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(25.1.18) 文学入門 遠藤周作 「沈黙」 文学はこうでなくてはいけない!!

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 やはり文学はこうでなくてはならないとしみじみ思った。
今回の読書会のテーマ本、遠藤周作氏の「沈黙」を読んだ感想である。
この作品は1966年に書かれているから私がちょうど大学1年生の時の作品だ。
私が社会人になったときこの小説を一度読んでおり、その後篠田正浩監督によって映画化されたのを見ているのでなじみの小説だが、最近の人はあまり読む機会がないらしい。

 最近の小説は非常に軽くもっぱらフィーリングを楽しむような作品が多いが、この作品はその対極にあるような作品だ。
テーマはキリスト教徒にとって「神の存在を疑うことは許されるのか」ということと、「日本におけるキリスト教は変容しており多神教の一種としてかろうじて存在している」という主張である。
これだけ聞いただけでも信心深い人はこの小説を読むことを拒否するだろう。

 遠藤周作氏12歳のときから洗礼を受けたカソリック教徒であり、それだけに宗教とのかかわりは深く、氏の小説のテーマも宗教を扱うことが多い。
この「沈黙」の舞台は島原の乱(1637年)が収束し、日本からすべての宣教師が追放されたと思われていた直後の島原周辺の地域である。

 物語の始まりは、日本で20年にわたり布教活動を続けていた日本における宣教師の総責任者フェレイラ神父が捕らえられ、信じられないことに棄教をしたと言う知らせがローマ教会に届いたところから始まる。
当時のローマ教会では「ヨーロッパ人の眼から見れば世界の果てというべき一小国でフェレイラが転宗させられたという事実は、単なる一個人の挫折ではなく、ヨーロッパ全体の信仰と思想の屈辱的な敗北のように思われた」。

 このためその真実を探ることと、フランシスコ・ザビエル以来東洋で最もよき種をまかれた日本で統率者を失ってくじけていく日本信徒を救うことが、ローマ教会の緊急の課題となった。
だが、キリシタン禁制の日本にどのようにして潜入すればよいのか?
この企てにポルトガルの若き宣教師ロドリゴ、ガルペ、マルタが情熱と執念だけで派遣を申し出た。

 この小説の驚くべきことはほとんどの登場人物が実際に実在していて、主人公のロドリゴは幾多の苦難の後同僚のガルペとともに日本潜入に成功し、そして隠れキリシタンの信徒に洗礼を与える等の活動をしている。
そして先に棄教したフェレイラもそれを取り調べた幕府宗門奉行井上筑後守も実在の人物である。

 この小説には明らかに創作されたと思われるキチジローという農民が出てくるが、キチジローは転んだ元キリスト教徒で日本にいられず、当時のポルトガル領マカオに逃れていたという設定になっている。

 このキチジローの先導で島原周辺の漁村に上陸し、また隠れキリシタンとの連絡も取れたのだが、同時にキチジローユダであり、常に銀300枚の報酬のためにロドリゴや隠れキリシタンを密告する。
捕らえられたキリシタンは次々に水磔すいたく)の刑(海に十字架をたてそこに信徒をくくりつけて潮が満ちてくると水没して溺死させる刑)や逆さづりの刑逆さにつるして耳の後ろを少し切って血が滴り出るようにして時間をかけて殺していく刑)に処せられ、ロドリゴはそれを見せ付けられる。

 役人はロドリゴに「お前たちがやってきてヤソ教を教えるからこのように日本人が死ななければならない。この日本を静かにほっておいてはくれないか」と頼む。
このあたりの描写はとても鮮烈だ。
幕府の役人は宣教師を単に殺害するのではなくて、改宗をさせて日本に取り込もうとするのだが、それは宗門奉行井上筑後守の方針だからだ。

 井上筑後守はインテリで宣教師が改宗よりも殉教を望むのを知っており、そのたびに日本の信徒が自分たちも殉教者になろうとする連鎖を断ち切ろうとしていた。
ローマ・カソリックが日本の宗教に敗れて自然消滅するのがもっとも好ましい状況だとの判断だからだ。 

 一方ロドリゴは信徒が水磔に処せられたり逆さづりにされるたびに主に奇跡を祈り「哀れな百姓を助けてくれ」と祈るのだが、神は沈黙したまま何も答えてくれない。
ついにロドリゴはキリスト教者としてはいけない一線を越えて神への疑問を持つようになる。
これだけ自分が祈り神にすがっているのに神が沈黙しているのは本当は神など存在しないのではないか?
そして自分のこうした努力も実際は何の意味もない無駄な作業で、水磔にあっている哀れな農民も存在しない主をたたえて殺されているだけではないのだろうか。
いくら祈っても答えてくれない主に絶望し、ロドリゴは棄教を決意する。

 この遠藤周作氏の沈黙は日本では高く評価されたが、ローマカソリック教会の反感をかい、またノーベル文学賞の候補になったがキリスト教文明を是とするノーベル賞評議員の賛成を得られなかった。

 もう一つこの小説のテーマである「日本に根付いたキリスト教は本来のキリスト教でなく、信者は大日如来とゼウスがおなじものだと信じている」という主張は20年に渡って日本で布教をし、そして棄教を決心したフェレイラの言葉だ。
日本に入ってくる宗教はそれまでの宗教と融合されて多神教の一つになり、大日如来として仏教と融合してしまう。

この国は考えていたより、もっと恐ろしい沼地だった。我々はこの沼地にキリスト教という苗を植えてしまった」というフェレイラの述懐がそのままロドリゴの述懐になっていく。

 私はこの遠藤周作氏の認識は正しいと思っているが、正統派のキリスト教信者からはとても受け入れられない結論だろう。
だが日本にキリスト教信者は全人口のほぼ1%程度で、そうした人もお盆には先祖の霊を供養するためお寺に行き、正月は神社で一年の無病息災を祈願するのが普通だ。

 久しぶりに本格的な小説を読んだという満足感がひしひしと感じられた読後感だった。

なお、文学入門の今までの記事は以下にまとめて入っております。
 http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat43898465/index.html

http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat31264874/index.html

別件)「おゆみ野四季の道」のカウンター10000を「おゆみ野四季の道 新」に加算いたしました。

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コメント

今から20年ぐらい前に、私は遠藤氏の苦悩から、私なりの重大な事実を発見しました。。
それは、神のいない世界が真実だと認めたくない無意識の精神が信仰の源泉だと確信したことです。

投稿: pij | 2013年1月19日 (土) 18時55分

文学入門をいつも参考にさせていただいています。
山崎さんの書評を読んで読みたい本と読まなくてもいい本が選べます。
昨年はアマゾンで数冊購入しました。
その中で「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」は読み応えのあるものでした。
米原万里さんとは同年ですが、彼女は先に逝ってしまいました。
自分は、まだここに居るのに彼女の千分の一ほども仕事をしていません。

「沈黙」は以前読みました。重い感銘を受けました。再読したい本です。
「赤ひげ診療譚」も読んでみたいものです。

(山崎)いつもコメントありがとうございます。私の書評が役に立っているのを知って嬉しくなりました。読書会を続けた甲斐あるというものです。読書会主催者の河村さんにも伝えておきます。

投稿: 銀ちゃん | 2013年2月27日 (水) 11時43分

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