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(25.12.15) NHK 歴史ヒストリア よみがえる幻の安土城

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 NHK の歴史秘話ヒストリアで「よみがえる幻の安土城」という番組を放送していた。
先日は「信長公記」を記載した太田牛一を取り上げていたから、今回は信長シリーズの第二弾だ。
安土城は建設してからわずか3年で、本能寺の変があった1582年に消失してしまったために資料が少なく、太田牛一の記載が唯一の信ぴょう性のある記録になっている。

注)太田牛一の「信長公記」については以下参照
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-c645.html

 この安土城には通常の城に見られない数々の特色があったのだが、そのことがこの城の実態を知ることを複雑にしてきた。
謎には大きく分けて3つあり、以下のようにまとめられる

① 残された部屋数の広さと天主台の広さが不都合なほど合わない。
② 野面(のづら)積みの石垣としては当時の常識からみると異常に高い
③ バルコニーのようなものがあった。


注)なお「てんしゅ」という文字は天守と天主の文字があてられるが、この時代は天主と記載していた(太田牛一もそう記載している)。

 
 については昔からその不思議な構造に注目されて多くの研究者がさまざまな仮説を発表していた。
何しろ部屋の面積は360㎡なのに対し天主台の広さは1090㎡あって数が合わないのだ。
その中で最も有名な仮説が1974年に建築家の内藤氏が発表した吹き抜け方式である。
真ん中が巨大な空間で周りに部屋が配置されていたというものだ。

 しかしこれは2002年から始まった発掘調査で間違いであったことが判明した。吹き抜けがあったとされる部分に2mおきに柱が立っていて上の重量を支えていたからだ。
広島大学の建築家三浦氏はこの構造から、部屋は真ん中に集められ周りを廊下がぐるっと囲っていたと推定しており、現在ではこの説が認められている。

注)なお三浦氏は安土城内部の構造を太田牛一の資料を基にCGで再現しており、内部は実に豪華絢爛たる様式だったという。

 では、当時野面積みの技術の限界は3mと言われていた。これを11mの高さまで可能にしたのは4層に分けて石垣を積んだからだと推定されている。
石垣を設置するのに二またという当時のクレーンを設置しなければならないが、このクレーンの設置する位置を3m積み上げるごとに土塁で高さを増して(いったん平坦にして)次の層を積み上げるという方式だったようだ。
クレーンの強度と高さの関係から3m以上の石垣を積めなかったからだ。

 については特に信長好みの趣向だったようだ。西洋にバルコニーというものがあって、王侯貴族や法皇がそこで民衆の歓喜に答えるということを知っていたらしい。
天守閣からバルコニーをせり出して、眼下の白州に年賀に集まった織田一党や諸国の大名、および町衆に答えていたようだ。

 こうして安土城天守閣の謎はほぼ解かれたのだが、太田牛一が記載した最後の謎はまだ解決していないのだという。
それは1582年の年賀に訪れた群衆から一人当たり5000円の入場料を徴求し、これを信長が直接に受け取ったというのだ。
番組ではなぜ信長はそんなこと(テロリストが紛れていると非常に危険)をしたのか分からないと述べていた。

 私は単に信長はホストとして最後のあいさつをして、その時群衆が入場料を払っただけではないかと思うのだが、どうだろう。
信長は自信家だったからよもやテロリストなどいないと思っていたし、いたとしてもすぐに取り押さえられると思っていたのではなかろうか。
この半年後に本能寺で小姓を含む少数の取り巻きだけで宿泊して明智光秀に襲われて死亡したことからみても、敵はもはやいないと思っていたことが分かるからだ。

 それにしても世紀の名城がたった3年間で消失してしまったのは惜しいことだ。現在残っていれば間違いなく世界遺産に登録できたのにと残念な気持ちがする。

なお日本史シリーズは以下のまとめて記載してあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat47308511/index.html

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