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(25.7.11) 福島第一原発吉田元所長のご冥福を祈りたい 吉田氏のおかげで日本は更なる災害から救われた

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フランス南部を流れるセレ川渓谷の住居。岸壁によりそって住宅が建てられていた

  福島第一原発事故対応に陣頭指揮を執っておられた東京電力の吉田昌郎元所長がなくなられた。
享年58歳で死因は食道がんだそうだ。
人間は心労が重なり極度のストレスにさらされると免疫機能が低下してがんが発生することが多い。
吉田元所長のストレスは人類史上でも一二を争うほどのもので、とても肉体が耐えられなかったのだと思う。
まだ若く、こうした事故がなければ長生きされただろうと思うととても残念だ。
ご冥福を祈りたい。

 私はこの吉田元所長を非常に高く評価している。現場責任者としての責任感や事故対応の指導など断固としており、特に上司やただわけもわからず騒ぎまわった菅直人首相当時)の意向を無視して海水を注入し続けたのは特に立派だ。

 当時もっとも問題になっていたことの一つに2号機の使用済み核燃料プールに対する海水注入問題があった。
一般的には冷却水は真水を使うから海水を使用したのは異例だったが、当時十分な淡水を確保できていなかったため海水の注入を続けていたものだ。

注)このあたりの吉田所長と東電本部のやり取りについては以下に記しておいた。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/23120-3d49.html

 この状況下で菅首相は真水注入にこだわり、東電の副社長を官邸本部で怒鳴り散らしていた。
なぜ海水を使うのだ。マニュアルでは淡水だろう
東電は辟易して吉田所長に海水を止めて淡水に切り替えるよう指示を出したが、淡水が確保できない状況下では海水は次善の策で已むおえないものだった。
もし海水の注入を止めて淡水が確保するまで待っていたら、二号機の廃棄済み燃料棒が爆発を起こして更なる大災害が発生するところだった。

 吉田元所長は部下に淡水への切り替えを命じ、東電本部とのテレビ電話会議でその指示が映し出されていたが、実際は部下との打ち合わせをした芝居で、海水注入が続けられていた。
後でこのことが明白になった段階で東電本部は「菅首相の指示を無視して嘘の報告をしたのはけしからぬ」と処分することにしたが、当の菅首相が「俺がそんな指示を出すわけがない」と否定したので、処分は沙汰やみになった。
実際は菅首相はヒステリー状態が嵩じて怒鳴り散らしていただけで、本当は自分でも何を言ったのか覚えていないのだろう。

注)事故調査委員会の中間報告でもこのあたりの経緯はうやむやなままだった。報告書の内容の分析は以下参照。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/231229.html


 私は長い間、あるシステムの責任者をしていたが、いわゆるトラブルというものは常に発生するものでその時の対処が重要だ。
夜中の間にそのトラブルを解決して、朝には何事もなかったかのようにシステムを稼働させるのがシステムの責任者の役割だったが、そうするためには一つのコツがあった。

 それはもっとも信頼できる技術者に全権を委任して自分は何も口出ししないことで(二流の人間がとやかく言って現場を混乱させないこと)、判断を求められたときだけ決断を下せばいい。
もう一度トライすれば回復可能ですが、時間がかかって朝間に合わないかもしれません。どうしましょうか
間に合わなかったら私が責任をとるから、しなさい」という具合だった。

 菅首相を見ていると、その対極にいるような対応で、いちいち細かく指示をしてわめきまわっていた。しかし菅氏が原子炉の詳細について知悉しているわけはないのだから、これはひどい迷惑で時間の無駄だ。
吉田所長に全権を委任して、菅氏としては最悪を想定して住民の安全対策にだけ考慮していればよかったのだと思う。

 現場は菅首相のヒステリーに引っ掻き回され吉田所長が十分に対応するための時間を失わせ(報告ばかり求めていた)、結果的に1号機から3号機までがメルトダウンして世界でもチェルノブイリに並ぶ大惨事になってしまったが現場力を信頼しなかった菅首相の失敗だと思っている。

 私は菅首相を見ていると新田次郎氏が書いた「八甲田山死の彷徨」に出ている青森第五連隊の司令官山田少佐を思い出す。
1902年の厳冬の雪中行軍で、青森第5連隊の210名の将兵のうち199名が死亡したのだが、山田少佐が雪中行軍の責任者だった神田大尉から指揮権を取り上げて、無理難題の指示を出したために結果的に大惨事になったというのが新田氏の主張だった。

 私は吉田氏のおかげで更なる大事故(使用済み燃料棒の爆発)にならなかったと思っているが、現在吉田氏に対する評価は分かれている。
私に時間と情熱があれば吉田氏の無念をはらしてあげたいと思っているが、吉田氏は多くを語らず鬼籍に入られてしまった。
今はただただご冥福を祈るばかりだ。

なお、東日本大震災に関する記事は以下にまとめて入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43206851/index.html

 

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