« (25.3.2) BS歴史館 井伊直弼 鬼か改革者か  その1 | トップページ | (25.3.4) NHK特集 イスラムの覚醒 イランの宗教戦略 »

(25.3.3) BS歴史館 井伊直弼 鬼か改革者か  その2

20219_026

これは昨日記載した「その1」の続きです
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-12cf.html

 私が幕末の政治史を見ていて特に不思議に思うのは水戸藩の存在である。水戸藩御三家の一つだが明らかに尾張紀伊の格下で、そのため将軍を出すことができなかった。
しかし幕末の動乱に乗じて尊皇攘夷の急先鋒として頭角を現し、井伊直弼と対抗して一橋派を形成し、一時は直弼に完全に押さえ込まれ(安政の大獄)、その井伊直弼桜田門外で暗殺してやっと待望の将軍(徳川慶喜)を出すことができた。
だがそのときはすでに遅くたちまちのうちに長州薩摩によって水戸は駆逐されてしまっている。

 何か化学で言う触媒のような役目で、明治維新の触媒にはなったがそれ自身は歴史の闇に消えてしまった存在だ。
私の会社時代の同僚に水戸出身者がいたが、いつも「水戸の人間は血の気が多いのだ」と言っていた。
徳川斉昭にしても井伊直弼を殺害した水戸脱藩浪士にしても、水戸天狗党にしても何か教条的なところがあり、とても現実的な政治はできそうもない。

 一方井伊直弼は現実感覚に優れた政治家だったから、開国をしなければ外国から戦争を仕掛けられて日本は植民地になるとの認識を持っていた。
アヘン戦争によって清が敗北し、今またアロー号事件でイギリスに完膚なきまでに清が叩き潰されたことを幕閣は十分知っていたから、「次は日本だ」との認識は十分にあった。

 井伊直弼大老に就任したのは1858年で(それまでは彦根藩主として幕閣の一員だった)、その2ヵ月後日米修好通商条約に調印している。
13代将軍家定井伊直弼大老に抜擢したのは、継嗣問題と外交問題を直弼の手腕で解決させようとしたからだが、この時期の時代の動きはすさまじい。
ちょうどリーマン・ショック後の世界のような感じがする。

 この時期の出来事を日記風に書くと以下のようになる。

・6月19日 井伊直弼様日米修好通商条約にご調印
・6月20日 南紀派の徳川慶福様が14代世子(跡継ぎ)におきまりになる
・6月24日 水戸斉昭様ら御三家が不時登上(約束のない押しかけ)され直弼様を難詰
・7月5日  水戸斉昭様、不時登上のかどで謹慎おおせつかる
・7月6日  13代将軍家定様、突如病死(一橋派の毒殺の疑い在り)
・8月8日  水戸斉昭様の元に天皇よりの密勅が下される(世に戊午の密勅とわれ井伊直弼様を糾弾する内容)
・9月    安政の大獄が始まる


 どうだろうか、井伊直弼は就任して2ヶ月目に外交問題と継嗣問題を一気に片付けたが、これに不満を持った一橋派の徳川斉昭は御三家を動かして特に通商条約が天皇の勅許を得ていないことを攻め立てた
孝明天皇のご意思は、御三家・主要な大名の合議でなければ通商条約調印の勅許を出すことはまかりならぬと申されていたのに、独断専行した直弼の罪は重い

 実際孝明天皇は自分の意思が完全に無視されたことで怒りが頂点に達し退位をほのめかしていたが、8月8日に水戸斉昭に対して以下の密勅が出された(戊午の密勅)
通商条約調印は軽率の取り計らいであり、これからは一同合議評定して自体に対処せよ

 天皇は幕府でなく水戸藩に対して勅許をだして幕府を完全にコケにした(実際は遅れて幕府にも勅が渡された)。
これは孝明天皇の意思になっているが実際は尊攘派の公家と水戸藩の出来レースで、天皇の権威で井伊直弼を追い詰めようとした陰謀だったので、井伊直弼が切れてしまった。
このようなことを許すと幕府の土台が崩れる。斉昭め、引退させてやる!!」

 直弼は尊攘派の公家や武士をひっとらえてこの黒幕である徳川斉昭を追い詰めようとしたが、斉昭が画策したとの証拠を挙げることが出来なかった。
なんとしても斉昭様が画策したとの証拠をつかめ。斉昭様は引退、水戸藩は断絶させる。そのためには誰を処罰してもいい
この安政の大獄は井伊直弼が殺害された1860年の3月3日まで約1年半続いたのだが、その間に吉田松陰橋本左内と言った有能な人物も殺害されその数100名に及んだ。

 井伊直弼と水戸藩との激闘は直弼が「水戸藩に下された勅許を幕府に差し出すこと、もし差し出さない場合は水戸藩を断絶させる」と脅したことで頂点に達した。
水戸斉昭は致し方なく直弼に屈することにしたが、治まらないのは尊攘派の下級武士で、水戸藩を脱藩して井伊直弼の殺害計画に奔走することになる。

 実際安政の大獄が始まってから1年半後桜田門外で井伊直弼は暗殺されるのだが、このときをもって徳川幕藩体制の要であった譜代大名による幕政の体制は崩壊することになった。
そして幕府そのものが崩壊したのはその7年後だから、井伊直弼の死で徳川幕府の命脈が尽きたといっていい。

注)井伊直弼が大老として幕政を指導したのはたった2年だったが、この間に将軍継嗣問題と外交問題(開港)を決断し、反対派を大弾圧(安政の大獄)して、最後は桜妥門外で暗殺された。何ともすさまじいまでの豪腕政治家といえる。
時代が急激に流れるときにはこうした政治家が現れるようで、現在の日本(中国から戦争をしかれられ、一方でアメリカからTPPで市場の完全な開放を求められている)と状況が似ており、私には安倍首相が井伊直弼と同じ立場にあるように見える。

なお日本史の記事は以下にまとめて入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat47308511/index.html


PR記事

 私は過去に書いてきたブログを纏めて本にする作業を始めました。月に2冊程度の割合で出版いたします。KindleのKDP(キンドル・ダイレクト・パブリッシング)を利用していますので、電子書籍の端末を持っている方はアマゾンで購入できます(iPhoneやiPad・iPodでもソフトを入れれば見れます。またアンドロイド系のスマホやタブレットにもソフト対応していますがパソコンは不可)。
なお、蝦夷地探訪記等の値段が200円になりましたが、ボリュームが多いとキンドルの最低価格が上がるので、私の意図的な値上げではありません。


出版済み

・ロドリゴ巡礼日誌(
山崎新書 NO1)  定価 200円(サンチャゴ巡礼フランス道の記事です)
・ロドリゴ 失敗記(
山崎新書 NO2)  定価 99円(若者が人生に失敗しないための指南書)
・ロドリゴ蝦夷地探訪記(山崎新書 NO3) 定価200円(北海道東部の過疎地帯を放浪したときの記録)
・ロドリゴネパール日誌(山崎新書 NO4) 定価200円(ネパールの明治時代を思わす山村での教育実習の記録)


なお出版の経緯については以下に詳述してあります。

http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat53203102/index.html

 

 

|

« (25.3.2) BS歴史館 井伊直弼 鬼か改革者か  その1 | トップページ | (25.3.4) NHK特集 イスラムの覚醒 イランの宗教戦略 »

歴史 日本史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« (25.3.2) BS歴史館 井伊直弼 鬼か改革者か  その1 | トップページ | (25.3.4) NHK特集 イスラムの覚醒 イランの宗教戦略 »