« (24.10.14) 中国元の不思議な値下がり 何が中国に起きていたのだろうか? | トップページ | (24.10.16) ちはら台走友会のオクトーバーラン 白熱の戦いが始まっている »

(24.10.15) タムさんのサンチャゴ巡礼 ポルトガル道走破  最も良くできた案内書だ!!

Img_0747 

  世の中にはものにつかれた様な人がいるものだとつくづく思ってしまった。
私の元の会社の同僚のタムさんがその典型である。タムさんは私よりほぼ10才程度年上だが現役の頃から登山に取り付かれ、日本100名山を登り切ると、海外の各大陸の最高峰に登る決心をした。

 モンブラン、キリマンジャロ、マッキンリーを登坂し南米のアコンカグアはもう少しのところで登頂を断念したが、最後はエベレストに登ろうと決心した。
山崎さん、二人でエベレストに登らないか。しっかりしたサポートさえつければ絶対に登れる
私は確かに登山好きではあるがそのときは日本の山しか登ったことがなかったので丁重に断った。

 タムさんもその後体力の限界を感じたのだろう。登山を諦めて今度はサンチャゴ巡礼に切り替えた。
サンチャゴとはスペインの大西洋側にある聖ヤコブの墓がある聖地でヨーロッパでは中世の昔から巡礼の旅が行われていた。この巡礼を成し遂げれば今までの罪が許されると言うのが売りで、当初は罪深い人々が多く巡礼の旅に旅立ったという。

 タムさんが始めてサンチャゴ巡礼に旅だったのは2003年のことで、このときはスペインの東の端(実際はフランスのサン・ジャン・ピエド・ポー)を出発してスペインの北部を横断する約800kmの巡礼路だった。
この道のことは最近テレビ等で何回か報道されているので日本でも良く知られており、日本人の巡礼者も多くなっている。
道も良く整備され巡礼宿もあるのでまったく危険なことはなく後は体力勝負なところがいい。
タムさんはこの道を32日間かけて走破している。一日40kmは歩いた事もあると言っていたから当時はすこぶる健脚だったわけだ。

 タムさんが二回目のサンチャゴ巡礼を思い立ったのは2009年のことで、今度はフランスからスペインの国境まで歩く計画だった。
中世の巡礼道は遠くドイツやフランスやスペインやポルトガルから聖地まで延びており、当時は現在のEU と同様カソリック教徒ならば自由にキリスト教国を行き来できた。

 このときは私もタムさんに誘われたので巡礼の約半分を付き合って歩いている。このフランス道はフランスの南部にある聖地ル・ピュイを出発点としていたがフランス南部の高原地帯を歩く実に快適なコースだった。

注)このときの旅日誌は「ロドリゴ巡礼日誌」として記載した。
http://yamazakijirou.cocolog-nifty.com/blog/cat34790419/index.html

 こうしてタムさんはスペイン道フランス道を走破してしまったために今度はポルトガル道の巡礼を思い立ち今年の5月23日間かけて歩きとおした。
タムさんの年齢が76歳程度正確には知らない)だと言うことを考えると驚異的な体力だ。何か再びエベレスト登頂を目指している三浦雄一郎のような人だと思う。

 このたびその旅の記録がタムさんのブログに上梓された。とても丁寧な案内書になっているのでサンチャゴ巡礼に興味のある人は必読のブログになっている。
ここにはサンチャゴ巡礼のスペイン道なぜかフランス人の道と言われている)、フランス道、そして今回のポルトガル道の詳細な記録が掲載されており旅のノウハウが詰まっている。

 いかなるサンチャゴ巡礼の案内書よりも役に立つことは一緒に旅をした私が請け負うので、サンチャゴ巡礼を目指す人はぜひ読むことを勧める。

タムさんのブログは以下の通り。最新の情報はポルトガル道だが、スペイン道、フランス道の旅の報告もこのブログに記載されている。
http://takesitamura.cocolog-nifty.com/blog/

|

« (24.10.14) 中国元の不思議な値下がり 何が中国に起きていたのだろうか? | トップページ | (24.10.16) ちはら台走友会のオクトーバーラン 白熱の戦いが始まっている »

旅行 サンチャゴ巡礼」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« (24.10.14) 中国元の不思議な値下がり 何が中国に起きていたのだろうか? | トップページ | (24.10.16) ちはら台走友会のオクトーバーラン 白熱の戦いが始まっている »