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(25.12.30) 「英語教育を充実せよ!!」 財界と自民党の怒り

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(軽井沢のトレイルラン  しまちゃん撮影)

 財界と自民党が怒ってしまった。文部科学省の英語教育のレベルの低さにである。
あんたら、いい加減にせいよ。中学から大学まで10年間も英語教育をしながらまともに英語がしゃべれん生徒ばかりなのはどういうこと。教育の仕方が間違っているんじゃないの!!

 実際に日本人の英語力、わけても会話の能力の低さには定評がある。TOEFLが2010年に行った各国別英語力テストでは日本は163か国中135位で、アジアの中では30か国中27位だった。日本人と並んで英語が下手と言われている韓国の後塵を拝してしまったのだから問題だ。
日本人は世界でも屈指の英語下手な国民といえる。

注)なお英語以外の数学と科学と国語の分野では日本の教育水準は上昇しつつある。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-609e.html

 人のことは言えず私も10年間英語を学んだ口で、その後も英会話のトレーニングをそこそこ行ったがまともな会話力を持っていない。読解力はあるが英字新聞を読めないのだから程度がしれている。

 それでも生きていくうえで私の場合は全く支障がなかった。
私が勤務した金融機関の公用語は日本語で、反対に言えば日本語以外の言葉を使用する人はいなかったからこれで十分足りたのだ。

 確かに外国に支店を持つようになってからは外国人の従業員が増え海外職員は相応の英語力を求められたが、私は国内が職場だったので相変わらず日本語で十分コミュニケーションが取れた。
はっきり言えば英語は不要な言語だったから、覚えてもすぐ忘れてしまったのが実態だ。

 だが昨今の日本の企業が置かれている状況は様変わりしてきた。日本経済は完全に成熟し企業が生き延びるためには海外に進出する以外に方策は残されていない。
その時従業員をどのように確保するかが問題になるが、最も最適な従業員は日本語と英語をバイリンガルに話せる人材だ。
日本語だけでも英語だけでも駄目で、この2言語を駆使できる人材が必要になる。

注)特に製造業などの場合は日本の技術を移転しなければならないから日本語マニュアル等が読めないと仕事にならない。

 しかし実際はそうした人材を見つけることは非常に難しい。時に日本語を理解する外国人がいると非常に大事にされるが、必ずしも実務にたけているとはいいがたいので、語学専担のような立場になってしまう。
これではだめだ。使い物にならない。日本人の優秀な職員で英語力のある者が一番だ

 楽天や日産などは社内の公用語を英語に切り替えているが、だからと言って十分才能のある日本人を採用できているわけではない。
そこで文部科学省の尻を叩いて、英語教育を充実させることにした。
小学校で英語を正式教科にし、中学の授業は英語で行い、高校卒業時には英検2級以上にするのが目的だが、このためには英語教員の資質向上を何としても果たさなければならない。

 何しろ日本の英語教員の質は会話力という点に関しては全くレベルが低く、私とさして変わりがない。
強いのはリーディングと文法だから、何かラテン語の勉強のように文法一辺倒になっていたりする。生きて使用されている英語をすでに滅んでしまったラテン語のように教えているから会話力など磨かれるはずがない。

注)ラテン語の勉強法がどのようなものだったかは、ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」を読むとよくわかる。この教育方法と日本の英語教育が酷似しているので私は笑ってしまった。

 それでも支障がなかったのは本当は英語など覚えなくても問題なく生活できていたからで、英語を学ばなくても済んだ稀有な国民だったといえる。
しかし今状況が変わり、日本人も英語力がないとまともな職場を得ることができなくなった。
こうした時文部科学省がラテン語教育並みの英語教育を続けていては、日本人はコンビニのバイトのような最下層の職場しか就けない。
財界と自民党が危機感を持って文部科学省の尻を叩くのも当然といえる。
あんたら、このままでは日本はつぶれる。いい加減明治期の勉強法を止めろ!!


注)一年前に大阪市長の橋下氏が教育問題で吠えていたがその時の記事は以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/2411-f0a8.html

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