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(24.12.19) BSドキュメンタリー 「プーチンの野望」 その1-2

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  この記事は「プーチンの野望」その1-1の続きです。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-0d45.html


 今思うとロシアとアメリカの間で一時的にせよ蜜月時代があったとは不思議な気がする。
それはプーチンが大統領になった2000年からブッシュイラク戦争を始めるまでの2003年までの約3年間だが、この間はロシアとアメリカの関係はちょうど日本とアメリカのような関係だった(石原氏の言葉で言えばアメリカの妾のような関係)。

 なぜプーチンのロシアがアメリカや西欧との関係改善を求めていたかと言えば以下の理由だろう。
① 国内経済が疲弊し海外からの資本投入以外に経済再建がおぼつかなかったこと、
② 国内の反プーチン派を叩き潰すことに忙しかったこと、
③ チェチェンで独立運動が起こっていたこと

プーチン
にとり上記問題の解決が優先で、その間はアメリカとことを起こしたくなかった。

 プーチンにとって幸いだったのは2001年9月に信じられないような同時多発テロがニューヨークで発生し、ブッシュ大統領が頭に血が登ってアルカイダ殲滅に乗り出したことだ。
ブッシュアルカイダが根拠地を置くアフガニスタンの山岳地帯を攻撃することにしたが、空母による海からの攻撃だけでは容易にアルカイダは背後の旧ソビエト領タジキスタンキルギスに逃げ込んでしまう。

 そこでタジキスタンとキリギスの空軍基地を対アルカイダ殲滅のために使用してほしいとプーチンのロシアに申し込んだ(ロシアの同意なしには両国は基地の提供ができなかった)。
この申し出でに対しロシアのイワノフ国防相は絶対反対だったが、プーチンはロシアが行っている「チェチェン紛争は同じくテロとの戦いだ」と言うことをアメリカが同意することを条件にこの申し出でを受け入れた。
チェチェンの戦士の秘密訓練所がアフガニスタンにあったこともプーチンが同意した大きな要因だったと言う。
よし、アメリカにアフガニスタンにあるチェチェンの秘密訓練所をたたいてもらおう

注)通常ロシア周辺諸国の独立運動の資金はアメリカをはじめとする西側諸国から提供される。アメリカがチェチェンの独立派をテロ集団と認めることはアメリカからの資金提供がとまることを意味する。

 だがしかしロシアとアメリカとの蜜月はそう長くは続かなかった。
アメリカが長くロシアとの間で締結していたABM条約弾道弾迎撃ミサイル制限条約)を廃棄したいとロシアに申し出て来たからだ。
ABM条約迎撃ミサイルの配置と数を制限する条約で、迎撃能力を互いに最小に抑えることで相互確証破壊を保障し、その結果互いに核戦争を防ごうとした条約である。

注)核戦争を行えば互いに消滅するから戦争を起こさないようにしようと言うことだが、そのために迎撃能力を制限すると言う発想は日本人にはなじまない。それなら核兵器を持たなければいいではないかと思うが、ロシア人やアメリカ人は核兵器がなければ安心できないし、核兵器が確実にその能力を発揮できなければさらに安心できない。

 アメリカがABM条約を破棄しようとしたのは核兵器の運搬手段を持つ国はロシアだけでなく中国インドイランも(現在では北朝鮮も)そうした能力を持ってきたからだ。
まずいじゃないか、迎撃能力がないとロシアの核兵器はともかく中国やイランからの攻撃を防げないじゃないか・・・・

 一方ロシアは迎撃能力ではるかにアメリカに遅れていたためABM条約の破棄に大反対したが、アメリカはロシアの反対を押し切って2002年に脱退してしまった。
このことがプーチンにアメリカとの蜜月時代の終焉を決意させた。
2003年3月、アメリカはイラクに大量破壊兵器が隠されているとの理由にイラク侵攻を図ることにし、国連決議を要求したがこのときロシアはフランスとドイツと図って安保理決議を葬り去ることにした。
明確な証拠がない限りイラクへの侵攻は認められない

注)後にイラクに大量破壊兵器があるとの情報はCIAのでっち上げだったことが判明した。

  アメリカは致し方なくイギリス・オーストラリア等との有志連合でイラク戦争に突入したが、この戦争を契機に石油価格が上昇し始め石油資源王国ロシアに思わぬ富をもたらすことになった。
石油価格は開戦当初30ドル程度だったのがその後一本調子で上昇し、リーマンショックで世界経済が崩壊する2008年まで約100ドル程度にまで上昇した。

 ロシアは漁夫の利を得たのだが、当初この利益は新興財閥だけのものだった。
プーチンは強いロシア再生のために石油会社ユコスポドルフスキーをKGBの総力をあげて追い込みユコスを国家管理にすることで財政の安定化が図れるようになった。
そうしてプーチンはアメリカとの提携を捨てて、再び強いロシアに邁進し始めた。

注)ロシア経済の実態は以下の二つの記事に纏めておいた。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/201124.html

http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-afae.html

続く

 
 

 

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