑弥呼はかなり逡巡したらしい。
軍事力抜群の魏に服属するのが一番安全だが、果たして魏は邪馬台国連合を認めて王の称号を与えてくれるだろうか。
もし魏が倭を粗略に扱うのであれば邪馬台国連合は呉とよしみを通じた方がよいのではないか・・・・・・・・

 結局卑弥呼は魏への朝貢という選択をするのだが、倭の朝貢使を迎えて魏は小躍りして喜んだ。当時はまだ公孫氏が最後の抵抗(ゲリラ戦)をしていたころだったから、公孫氏の朝貢国だった倭が魏に朝貢使を派遣してきたことがよほどうれしかったのだろう。
親魏倭王」の称号を卑弥呼に与えて中国の冊封体制の末端に入ることを認めてくれた。
番組の出場者はこれは卑弥呼外交の勝利だと称賛していたが、邪馬台国連合が魏の冊封体制に入ったということはいざというときは魏が軍隊を派遣して守ってくれるということを意味する(実際は間に海があるので魏の増援は不可能だが、精神的支えにはなる)。

注)私は朝貢すれば誰にでも「王」の称号を与えてくれるものと思っていたが、相手を見て選別しており公孫氏が魏に朝貢した時は「公」の称号(魏の地方官)しか与えていない。

 当時邪馬台国は狗奴国連合と敵対関係にあり実際戦闘も行われていたが、邪馬台国は倭の王としてのお墨付きをもらっていたので国内の戦争においても優位な立場に立っていたという。
卑弥呼の外交は魏との朝貢関係を築くことで経済的には鉄器の輸入ルートの確保、政治的には中国の冊封体制の末端を形成して戦後日本のような長い平和な時代を築いたという。

 今回の番組「英雄たちの選択」を見て1800年前の昔も今も日本()にとっての外交上の大問題は中国で、中国とどのように付き合っていくかが当時の族長の第一の関心事だったことに驚く。

注)なお魏志倭人伝の詳細は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/b-c184.html

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