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(25.9.1) ロドリゴ 北アルプス縦断記 その2 早月尾根

 
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(雨の中で花だけが美しかった)

この「北アルプス縦断記」はシリーズになっており、「その1」は以下参照。

http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-a09a.html

 剣岳に登攀するには大きく分けて北と南からのルートがあり、ロドリゴが登攀しようとした早月尾根はやつきおね)は北側のルートでございます。
このルートは明治40年陸軍陸地測量部柴崎芳太郎氏が剣岳登頂を目指しながらも断念したルートで、断念をせざる得なかった最大の理由はその長大さにあったと思われます。

注)当時日本の中で測量が行われておらずその詳細が分からなかったのがこの剣岳周辺でした

 馬場島の標高は約750m剣岳が約3000mですので、急な斜面を2250mも登り切らなくてはなりません。
一方南側のルートのうち室堂平を起点とすると、ここの標高は約2500mですので標高差は500mではるかに容易に登頂が可能になるのでございます。

注)剣岳周辺の地図は以下参照
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/showmap.php?did=335452

 現在では一般ルートは整備され危険な場所にははしごがかけられており、また標識も随所にありますので注意さえ怠らなければ事故が起こることはないと言えましょう。
しかしここ剣岳の登頂を柴崎氏が目指した明治のころは、自身でルート開拓をしなければならずその苦労は並大抵のことではなかったと想像されます(映画 「剣岳・点の記」にその苦労がよく描かれていました)。

)映画「剣岳 点の記」の評については以下参照
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/218.html

 
 柴崎氏は尾根筋からの登頂をあきらめ、長次郎谷谷筋)を登ることでようやくのことで登頂を果たすのですが、信じられないことに剣岳の頂上には平安時代の錫杖が残されており、すでに初登頂がされていたことが判明いたしました。
しかしこの登攀者が誰でどのルートを通って登頂したかは一切不明ですが、登頂ルートは柴崎氏と同様長次郎谷か平蔵谷の雪渓を5月か6月ごろの雪渓が安定した時期に登攀したものと想像されます。

注)ロドリゴはかつて若かった時期に平蔵谷からの登攀を7月の終わり頃行いましたが、そのころは雪渓が切れてしまって途中で登頂を断念いたしました。

 と申しますのも尾根筋ルートは鎖やはしごがない場合はとても徒手ロッククライミングの道具を持たずに)で登攀は不可能ですが,雪渓は登りだけならば雪渓にキックを入れれば登攀が可能だからでございます。
一方雪渓の下降は大変困難で少しでも油断すると谷底に一直線で落ちてしまい、この平安時代の初登攀者もおそらく下降に失敗し、それゆえ初登攀者としての栄誉を失ったのだとロドリゴは想像いたしております。

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(雨の中を進むとこうした景色が続き気持ちがなえてくる)

 この日(8月21日)は朝から雨模様でしかも登るにしたがって雨は強くなり、カッパで雨は防いでいたものの内部からの汗は並大抵でなく、休むたびにTシャツを脱いで汗を絞るとぬれぞうきんのように汗がしたたり落ちるのでございました。
しかも信じられないことにロドリゴの左足は全く踏ん張りが利かず、右足一本での登攀を余儀なくされました。
実は8月以降マラソンのトレーニングは行わず、近くの有吉公園プールで水泳をしていたのですが、水泳は基本上半身の運動で下半身の筋肉が削げ落ちていたのでございます。
なんということだ。これでは片肺飛行している飛行機のようなものではないか・・・はたして右足一本で草月尾根を登りきることができるのだろうか・・・・・

注)早月尾根ルートは以下参照
http://www.town.kamiichi.toyama.jp/hp/kanko_turugi/root.htm

 当初の予定では剣岳を越え、反対側の剣沢キャンプ場あたりまで行くつもりでしたが、実際はとてもそのようなことはできず、あまつさえ雨脚はますますの強くなり体温も低下し、大雨の中で剣岳を越える自信はすっかりなくなってしまいました。
しかたない、早月小屋で世話になろう。身体も冷えきってしまってこのままでは低体温症になりそうだ・・・

注)草月小屋はこの尾根筋にある唯一の山小屋で標高2200mの地点にあります。

 本来はすべてキャンプをする予定でしたのに早くも登山初日で挫折し、早月小屋の蒲団の中で体温が回復してくるのを待っておりました。
このルートで当日登頂者はロドリゴ一人で、早月小屋には下降者を含めて5人が逗留しておりました。
小屋の食事は山小屋とは思われないほどおいしく、設備も立派でございましたが、宿の費用は9000円で、ロドリゴのように貧しい登山者にはその出費はかなり痛手でございました。
初日なのに左足は動かず、宿代は9000円では先が思いやられる・・・・・本当に穂高まで行けるのだろうか・・・・・・・
何かとても不安な気持ちでその夜を過ごしたのでございます。

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