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(26.2.16) 井沢元彦氏の「逆説の世界史」が発売された

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 驚くべき本が出版された。井沢元彦氏の「逆説の世界史」である。私は井沢氏のファンだから、「逆説の日本史全20巻はすべて読んでいるが、まさか「逆説の世界史」まで出版するとは思ってもいなかった。
第一巻は「古代エジプトと中華帝国の荒廃」だが、私はエジプト史については全く知識がないので、特にヒエログリフエジプトの絵文字)の説明などにはついていくのに苦労した。一方中国史については相応の知識があるので非常に啓発される。

注)私は学生時代中央公論社の「世界の歴史」シリーズの中国史をよく読んでいた。

 私が日本史や世界史を本格的に学んだのは高校生の時だが、今思えばこの時学んだ日本史ほどひどい教科はなかった。
いまから50年も前のことになるが、私が学んだ日本史の教科書は唯物史観に彩られた史観を教える学科だった。
歴史ではない、史観である。

 日本史の教師は共産党員で当時の学生からは尊敬の念で見られていた。進歩的で良心的な教師というのがその評価だったし、教育法はゼミ方式で新鮮ではあった。
その教師は利用していた教科書を「この日本史の教科書は実によくできている」と紹介したが、私にはその意味が少しも分からなかった。
何しろ強調されていたのは民衆の抵抗史であって体制に抵抗した人は最大限の賛辞が送られていたが、一方体制側は常に民衆を抑圧することしか考えない極悪非道な人物に描かれていた。

 そして極めつけは日本陸軍による中国侵略で、日本人は中国人民を虫けらのごとく殺しまくったのだから、深く反省して中国人民に謝罪すべきだというのが基本的トーンだった。
私はすっかり日本史と日本人が嫌になり「何とかして日本人を辞めることができないか」と考え、当時はあこがれの国家だったロシアの大使館に「ロシアで暮らす方法がないか」聞きに行ったものだ。

注)当時ロシアは低開発国から授業料なしで大学生を受け入れるルムンバ大学と言う制度があり、それに応募可能か確認しに行った。当時日本はロシアからは低開発国扱いだった。

 だから私は日本史は学ばないのが最善だと判断してその後日本史の勉強を全くしなくなったが、そうした態度が改まったのは井沢氏の「逆説の日本史」を読んだからで、ここで初めて史観ではなく歴史を学ぶことができた。

 私が唯物史観に同意できなかったのは、歴史は必然的で一方方向で進み最後は共産主義社会になり、それが進歩だという主張にはどうしても納得しなかったからだ。
歴史とは必然でなく偶然の繰り返しでたまたまその時の社会状況にあった人物や組織がその後残っていくのではないかと思っていた。
ダーウィンの言う適者生存こそが歴史ではないかと思っていたからだ。

 今回の井沢氏の「逆説の世界史」では「中国文明の力量と停滞」について述べていたが、そのテーマはなぜ明代まで世界の最先端にいた中国がその後6世紀にわたって停滞したのかということだった。
確かに考えてみれば不思議なことだ。最先端ランナーがその後は最後尾についたのだから何か原因があると考えるのは当然だ。
井沢氏の結論は儒教の一派であった朱子学が中国停滞の最大の要因だという。
朱子学などと言われてもほとんどの人はどんな学問か知らないだろうが、12世紀に宋が金に滅ぼされて南に逃げて南宋という亡命政権を作ったが、その南宋で朱熹によって作り出された原理主義的な儒教である。

 何しろそこで強調されたのは親(祖先)に「孝」という考え方で、何にもましてファミリーを大事にしろという思想だった。
これは徹底していて戦争の最中に最高司令官の父親が病気になれば、戦争をほっぽり出して介護に駆け付けねばならないとするもので、「公」より「私」を大事にする恐るべき思想だ。
これによると父母や先祖の言葉「祖法」は絶対に守らなければ「孝」に背くから、革新などは持ってのほかで、当然武器を含めて技術改良はしてはならないことになる。

注)日本で江戸時代に採用された朱子学は中国のそれを変容させており。「公」と「私」は同列に扱かわれている。

 清はイギリスとの阿片戦争に負けながら日本のような改革をしようとしなかったが(正確にいうとそうした動きはすぐつぶされた)、それが「祖法」を破ることになり近代化などは持ってのほかということになるためだと知った。
さらに朱子学では商業は最も卑しい職業で士農工商の身分差別の中で最低のランクに位置づけられた。
祖法」を守り決して変革などをせず、一族の利益のみ図り、農業を重んじることが朱子学のエッセンスである。

 この影響は20世紀の共産党革命後も引き継がれた。毛沢東は中国から士(共産党員)と農民以外を追放するために文化大革命を起こし、インテリは殺害されるか特別ひどい農業労働に従事させられた。
進歩より原則を守り、共産党員と農民以外は必要ないとしたのが毛沢東思想だがこれは遠く朱熹による朱子学の影響だと井沢氏は述べていた。

 また中国ではファミリーの汚職が絶えないのはこの朱子学の影響で、政府高官は一族の栄達だけをはかって蓄えた資産を海外に持ち出すのはこれも朱子学の影響だという。

 このシリーズはとても興味深く読みごたえがあるので、その都度テーマごとにブログに落としていきたいものだ。

なお、「逆説の日本史」については以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/2379.html

 

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