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(26.3.8) NHK歴史ヒストリア 「大発見 歌麿の最高傑作 深川の雪」

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 栃木市と言っても私などは栃木県にある田舎町だと思っていたが、江戸時代はここは交通の要衝で例幣使街道の宿場町であり、かつ巴波うずはを利用して桐生や足利の絹織物等を江戸に運ぶ水運の集積地だった。
そのことをしみじみ感じさせたのが今回NHKの歴史ヒストリアが放送した「大発見 歌麿の最高傑作 深川の雪」だった。

 江戸期最高の美人画絵師として知られる喜多川歌麿は生涯に「雪月花図 3部作」という大作を描いているが、これは栃木市の豪商善野家に乞われて描いたものだ。
江戸きっての浮世絵師がなぜ栃木市に出向いて最高傑作を作成したのかと私などは不思議に思うが、当時の江戸は必ずしも浮世絵師にとって居心地の良い場所でなかったらしい。

注)「雪月花図 3部作」はいずれもタテ2m、横3m程度の対策で版画ではなく肉筆で描がかれている。見るとヨーロッパ絵画のような感じの画だ。

 当時と言っても18世紀の最晩年は寛政の改革1789年から1793年)を実行した松平定信の復古調の農本主義の時代に一致する。
朱子学者でもあった松平定信にとっては浮世絵などという華美にして堕落した絵画は我慢ならないものだったらしく、何度も禁止令が出されている。

注)松平定信の寛政の改革は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-3d03.html

 歌麿の「雪月花3部作」はそれぞれ制作年限が異なっているが、「品川の月」が1788年ごろ、「吉原の花」が1791年から92年ごろ、そして「深川の雪」が1802年から06年ごろの作品と推定されている。
吉原の花」はまさに松平定信が幕府の実権を握って寛政の改革を実行していた最中に描かれていたし、定信は引退しても幕府政界に強い影響力を持っていたので、歌麿の生涯と定信の生涯はまさに重なっていたと言っていい。
いわば互いにライバル心に燃えていたのだろう。
くそったれの石頭の定信の鼻をあかしてやる!!!というのが歌麿の心境だったようだ。

 3部作のうち「品川の月」「吉原の花」は現在アメリカの美術館が保有し、一方「深川の雪」は日本に存在していたが、昭和23年に一般公開された後その所在が不明になっていた。それが2012年に古美術商の手を経て箱根の岡田美術館が所有することになった。今回修復が終わりこの4月から一般公開されるという。

 歌麿は江戸で浮世絵を書くのが危うくなるたびに栃木に逃れ善野家の庇護のもとに浮世絵を描き続けたが、この3部作はそうした庇護に対する感謝、はっきり言えばパトロンに対する謝礼だったようだ。
特に「吉原の花」は幕府行政に対する痛烈な批判画で華美禁止令のさなかに大奥の女中や将軍家の女性が饗宴している様を描いている。
こんなのを江戸で描いたらやばいですね」と岡田美術館の館長が言っていたが、まず間違いなく手鎖りものだろう。

 手鎖りとは江戸時代の刑罰で、主として言論統制に使用し戯作者や浮世絵師に手錠をして作品を描けないようにした刑罰である。
歌麿がなぜ定信に目の敵にされたかというと、禁止の網の目を常にくぐっては浮世絵を描き続けたからで、たとえば色の使用制限をされると顔だけの絵にして色の制限をモノともしない美人画を描いている。
また美人の名前を画面上に記載することを禁止されると「判じ絵」といって、たとえば私の名前だと「と「」を描いて山崎だと分からせる方法だった。

注)歌麿の版画はモデルの実名が記載されていたのでモデルにされた女性のところに大挙して男が押し寄せトラブルが絶えなかった。こうしたトラブルメーカーの歌麿を定信は特に嫌った。

 幕府が禁令を出すたびにその網の目をかいくぐって評判の美人画を描き続けたのだから、ちょうどインターネット上で政府批判を禁じられた中国のネットユーザーのような心境だったのだろう。
歌麿を逮捕して二度と浮世絵が書けないようにせよ」当局がうごいた。

 1804年、歌麿は秀吉の醍醐の花見を題材にした浮世絵を描き、その中で当時の将軍家の饗宴のありさま(町人には倹約を解きながら自分たちは酒席三昧だ)を揶揄したため、とうとう捕縛されて手鎖り50日の実刑を受けてしまった。
その刑の厳しさやその以後の監視にすっかり疲れてしまい、歌麿は1806年50才台の生涯を閉じている。

 私などは歌麿と言えば妖艶な美人画を描いた画家程度にしか思っていなかったか、時の老中松平定信と渡り合った反抗精神の塊のような画家だったということを初めて知った。

なお日本史のブログ記事は以下にまとめて入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat47308511/index.html

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