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(25.9.29)NHK コズミック・フロント 天文将軍 徳川吉宗

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(北海道東部の海岸)

  徳川8代将軍徳川吉宗と言えば享保の改革を断行し、幕府財政の立て直しを行ったと日本史で学んだが、今一つ改革の趣旨が分からなかった。
目安箱の制度を設けて民間の意見をくみ上げたり、小石川に無料の養療所を設けたり、青木昆陽に甘藷の栽培を奨励させたり、南町奉行大岡忠相に江戸の都市政策を実行させたりしており、一言で言って「なかなかやるじゃないか」とは思うが、あまりにいろいろなことに手を出すので吉宗という人がよく分からなかった。

 しかし今回コズミック・フロントで放映した「天文将軍 徳川吉宗」を見て、初めて吉宗という人のキャラクターが理解できた。
私は全く知らなかったが吉宗は科学に対しなみなみならない興味を示し、特に天文学ライフワークと言ってよいもので、江戸城場内に天体観測所を設けて自ら天体観測を行っており、また太陽の高さをはかる道具で6年間にわたって太陽の高さの記録を残している。

 吉宗の科学関連のブレインは数学者の建部賢弘と天文学者中根元圭で、そうしたブレインを身近においていたこと自体信じられないが、この二人に命じて日本地図の作成を行った。
映像で見た日本地図は(北海道を除いて)信じられないほど正確で、伊能忠敬がより正確な日本地図を制作するまでは第一級の地図と言ってよい。

注)私は伊能忠敬がなぜ北海道の地図作りにあれほどこだわったか不思議に思っていたが、本州に関しては建部賢弘と中根元圭が近代的な測量法で地図づくりに成功していたからだと知った。

 さらに吉宗は日本の正確な人口を計測するように両名に命じて当時の人口が3200万人だとの結果を得ている。
江戸中期(18世紀前半)の人口を私たちが知っているのは吉宗の人口調査のおかげであり、吉宗は正確な地図による日本の耕地面積の把握(これが農業生産の基礎になり年貢割り当ての基礎になる)と、一方で年貢を課すべき民百姓の実数の把握に努めた。
このあたりは税金をとるための基本台帳の整備だから「なかなか吉宗はこすいな」と思うが、一方で正確な耕地面積と人口をもとに税を課すというのは合理的な判断だ。

 吉宗の天文学に対する傾斜はさらに進み、日本最初の望遠鏡を長崎の職人に作らせ、倍率10倍の望遠鏡で月や火星・木星・土星の観測を行っている。
特にすごいのは木星が月の後ろに隠れる木星食の観測を行っておりその記録を残していることだ。
このあたりになると天文オタクの部類で、吉宗が間違いなく理科系将軍であったことが分かる。

注)日本の首相の中にも理科系であることを公言していた人がいたが、福島原発のメルトダウンを防げなかった等すぐに馬脚を現している。

 しかしなぜ吉宗がそれほどまでに天文学にこだわったかというと、暦を幕府によって作成したかったからだ。暦は農業生産が主体だった頃はもっとも重要な情報でエジプトのファラオの昔から暦を作るのは為政者の第一級の仕事だった。
しかし日本ではこれを京都の朝廷が行っており、暦の作成の権限を江戸幕府は持っていなかった。
当時使用されていた朝廷が編纂した暦は800年前から改暦が行われずにいたため、日食・月食が全く当たらず、暦に対する信頼が地に落ちていた。

 こうした状況下で幕府は何度か改暦の試みをしており、渋沢春海の貞享暦等ができてはいたが、中国暦法を基礎としていたためどうしても正確さに限界があった。
吉宗は何とかパーフェクト日食と月食を正確に当てることのできる暦)を作ろうとして中根元圭に命じて天体観測を行わせたが、中国の暦法を踏襲する限り不可能なことを中根元圭は知っていた。

 そこで中根元圭と建部賢弘は吉宗に西洋天文学の導入のため洋書の一部解禁を建言した。
正確な暦を作るためにはどうしても西洋の進んだ天文学の知識が必要でございます。西洋ではガリレオ・ガリレイと申すものが望遠鏡という道具を使って天体観測を行っており、その知識は中国暦法をはるかに超えております

 私は吉宗がなぜキリスト教関係の書物を除いて天文学や医学や農学等の洋書の解禁をしたか不思議に思っていたが、吉宗自身が天文学にとりつかれていたからだと初めて知った。
そうか、洋書を解禁すれば第一級の天文学の知識が得られるのじゃな、よっしゃ、解禁しよう

 日本で天文学や医学が急速に発展したのは吉宗のこの決断によるもので、実際吉宗の死後約50年たって寛政暦書が完成し、これによって日本においてもっとも正確な暦の作成に成功した(幕府が朝廷に変わって暦を作成することになった)。
この寛政暦書の扉書きには「有徳大君(吉宗のこと)のご意志の万分の1がやっとかなうことができたとひそかに思う」との文章が記されているが、吉宗の意思がかなったという喜びが感じられる。

