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(24.10.22) 歴史秘話ヒストリア 尾張藩主徳川宗春の経済思想 キツイ時ほどドハデにいこう

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(トシムネさん 撮影)

 私は長い間名古屋と言う町をまったく理解していなかったことをNHKの「歴史秘話ヒストリア」と言う番組を見て気付かされた。
正直言って今まで私は名古屋になんら興味を持っていなかった。
名古屋城を見てもどこにでもある城の一つだと思っていたし、札幌のように碁盤の目のような街並みも第二次世界大戦の復興時に区画整理をしたものだと思っていた。
又名古屋と言えばドハデな結婚式が有名だが、なぜそのような無駄なことをするのかも理解できなかったし、名古屋にトヨタがあるのも良く分からなかった。

 今回この番組を見て名古屋徳川家康によって対豊臣対策として人工的に築かれた城郭都市で、そのときに碁盤の目のような現在の道路網が整備されたことを知った。約400年前の話だ。
また名古屋城は大阪城をはるかに凌駕する規模の城で、かつ天守閣には金のしゃちほこが飾られていたが、すべて豊臣方に対するデモンストレーション効果を狙ったものであることを始めて知った。
大阪城はもはや天下第一の城ではない。すでに天下は徳川のものでその証拠がこの城と金のしゃちほこだ。城は大阪城の二倍で金のしゃちほこは8億円もするんだぞ!!!」
徳川家康は大の倹約家だったが、対豊臣政策では資金を惜しげもなく使っていた。

注)名古屋城のキンシャチは金の延べ板を張ったもので金メッキのようなちゃちなものではなかった。
「天下さまでもかなわぬものは 金のしゃちほこ 雨ざらし」と歌われていた。


 今回のテーマは城郭都市名古屋の成立史と、徳川時代を代表する8代将軍徳川吉宗と尾張藩7代藩主徳川宗春のバトルを紹介していたが、その内容は経済政策の相違によるバトルである。
一般の人は徳川宗春の名前はほとんど知らないはずだ。私はたまたま井沢元彦氏の「逆説の日本史」を読んでいたので徳川宗春の経済政策を知っていたが、その内容は一言で言えばケインズ政策である。

 当時飢饉が続き日本中が困窮のさなかにあったが、こうしたときに徳川宗春が行ったのは名古屋藩主導の規制緩和と財政政策だった。

① 遊郭を3箇所に増やして武士も町人も遊ばせる。
② 芝居はそれまで年1回であったのを100回程度まで増やし、大衆文化を広げる。
③ 東照宮祭を盛大に催してイベントで活性化する。
④ 町人のダンスコンテストを行って徳川宗春が賞を与える。
⑤ 毎日花火を打ち上げる。

 何か現在の閉塞した社会で石原都知事が行っていることとよくにていると思われないだろうか。
石原都知事はカジノの誘致に熱心だし(宗春の遊郭に対応)、東京マラソンやオリンピックの誘致に実に熱心だ(東照宮祭やダンスコンテストや芝居の振興に対応)。

 当時日本全国どこも倹約令でひっそりとしていたが名古屋だけはバブル経済で沸いて、日本中から町人や職人が職を求めて集まってきた。
特に東照宮祭で使用される山車からくり人形については、全国から集まった職人が技を競い合ったため日本一の技術と言うことは世界一)が磨かれたと言う。

 このからくり人形の職人の技術の伝統がその後世界初の豊田の自動織機につながり戦前の日本経済をリードし、さらに現在のトヨタ自動車につながるものづくりの伝統なのだと言う。
そうなのか、徳川宗春のケインズ政策が名古屋にものづくりを定着させてきたのか」初めてこの事実を知った。

 しかし徳川宗春ケインズ政策は時の将軍徳川吉宗緊縮財政政策と真っ向から対立した。
吉宗の享保の改革とは幕府財政立て直しのために倹約一辺倒だったし、産業は農業一辺倒だったから、幕府財政は立て直っても日本国の景気はさらに落ち込んでしまった

 ちょうど現在のヨーロッパのギリシャ・スペイン・ポルトガル・イタリアで緊縮政策を採れば採るほど経済は停滞するのと同じだ。
実は経済政策は放漫財政と緊縮財政がどちらが正しいかは一概に言えない。
私は個人的には生活がつつましいから徳川吉宗の倹約政策が好きだが、これは程度問題で、あまりにバブルった放漫財政のあとでは緊縮財政が必要だし、一方財政が立ち直ればそこそこ財布の紐を緩めないと景気が回復しない。
すべてはバランスの問題で一方が常に正しいと言うことはなく、現在の日本の状況はあまりに放漫財政が行過ぎているだけだ。

 徳川宗春と徳川吉宗のバトルは吉宗の勝利に終り(尾張藩に裏から手を回し宗春にたいする家老等のクーデタを起こさせた)、徳川宗春は25年間も蟄居謹慎させられ、69歳でこの世を去っている。
しかし徳川宗春のドハデ政策はその後も名古屋の伝統として残り、名古屋友禅や名古屋名物のドハデ結婚式として今も受け継がれ、また職人の技術はトヨタ自動車に受け継がれていると言う。

なお日本史に関する記事は以下に纏めて入っております。
http://yamazakijirounew.cocolog-nifty.com/blog/cat47308511/index.html

 

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