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(25.12.5) ゆとり教育から脱却し、ようやく教育レベルが上がってきた。

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 文部科学省もほっとしたことだろう。国際学習到達度調査PISA)で日本の15歳(高校一年生)のテスト結果が改善されてきたからだ。
元々このテストはOECD加盟34カ国高校1年生での学力を国際比較しようとして2000年に開始し、3年に1回の割で実施されているが、当初こそ日本はすべての科目数学、科学、国語)でトップだったものの、その後は急速に順位を低下させてどこまで落ちるか分からないような状況だった。

注)今回のテスト結果は、国と地域では国語4位、科学4位、数学7位だったが、国だけ比較すると日本がトップ(地域:上海、香港、シンガポール、台湾等)

これはまずいのじゃないか。いわゆるゆとり世代が全く勉強をしなくなって日本人はアホばかりになってきた」さすがの文部科学省も慌てふためいてゆとり教育を止めたのが2008年だが、その効果がようやく出てきたようだ。

 もともとゆとり教育は日本が高度成長を達成し、「ジャパン アズ NO1」と言われた高度成長期末期から提唱された教育方針で、詰め込み教育を止めて創造性あふれる学習体系にしようと言われたものだ。
だがその本当の心は「日本は今まで十分働いて世界の最先端に躍り出たのだから、これからは休むことにしよう。お父さんは休みをとるから、坊主、お前も勉強など止めて遊びなさい」ということだった。

 しかしバブルが崩壊すると日本は停滞の20年に入り込み、学業以外にまともな資源を持たない日本は急速に国際社会でその立ち位置を失っていった。
資源がほとんどなく、人口ばかり多い国家は勉学に励んで頑張る以外に生きるすべはないのに、油断をして国際社会から滑り落ちそうになったわけだ。

 これに危機感を持ったのが安倍首相で、2006年第一次安倍内閣の時に見直しを決定した。
アホばかりではこの国は持たない

 私はボランティアで中学生と小学生に勉強を教えているから分かるのだが、小学生や中学生にいくらゆとりを与えたからと言って創造性あふれる知性など期待できない。
それよりも先達が達成した学問レベルを吸収して、そのレベルに追いつくことが第一で、そうした後初めてこの世に役だつ創造性あふれる知識をもたらすことができる。
それでも実際はほとんどの人が創造的な仕事などせずに先達の後をただ追う存在として一生を送るのが普通だ。

注)私は老人はボランティア教師をすべきと思っており実践しているが、その詳細は以下の通り
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/24111-898b.html

 私がいつも不思議に思うのはほとんどの人間がクリエイターではなくフォロワーとして一生を終わるのに、日教組やかつての文部省創造的人間を作るためにゆとり行為が必要だと説いていたことだ。
本当ですか、創造的人間を一般の教育で行うのは無理ではないですか??」というのが私の正直な感想で、特殊な人間を育てるには幼児期から特別な訓練をさせる以外に方法はなく、実際、成功した音楽家やスポーツマンがそうした英才教育の結果だというのを見てもよく分かる。

 今回の結果を受けてイギリスのBBCが面白い報告を行っていた。
イギリスは成績がさっぱりで、いつもテストで上位に食い込む韓国を見習ってもっと受験勉強をまじめにしなければいけないというレポートだった。
私はレポートするなら韓国より今回トップの日本の方がいいのではないかと思ったが、おそらくレポーターは今回も韓国がトップに食い込むと想定してあらかじめ番組のシナリオを作っていたのだろう。

注)従来の常識では韓国の学生が最も学業成績が良いと世界的に思われていた。

 今回日本は大復活し国単位のオリンピックだったら金メダルになった。日本が韓国に負けるような教育レベルでは将来がないのだから何とも喜ばしい結果だと私は思う。
高校生までの学業はつめこみが当たり前で、これ以外の方法などあり得ない。
 ゆとり教育が終わりようやく日本は教育の面でも復活を遂げつつある。

 
 

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