 やはり吉宗は偉大な将軍だったとつくづく思う。ロシアではサンクトペテロブルグを作ったピョートル大帝という理科系の皇帝がいてオランダまで出かけて行って造船技術を学ぶために船大工をしていたが、日本の天文将軍吉宗も負けてはいないではないかと思ってしまった。

 江戸時代は思いの他文化が発展していて、吉宗の決断もあり西洋の天文学や医学はよく知られていた。私が高校生の頃勉強させられた教科書では江戸時代は年がら年じゅう百姓の打ちこわしや一揆があって、何とも陰惨な時代に描かれていたが、実際は将軍自ら天体観測をするほど学問の水準は高く、なかなか魅力のあった時代だったと私は思っている。

なお日本史に関する記事は以下にまとめてあります。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat47308511/index.html
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat41526340/index.html

(別件)ちはら台・おゆみ野ハーフ・フルマラソン開催のお知らせ。

以下の日程でハーフ・フルマラソンを開催します。

・日程 10月6日(日) 10時スタート
・集合場所 ちはら台かずさの道 ちはら台走友会集合場所(地図添付)
・コース  ちはら台のかずさの道とおゆみ野の四季の道を使用(地図参照)

https://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&tab=wl

・参加費用 300円(ゼッケン代と飲み物代)
・参加資格 高校生以上ならだれでも可
・ルール 1か所信号があります。交通規則を守って赤信号では停止(この間の時間はネットタイムに含めませんので、各自時計を止めて調整)
・結果はこのブログに掲載します。
・その他 雨天決行ですので走る人は各自雨具等を用意して走ってください。

 

 *人数確認のため参加予定者はこのブログのメールかコメントを使用して、氏名、年齢、住所を連絡していただけると幸いです(ちはら台走友会のメンバーはその必要はありません

 

 

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コメント

サンクトペテルブルクという街はもとは沼地だったとか。
ピョートル大帝なる人が理科系であったとはしらなかった。
が、だからこそ美しい町並みを基礎から造り上げることができたのでしょう。
ロシアらしく強権的に。

後になって地下鉄を造ろうとするときさすがに地表から浅いところでは坑道の構築が困難になった。
ソ連時代、地下鉄は万一の時核シェルターに使えるよう深いところに造ったのだと日本では説明されていましたけど
地盤の安定している地下100メートル近くまで軌道を下げたのはトンネルにしみだす水が最大の問題だったとおもっています。

投稿: makina670 | 2013年9月30日 (月) 10時44分

 山崎次郎さんの「江戸時代は年がら年じゅう百姓の打ちこわしや一揆があって、何とも陰惨な時代」という文章を見るたびに苦笑してしまいます。現在の近世に対する歴史観は大きく変わっています。貧しく遅れた社会だったと考える研究者は皆無だと思います。あの慶安の御触書は後の時代に、質素倹約を勧める意味でつくられたもの(偽文書)と考えられています。鎖国ですら、中国、琉球、朝鮮、蝦夷地の4つの窓から、海外の文物と情報が流入していたと考えられているほどです。なお、「鎖国」という言葉自体、幕末につくられた言葉です。
 江戸時代は平和な時代で、海外では、ローマの平和になぞらえて「徳川の平和」と呼んでいる研究者もいるぐらいです。戦いも海外からの侵略もなければ、大きな事件と言えば一揆や打ちこわしぐらいになります。平和な世の中を書いても面白くないですから。また、かつての研究者は、古文書の内容を真実と考えたのでしょうが、考えてみれば、災害の救済を歎願する場合、被害を過大に書くでしょうし。自分の政治力をアピールする場合、貧しい社会を豊かにしたと書いた方がいいわけですから、ことさら貧しさを強調するでしょう。残された史料をそのまま読めば、「飢饉と百姓一揆の江戸時代」となるわけです。
 だからといって、単純に現代と比較するのも疑問です。江戸時代は根本的には身分制社会です。それを見失って、江戸時代は自由で豊かな社会と思う人もいるようです。人々の生活には、様々な統制や不自由が存在し、基本的人権が保障されている現代とは次元が違います。庶民の生活も全体的には貧しく、現代と比較したら話にならないほどだと思います。幕府・藩・武士は今の政府・地方自治体・公務員とは基本的な性格が違います。善政を理想とした政治家もいたでしょうが、当時の武士の目標は、民衆の不満を抑え幕府・藩の永続をはかることにあったのですから。
 今の中学校の歴史の教科書を読んでも、30年ほど前の私が教師に成り立ての頃の教科書と内容が変わっています。最近は書店に山川の高校日本史の教科書が一般向けに売られていますので、一読されるといいと思います。ただ、もともと教科書ですから、記述はつまらないですけど。

(山崎)コメントありがとうございます。私が高校生だった頃とだいぶ違うようですね。私が読まされた教科書は左派系の人が書いた教科書で、日本はどうしょうもない国だとのスタンスで記述されていました。
教師はバリバリの共産党員で「この教科書は実に素晴らしい」と絶賛していましたが、私には苦痛でした。

投稿: 信天翁 | 2013年10月 3日 (木) 04時44分

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