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(25.6.18) 「おくりびと」と葬儀問題 死後対策はどのようにするか

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 先日NHKのBSで「おくりびと」を放映していた。映画そのものはとてもよくできた映画で私は感心してみたが、同時に自分の死後対策について思いを巡らせてしまった。

注)「おくりひと」を見た感想文については以下に記載しておいた。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/201015.html


 私はもうすぐ67歳になり、神様のお迎えが近くなっているので、死後のことを考えておかなくてはならない年齢だ。
死後と言っても葬儀関連費用や墓や遺品の整理についてである。
これについて一番手間暇がかからない方法は葬儀も墓も遺品整理についても、もっとも簡便な方法を選択することだ。

 私の父親の葬儀は通常の葬儀を行ったのだが、来客の対応や葬儀の手配や飲食や送迎用のタクシーの手配でテンヤワンヤの大騒ぎになってしまった。
何しろ父親の友人や母親の友人についてはほとんど面識がなく(私は就職してから30年以上も故郷を離れていた)、誰が誰だかわからず、葬儀を行った後はすっかり疲れ切ってしまった。
父親を思い忍ぶ時間などは全くない。

 この経験があったので母親の葬儀家族葬にした。母親も家族葬を望んでいたので意見は一致したが、90歳にもなると知人親類と言ったものはほとんどいなくなり家族葬で十分なのだ。
一般に葬儀費用の平均は200万円程度だが、家族葬では100万円程度で済む。
そして何よりありがたいのは訪問客の対応をしないで済むことで、会場の受け付けもいらないし、タクシーや飲食の手配もしないで済む。

注)私が勤務していた会社の同僚やその両親の葬儀についても半分以上が家族葬になっている。誰しもあの葬儀のバカバカしさに気付いているのだろう。

 私の娘は一時おばあちゃんと住んでいておばあちゃん子だったが、「おばあちゃんとこうやって静かにお別れできて本当によかった」と述懐していた。
家族葬では子供の家族だけが集まるのだから何を決めるのも早く、遺産相続問題などもたちどころに決まるから簡単だ。

 葬儀は家族葬で簡便化できるが、次の問題はお寺さん対策だ。お寺さんには申し訳ないが墓やお布施の費用が馬鹿にならない。お布施などは相場があってないようなものだから、いくら包むべきかいつも悩まされる。
通常、墓やお布施や永代使用料でこれも200万円程度かかる。
そんなことなら最初からお寺との縁を切って自然葬にするのがいい(私は読経もいらないのだが、これを省くと葬儀らしからぬ状態になってしまいそうだ)。

 昔「世界残酷物語」という映画でネパールチベットだったかもしれない)では鳥葬というのがあって、死者の肉体を鳥(ハゲタカ)に食べてもらう場面があった。
当時は「何とも残酷だと」思ったが、今思えばこの鳥葬もなかなかいいものだ。死んで「千の風」のイメージで大空を飛び回る鳥の身体の一部になるのも悪くない。
日本の仏教は一部の熱心な宗派を除けば葬儀仏教になっており、人間を救済するという本来の使命ははっきり言えば終わっている。
だからお寺さんとはできるだけ付き合わないのがいいのだ。

 もう一つ問題になるのが一人暮らしの場合の遺品の整理だ。何しろ65歳以上の二人に一人は一人暮らしだ
整理しようにも価値あるものと、ないもののごっただから整理屋に頼むとだいたい30万円程度の費用が掛かる。
何とも馬鹿しいので自分で整理をしようとしてもタンスやテーブルや家電製品などはどうにも手に余る。

 整理屋に頼まないようにするには一人暮らしになればできるだけ生前に物を始末しておくことだろう。
物はあればあるだけ管理が難しいのだから、必要最低限にして鴨長明の心境になることだ。

 死後については自身は存在しないのだから本当は何を言っても無駄だが、家族に迷惑をかけないで済むように簡便を第一義に考えておくことが必要だろう。
家族葬にして、お寺との縁を切って骨は散骨にしてもらい、事前に不要物の整理をしておけば残された家族に迷惑をかけることはあるまい。
おくりびと」を見ながらそんなことを考えていた。

なお、私の死生観に関しては以下にまとめて入っております。http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat47393797/index.html

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